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13_流転の章_2
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しばし後―――
治療を受けていた男性は整然と巻かれた綺麗な包帯に包まれ、穏やかな寝息を立てていた。容態は安定したようである。
「後は、体力が回復するまで安静にする事です」
「もうダイジョウブなぉぅ。よかったなぉぅ」
医師と少女が白衣を脱ぎながら笑顔を見せると、
「ありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございました!」
女性は涙ながらに感謝を繰り返し、医師は気圧され気味に困惑笑い。
「治療前にお話した通り、これは私の、単なる贖罪行為なのです。ですから治療費もいりませんし、その様に感謝する謂れも無いのですよ」
しかし女性は、
「ありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございました!」
信仰する神を前にしているかの様に、感謝の言葉が途切れなかった。
照れ笑いを見せる医師と、謙遜する彼を笑顔で誇らしく見上げる少女。
次の地へと旅立つ準備が出来た二人は治療小屋から外に出ると、ギラギラ輝く灼熱の太陽が放つ、サバンナ特有の強烈な熱光に襲われた。
医師は光を手で遮りながら空を見上げ、
「暑くなりそうですねぇ」
淡々と感想を述べると、
「次の村までどれくらいかかるか分かりませんから、日傘を差しなさい」
自身の腰の丈ほども無い少女を見下ろすと、
「えぇ~~~シショーのカオがみえなくなぉぅ」
気遣いに対して不満顔。
「貴方の肌は皆さんより弱いのですから、いたし方ありません。また火傷したような痛みに苦しみたいですかぁ?」
「うぅ……」
ワガママを正論で諭され、グゥの音も出ない少女。肌がヒリ付き、眠れないほどの痛みに襲われた日の事を思い出し、思わず身震い。
「…………」
リュックの傍らに挿した日傘を、大人しく広げ、
「ふむふむ。それで良いのです」
満足げな顔の医師。少女は、その勝ち誇ったように見える顔を傘の陰から見上げ、
「シショーはイジワルなぉぅ」
すると医師が「シショー」と言う単語に反応。
「そうそうそれと」
(ま、マズイなぉぅ! いつものがくるなぉぅ!)
少女が警戒心を露わにすると、
「何度も言っていますが、私は弟子を取るつもりはありません」
(やっぱりなぉぅ!)
「『師匠』と言う、周囲に誤解を与える不穏当な発言は厳に慎むべきかと、」
「分かったなぉぅ!」
少女は走り出し、
「あっ、まだ話は終わっていませんよ」
「はやくしないと、おいていくなぉぅ!」
(本当に分かっているのでしょうかぁ?)
幾度となく苦言を呈しつつも、その効果が現れていない事に、呆れ半分、困惑顔をしていると、少女が笑顔で振り返り、
「『シショー』は、ワタシがいなくなってもダイジョウブなぉぅ? 『シショー』が、いきさきをきめるなぉぅ?」
変わらぬ『シショー』呼びの連呼に、
(やはり理解してはいただけない様ですねぇ……)
心の何処かでホッとしつつ、表面上は苦笑いを浮かべ、
「それは困りますねぇ。何ぶん、私が行き先を決めると、トラブルしか起きませんからぁ」
医師は「贖罪」と言う名の終わりがなく、当てのない旅をしていた。しかし本人が語ったように現実は「贖罪行脚」とは程遠く、行く先々でトラブルに見舞われ、刃傷沙汰も少なくなかった。
少女とはその様な旅の中で知り合い、成り行きで共に旅をする事になったのであるが、少女が行き先を選ぶと何故かトラブルに遭遇する事が無く、新たな目的地は「彼女が選ぶ事」が常となっていた。
「ふひひひひぃ」
頼られ、嬉しそうな笑顔を見せる少女。
そんな親子でも、兄妹でも、まして恋人同士でもない(少女がどう思っているかは定かでないが)不思議な関係の二人が村の出入り口に差し掛かると、建物の物陰から、
(まったく余計な事をしてくれたもんだ)
(後遺症で戦う事も出来ない、仕事もろくに出来ない体になったってのに)
(そんな奴を生かして何の意味がある?)
(食料だって限られてるんだぞ)
(シッ! 聞こえたらどうする! あの医者の噂は聞いてるだろ! 怒らせたらタダでは済まないんだぞ!)
