小河内ムーンライト

夢酔藤山

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 九月一五日。
 温泉神社の祭礼は、村の人口に倍する人が押し寄せて、いつになく活気が溢れていた。宿屋は満員御礼だ。空き家を借りて宿泊に用いるほどだ。小河内村から少し離れた小留浦や熱海にも空き宿があり、受け容れされた。
 宿屋は嬉しい悲鳴だ。
 いまだかつて、こんなに繁昌したことなどあっただろうか。
 常なる工事関係者と、稀なる湯治客。それに加えての客足だ。クチコミで広がった、上寺智の演奏。ジャズなど聴いたこともない西多摩の人々も、祭りの熱量に釣られて、とりあえず行こうかと、近隣から駆け付けた。
「これ、毎月やってくれないかなあ」
 鶴屋の仲居の能天気な呟きに、みんなが大笑いした。
 どこの宿屋も、同じ心境だったに違いない。
 少なくとも、ダムに沈むと決まって以来、こんなに繁盛したことなどなかった。
「なあ、あんちゃん。いったい何者だぁ?ジャズっぽいことだけで、こんなに人が来るなんておかしいだろ?」
 氏子総代が、上寺智を呼び止めて質した。
「別に、大した者ではありませんよ」
「大した奴でないもんの音楽を聴きたくて、わざわざ終わっちまう村に、これほどの人間が押し寄せてくるものか」
「そうですよね」
 どこか他人事のような上寺智の自然体に、氏子総代は大笑いした。笑いながら、立派に神前で披露しておくれと呟いた。
「このような祭り、狐狸にでも化かされているような心地だなあ」
「ああ、でも嬉しいなあ。いつか消えゆく村にも、このような夜があったことを孫たちに語って聞かせてやるよ」
 氏子たちの本音だった。
「どんな阻喪もさせめえよ」
と、大きく鼻を膨らませて、氏子総代は腕組みした。
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