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後編
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ハヤテの父親が海外に旅立って早や半年が過ぎ、ハヤテ達が三年生になった頃、ヒカリの曽祖父、圧倒的カリスマ性で会社を牽引してきた会長が亡くなった。
それに伴い祖父が会長に就任、ヒカリの父親は現在の支店と兼任する特殊な形で、社長職を引き継ぐことになったのだが、ある重大な問題が発生した。
クーデターである。
創業者グループに対し、執行役員の一部が副社長を推し立て、反旗を翻したのである。
副社長とは「外の空気も入れるべきだ」とヒカリの祖父が進言して採用した、系列外の人間であったが、それが圧倒的カリスマを有していた会長の死をきっかけに、仇となって表れたのである。
権力闘争の爆心地にいるヒカリの父親は東京に出張し、不在にすることが多くなった。
元財閥系の大企業のお家騒動はさかんに報道され、ヒカリには難しい事は分からなかったが、父親と祖父が大変なことになっている事だけは理解し、不安を隠せないでいた。
「なんか……ヒカリちゃん家、大変みたいだね……」
「うん……」
ツバサとヒカリが顔を曇らせると、ハヤテは自身も父親に対する不安を抱えつつ、それを表には出さず笑顔を見せ、
「ヒカリのお父さんとおじいちゃんは一番偉いんだぞ! 騒ぎなんて、すぐに収まるさ!」
「うん……」
陰りのある笑顔をヒカリが見せていると、
「はぁ~~~~い。皆さぁ~ん、プリントを配りますよぉ~~~!」
テンション高く、担任教師のアサマが教室に入って来た。
「はいはぁ~い、後ろに回してねぇ~~~」
最前列の生徒達に笑顔でプリントを配り分けるアサマは、チラリとヒカリ達を見て、こんな時になんと声を掛ければ良いか分からない自分の未熟さに、顔には出さないものの心が塞いでいた。
授業が終わり、下校したハヤテとヒカリは団地の敷地内まで来ると、
「じゃあヒカリ、後で一緒に宿題なぁ~」
「うん」
手を振るハヤテに笑顔で手を振り返すヒカリであったが、その笑顔には陰りがあった。
(ヒカリ……大丈夫かな……)
帰って行くヒカリの小さな背中を見つめ、いつもと違う笑顔に不安を抱きつつ、
「ただいま~」
張りのない声で家に入ると、テレビの音は聞こえるのに返事が返らなかった。
(ん?)
不審に思いつつリビングに入り、
「か……」
テレビを見ていた母親に声を掛けようとした一瞬、母親がイヤな薄笑いを浮かべた様に見えたが、母親はハヤテの気配に気付き、いつも通りの笑顔で振り返り、
「アレ? ハヤテお帰り。声がしなかったから気が付かなかったわ」
(気のせい……だったのかなぁ……)
ふとテレビに目をやると、テレビではヒカリの実家のお家騒動が放送されていた。
「ヒカリちゃんの家、大変よねぇ~。ご飯の支度をするわねぇ」
テレビを消し立ち上がる、一見いつも通りの母親の笑顔と声色に、一抹の不安を覚えるハヤテ。
しかしハヤテ抱いたこの疑念は、時間の経過と共に、次第に現実の物となっていった。
気分転換も含め、「家計の足しに少しでもなれば」とハヤテの母親が近所のスーパーでパート務めを始めたが、ある日を境にピタリと辞め、家にこもる様になった。
ハヤテの父親が取材に出掛けている国の「戦況悪化」が報道され始めてからである。
加速度的に悪化する戦況に、あれ程明朗であったハヤテの母親は家事もほとんどしなくなり、そして笑わなくなった。
そんな彼女を気遣い、かなえ達メイド隊が様子を見に来て話し相手になったり、ハヤテも逆にヒカリに余分な気遣いをさせない為に、ヒカリの家で勉強をする様になっていた。
そんなさなか、幼いハヤテとヒカリを更なる苦悩が襲った。
ハヤテ達が四年生を目前に控えた頃―――
職員室ではとある会議が行われていた。
クラス替えである。
「何ですか、コレは!」
原案を見たアサマは、怒りの混じった驚きの声を上げた。
ハヤテとツバサが同じクラスで、ヒカリが別のクラスになっていたのである。
「待って下さい! 東海林さんの病状は知っていますでしょ!」
声を荒げると、
「でもその子は、ここ数年病状が改善しているのでしょ? いつまでも特別扱いはどうかと思いますがねぇ」
最近赴任して来た、四年生の学年主任になる予定の年配男性教員が異論を唱えた。
「それはクラスのみんなや、東君の支えがあったお陰で!」
「「私の手柄」と、正直に言ったらどうですか」
「なっ!?」
「聞けばその子は大企業のご令嬢だそうじゃないですか。手柄の一人占め……おっと失礼」
「あ……あなたこそ! 生徒を何だと思ってるんですか!」
新任教諭の言動に激高すると、事件後赴任して来た校長が「まあまあ」となだめ、
「アサマ先生、あなたの実績は認めます。しかし……」
チラリと男性教員を見て、
「やはりいつまでも一人の子を特例扱いと言うのは、他の生徒達の教育上、良くないのではないですか?」
「くっ……茶番だわ……!」
出来レースを悟ったアサマが、悔しさから奥歯をギリギリ噛み締めると、新任教師が、
「校長先生いかがでしょ? アサマ先生は新人としては珍しく、この学校ですでに四年勤務になろうとしています。見聞を広める為にも、そろそろよそへ行っていただいた方が」
「なっ!? 校長先生!」
食い下がるアサマを尻目に、校長は再びチラリと新任教師に目をやり、
「これ以上もめる様でしたら、致し方ありませんね。では、会議はここまでとします」
ニヤリ笑って立ち去る男性教諭と、口惜し気に唇を噛み締めうつむくアサマ。
そんな事が起こっているとは露知らず、後日クラス発表を見たハヤテ達は愕然とした。
「そんな……」
「うそ……だろ……」
めまいがしそうな衝撃に襲われるハヤテとツバサ。
しかし以外にもヒカリは冷静に、
「ハーくんもツバサちゃんも大袈裟! 大丈夫昔とは違うもん。今の私は強いんだよ!」
満面の笑みを二人に向けた。
報告を聞いたヒカリの父親も忙しい中すぐさま抗議の電話を入れたが、モンスターペアレント扱いされた揚句門前払いされ、クラス替えは覆らず、更にアサマは別な小学校への赴任が決定した。
後日分かった事だが、異論を唱えた男性教諭は地元の教育委員会と強いパイプを持ち、校長でさえ逆らえない人物であり、今回のクラス替えは「大企業の令嬢を、しかも重い病を患った生徒を受け持った事がある」と言う肩書欲しさの、裏工作であった事が判明する。
しかしそれらが判明するのは、ヒカリの身に災いが降りかかった後であった。
四年生になった初日―――
ハヤテが数クラス離れた教室の入り口に立っていると、
「ハーくん、早いねぇ」
いつも通りのヒカリが笑顔を覗かせ、
「四年生だぜ「ハーくん」は、もう止めろよ。……それよりヒカリ、大丈夫か?」
顔色を窺うと、
「もう! ハーくんてば心配し過ぎ!」
病人扱いするハヤテに、わざとむくれて見せ歩き出した。
「そっか……」
いつも通りのヒカリにホッと胸をなで下ろすハヤテであったが、それは間違いであった。
それから数日後、午前の授業中、急に廊下が騒がしくなった。
「ハヤテ君、なんだろうね」
隣の席のツバサが不安気な顔をした。
一瞬イヤな思いが脳裏をよぎったが、ハヤテはそれを打ち消す様に、
「また誰か悪ふざけでもしてるんじゃないか?」
笑って見せていると、
「早くしろ! 救急車はまだか! 何かあったら私の経歴にキズがつくだろ!」
例の男性教諭の叫びが廊下中に響いた。
