CLOUD(クラウド)

青木 森

文字の大きさ
上 下
214 / 535

7.岐路の章_19

しおりを挟む
 通信員は考えを改め、
「分かりました。繋ぎます」
 自席の機器を操作し、ヘッドセットを持って立ち上がると、マリアの下に歩み寄り、
「マイクです。乗客や乗員に聞かせたいのは、会話だけじゃないんですよね?」
 緊張した笑顔と共に差し出した。
 小さな笑みを返し、左手で受け取るマリア。
「優秀な部下をお持ちの様ですわね、船長さん。話しが早くて助かりますわ」
 ヘッドセットを耳に掛けると、
『乗客の皆様ぁ、ブリッジからですわぁ!』
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
 これから自分たちの身がどうなるか分からず、鬼気とした空気に包まれたていた乗客達は、凛としたマリアの一声に一斉に騒ぎを静め、スピーカーに耳を傾けた。
 当然、マリアから乗客達の姿は見えなかったが、かつての経験から静まったタイミングを見計らい、一呼吸置くと、
『皆様がご承知の通り、今世界では核戦争と言う物が起き、この船は最寄りの港に向け移動しておりますわ』
 安堵した表情を見せる乗客達。
 津波とは縁遠い大陸に住まう人々が、陸に上がれば安心と思ってしまうのは、いた仕方の無い事である。
 しかしマリアは、そんな乗客達の気の緩みを見逃さず、
『ですが!』
 語勢を強め、
『今、港に向かえば、この船は核爆弾により生じた津波に背後から襲われ転覆して誰も助からず! 洋上に向かって逃げるにも、もはや時間がありませんですの!』
「「「「「「「「「「な!」」」」」」」」」」
 信じ難い死刑宣告に、乗客達はおののき、
「何だってぇーーー!」
「嘘だろぉ!」
「じゃあどうすれば良いのよぉおぉ!」
「俺達はもう終わりなのかぁーーー!」
 落ち込む者、怒声を上げる者、泣き出す者、船内が再び混沌とする中、
『わたくしは皆さんを助けたいんですの!』
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
『わたくしを信じていただける方は、わたくしの命に替えて守って見せますわ! ですが時間がありませんですの! 直ちにクルーの指示に従い劇場へ移動して下さいですわ!』
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
 戸惑いを禁じ得ない乗客達の心中を察して一呼吸置くと、今度は穏やかな口調で、
『皆様、この船は皆様をお救いする為に、十分後に後ろへ下がる動きを開始し致しますわ。後ろに下がる時には衝撃を伴いますし、その後には津波の強い衝撃も受けますわ。劇場に入りましたら、シートとシートの間に、身を挟める様に屈み、落下物から頭部を守る様にして下さいですわ。それとクルーの皆様も、誘導が終わりましたら、同様にご自身の身の安全を確保して下さいですわぁ』
 優しく言い終えると、マリアは意識をブリッジへと戻し、
「と、言う事ですので操舵の方、十分後に逆進して下さいですわ」
 にこやかに微笑んだ。
 その笑顔は女神の様であり、同性であっても心を奪われてしまいそうな微笑みであったが、現実には船長の首にレイピアを当てた、テロリストの姿。
 凄みを利かされて普通に睨まれるより、むしろ怖い。
 思わず息をのむ操舵長は、
「あ、アイサー、マム……」
 緊張した面持ちでハンドル形状の舵を握り直し、自席のモニタ画面の時刻に目をやった。
 すると船長は背後のマリアを肩越しに見て、クルー達にも聞こえる声量で、
「あの様な一方的な話を乗客が信じ、従うと、貴方は本気で思っているのかね?」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
 マリアの怒りを誘発しかねない、地雷と思える問い掛けに、息を凝らすブリッジクルー達。
 しかしマリアはフッと小さく笑い、会話が乗客達にも丸聞こえであると知った上で、
「それは分かりません。ですが、わたくしは、わたくしを信じていただける方を、決して見捨てたり致しませんですわ。全身全霊をとして、必ずお救いして見せますわぁ!」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
 絶対的自身に満ち溢れた笑顔に、希望を啓示された様な思いに駆られる船長をはじめとするブリッジクルー達。
 それは船内スピーカー越しにマリアの声を耳にした、乗客達も同様であった。
 いったい彼女の何がそこまで言わせるのか疑問を抱きつつ、心を動かされた一部の乗客達が、
「何もしないで神頼みよりマシだよな」
「そうよね」
「俺は、賭けてみるぞ!」
 一人、また一人と劇場に移動し始め、やがて「俺も」「私も」と、続々劇場に移動を開始し、マリアの言っていた指示に従い、座席の間で身を屈めた。
 無論、頑なに拒む者も少なからずいた事は言うまでもないが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

