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青木 森

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1.始まりの章-1

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 日本の本州の中ほど、太平洋に面した漁業を生業とする静かな漁師町。
 この町の海沿い外れには、街並みと一線を画す、いっけん原子力発電所を思わせる、全面が白いコンクリートで形成され、窓が極端に少ない建物がある。
 周囲は白く高い壁に覆われ、出入り口は警備員付きの正面ゲートの一つのみ。
 建設前の住民説明会の折には、名の通った大手製薬会社が新薬や、介護補助ロボット等の開発を行うための施設だと言う話であったが、説明のあった使用目的にそぐわないほど広大な敷地面積を有しているこの施設、額面通りの研究のみ行っているのか、当初懐疑的で、かつ排他的な態度を示していた町の人々であったが、先細り感が否めない漁業中心の町にとって、大気汚染、海洋汚染や騒音が無く、町には多額の税収、町の公共施設に多額の寄付金、更には雇用が発生するともなれば、名の通った大企業と言うこともあり、不安感と秤にかけても納得せざるを得ないのが実情であった。
 やがて時は流れ、町に施設がある事に対し、住民達が何の違和感も感じなくなる程の時間が経過したある日。
 施設内の廊下を鼻歌混じりに軽やかな足取りで歩く、一人の人物がいた。
 声からして男性であろうか、細身で身長は百八十センチ位、白いYシャツにライトグレーのネクタイ、お揃いのベストとスラックスの上には、膝下まである白衣を纏っている。
 ブースの前を通りしな、女性職員が笑顔を向け、
「博士! おはようございます」
「おはよう。良い天気でなにより、気持ちまで軽くなるよ。正に研究日和だねぇ~」
 銀髪の白人男性が、明るく挨拶を返した。
 男性の足取りから老いは感じないものの、声からは、それなりの年輪が感じられる。
 博士が更に廊下を進むと、今度は男性職員が笑顔を向け、
「おはようございます、ジョセフ博士!」
「おはよう」
 明るい声で挨拶を交わすも、足は止めずに振り返り、
「午後に、君の所の試作機にウチのAIを入れて、ギミックを動かしてみようと思うんだけど、タイムテーブルは大丈夫かい?」
「はっ、はい! 勿論大丈夫です!」
「それは良かった。じゃあまた後で連絡するよ!」
「お、お願いしまぁす!」
 高揚した表情で頭を下げた。
 その後も通りすがるジョセフに何人もの研究員や職員が声をかけて来たが、彼はその都度、一人一人にマメとも思える挨拶を返した。
 気さくな彼は研究者の間で「AI開発の鬼才」と呼ばれ、その従来の常識に捕らわれない自由な発想から生み出される人工知能は、「何世代目」ではなく「新世代」とまで称され、明日を担う世界中の若い研究者達の、いわば「憧れの的」的な存在であった。
 しかし何とかと天才は紙一重。
 作り上げるシステムと同様、自由過ぎる彼の性格は社会人としては扱い辛く、また生産ラインに乗せられない研究ばかり行う彼は、収益を求められる企業経営陣から見れば、手の出し辛い人材でもあった。
 当初この企業でも契約はしたものの、噂通りの好き勝手ぶりに困り果てていたが、ある一人の人物の登場により事態は一変した。
 看板の下がる扉の前で立ち止まるジョゼフ。
 『介護用対話型人工知能開発プロジェクトチーム』
 長たらしく書かれた看板の文字には大きな赤バツが書かれ、その下にA3コピー用紙で、
 『プロジェクト・ジゼ』
 太マジックで、下手な手書きカタカナ文字が書かれていた。
 扉の向こうから漏れ聞こえる微かな話し声に、ジョセフはフッと口元を緩めると勢い良く扉を開け放ち、
「おはよう諸君! 今日も知性を磨こうじゃないか!」
「「おはようございます」」
 笑顔で挨拶を返す、男女の若い研究員。
 そして窓際にもう一人。
 穏やかな朝日が入る窓際に置かれた小さな観葉植物に水を注す、黒髪に黒ぶち眼鏡をかけた小柄な女性が振り返り、
「おはよう、ジョセフ」
 たおやかな微笑みを浮かべた。
「おはよう保子」
 彼女の名前は「白川保子(しらかわ やすこ)」。
 ループタイにあしらった誕生石の、紫色のアメジストが印象的な彼女もまた、名の知れたAI研究者である。
 そして彼女こそ、収益の上がらないジョセフの研究を企業収益へと結び付けた立役者であり、ジョセフと言う規格外の暴走暴れ馬を、白川と言う名騎手が手綱を捌く事にり、この班は評価の高い新製品を次々世に送り出していた。
 しかし二人以外の研究員達もまた、規格外の優れた研究員達であると言う事は、予め断っておかねばならない。
 ジョセフと白川が、特異なのである。
「そう言えば君達、何を深刻そうに話していたんだい?」
「世界的経済制裁受けている例の第三国が、何かきな臭い動きしているそうなんですよ」
 若手の男性研究員林が不安気な表情を見せると、ジョセフは呆れ顔で首を振り、
「僕らは奇跡とも言える偶然の積み重ねで、この星で共に生きているのに……。まったく、時間と労力がもったいない話だねぇ。それにしても……」
 ジョセフは部屋をグルリと見回し、
「彼は今日も来ていないのかい?」
 困惑した表情を見せた。
 ジョセフの班は女性が二人と、男性がジョセフを含めて三人、計五人メンバーで構成されているが、今部屋には四人しか居ない。
林はハス向かいの、過剰なほど整理整頓された空机に視線を落とし、
「もう一週間になりますが……大丈夫でしょうか?」
 すると若手女性研究員の吉岡が、半ばイタズラっぽくも苦言を呈すように、
「先生が、いじめるからですよ」
「人聞きが悪い事を言わないでもらえるかい、吉岡くん。僕は元々この班を率いていた彼を尊敬しているし、また尊敬しているからこそ、型に囚われ過ぎの彼に「発想に余白が足りない」と、アドバイスをしたつもりなんだが」
 悪びれもせず怪訝な顔をするジョセフに、一同は苦笑い。
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