次第に大きくなる騒ぎの中、学校に近づく救急車のサイレンの音がし、
「なんだなんだ!」
「何かあったの」
「誰か倒れたらしいぞ!」
フロアから、ただならぬ生徒達のざわめきと共に、
「静かにッ!」
「教室に戻りなさァーーーッ!」
教師達の怒声で火に油、フロアの混乱は逆に、更にエスカレートしていった。
そんな混乱した場に飛び交う怒声、罵声に混じって、
「女の子が倒れたらしいぞ!」
ハヤテとツバサは瞬間的に顔を見合わせると、ハヤテは廊下に飛び出し、
「東! 待たんかァーーー!」
教師の制止を歯牙にもかけず、ヒカリの教室へと一心不乱に駆けて行った
途中、担架を手にした救急隊員と遭遇し駆け寄ると、
「ヒカリィーーー!」
運ばれて行くのは、やはりヒカリであった。
「ヒカリ! ヒカリ! しっかりしろォーーーッ!」
何度も呼ぶも返事がなく、以前倒れた時の様に顔面蒼白で冷や汗を流していた。
「どきなさい!」
無造作に、緊急隊員に突き飛ばされるハヤテ。
やがて救急車はヒカリを乗せ、学校から消えて行った。
しばらくして鬼の形相したヒカリの父親が学校に乗り込んで来て、校長室で責任の所在について怒鳴り散らし、「娘に何かあったら法廷闘争も辞さない」との剣幕をぶちまけ部屋を出た。
すると目の前に、不安気な表情を浮かべるハヤテが立っていた。
「……お父さん……」
「私を「お父さん」と呼ぶなと…………来なさい」
ヒカリの父親は失意のハヤテを車に乗せると、ヒカリの搬送された病院へと向かった。
ヒカリの父親と病室に入るハヤテ―――
処置の終わったヒカリが、ベッドの上で静かな寝息を立てていた。
「良かった……」
安堵し、思わず涙をこぼすと、
「ハヤテ君。すまないが、しばらくヒカリを見ていてくれるかい?」
ハヤテが頷くと、ヒカリの父親は静かに扉を閉め病室を出て行った。
ハヤテはヒカリが寝息を立てるベッドの傍らに、ゆっくり歩みより、
「ボクは大馬鹿だ……ヒカリがこんなに苦しんでいたのに気付かなかった……何がナイトだ……」
立ち尽くし、後悔の念に苛まれていると、
「ハ……くん……?」
「ヒカリ! 気が付いた!?」
「エヘヘヘヘヘヘ……私……だらしないねぇ……」
弱弱しく笑うと、
「そんな事無い!」
「ありがとうハーくん……何か……いつも迷惑かけちゃうねぇ……」
「良いんだよ! 良いんだ! 俺はヒカリのナイトなんだから!」
「フフフフ……ありがとう……少し……眠るねぇ……」
「うん、うん。いっぱい寝て、早く元気になれ!」
「分かった……」
ヒカリが微笑みを浮かべ眠りにつくと、扉が開き、神妙な面持ちのヒカリの父親に、
「ハヤテ君、ちょっといいかい……」
廊下に来るように手招きされた。
ハヤテは廊下に出ると病室の扉を閉め、
「どうしたの、お父さん」
ヒカリが無事であった事で冗談混じりに声をかけるも、いつもは反論するヒカリの父親が、今回は何も言い返さなかった。
そしてハヤテの目を真っ直ぐ見つめ、おもむろに口を開き、
「君のお母さんから電話があった……」
「……お母さん、から?」
ヒカリの父親は小さく頷くと、
「君のお父さんが……亡くなったそうだ」
「えっ……」
それからも何か言われた気はするが、全てが遠ざかって行く感覚に囚われたハヤテの耳には、もはや何も入っては来ず、ハヤテが我に返ったのは、政府が用意した飛行機内のシート上であった。
隣には、うつろな目をして一言も発しない母親が。
どうやってここまで来たか、いつ飛行機に乗ったのか、どうやって乗ったのか、記憶が欠落していた。
「そうだ……初めての飛行機だ……」
何の感動も感慨もなく、乗客のいない機内でポツリ呟くハヤテ。
現地に着いた母子二人は外交職員に連れられホテルに入るものの、よく分からないが遺体引き渡しの手続きに手間取っているとの話で数日滞在する事になった。
その間ホテルで過ごす二人はほとんど口を利かなかった。
ただ起きて、食べて寝るだけの数日を重ねたある日、ホテルのドアがノックされ、二人は遺体安置所へ身元確認の為呼ばれた。
遺体の損傷が激しいらしく確認には母親だけが呼ばれ、扉の外で待つハヤテは数分後、母親の悲鳴の様な泣き声で、父親の死が事実である事を悟った。
父親の遺体は輸送の事も考え、妻の了承の下、現地で火葬され遺骨となった。
外交職員から骨箱を受け取り一旦ホテルの部屋へ戻ると、ハヤテの母親が生気ない声で、
「ハヤテ……お父さん……最期に何て言ったか聞いて……」
あれだけハヤテの力を嫌っていた母親が、最期まで付けていたと言う腕時計をハヤテの前に差し出した。かつて自身が夫に送った誕生日プレゼントである。
「……いいの……?」
尋ねる無気力なハヤテに母親は静かに頷くと、ハヤテは時計に向かい、
「……時計くん……教えて……」
するとハヤテはウンウン頷き、急にパッと母親の顔を見上げ、
「ゴメンって……」
涙が一気に溢れ出し、母と子は抱き合い泣き崩れた。
マスコミを避ける様に帰国した二人は足早に自宅へ戻り、気が付けば早や日本を出て一週間以上が経過していた。
ハヤテは寂しさを堪えきれず、帰宅するなりその足でヒカリの家のインターホンを鳴らした。
しかし返事がない。
(そんな……ヒカリ……出かけてるのか……でもいつもなら誰か……)
何度か鳴らしていると、突如隣の扉が開き年配女性が不機嫌な顔で、
「うるさいわねぇ!」
「ごめんなさい!」
ハヤテが慌てて頭を下げると、
「隣なら引っ越したわよ!」
バンッ!
勢いよく扉を閉められた。
「引越……そんな……」
うつむき家に帰ると、母親は骨箱を前に酔いつぶれ突っ伏し、寝息を立てていた。
次の日も、その次の日もハヤテの母親は寝ては飲み、飲んでは寝る毎日を過ごし、ハヤテは学校にも行かず、コンビニご飯を買いに行くだけの生活を繰り返していた。
しかし戦場カメラマンに入れる様な高額な保険など、第一線で活躍した訳でもないハヤテの父親に入れた筈もなく、保険金も入らない、稼ぎ頭を失った母子の生活は日々困窮し、ついには所持金さえ底をついた。
お金もなく、売れる物ももはやなく、二人はここ数日食事さえ取れておらず、獣の巣ごもりの様な生活を続けた。そんなある日、売れる物がないか押入れの奥を探していたハヤテは、父親が試し撮りに使っていた一眼レフカメラが転がっているのを見つけ、
(そうだ! お母さんに、元気が出る写真を見せてあげれば!)
朝から残りの酒をあおり、リビングで酔いつぶれて寝ている母親を起こさない様に、ハヤテはそっと久方ぶりに外へ出ると、町中自分の足で行ける全てに赴きカメラを向け、
「みんな! 写真を撮らせてぇ! お母さんを元気にしてあげたいんだぁ!」
久々にした自然な笑顔で、物、花、木、様々な物達をカメラに次々収めて行った。
空腹で辛くはあったが、母親に笑顔を取り戻してもらいたい一心でシャッターを切り続けた。
やがて陽も傾き始め、
「良し!」
満足気に頷くハヤテが家に帰ると、母親が起きていた。
「ハヤテ……どこ行ってたの……」
ダルそうな声を発すると、
「あのね、お母さん!」
笑顔で言いかけたハヤテの手にカメラを見つけた母親は、
「何なのコレはァ!」
怒りの形相でカメラを取り上げた。
「えっ!? あっ? お母さんに喜んで!」
「私にカメラだ、写真だ、見せるんじゃないわよ!」
振り被るとカメラを壁に向かって投げつけ、
「ダメェーーー!ッ」
投げられたカメラを守ろうと飛び出したハヤテの額にカメラが直撃。
「うっ!」
うめき声を上げ、体の制御を失い勢い余ったハヤテは、
ゴォッ!
