魔斬

夢酔藤山

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安政奇譚

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 この日、一〇月七日。尊皇攘夷者でしられる橋本左内を試し切りの刀で仕置する。
「時代は変わるんだよ。それを見られないことだけが、残念だ」
 橋本左内は微笑んだ。
「御免」
 御試の刀が、一閃した。
 小塚原ではよくある光景だった。浅右衛門は斬り口を検分し、脇の番所で緻密な報告書を認めると、その場で腰物奉行へ提出した。
 泰平の世が続くと、冷静に骸を静観できる武士も少なくなる。それだけに、この報告書は、誰もが納得する内容であった。
「相変わらず、見事なものじゃ。これなら御老中にも御見せが適う」
「そんなもの、老中が見ても面白くもないですよ」
「そうでもないらしいぞ」
「して、この肝は頂戴出来ますのか」
 浅右衛門はじっと、腰物奉行をみた。
「いや、これはならぬ」
 めずらしく、腰物奉行が狼狽えた。
「それはおかしい。仕置の骸より肝を得るのは、山田家の特権だが?」
「それは承知しておる」
「ならば」
「これは別じゃ、これはならぬ」
 なかなか手に入らぬ良き肝なのにと、浅右衛門は不貞腐れたように呟いた。
「あのな、この者はならぬのよ。ただでさえ、今度の仕置は尊皇攘夷の輩の恨みを買っている。それらが逆上して、市中で狼藉に及んでは、なにかと面倒なのじゃ」
「儂にはそのような理屈は解らぬ」
「なんだと?」
「怒りなさんな、いつものように催促したまでよ」
 浅右衛門は静かに笑った。
 仕置の少ないときは、日の高いうちから山田浅右衛門は帰宅が許される。橋本左内の仕置が済んだその日も、早々に北町奉行所を辞した。まだ四つの刻頃で、真直ぐ帰るには早過ぎた。
(……穢れたしな、お参りでもしていくか)
 浅右衛門はその足を、浅草寺に向けた。
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