小河内ムーンライト

夢酔藤山

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 この日、どこからともなくやってきた出店は、堅気の者ではないようだ。
「このあたりのシマは、どこぞの親分さんが仕切っているのだろうね」
 人々は囁き合った。きっと甲州から多摩にかけての大物だろう。それだけに下っ端の教育は行き届いているようだ。少なくともショバ代がどうのと、程度の低い嫌がらせを受ける村の者は誰一人としていない。
「おう、あんちゃん頑張れよ」
 二の腕に桜の彫り物が見え隠れする出店の大将が、上寺智に声を掛けた。
「ありがとうございます」
 もともと上寺智は銀座の演奏者。いわば水商売である。こういうドサ廻りも沢山してきたし、義理や不義理の揉め事も直にみている。小河内村に入り込んだ出店の衆は、決して村に悪さをしないよう徹していた。
 親分がしっかりしているのか。
(いや、そんなことじゃない)
 きっと、氏子総代が、真剣に取り組んでいて、村の誰もが一丸となり睨みを利かせているおかげだろう。
「ありがたいな」
 晴れ晴れとした表情の上寺智の傍らで、寺山聖は緊張し、すっかり蒼褪めていた。
「どうしましょう、素人はだしなのに」
「安心していいよ。この曲は私も一度しか弾いたことがない」
「でも」
「だから、練習通り、思い切ってやって欲しい」
「失敗したら」
「もしも失敗しても、誰も君を笑わない。そういうものなのだと、堂々としてさえいれば、君の演奏は完ぺきになる」
 上寺智は涼やかに笑った。
 そのとおりだろう。ミスは悟られることなく、どれだけ惚けて堂々とできるか。たったそれだけのことではないか。寺山聖はようやく落ち着いた。
「君は素人だ。素人と承知で、私は君をパートナーに選んだ。全ての責任は私だけのもので、君にはこの舞台を全身で謳歌する権利がある。どうか楽しんで欲しい」
「はい」
 祭囃子の太鼓が、耳に優しい。
 この村にだって芸能はある。この村の日指・岫沢・南という集落で、さかのぼれば室町の頃からあったという〈鹿島踊り〉。ここに都の公家が落ちて広めたとか、僧侶に教えられたとか、もう、発祥は分からない。都の〈祇園祭〉に合わせて踊られたと云うが、踊れる村人ももう少ない。三つの集落を集めて、出来るのは〈三番叟〉だけだったが、賑やかなら、もうそれだけで有難いのだ。
 間もなく、天空には名月が輝く。
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