後頭部を激しく壁にぶつけ、そのまま気を失った。
意識なく横たわるハヤテの額から、とめどなく溢れ出す真っ赤な血。
「あ、あぁ……あぁぁぁ……!」
母親は自分のしでかした事の重大さに恐怖し、頭を抱え、震え、発狂寸前。
ハヤテは微かな意識の中、遠くに救急車のサイレンの音が聞こえ、
(お母さん……ごめんなさい……)
完全に意識を失った。
数時間後―――
ハヤテが意識を取り戻したのは病室のベッドの上であった。
「ここは……」
ぼんやり天井を眺めていると、白衣を着た男性が顔を覗き込み、
「気が付いたかいハヤテ君。何処か痛い所はないかなぁ~~~」
「う、うん……おでこが……少し痛い……」
「うんうん、そうだねぇ。おでこ以外は平気かな~?」
「うん……平気……」
「そうかそうか。強いねぇ~えらいねぇ~ハヤテ君は」
優しくニッコリと笑う白衣の男性に、
「病院……白衣……先生……?」
「そうだよ。怪我をして運ばれたんだけど、ちゃんと先生が治療したからね。もう安心だ」
「ありがとう先生……あの、お母さんは……?」
すると一瞬医師の顔が硬直したが、すかさず看護師が、
「い、今はちょっとね、お母さん、お忙しいそうよ。ほら色々あったから」
「そうか……そうなんだ……うん……分かった」
横になるものの、意識を失う直前、かつて一度だけ耳にした記憶のある、ドサッと言う音を聞いた事を思い出したハヤテは飛び起き、
「イテッ!」
額を抑え、
「は、ハヤテ君、横になっていないとダメじゃないか!」
制止する医師の両腕を掴み、
「ボク、ヘンな音聞いた! あの音、昔聞いた事がある! お母さんは本当に無事なの!」
暴れ落ち着こうとしないハヤテに「やむおえない」と判断した医師は、
「……来なさい」
ハヤテを地下階に連れ、とある扉の前に立った。
「先生……ここは?」
すると医師は少し言いにくそうに、
「遺体安置所だよ」
「えっ?」
その言葉を聞くのは二度目である。
意味をすぐ理解したハヤテが扉を開けると、白い布を掛けられた何かが横たわっているのが目に飛び込んで来た。
父親が死んだあの時と同じ、閉まる瞬間微かに見えた扉の向こうのあの光景。
「う……うそ……うそだ……うそだァーーーーーー!」
へたり込み泣き叫ぶハヤテは、この日全てを失った。
数日後執り行われた葬儀の後、失意のハヤテは父方の遠縁だと言う、子供のいない中年夫婦に引き取られた。
学校は今まで通り通わせてはもらえたが、みな遠巻きにハヤテを見るだけで、ハヤテ自身も教室に居心地の悪さを感じ、残りの二年は保健室で無気力にただ学び、卒業式もクラスメイトとは別のまま小学校を去り、更新されないホームページと共に「奇跡の写真」も、次第に人々の記憶から消えて行った。
時は流れ―――
明るい朝日の射しこむ、どこかの家のダイニングキッチン。
少し大人になった私服のハヤテが、遠縁夫婦と三人で朝食をとっていた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えたハヤテが丁寧にお辞儀をし、食器をまとめて流しに運ぶと、
「ハヤテ君、今日は学校に行くの?」
女性の問に、食器をシンク内に置く手が止まり、ハヤテが返答に困っていると、
「あんな学校に行く必要はない! ハヤテ、気にするな」
「でも、お奈須さん……ハヤテ君の学歴に……」
「必要なら通信教育でも何でも構わんし、学歴が関係ない仕事に就けば良い!」
温かくも力強い、男性の言葉にハヤテは振り返り、
「すみません」
静かに頭を下げるその姿に、明朗闊達であった幼い頃の面影はなかった。
そして熱い口調で語るこの中年男性は「東 奈須之(あずま なすの)」葬儀の後、身寄りのなくなったハヤテを引き取ったあの人物である。
「お気遣いありがとうございます、小町おばさん」
妻と思われる中年女性にも頭を下げた。
妻の名前は「東 小町(あずま こまち)」。彼女はハヤテの事を聞くなり、奈須之より先に名乗りを上げ、経験の無い子育てに二の足を踏む夫の奈須之を説得した人物である。
「では、出かけてきます」
再び二人に頭を下げると、
「男があまりペコペコ頭を下げるもんじゃない。お父さんとお母さんには挨拶したのか?」
「はい。では行って来ます」
よそよそしく小さく笑うハヤテはダイニングを出て、家を後にした。
困惑顔の奈須之は、ハヤテが去ったダイニングの扉を見つめ、
「アイツが立ち直るきっかけが、何かあれば良いんだがなぁ……」
「お奈須さん、そろそろ行きませんと会社に遅れますわよ。もう少し待ってあげましょ」
「……分かった」
奈須之はため息混じりに笑い、ゆっくり立ち上がった。
ハヤテは入学初日、とある事件により学校に行かなくなっていた。
しかし叔父夫妻はそれをとがめる事も無く、事の成り行きをタダ見守っていてくれていたのであった。
通勤通学ラッシュ前の早朝、人気の少ない歩道を歩くハヤテがいるのは東京都K市。
高層ビル群とは無縁な東京とは思えない緑豊かな町に、小学校卒業後、叔父の仕事の都合で引っ越して来たのである。
この町や近隣の市には大きな公園がいくつかあり、中には市をまたぐ物や、町なかに山まである町もあり、ハヤテが学校にも行かずに向かっているのは、そんな大きな公園の一つ、N川両岸に沿って作られたN公園である。
この公園、隣接するM公園と合わせると三市にまたがる大きさがあり、中にはアスレチック遊具やバーベキュー施設の他、様々な植物を屋外で育てる無料の自然観察園、更にはそこに住む動植物たちの生態系を知る事が出来る自然観察センターまで備えていた。
更に付け加えるなら、M公園側では東京都内で植えられる街路樹なども栽培されている、とにかく広大な公園なのである。
ハヤテは二つの公園の境道を通りN公園側に入ると、川べりの土手に腰を下ろした。
この時期M公園側は桜の回廊が姿を現し、平日の昼でもそれなりの人の行き来があり、人混みが苦手なハヤテはそれを敬遠したのであった。東京都に数多くある桜の名所の人混みに比べれば、どうと言う混み合いではないのだが。
N川は総延長ニ十・五キロメートルにも及ぶ一級河川であるが、公園内を流れる部分は子供が入って遊べる、幅は二メートルあるかないか、深さも子供のひざ下位である。
そんな一級河川とは思えない小川をハヤテはぼんやり見つめ、ただ時間を消費するのが最近の日課となってしまっていた。
部活の朝練習であろうか、土手を同年代の学生達が走り抜け、通学にはまだ早い時間帯、少なくはあるが制服姿の学生達が通り過ぎる度、胸の奥に何かがチクリと刺さり、
「俺……何をしてるんだろ……」
しかし言葉が頭をよぎるだけで、今のハヤテには何もする気が起きなかった。
そんな時間を浪費する様な毎日を過ごしていたある日、いつも通り川べりに腰を掛け水面を眺めていると、遠くから何か喚き声が聞こえ、やがて声は真っ直ぐ急速にハヤテの背中に向かって近づいて来て「何事か」と振り返ると、
「どいて! どいてぇ! どいてぇーーーッ!」
制服姿の少女がハヤテに向かい一直線、血相変えて全力疾走、迫って来ていた。
「ちょ、ちょっまっ! コッチ来んなァーーーッ!」
突然の事に、座ったままのハヤテが逃げ遅れ、慌てふためいていると、
「み、な、い、でぇ~~~!」
勢いそのまま少女はハヤテの頭上を、スカートを抑え正座したまま大ジャンプ。川の中央に着水した途端、
「待ちやがれぇーーー!」
何かの喚き声がハヤテの耳に届くと、少女は手にしていた棒切れを大きく振り被り、
「ご、め、ん、な、さぁーーーい!」
フルスイング。
パカァーーーンッ!
何かが棒切れに当たる音と共に、
「手荒い謝罪ありがとしたぁーーーーーーっ!」
声を引きつつ、キラリッ! 何かは星になって消えた。
棒切れを片手にゼェハァゼェハァ肩で息する少女。はた目から見れば危ない人物である。
(こ、こういう時、一応声かけた方が良いよな……)
「な、なぁ……」
社交辞令的にハヤテが声掛けしようとすると、黒ぶち眼鏡少女は棒切れをハヤテに向け、
「見たァ!?」
「へぇ? えぇ……と……何を……?」
「ぱ……」
「ぱぁ?」
「ボクのパンツを見たのかって、聞いてるんだよ!」
恥ずかしさと怒りどちらなのか両方なのか、赤面した眼鏡少女は棒切れを再び振り被り、
「すぐ忘れろッ! 今スグ忘れろッ! 忘れてないなら忘れさせてやるッ!」
「ワァ~~~ッ! 見てない見てない「白いヒラヒラ」なんてぇ! あっ……」
一瞬の沈黙の後、
「このヘンタァーーーイッ!」
「人にパンツ見せつけた挙句、初対面の人間をヘンタイ呼ばわりって、お前どう言う!」
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサァーーーイ! この!」
がなる眼鏡少女の動きが急に止まり、
「ハクチューッ!」
くしゃみをすると、
「……どうでも良いけど……お前いい加減上がらないと風邪ひくぞ」
しぶしぶ右手を差し伸べるも、
「ヘンタイの施しは受けないよ!」
眼鏡少女は自力で岸に上がると草むらに座り込み、濡れた靴とソックスを脱ぎ捨てた。
「可愛くねぇ~の」
「お互い様!」
「そう言えば、さっき追い掛けて来てたのスズメバチだろ? 何したんだ?」
「何って……花に止まってたから、写メ撮ろうとしただけだよ」
ハヤテの前でスマホを振って見せた。
「お、お前……まさか接写……」
「接写で撮らないと、小っちゃくて何だか分からないじゃないか。悪いの?」
「良い訳ないだろ! お前、自分が食事してるとこ接写で撮られて平気か?」
ハヤテのツッコミにポンと手を一つ叩くと、
「おう、なるほど!」
頷く眼鏡少女に、呆れ顔のハヤテは大きなため息を一つ吐き、
「よく刺されなかった」
「なぁになぁに~? ボクを心配してくれてるのかい?」
眼鏡少女が妙に嬉しそうにすると、ハヤテは小声で、
(人が死ぬ所を見たくないんだよ……)
「ん? 何? 何て言ったんだい?」
近づける顔をハヤテはグイッと押しのけ、
「何でもない! それより不良娘、学校はどうした?」
「入学初日に、来るなって言われたのさ!」
あっけらかんと明るく答える眼鏡少女に、
「はぁ? なんだそれ!」
「深刻な持病を持った奴が来ると、学校が迷惑するんだってさ」
「…………」
「この制服ね、嫌がらせで着てるの」
「嫌がらせ?」
「そう。平日の昼間にこの制服着てウロウロしてたら、学校の評判にキズがつくだろ?」
一瞬ヒカリの事が頭をよぎったが、それを振り払うかの様に、