不遇弓使いの英雄譚ー無敵スキル『絶対反転』を得て救世主となる

たからかた
ファンタジー
弓使いの青年アーチロビンの絶望からの逆転と無双、そして純情可憐な美少女との初恋物語! 弓使いアーチロビンは、勇者ネプォンの雑用係として、日々酷使されていた。ある日、見栄っ張りのネプォンの提案で、この世で最強の大帝神龍王に挑むが、太刀打ちできずに全滅の危機に晒される。危機を乗り切るために、生贄にされてしまうアーチロビン。死を覚悟した彼だったが、大帝神龍王に気に入られ、逆に人智を超えた最強の力を与えられてしまう。 それから半年ー魔族の出現は未だに続いていた。苦しむ人々のために、人知れず魔族と闘い続けるアーチロビン。 勇者ネプォンによって、魔王は倒されたのに、何故魔族は出現するのか? 人々の疑いは高まり、やがて自ら収拾に動かざるを得なくなるネプォン。生来の傲慢さと怠惰な気質が、彼を破滅へと追い込むとも知らず…。 そして、そんな勇者とは逆に、否が応でも広まっていくアーチロビンの名声。 魔王は天に選ばれた英雄しか倒せない───そんな絶対法則が存在する世界で、最強の弓使いが立ち上がる。 狐族の白狐の美少女フィオとの初々しい恋愛も織り交ぜながら、謙虚で無欲な青年が英雄と呼ばれるまでを描きます! ※小説家になろうにも投稿したものです。

アンドロイドちゃんねる

kurobusi
SF
 文明が滅ぶよりはるか前。  ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。  アンドロイドさんの使命はただ一つ。  【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】  そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり  未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり  機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です  

電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ
SF
 人工知能を搭載した量子コンピュータセフィロトが自身の電子ネットワークと、その中にあるすべてのデータを物質化して創りだした電子による世界。通称、エデン。2075年の現在この場所はある事件をきっかけに、企業や国が管理されているデータを奪い合う戦場に成り果てていた。  そんな中かつて狩猟兵団に属していた十六歳の少年久遠レイジは、エデンの治安維持を任されている組織エデン協会アイギスで、パートナーと共に仕事に明け暮れる日々を過ごしていた。しかし新しく加入してきた少女をきっかけに、世界の命運を決める戦いへと巻き込まれていく。  かつての仲間たちの襲来、世界の裏側で暗躍する様々な組織の思惑、エデンの神になれるという鍵の存在。そして世界はレイジにある選択をせまる。彼が選ぶ答えは秩序か混沌か、それとも……。これは女神に愛された少年の物語。 <注意>①この物語は学園モノですが、実際に学園に通う学園編は中盤からになります。②世界観を強化するため、設定や世界観説明に少し修正が入る場合があります。  小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~3巻が発売中!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  第四巻は11月18日に発送。店頭には2~3日後くらいには並ぶと思われます。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!

SEVEN TRIGGER

匿名BB
SF
20xx年、科学のほかに魔術も発展した現代世界、伝説の特殊部隊「SEVEN TRIGGER」通称「S.T」は、かつて何度も世界を救ったとされる世界最強の特殊部隊だ。 隊員はそれぞれ1つの銃器「ハンドガン」「マシンガン」「ショットガン」「アサルトライフル」「スナイパーライフル」「ランチャー」「リボルバー」を極めたスペシャリストによって構成された部隊である。 その中で「ハンドガン」を極め、この部隊の隊長を務めていた「フォルテ・S・エルフィー」は、ある事件をきっかけに日本のとある港町に住んでいた。 長年の戦場での生活から離れ、珈琲カフェを営みながら静かに暮らしていたフォルテだったが、「セイナ・A・アシュライズ」との出会いをきっかけに、再び戦いの世界に身を投じていくことになる。 マイペースなフォルテ、生真面目すぎるセイナ、性格の合わない2人はケンカしながらも、互いに背中を預けて悪に立ち向かう。現代SFアクション&ラブコメディー

処理中です...