「…………」
聞こえていないフリをして歩き続ける医師。少女も、漏れ聞こえて来る誹謗中傷に顔色こそ変えなかったが、他者の死を望む声に幼い心は痛み、小さな手で、医師のズボンの裾をキュッと掴んで並び歩いた。
「…………」
村から出ると、
「辛いですか?」
気遣いからか出た言葉ではあるが、彼の性格の為か、淡々とした口調の問いに、少女はフルフルと首を横に振り、
「(おなじムラのナカマが「しんだほうがよかった」なんて)カナシイだけ」
達観した様に、少女もまた淡々と答え、
「そうですか……」
医師は短く相槌を返し、
「私と共に歩き、現実を見続ける事が辛くなったら、私の下を離れて良いのですよ」
すると少女は激しく首を横に振り、
「イイなぉぅ……」
「…………」
「(このセカイには)ジゴクしかないの……しってるなぉぅ……」
そう語る表情には、苦しみも悲しみも浮かんでいなかった。
「そうでしたね……」
平静な表情で頷く医師。
次第に遠のいて行く二人の背は、サバンナの蜃気楼の中に溶け交じり、やがて消えて行った。
治療を受けていた男性は整然と巻かれた綺麗な包帯に包まれ、穏やかな寝息を立てていた。容態は安定したようである。
「後は、体力が回復するまで安静にする事です」
「もうダイジョウブなぉぅ。よかったなぉぅ」
医師と少女が白衣を脱ぎながら笑顔を見せると、
「ありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございました!」
女性は涙ながらに感謝を繰り返し、医師は気圧され気味に困惑笑い。
「治療前にお話した通り、これは私の、単なる贖罪行為なのです。ですから治療費もいりませんし、その様に感謝する謂れも無いのですよ」
しかし女性は、
「ありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございました!」
信仰する神を前にしているかの様に、感謝の言葉が途切れなかった。
照れ笑いを見せる医師と、謙遜する彼を笑顔で誇らしく見上げる少女。
次の地へと旅立つ準備が出来た二人は治療小屋から外に出ると、ギラギラ輝く灼熱の太陽が放つ、サバンナ特有の強烈な熱光に襲われた。
医師は光を手で遮りながら空を見上げ、
「暑くなりそうですねぇ」
淡々と感想を述べると、
「次の村までどれくらいかかるか分かりませんから、日傘を差しなさい」
自身の腰の丈ほども無い少女を見下ろすと、
「えぇ~~~シショーのカオがみえなくなぉぅ」
気遣いに対して不満顔。
「貴方の肌は皆さんより弱いのですから、いたし方ありません。また火傷したような痛みに苦しみたいですかぁ?」
「うぅ……」
ワガママを正論で諭され、グゥの音も出ない少女。肌がヒリ付き、眠れないほどの痛みに襲われた日の事を思い出し、思わず身震い。
「…………」
リュックの傍らに挿した日傘を、大人しく広げ、
「ふむふむ。それで良いのです」
満足げな顔の医師。少女は、その勝ち誇ったように見える顔を傘の陰から見上げ、
「シショーはイジワルなぉぅ」
すると医師が「シショー」と言う単語に反応。
「そうそうそれと」
(ま、マズイなぉぅ! いつものがくるなぉぅ!)
少女が警戒心を露わにすると、
「何度も言っていますが、私は弟子を取るつもりはありません」
(やっぱりなぉぅ!)
「『師匠』と言う、周囲に誤解を与える不穏当な発言は厳に慎むべきかと、」
「分かったなぉぅ!」
少女は走り出し、
「あっ、まだ話は終わっていませんよ」
「はやくしないと、おいていくなぉぅ!」
(本当に分かっているのでしょうかぁ?)
幾度となく苦言を呈しつつも、その効果が現れていない事に、呆れ半分、困惑顔をしていると、少女が笑顔で振り返り、
「『シショー』は、ワタシがいなくなってもダイジョウブなぉぅ? 『シショー』が、いきさきをきめるなぉぅ?」
変わらぬ『シショー』呼びの連呼に、
(やはり理解してはいただけない様ですねぇ……)
心の何処かでホッとしつつ、表面上は苦笑いを浮かべ、
「それは困りますねぇ。何ぶん、私が行き先を決めると、トラブルしか起きませんからぁ」
医師は「贖罪」と言う名の終わりがなく、当てのない旅をしていた。しかし本人が語ったように現実は「贖罪行脚」とは程遠く、行く先々でトラブルに見舞われ、刃傷沙汰も少なくなかった。
少女とはその様な旅の中で知り合い、成り行きで共に旅をする事になったのであるが、少女が行き先を選ぶと何故かトラブルに遭遇する事が無く、新たな目的地は「彼女が選ぶ事」が常となっていた。
「ふひひひひぃ」
頼られ、嬉しそうな笑顔を見せる少女。
そんな親子でも、兄妹でも、まして恋人同士でもない(少女がどう思っているかは定かでないが)不思議な関係の二人が村の出入り口に差し掛かると、建物の物陰から、
(まったく余計な事をしてくれたもんだ)
(後遺症で戦う事も出来ない、仕事もろくに出来ない体になったってのに)
(そんな奴を生かして何の意味がある?)
(食料だって限られてるんだぞ)
(シッ! 聞こえたらどうする! あの医者の噂は聞いてるだろ! 怒らせたらタダでは済まないんだぞ!)
「…………」
聞こえていないフリをして歩き続ける医師。少女も、漏れ聞こえて来る誹謗中傷に顔色こそ変えなかったが、他者の死を望む声に幼い心は痛み、小さな手で、医師のズボンの裾をキュッと掴んで並び歩いた。
「…………」
村から出ると、
「辛いですか?」
気遣いからか出た言葉ではあるが、彼の性格の為か、淡々とした口調の問いに、少女はフルフルと首を横に振り、
「(おなじムラのナカマが「しんだほうがよかった」なんて)カナシイだけ」
達観した様に、少女もまた淡々と答え、
「そうですか……」
医師は短く相槌を返し、
「私と共に歩き、現実を見続ける事が辛くなったら、私の下を離れて良いのですよ」
すると少女は激しく首を横に振り、
「イイなぉぅ……」
「…………」
「(このセカイには)ジゴクしかないの……しってるなぉぅ……」
そう語る表情には、苦しみも悲しみも浮かんでいなかった。
「そうでしたね……」
平静な表情で頷く医師。
次第に遠のいて行く二人の背は、サバンナの蜃気楼の中に溶け交じり、やがて消えて行った。
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