「お前、俺と同じ一年か。どこの学校……って、俺の学校の制服じゃん!」
「因みにボクは一組だよ」
「俺のクラスじゃねぇ~かよ! そう言えば俺の隣の席、空き席だったな様な……」
「じゃあ今度はキミの番!」
「はぁ?」
「何で君は学校に行っていないんだい?」
「…………」
「さぁさぁ、良い子だから、お姉さんに話してごらん」
「お前、何キャラだよ」
ハヤテは小さく笑うと、
「……殴ったんだよ」
「殴ったぁ?」
「初日の自己紹介の時……ちょっかい出して来た奴がいて……」
「よく大事にならなかったねぇ」
するとハヤテは、懐から指一本分ほどの小さな機械を取り出し、
「コイツのお陰さ」
少女に見せた。
「小型のムービーレコーダーかぁ……」
「まぁな」
入学式当日―――
体育館で校長の式辞や在校生からの祝辞など、一通りのイベントを済ませた新入生達はそれぞれの教室に移り、担任となる教師から今後の説明を受けた後、一人ずつ教壇の前に立って自己紹介を行う事になった。
クラスにいるのは地元の小学校から上がって来た生徒達で互いに見知った顔も多く、かたやハヤテは他県から移住して来たばかりの、言わばよそ者。付け加えるなら、歳不相応と思える数々の苦悩を背負って来た今のハヤテは前へ出る事、他者と関わりを持つ事を嫌い、見た目からしてお世辞にも社交時とは言えず、初日から格好のからかいの的となっていた。
「東ハヤテ!」
教師に呼ばれ前に移動する間でさえ、
「名前負けしてねぇ?」
「なぁ~に? 暗ぁ~い」
そこかしこから、クスクスと笑い声が聞こえた。
しかしハヤテは気にする風もなく教壇へ向かうと、一人の男子生徒がハヤテを転ばせようと言うのか、突如足を出して来た。が、何事も無かったかの様に教壇に立つと、
「チッ!」
足を出した男子生徒が聞こえる様な舌打ちをし、暗い目をしたハヤテは、
「東ハヤテです」
だけ言い席へ戻ろうとすると、再び男子生徒が足を出し、ハヤテは、今度はわざと引っかけ転んで見せた。
教室内に沸き上がる爆笑と、教師はさして叱る風でもなく、
「何をしている!」
半ば呆れた声を上げると、男子生徒は悪びれた様子も見せず、
「わりぃわりぃ、俺足長くてさぁ~~~!」
笑って見せると、教室が更なる笑いに包まれた。
しかしハヤテは顔色を変える事無くゆっくり立ち上がり、何も言わずそのまま自席に移動しようとすると、歯牙にもかけないその姿が癇に障ったのか、
「ちょっと待て!」
男子生徒が苛立った表情を浮かべ立ち上がり、ハヤテの肩に手を掛けた次の瞬間、ハヤテの右拳がみぞおちに突き刺さった。
「ゲぇ……ッ、ガぁハッ……」
正常な呼吸が妨げられ、苦しそうに両手で床を叩く男子生徒。
静まり返る教室内で、ハヤテはゆっくり自席に戻るとカバンに教科書を詰め、
「具合が悪くなったので帰ります」
帰り支度を整え、当たり前の事の様に立ち上がった。
「待ちなさい!」
制止しようとする男性教諭を、眼光一撃で逆に制止。頭を下げると、教室を後にした。
当然ハヤテは次の日、奈須之と共に学校に呼び出され、二人が校長室へ入ると、そこには校長の他に、担任教師と例の男子生徒が、母親と共に待ち構えていた。
「うちのハヤテは、無暗に人に手を出したりはしない!」
奈須之が開口一番言い放つと、男子生徒の母親は、
「何ですそれは! うちの子を殴っておきながら謝罪もないなんてぇ!」
「おおかた手を出される様な事をしたんでしょ!」
下がる気など微塵も見せず、奈須之が男子生徒の目を見下ろすと、生徒は目を背けた。
「どうなんですか、ツルギ先生。実際の話、その辺のところ」
校長が平静を装いつつツルギに尋ねると、
「こう言っては何ですが、東君は自己紹介の前から、何か彼に含む所があった様で……」
「やっぱり、退学ですわ退学! こんな狂暴な生徒がうちの子と同じ教室になんて、あーーーもう考えただけでぇ!」
母親がヒステリックな苛立ちを露わにし、実際殴ってしまっている分、分が悪い奈須之が反論する材料を考えていると、沈黙していたハヤテがおもむろにタブレットを取り出し操作し始めテーブルに置くと、
「こら東! 貴様こんな時に何をしている!」
激高するツルギ達の眼前に滑らせた。
大音量で再生される動画を目にしたツルギと母親は、急に黙り、次第に顔色を変えた。
そこには、ハヤテに対して誹謗中傷を繰り返す生徒達と、それを止めもしないツルギ、そして足を出した上に逆ギレする男子生徒の一部始終が映っていたのである。
「ネットに上げるか、教育委員会に提出しようか?」
冷めた目をしたハヤテはグウの音も出ないツルギ達を見下ろすと、タブレットを机から取り上げ、メモリーカードを引き抜きテーブルの上に放り投げた。
「おじさん、迷惑かけてゴメン……帰ろう」
しかし奈須之はハヤテを叱るどころか頭を下げ、
「私こそすまない。どうやら私は、お前を入れてやる学校を間違えたようだ」
奈須之は固まる校長達にいちべつくれ、ハヤテと校長室を出て扉を閉めた。
途端にツルギと母親は我先にとメモリーカードを奪い合い、その場で二つにへし折り安堵した顔を見合わせると、再び扉が開き無表情のハヤテが顔をのぞかせ、
「因みにそれコピーです。では失礼します」
再び扉を閉めた。
話を聞き終えた少女は、
「アハハハハハハハハハハハハァ!」
愉快そうに大笑いしだし、
「おっ……お腹痛い……ボクに「来るな」って言ったの、その教師だよ! キミ最高だよ!」
「まぁ、お陰でこのザマだけどな」
さして困ってはいないが、困った風に笑って見せるハヤテに、
「ハハハ……こんなに笑ったの久々」
少女は笑い過ぎの涙目を拭うも、川で体が少し冷えたのか、小さい身震いをした。
「冷えたんじゃないのか?」
「ハハハ……みたいだねぇ」
小さく笑う少女の肩に、ハヤテは上着を脱ぐとかけてあげ、
「ちょっと待ってろ! 俺の家、すぐ近くなんだ!」
「ありがとう、でも!」
「大丈夫! 直ぐ戻るから!」
ハヤテは全力で自宅に戻るとリビングに駆け込み、
「小町おばさん! 女の子が川に入って濡れて、冷えてそれで、だから服を!」
生き生きしたハヤテの姿に、
「落ち着いてハヤテ君! 分かったわ! 上着と履物くらいで良いのかしら!」
手早く数点見繕いハヤテに手渡すと、
「ありがとう!」
ハヤテは慌ただしく家を飛び出して行った。
足が前へ前へと勝手に前に出る。
まるで気持ちだけ彼女の下へ先に行き、体がついて来ていない様である。
「おぉーーーい!」
土手が見える橋の欄干に辿り着き声を上げたが、見下ろす先に、誰もいなかった。
まるで初めからその場には誰もいなかったかの様に、土手は静まり返っていた。
「…………」
うつむくハヤテは叔母に用意してもらった衣類を携え、家に帰った。
「ただいま……」
「あら、早かったのね。女の子は大丈夫だったの?」
「……多分……居なかったから」
「ごめんねハヤテ君……私がノロノロしていたばっかり」
「ちがッ! 違うよ小町おばさんは……」
ハヤテは頭を下げると、借りた衣類を小町に手渡し、
「ありがとうございました……少し、部屋で休みます」
薄く笑うと、ハヤテは二階の自室へと上がって行った。
かける言葉が見つからず、ただ、その背中を悲し気に見送る小町。
それから数日ハヤテは同じ場所に、同じ時刻、座ってみたが、少女は姿を現さなかった。
そして一週間が経過した日の夜―――
ハヤテはとある行動に出る覚悟を決め、一夜明けるとクローゼットから予備用のブレザーを取り出し纏い、階下に降りた。
学校に再び行く事などないと思っていた奈須之は、少し驚いた表情でハヤテを見つめ、
「……行くのか?」
「はい。どうしても、確かめたい事が出来たんです」
そう語る表情は、昨日までの抜け殻の様な顔ではなく、明らかな意志を持っていた。
奈須之はハヤテの表情に頷くと、
「行って来い」
その短い一言に全ての意味を込め、思いを受け取ったハヤテは、
「はい!」
今までにない生きた返事を返した。
久々入った教室で、ハヤテは生徒達から驚きと嫌悪と、様々な排他的感情を向けられた。
しかし触らぬ神に祟りなし、遠巻きに陰口をたたく者はいても、余計な手出しをしてくる者はおらず、例の男子生徒も時折チラチラと様子を伺うだけであった。
どちらにせよ、内に大義を抱くハヤテにとっては些末な事で、歯牙にもかけず自席で黙って外を見ていたが、やはりと言うべきか、鐘が鳴っても隣の席は空いたままであった。
担任教師のツルギも教室へ入るなり、ハヤテの姿に一瞬驚いた顔をしたが、
「……がいないなら、まぁ良い……」
疎まし気な表情を浮かべ誰かの名前を呟くと、教壇に立った。
(今、確かに……言った……)
ハヤテの予感は半疑に変わり、ホームルーム終了に伴いツルギが退室すると同時に教壇に駆け寄ると、出席簿を開き、焦る手で上から順に辿った指は、
「あった!」
とある名前でピタリと止まり、確信に変わったハヤテは教室を飛び出した。
「先生!」
「なんだァ!」
あからさまに迷惑そうな顔をするも、ハヤテは気にもせず、
「俺の隣の席……」
「あ? あぁアイツか……アイツがどうした? なんか重い持病あるらしくてなぁ。まったく、来られても迷惑なだけ……って、まさか、お前の知り合いかぁ?」
「そう言う訳じゃ……ただ、さっき配られたプリント渡そうかと思って」
「ん? 家の場所を知ってるのか?」
「そう言う訳じゃ……」
「何言ってんだお前」
呆れた顔をしてツルギが、その場を去ろうとすると、
「先生……取引しませんか?」
「はぁ?」
「教えてくれたら、この間の「元データ」を渡します」
するとツルギの顔色が変わり、
「……本当か?」
小声になると、ハヤテも声を潜め、
「実は今撮っている映像ごと、先生に渡します」
ツルギはしばし考えると、
「分かった」
教員用のタブレットを操作し、ハヤテに住所を見せた。
「ありがとうございます」
メモを取ったハヤテは胸元からペン型のムービーレコーダーを外し教師に渡すと、
「先日のデータも中に入ってます。では、東は体調不良で早退します!」
去るハヤテの背を苦々しく見つめるツルギは、その場でレコーダーをへし折った。
一旦教室に駆け戻ったハヤテはカバンを回収して学校を飛び出すと、懐からもう一つムービーレコーダーを取り出しスイッチをオフ。
「悪いね先生! 悪党相手に持ちのカードを全部切るほど、お人好しじゃないんだよ!」
ニヤリと笑い、ハヤテは協力的に? 教えてもらった住所目指してひたすら走り、
(会える……会えるんだ……今すぐ逢いたい!)
