CLOUD(クラウド)

１４_歪の章_５０

　マリアの視線は、ナヤスの背後に向いていた。
「？」
　すると背後から、
『ま、まだだ……』
　声に振り向くと、ジャックがユラリと立ち上がる最中であった。
（当たる寸前、咄嗟に後ろへ……クローザーの反射速度に助けられましたか……）
「今のアナタでは何度やっても同じ事です」
「ルセェ！　んな事たぁ分かってんだ！　だがオレは馬鹿だからよ、体で覚えるしかねぇんだァ！」
　手負いの獣のような眼を向け、
（消耗戦を続けては、下手をすれば本当の意味で使い物にならなくなりますね……）
　ナヤスは静かに身構え、
「ならば意識ごと刈り取るのみィ！」
　両ランスの刃先をジャックに向けて突進。
「ジョウトウだぁ、ゴラァ！」
「出直して来なさい、と言ってます！」
　先ほどまでの規則正しい「連突き」ならぬ、今度は「乱れ突き」でジャックを翻弄。
「クソがァ！」
（このタイミングで手を変えて来やがっただと！？　容赦ねぇオンナだぜぇ！）
　苦境に立たされているにもかかわらず、ジャックは口元に笑みすら浮かべ、
（だが本気はむしろ、ありがてぇ！）
「出直してる時間はねぇんだァ！」
「ならばこそウッチを倒して見せなさい！」
「チッ！」
　止む事の無い連突きに舌打ち。
（言うは易しってなぁ！）
　苦笑いを浮かべつつ、
（あと少しなんだ……あと少しで……）
　防戦一方の中、自身の体と相談し合うかのように、
（もぅ少し……もぅ少し体をコンパクトに動かすイメージだ……無駄に力んでる部分のチカラもカット……）
　次第に動きがシャープになって行くジャックと、
「！？」
　変わらぬ優勢の中にあっても、敏感に変化を感じ取るナヤス。
　しかし目に見える戦況に変化が起きた訳ではなく、ジャックの防戦一方は変わらず、
（クソォ！　体の使い方が分かって来ても、これじゃあジリ貧じゃねぇか！）
　狙い先の読めない乱突きに、反撃の糸口を見い出せずにいた。
　するとジャックは、
（勝つにはやるしかねぇ！）
　とある決意を密かに抱き、防戦の中に、針の穴ほどのスキを作った。
　格上のクローザー相手に、罠と悟らせない程の微かなスキ。体の使い方に慣れて来たからこそ出来る芸当である。
　集中力を途切れさせる事無く、止まぬ突きを繰り出すナヤスは小さな穴を見逃さなかった。ジャックの右胸と左胸に見えた小さく空いたスキの穴に、
「これで終わりでぇす！」
（クローザーと同等の体なのですから刺さっても死にはしないでしょう！）
　左右のランスの切っ先を放り込み、そこから先は一瞬の出来事。
　右の切っ先がジャックの左胸の皮一枚刺さり始めた瞬間、ジャックは上体を半身だけ、左後方にねじり、直撃を回避すると同時に右のランスを左腕で脇に抱え込み、連突きで右胸を狙って来た左ランスも同様に右腕で挟み込み、連突きを強制的に止めて見せた。
　「な！？」
　想定外の暴挙に驚くナヤス。