小河内ムーンライト

夢酔藤山

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 東京府は関東大震災の傷跡が残るものの、その上に新しい何かを乗っけて、新しい繁栄を謳歌しようとした。しかし大正デモクラシーのような、浮かれ調子な空気を醸し出し事は出来なかった。
 世はどことなく重苦しい。
 それはきっと、軍閥の影響だろう。
 二.二六事件のあとは、何かと陸軍の圧が強くなった。それは軍隊の内輪だけではなく、社会全体の波騒にまで及んだ。当然、官公庁や企業の端々にもその影は色濃い。
 恋の街、銀座。
 柳そよぐこの歓楽街とて、その例に漏れることはない。
 日本に上陸したジャズミュージックは大正デモクラシーを経て、銀座の街角で大人の音楽になっていた。大手レコード会社に抱えられたミュージシャンもいれば、クラブバンドで店に抱えられる者もいる。大半は後者であり、少なくとも日本のジャズを支えたのは、そういう玄人はだしのミュージシャンだ。
 この年の九月、一人の男が失業した。失業といっても、元々自由業みたいなもので、定職にあるわけではない。
 男、上寺智。
 サックスプレイヤーとして、震災後の銀座で流行ったホールが抱えるジャズバンドの一員として参加していた。ちょっとした有名なバンドで、新聞や雑誌にも紹介されたことがあった。上寺智が失業した大きな理由は、サックスだった。
「お前の音には、強さがあったのになあ。すっかりと出なくなりゃあ、もうお前の値打はない、用はないよ」
 サックス吹きとして、失格の烙印をバンドリーダーから出された。
「死ねと云われたようなもんだ」
 ホールのオーナーが気の毒がったが
「本当だと思います。仕方ありません」
 上寺智は悲しそうな目を伏せて、微笑んだ。オーナーに出来ることと云えば、ちょっと色を付けた餞別を握らせるくらいだ。
「なあ、サックスが駄目なら、他の楽器があるだろう?」
「アマチュアなら、ピアノでもギターでもいいんです。でも、お客さんからお金を貰えるのは、サックスだけでしたから……」
「そうか、そうなのか」
「お世話になりました」
 上寺智は餞別のお金があまりにも多いことに驚いた。いっそサックスを売り、このお金を足して新しい楽器を買おうと思った。
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