「ヒカリーーーッ!」
ハヤテが名簿を辿る指を止めた名前、それは「東海林 ヒカリ」であった。
いくつもの路地を駆け抜け、黄色い単線電車が眼下を走る小さな歩道橋の上のを走り、やがてハヤテはとある門の前で足を止めた。
メモに書いた住所の建物は敷地が見えない位高い塀と木々に囲まれ、入り口は屋根瓦の乗った重厚な門でがっちりと閉ざされていた。
(ここにヒカリが……でも……)
「どうしよう……」
勢い任せで来ては見たものの、この先どうすれば良いのか分からない。
しかもこれだけの屋敷。もし人違いだったらゴメンで済むとは思えず、そうなれば当然散々迷惑をかけている叔父、叔母に、今まで以上の迷惑をかける事になる。
どうしたものかと門の屋根瓦を見上げ、途方に暮れていると、
「ちょっとそこのあなたッ!」
強い口調で呼ばれ振り返ると、そこには黒と白のメイド服を纏った女性が立っていた。
しかし女性は振り返ったハヤテを観察する様に目を凝らすと、
「……もしかして……ハヤテさま……?」
「……かなえ……さん?」
髪形や雰囲気は以前と少し違うものの、その女性はメイド長の「かなえ」であった。
「キャーーーッ! ハヤテ君、おひさぁーーー!」
すっかり自が出て、跳ねる様に喜ぶかなえに、
「ど、ども。御無沙汰しています……」
「ウンウン、大人になっ……コホンッ! 失礼、ご立派になられましたねハヤテ様」
本業を思い出し、今更ながら自を隠すと、
「ヘンに気を遣わなくていいですよ」
「そぅお? でも本当……色々あった事は聞いております。ヒカリ様に会いに来られたのでしょう?」
「はい……でもお恥ずかしい話、先日会った時には全然気が付かなくて……」
「フフフフッ。まぁ、とりあえず中へどぅ~ぞ」
「失礼します」
かなえの後に続き門をくぐると、
「実はヒカリ様、数日前にハヤテ様を公園で見かけて以来、ずっと声をかけるチャンスを窺っていたそうなんですよ」
「えぇ!? そうなんですか? 気付かなかった……声、かけてくれれば良かったのに……」
「それは……わたくしの口からは何とも……。因みに眼鏡は変装だそうですよ」
クスリと笑うかなえはガラス格子の玄関扉を開け、ハヤテを中へと促した。
外観同様屋敷の中も純和風で、東京の実家であるこの建物を見ると、ヒカリがA市のお高い食堂で目を輝かせた理由が何となく理解できた。
来客用の応接室ではなく、家族が生活する和室へと通されたハヤテは、
「少々お待ちいただけますか」
一人部屋に残された。
何と無しに見回す室内は手入れの行き届いた古民家、その様な形容がピタリと来る屋敷である。アンティークの柱時計が刻む心地良いリズムに、しばし耳を傾けていると、
「ウソーーーッ!」
どこかの部屋から聞き覚えのある叫び声がし、
「お風呂入ってないよ! パジャマどうしよう!?」
そんな絶叫まで聞こえて来て、
(ププッ、声デカ。丸聞こえじゃないか)
ハヤテは思わず噴き出した。
やがて何をしているのか、ドタバタドタバタと大騒ぎが聞こえたかと思うと、
「かなえさん! もういいよ!」
そんな諦め絶叫の後、小走りの足音が近づいて来て和室手前でピタリ止まると、入り口の障子の影からヒカリがそっと顔だけのぞかせた。
「ヒカリ、この間は気付かなくて悪かったな」
「……キミ……怒って……ないのかい?」
「へ? 何をだ?」
「だって……ボクが苦しい時は、いつもソバにいてもらっていたのに、キミが一番辛い時、ボクは手を差し伸べる事もしなかったんだよ……妻失格だよ」
「フフッ妻かぁ、懐かしいフレーズだな……もしかして川に落ちた時に手を取らなかったのも……」
静かに頷くヒカリ。
「正直、恨んだ時期もあったさ。誰だってへこんだ時、つい誰かのせいにしたくなるからな。でもヒカリの家だって、あの時はそれどころじゃなかったんだろ?」
「……ごめん……でもそれって言い訳だよね……」
「つまんない事気にしてないで、こっち来いよ。風邪が悪化するぞ」
「えっ? 何で分かるの?」
「そんな鼻声してれば誰だってわかるさぁ。それにヒカリ……そ、れ、」
ハヤテが障子を指差し「何だろう?」とヒカリが視線を移すと、障子でパジャマ姿を隠したつもりが、中央がガラス張りとなっていて、ハヤテに丸見えだったのである。
「アハハハハ……ガラスなの忘れてた」
笑って誤魔化すヒカリは、静々と和室へ入って来た。
「大丈夫なのか? 川に浸かったせいか?」
「まあね。でも、もう大丈夫さ。明日からまた公園に行こうと思っていたんだ。キミに……ハーくんに逢いにね!」
「ハーくんは止めろよ……って、この感じも、なんか懐かしいな」
「うん」
微笑みあうハヤテとヒカリ。
「おじさんの会社は、もう大丈夫なのか?」
「うん。パ……お父さん凄かったよ。金に目が眩んだお神輿副社長一派に、負ける訳行くかって! 人徳なのかなぁ~A市支社の人達も、お父さんの為に動いてくれたんだよ!」
「そっかぁ~」
「ハーくんは、大丈夫?」
「色々あったけど、今お世話になってる叔父さん叔母さんには、本当に良くしてもらってる。不登校してるのが申し訳ない位だ」
「まぁ、その点に関しては、ボクも人の事は言えないかなぁ……」
「そう言えばヒカリ、いつから自分の事「ボク」って言う様になったんだ?」
「え? えぇ~と……それは……」
赤面して口ごもっていると、かなえが廊下を通り過ぎざま、
「ハヤテ様に会えない寂しさから口真似してたのが、癖になっちゃったんですよねぇ~」
「かなえさん!」
耳まで真っ赤になったヒカリから逃れる様に、足早に逃げ去って行った。
二人赤面してうつむき、なんとも気まずい雰囲気の中、ヒカリが突如思い出した様に、
「は、ハーくん! 写真は撮ってないのかい? ここ数年ページが更新されていないけど」
するとハヤテは少し寂しそうな顔をし、
「カメラが頭部を直撃して運ばれて以来、物達の声が聞こえなくなってさ、前みたいに撮れなくなったんだ。でぇ、今は止めちまった。つまんない写真撮ってたら、父さんに怒られそうだしな……」
「そうなんだ……」
ヒカリも悲し気な表情を見せ、二人静かにうつむいてしまったが、
「アレ?」
ヒカリがいきなり素っ頓狂な声を発して顔を上げ、
「ど、どうしたヒカリ?」
「ハーくん、この間ボクがスズメバチに追われてるって……よく気が付いたよね……」
「ん? あぁ~あれは「ありがとうございました」って……」
「ボクは言ってないよ」
「へ? じゃあ……」
「もしかして……って言うかあの蜂、殴られて喜ぶなんてMっ気の蜂?」
思わず笑い合う二人であったが、ヒカリがおもむろに顔を上げ、
「試してみようよ! 良い相手がいるよ!」
ヒカリはそう言うと、どこかへ走って行き、小走りで戻って来て、
「じゃ~~~ん! ハーくん懐かしいだろぉ!」
クマのぬいぐるみをハヤテの前に出して見せた。
「こだま号じゃないか! 懐っかしいぃ~~~!」
「この子は、ボク達二人の仲人みたいなものだから」
ヒカリはうっとりした表情でこだま号を抱きしめると、
「変わらないな、そう言うとこ」
ハヤテは笑って見せ、
「ハーくん、ボクにもお願いするよ」
ヒカリはそう言うと、額をハヤテに差し出し、目をつぶった。
「力が戻ってるか分かんないけど……いっちょやってみますかい!」
ハヤテが自身の額をヒカリの額に近づけると、突然ヒカリが目を開け、
「チュウしても良いよ!」
「ばっ、いっ、いいから……その……今は……」
「「今は」……か……」
ヒカリが嬉しそうに再び目をつぶると、
「ま、まったく……」
照れ臭そうに赤面するハヤテはヘンに意識しない様に自身も目をつぶり、ヒカリの額に自身の額を付け、昔やっていた様に物達との会話を強くイメージ。
「ヒカリ、良い筈だよ」
ハヤテがゆっくり目を開けると、ヒカリはすでに目を開けハヤテを見つめていた。
「ハーくん……」
「ヒカリ……」
自然の流れの様に、赤面する二人の唇が次第に近づいて行くと、
「まだ早やぁーーーい!」
ペペシッ!
