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続章_33

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 その日の夜―――
 寝床に就いたサクラは、灯りを消した暗い天井を見上げ、答えの出ない自問自答を繰り返していた。「俺にかかわるな」とハヤテが言った言葉の意味や、自身の胸に感じた痛み、ヒカリの事、ツバサの事など。
 色々な問が頭の中を駆け巡って悶々とし、中々寝付けずにいたが、
(あぁーーーもう、分かんない! 明日考えよう!)
 癇癪を起し、上掛け布団を頭からすっぽり被った。
 外界との接続を断ち切った、自分だけの世界である布団の中で、
「人付き合いって難しいなぁ……」
 誰に言うでもなく呟くと、サクラは次第に深い眠りに向かい、まどろみ始めた。
 どれ位時間が経過したのか、途切れていたサクラの意識は、遠くからする誰かの呼び声で次第に現世へと呼び戻され、やがてその声はハッキリと、
 ドンドンドンッ!
「お隣ちゃん! 起きとくれぇーーーーーー!」
 激しくドアを叩く音と共に、隣室の女性の悲鳴にも似た声が、サクラの耳に飛び込んで来た。
 途端にサクラの鼻を衝く、何かが焦げたニオイと尋常ではない異臭。
 慌てて飛び起き玄関扉に駆け寄り、
「おばさん!」
 ドアを跳ね開けると、そこには血相を変えた隣室の女性が寝間着姿で立っていた。
 女性はサクラが「何が起きているか」問うより先に、強引に手を掴んで部屋か引きずり出し、
「逃げるよ!」
 部屋の外に連れ出され、何が起きているか問う事が愚問であると知るサクラ。
 二階へ上がる階段付近から火の手が勢いよく上がっているのが見え、赤々と燃え盛る炎はアパート全体を焼き尽くさんとする勢いで、サクラの部屋へ迫りつつあった。
「お隣ちゃん! 後はアタシとアンタだけだ! こっから飛び降りるよ!」
 女性はサクラを抱きしめたまま、渡り廊下の柵に足を掛けた。
 階下に見える、布団やクッションの塊。
 おそらく一階の住人や近所の人達が、二階の住人が飛び降りられる様に敷いてくれた物の様であろう。
「おばさん! で、でも荷物がぁ!」
 部屋に戻ろうとしたサクラの手を、女性は強引に引っ張ると、
「こんなボロ屋、いつ崩れるか分からない! 命あっての物種だよ!」
 抱きかかえて二階から飛び降りた。
 バフッと痛みなく、布団の山の上に落ちるサクラと年配女性。
 すると野次馬や、避難していた人々が、
「二人ともぉ! 危ないから急いでこっちに来るんだァーーー!」
「早くぅーーー!」
「急げぇーーー!」
 隣室女性はサクラを抱きかかえ、その場を離れると、木造二階建てのアパートは、あっという間に炎に包まれた。
 女性に礼を言う事も忘れ、立ち尽くすサクラと、なす術なく、燃え盛るアパートを呆然と見つめる住人達。その横を、消防隊員達が駆け抜ける。
 隣室女性の子供であろうか、女性は泣きじゃくる小学校低学年くらいの男児と抱き合い、涙を流していた。

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