二人は何かに頭を引っ叩かれた。
「「え?」」
振り向く二人の前に、腕組みして仁王立ちするこだま号の姿があった。
「やった……出来たぞヒカリ……!」
久々発動した力に、ハヤテが打ち震えていると、
「やったよハーくん! 素敵! 最高!」
ヒカリはハヤテに抱き付いた。
「ウオッホン!」
わざとらしい咳払いが背後からして二人が振り返ると、そこにはヒカリの父親の姿が。
「あ……アハハハハ……お、お久しぶりです……お父さん」
「私を「お父さん」と呼ぶなと…………久しぶりだねハヤテ君」
「お変わりない様で」
「お世辞まで言えるようになったか」
ヒカリの父親は小さく笑うと、
「それはそうと…………離れなさい!」
ハヤテに抱き付いたままのヒカリを、無理矢理はがそうとすると、
「イヤッ!」
久々に聞く、男を一瞬のうちに黙らせる、ヒカリ必殺の口撃。
幼少期から持つ、この心をえぐる様な鋭い一撃は、思惑の種類に関係なく、男心を容赦なくへし折るのである。
愛娘の絶対拒否に、うなだれるヒカリの父親であったが、ハヤテの何かに目を留め、
「そうか……ハヤテ君も身に付けてくれていたんだね……」
「「あっ!」」
二人はネックレスを胸元から取り出し、見せ合い、
「俺は……色々あったけど、このネックレスのお陰で頑張れた気がします」
「ボクも、お母さんのネックレスのお陰で寂しさを乗り切ったよ。いつか出会えると……」
ハヤテとヒカリが互いの手にしたネックレスを見つめ合うと、
「そうか……」
ヒカリの父親は感慨深げに頷き、
「時にハヤテ君、授業はどの程度進んでいるのかね。ヒカリの遅れ具合が、少々気掛かりでね」
「え? あのそれはどう」
聞き返そうとしたハヤテの口を、ヒカリは慌てて両手で塞ぎ、
「これから休んでいた分を教わる所なんだ! さぁハーくん! ボクの部屋へ行こう!」
ハヤテとこだま号の手を引き、ヒカリはそそくさと和室を後にした。
ヒカリはハヤテとこだま号を自室へ放り投げ、
「「イテッ!」」
こだま号とハヤテが、うめき声を上げるとヒカリは取り急ぎ扉を閉め、
「ごめんよ! ボク、学校に行ってる事になってるんだ! 風邪をひいてからは病欠で」
「えぇ!? なんで?」
「考えてみておくれよ! あのパ、……お父さんが事実知ったらどうなると思う?」
「…………大騒ぎ必死だね」
「だろう? その後、ボクはどんな顔して登校すれば良いのさ!」
「……でも日中ウロウロしてたら、いつかバレるよ」
するとヒカリが腕組みしてしばし考え込み、
「そうだ良い手がある!」
何やら嫌な予感しかしないハヤテが、
「なに?」
一応尋ねると、
「明日からハーくんの家で勉強しよう!」
「「えぇーーーーーーっ!?」」
ムンクの叫びの様に驚く、こだま号とハヤテ。
幼少期と相も変わらず、ハヤテに拒否権は無かった。
次の日から制服に着替えたヒカリは、さも学校へ行っている風を装い、家を出ると、ハヤテの家へと登校した。
流石に、更に迷惑をかけてしまう奈須之と小町には、包み隠さず事情を説明しておくことは怠らなかったが。
男気溢れる奈須之は予想通りと言うか、「ハヤテのみならずヒカリさんにまで!」学校に対する不信感と怒りを増し、家で勉強する事を快諾してくれた。
小町は言うと、朝から「どんな子が来るのか」「部屋は汚くないか」「トイレは汚れてないか」と、何故か嬉しそうに家の中をウロウロそわそわ歩き回り、逆にハヤテが、
「小町叔母さん落ち着いて。ヒカリはそんな細かい事」
ピ~ンポ~ン
インターホンが鳴った途端、
「はぁ~~~い! ハヤテ君、どいてぇ!」
ハヤテを突き飛ばし、玄関へ走って行った。
緊張と期待に胸躍らせる小町が扉を開けると、
「おはようございます」
制服姿のヒカリが朝日を浴び、キラキラ輝く様な笑顔を見せていた。
目鼻立ちの整った、容姿端麗なヒカリの姿に小町はうっとりし、
「まぁまぁ、あなたがヒカリさん!? とっても可愛いのねえ~! 上がって上がって!」
浮かれ過ぎではないか思われる程の笑顔を持って、ヒカリを家の中に招き入れ、
「お邪魔します、叔母様」
ヒカリは丁寧に靴を脱ぎ揃え直すと小町の後に続き、小町はリビングに入るなり、ひっくり返っているハヤテを見つけ、
「ちょっとハヤテ君、良い子じゃない! 叔母さん、断然気に入っちゃったわぁ!」
えらい喜びようを見せた。
「ボクなんて普通ですよ~。叔母様こそ「スベスベお肌」も、とてもお綺麗ですよ」
「え~嫌だわぁ~「お肌も」、なんてぇ!」
しばしハヤテが引き気味で、女子トークを眺めていると、
「あらやだ、私った長々と。ごめんなさいね。何かお持ちしましょうか?」
するとヒカリは、
「お気持ちだけで」
微笑むと、
「遠慮しないで~」
尚も気遣う小町にハヤテが、
「叔母さん」
「どうしたのハヤテ君?」
「ヒカリは……その……」
言いにくそうにしていると、昨日ハヤテに言われた事をハッと思い出し、
「ごめんなさい、ヒカリさん。無神経だったわ。嬉しくてつい……ダメねぇ~」
しょげた顔で頭を下げると、
「大丈夫です叔母様。お気持は確かに頂きましたから」
微笑むヒカリに、
「ありがとう、優しいのね。こんなに良い子達に嫌がらせする学校、益々腹立たしいわ!」
「仕方ないですよ叔母様。でも、ありがとうございます」
「何かあったら相談してね」
「はい」
小町はヒカリの笑顔に頷くと、
「勉強は……ハヤテ君の部屋でするのよねぇ?」
「はい。来客あった時、俺達二人の姿を見られると変な噂が立ったりして……叔母さん達に余計迷惑掛ける事になるから……」
「それは昨日も話した通り、別に構わないんだけど……」
「「だけど?」」
二人が首を傾げると、
「ハヤテ君、若さの激情に任せてヘンな事しちゃダメよ」
「し、しませんから!」
赤面して力強く否定するハヤテに、ヒカリが悲しそうな顔を見せ、
「……しないのかい?」
「うっ……」
ハヤテが言葉に詰まると、ヒカリと叔母の小町は顔を見合わせ笑い出し、からかわれた事に気付いたハヤテはヒカリの手をむんずと掴み、
「行くぞ!」
引っ張ろうとすると、ハヤテの体は一回転宙を舞い、
「え?」
ドンッ!
床に転がった。
一瞬の出来事に、何が起きたか分からないハヤテ。
「どうだいハーくん、ボクの合気道のキレは!」
自慢気に寝転がるハヤテを見下ろすヒカリ。
「ねぇ叔母様! 心配ないでしょ?」
「確かに」
無様に転がるハヤテを、ヒカリと小町は可笑しそうに見下ろした。
するとハヤテはヒカリを見上げたまま、
「なあ、ヒカリ……」
「なんだい?」
「ピンクのヒラヒラ見えてるぞ」
「ヒャッ! ハーくんのヘンタイ!」
赤面してスカートを抑えるヒカリ。
その日から二人はハヤテの部屋で八時半から勉強を開始し、昼食は持参した弁当で小町も交えて十二時から一時間。再び夕方まで勉強と、始業時間と終業時間を守り、時に笑い、時に厳しく議論を交わし合いながら、空白の数年を埋めるかの様に楽しい毎日を送った。
そんな生活が一カ月ほど続いたある昼下がり、ハヤテの家に、前触れなく一人の招かれざる来訪者が訪れ、二人の穏やかな時間に新たな波風が立とうとしていた。
やって来たのは担任のツルギである。
二人に合わせる訳にもいかず、叔母の小町が一人で対応する事となった。
彼と学校の対応に強い憤りを抱いていた小町は、ツルギを家には上げず玄関で、
「何の御用ですか」
丁寧ではあるが強い口調で切り出すと、
「単刀直入に申しまして東君、転校してもらえないですかねぇ」
「何ですって!」
「いえねぇ、うちの学校近々監査があるんですが、今監査に入られると東君とあと一人、学校としては非常に困るんですよ」
「元をたどればあなた方が!」
「ハイハイじゃあ伝えましたよ。玄関先で茶も出されず、失礼しました」
小町の言葉を聞かず、嫌味を残してツルギは出て行った。
「なんて学校なの!」
閉まる扉を睨み付け、小町が怒りを露わにすると、
階段の二階付近で様子を伺っていたハヤテとヒカリが、小町を気遣い階段を降り、
「小町叔母さん……」
「叔母様……」
「あっ、あらあら取り乱してごめんなさいねぇ」
二人に気付いた小町は逆に二人を気遣い、笑って見せた。
「叔母さんゴメン……結局、迷惑かけて……」
ハヤテが暗い顔をすると、小町は首を横に振り、
「あなた達のせいじゃないわ。今夜、奈須之さんと話してみるから大丈夫よ。二人は安心して勉強を続けて」
小町は微笑みを残し、リビングへと姿を消した。
部屋に戻り、扉を閉めたハヤテは扉に寄り掛かり、
「叔父さん叔母さんに迷惑かけずに今を打破する、何か手はないのか……」
「ハーくん……ボク、一人だけ心当たりがあるんだけど……」
ヒカリが手帳から名刺を一枚取り出し、ハヤテに差し出した。
「これは?」
「保健室の先生の名刺」
「……助けてくれそうなのか?」
「学校説明会の時「何かあったら」って、くれたんだ」
「連絡はしてないのか?」
「学校に行っても門前払いだし、電話をかけても保健室に回してくれないんだ……」
「頭に来るくらい徹底してるな……この名刺って、その先生から直接もらった物か?」
「そうだよ…………あっ!」
ニヤリとするハヤテの顔から、ハッと何かに気付いたヒカリが声を上げると、
「やってみる価値はあると思うぞ。うまくいけば反撃開始だ」
「うん!」
笑顔で応えるヒカリ。
数分後―――
和かな外光が差し込む、窓から入る風にレースのカーテンが揺れるとある一室で、一人の女性がスマホのバイブに気が付き、
「誰だい? こんな時間に珍しい……」
白衣からスマートフォンを取り出し、通話をタップした。
「おや? あぁ~東海林ヒカリかい? よく私の携番分かったじゃないか」
長い黒髪が印象的な女性である養護教諭は二言三言話すと、
「分かった。早速明日から来な」
終了をタップ、ニヤリと妖艶に微笑み、
「面白くなりそうだねぇ」
次の日の登校時間―――
学校の玄関は大騒ぎになっていた。
登校した生徒達が遠巻きに見つめる中、ツルギが普通に登校してきたハヤテとヒカリを怒りの表情で指差し、
「お前ら何しに来た! 来るなと言っただろーーーッ!」
「校舎の隅々に響わたるのでないか」と言う怒声を張り上げると、
「おや、二人とも早かったねぇ~」
白衣を纏った養護教諭が何食わぬ顔でやって来た。
「「黄(こう)先生! おはようございます!」」
挨拶する二人に、
「おはようさん。さぁて、行こうかねぇ~」
微笑み、二人を連れ立ちその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待てぇ! 黄先生、これはアンタの差し金か!」
黄と呼ばれた養護教諭がピタリ立ち止まると、ハヤテが小声で、
(先生、これ使う?)
先日ヒカリへの暴言を秘かに録音した「二個目のレコーダー」をチラリと見せると、黄は小さく首を横に振り、ツルギの方へ振り返ると、
「生徒を物扱いする様なアンタみたいのに、「アンタ」呼ばわりされる心外だねぇ!」
刺さるような視線でツルギを睨み付け、その目に、ツルギは一瞬ひるむも、
「た、たかが保健室の養護教諭が学校の意に背いて、タダで済むと思っているのか!」
「たかがと来たか……」
小さく笑う黄はツルギと正対すると、ガッと床を激しく踏み鳴らし、
「アタシ等養護教諭はアンタ等と同じく教員免許も持ったうえに、保健師の資格、中にはアタシの様に看護師とカウンセラーの資格を持ってる教員もいて、学校の心と体のケア、衛生管理までしてんだ! アンタみたいな教育忘れた三下腰ぎんちゃくが、養護教諭を舐めてんじゃないよ!」
黄の啖呵に、遠巻きに見ていた生徒達から、
「黄先生、カッケェーーー!」
「いやマジホレる~」
賛辞が上がると、不利を感じたツルギは苦虫を噛み潰したような顔して三人に背を向け、
「ドケッ! 貴様等、早く教室に行かんか!」
野次馬の生徒達に八つ当たりしながら去っていった。
「さて、アタシらも行くかい?」
黄がコロリと表情を変え微笑むと、ヒカリがニッと歯を見せ笑い、
「先生、男前~!」
「お、男前ってお前……喜んで良いとこなのかねぇ~?」
黄が複雑な笑顔を見せると、
「言葉のあやですよ、黄先生。俺達二人、先生に感謝してます」
「そっ、そうかい……ま、まぁ良いさ。じゃ行こうかねぇ~」
ハヤテの真っ直ぐな褒め言葉に、黄は照れ臭そうな顔を見せ、そんな彼女の意外な反応に二人は小さく笑いつつ、三人は保健室へ入って行った。
保健室内には、これからここで学ぶハヤテとヒカリの為に、イスが二脚と机代わりのテーブルが一卓用意されてあった。
黄は二人をイスへと促し、自身は自席に座ると、
「さて」
硬い表情で二人を前に切り出し始めた。
「まずはアタシの携番、どうやって知ったか教えてもらおうかねぇ。アタシは人に携番を教えない。返答次第によっちゃ~話はチャラ。有無も言わさず放り出すからね」
二人に向けるその鋭い眼光は、冗談でない事を物語っていた。
しかしハヤテは物怖じする事もなく、開口一番、
「先生、取引しませんか?」
「はぁ? 取引?」
つい今しがた助けてくれた相手にしていると思えない交渉を始めた。
「先生の秘密を口外しない代わりに、俺がこれから話す秘密も口外しない事を」
「はぁ? アタシの秘密?」
「何を言っているんだ」と言わんばかりの呆れ顔を黄が見せると、
「黄先生って……実は日本人ですよね?」
ハヤテが声を潜め伺うと、黄は小さく笑い、
「ハハハ……何を言い出すかと思えば、そりゃ今は日本国籍を得て日本人さ」
するとヒカリがニッと笑い、
「ヒントその一!」
続けてハヤテが、
「文科省」
黄の眉の端が少し動いた。
「ヒントその二」
「せんにゅ」
「分かった、分かったよ!」
ギョッとした顔で、慌てた様に黄が言葉を遮った。
「いったいアンタ等、どこまで、どうやって知ってんだい!?」
ハヤテはヒカリと顔を見合わせ、
「さて、どこまででしょう?」
笑って見せると、
「なるほど選択肢はないって訳かい。いいさ、その条件乗ってやるよ。で、種明かしは?」
するとハヤテは、黄が以前ヒカリに渡した名刺を取り出し、
「これですよ」
「ん? 名刺がどうかしたのかい? 学校の代表番号しか書いてないが……」
「ハーくんは、名刺に教えて貰ったんだ!」
「ハーくん言うな」
ハヤテがツッコミを入れている間に、黄は大きなため息を一つ吐き、
「大人をからかうのは、およし。中二病ってヤツかい?」
呆れた顔をすると、
「ヒカリ!」
「あいよッ!」
ヒカリは返事を返すと、黄の頭を両手で抑えた。
「ちょ、何するんだい! って東海林、アンタ凄い馬鹿力!」
「チッチッチッ! 先生、これ力じゃないんだな。ちょ~っと、ジッとしててねぇ」
そうこうするうちに、ハヤテの顔が黄の顔に近づき、
「なッ、何をする東!」
動揺する黄の額に、ハヤテは自身の額を付けイメージ。
一分も経たないうちにハヤテは額を離し、ヒカリが手を離すと、
「な、何だいアンタ達……アタシに何かしたのかい!?」
うろたえる黄の前に、ハヤテは先程の名刺を差し出し、
「名刺くん、黄先生の所属部署を教えてもらえるか?」
ハヤテの小芝居の様な言動に目が点になる黄であったが、次の瞬間絶句した。
「おうハヤテ! 昨日も教えたろ、物覚えの悪いヤツだな! 「文部科学省 監査部 特殊内定二課」だよ! 覚えたか!」
「名刺くん、サンキュー」
「おうよ! そうだ丁度いい! こらガサツ女、俺達モノをもう少し大事に扱え! あの汚い散らかり放題の部屋は何だ! そんなんだから嫁の貰い手が」
バシッ!!
黄が異様な眼光を放ち、悪態つく名刺を机に押し潰す様にぶっ叩いた。
二度と動く事のない名刺を、鬼の形相で睨み付け、
「……合点はいったよ」
ため息を吐く黄は冷静な口調に戻り、自席に深く腰掛け直すと、
「アンタ達が小学一年の事件、どうにも腑に落ちなくてねぇ~。聴取しようにも誰も何も答えない……いや答えられなかったってのが、よ~く分かったよ。下手したら病院送りだ」
「先生、ハーくんの事……」
「あぁ契約は守るさ。まぁ言った所で、アタシの頭が疑われるだけだろうしねぇ~」
笑って見せる黄は、
「良い事を教えといてやるよ。この学校の黒い噂は有名でねぇ、地元教育委員会との贈収賄、教科書選定の賄賂に接待、現金授受による裏口入学斡旋に推薦入試生徒の選定、口利き代わりの買春行為、まあ数え上げたら枚挙にいとまがないのさ。なんで捕まらないか分かるかい?」
「「…………」」
「バックに地元教育委員会の大物がいて、告発する事が出来なかったのさ。だからアタシしに白羽の矢が立った。でも、何で急にこの学校に監査が入る事になったと思うさ」
難しい大人の話に連発に、眉をひそめ顔を見合わせるハヤテとヒカリに、
「東海林、アンタのオヤジさんの働きかけだよ」
「えっ? パパの?」
「アンタの苦悩、初めから全部知ってたのさ」
「そんな一言も……」
「自分が出張ると大事になると知ってて、我慢してたのさ。でもそれも限界。今回の事でブチ切れちまった。そりゃそうさ、愛娘をここまでコケにされて黙ってる親がいると思うかい?」
「ハハハハ、ヒカリのオヤジさんらしいな」
ハヤテが笑って見せると、
「何言ってんだい」
「え?」
「お前んとこの叔父さん叔母さんも、地元の教育委員会に何度も抗議しに行ってんだよ。揃いも揃って良い親を持って羨ましいかぎりさ」
嬉しそうに顔を見合わせ笑う、ハヤテとヒカリ。
「ねぇアンタ達、この学校のパンフとかに乗ってる、有名校への進学率の高さと、いじめ問題発生件数とか、ヘンに感じなかったかい?」
「そう言えば、幾つか学校案内見たけど、中でも異常に数字が良かった気がする」
「確かにな。実際入ってみて「パンフと随分雰囲気違うな」とも思ったけど……」
「どういうカラクリか分かるかい?」
「「う~~~ん……」」
「ハイ時間切れ。学校の規格に合わない生徒、学校が不要と判断した生徒を、全員自主退学させてるのさ。だから結果として、数字上の評価だけ良い方に転がるって事なのさ」
「えぇ!?」
「それもあって、俺達を自主退学させようとしてたのか!」
「しかも学校から退学言い渡されるよりは良いだろうって、脅しまでしてねぇ」
「で、でもハーくん、いくら教育委員会の後ろ盾があるって言ってもそんな強引……」
「だよな。「ハイそうですか」って、みんながみんな従うとは」
「内申書だよ」
「「内申書?」」
「その中に「行動の記録」ってのがある。生徒の行動について教師が書く評価項目さ。下手書かれると、その後の進路全てに差し支える。アイツ等はそれを盾に、反論しようとする保護者を黙らしちまうのさ」
「なんて奴等だ!」
怒りを露わにするハヤテに、黄が顔色を曇らせ、
「だだ……ねぇ~」
「「ただ?」」
「今監査に入っても証拠がない……あのタヌキとキツネ、中々尻尾を出しやがらないのさ」
「「タヌキとキツネ」」
二人は丸顔した校長と、三角顔した教頭の顔を思い出し、ププッと噴き出した。
「言い得て妙だろ? でもねぇこの学校の膿を出しきるには、あの二人の排除は必須なのさ。でも肝心の証拠がない……実行役はツルギが全てやっていて、下手したらトカゲのしっぽ切り、あのオヤジが捕まってハイ終了って落ちになっちまう」
悔し気な顔をする黄に、ヒカリが不思議そうな顔をし、
「黄先生、ツルギ先生は、なんでそこまでして校長達の使い走りをしてるの?」
「五年前になるかねぇ。その頃のツルギは、納得行かないと事があると校長教頭に果敢に立ち向かい、生徒のプライベートにまで首ツッコんで悩みを聞く、熱血教師だったそうさ」
「それがどうして?」
「仇になっちまったのさ」
「「あだ?」」
「当時イジメで悩んでいた生徒がそれをプレッシャーに感じたらしくて、遺書も残さず自殺しちまったのさ。「深入りし過ぎたせいだ」って、散々世間から叩かれてねぇ。その時、ツルギを全面的に擁護したのが校長達で、以来アイツは言いなりさ」
「先生、詳しいんだ」
ヒカリが感心して見つめると、黄はフッと小さく笑い、
「アタシが、潜入班への異動を決意した事件だからねぇ」
「「…………」」
重苦しく静まり返る室内で、ハヤテが急に立ち上がり、
「ならやる事は決まった! 行こう!」
「ツルギのとこへかい?」
「違う!」
するとヒカリも何か気付いたらしく、
「そうか!」
笑顔で立上り、
「なんだいなんだいアンタ達だけで盛り上がって……アタシは蚊帳の外かい?」
不服そうな顔で見上げる黄に、ヒカリは手を差し伸べ、
「そんな良い先生だったなら、昔を取り戻してもらえば良いんだよ!」
「全ての鍵は、亡くなったその子にある」
ハヤテも手を差し伸べると、黄は再びフッと小さく笑い、
「なるほどねぇ」
二人の手を取り、イスから立ち上がった。
数日後―――
黄がツルギを連れて保健室へやって来た。
ツルギに、先に入る様促す黄。
警戒感を抱きながらも渋々保健室に入ると、患者用の丸イスに座り、
「でぇ? 校長先生が不利になる証拠の品とは何です!」
不愉快そうに振り返ると、黄がガチリと鍵を掛けた。
「何のマネだ女狐め、今度は何を企んでる!」
「「企む」なんて、失礼だねぇ。邪魔されず、話がしたかっただけさ。まぁ、話すのはアタシじゃないけどねぇ~」
「下らん! やはり来るんじゃなかった!」
立ち上がろうとすると、ヒカリが物陰から飛び出しツルギの右手首関節を捻って、
「イテテテッ!」
動きを封じて強制的にイスに座らせ、
「東海林! 貴様こんな事してタダで!」
「先生、チョットだけボク達の話を聞いて欲しいんだ」
黄は、顔は笑顔のままツルギの前に仁王立ちし、
「ツルギ、アンタ達の企みで辞めざるを得なくなった生徒達の事、どう思ってるんだい?」
するとツルギは苛立った表情で、
「どうもこうない! ソイツ等は元々この学校に合わなかった。少しでも苦悩しない様に、少しでも早く辞めてよそに行ける様に、引導を渡してやったまでの事。何が悪い!」
黄から作り笑いが消え、不快感が浮かび上がるもツルギは続け、
「しかも辞め易い様に、道筋までつけてやってんだ。感謝されこそすれ、何故批判を受けなければならん!」
「アンタ、教師より農家に向いてるのかもねぇ」
「はぁ?」
「農業には良い実だけ出来る様に、余分な花を摘み取る摘花って作業がある。選別して規格内のサイズの物しか出荷もしないしねぇ」
「それがどうした?」
「子供達が不揃いなのは、当たり前だろうが! 子供の人生アンタが白黒つけてんじゃないよ! 個性を伸ばしてやり、人道外さない様に教え育てるのが「教育」じゃないのかい!」
「青臭い事言ってんじゃねぇ! どの道、今のガキ共は三年たちゃあいなくなるんだ!」
「それがアンタの本音かい!」
「あ~そうだ。たった三年しか相手しないガキ共に、たった一度間違えただけで保護者、マスコミ、世間から袋叩きだ! やってられるか!」
「アンタはこの子に、同じ事が言えるのかい!」
黄はツルギの目の前に、宛名が見える様に封筒を突き出した。
「それがどうした! ……そ、その字……まさか……」
震える手が書いたのか、封筒にはよれた字でツルギの名前が書かれていた。
「アンタならこの筆跡、多少崩れていても誰の物か分かるよねぇ」
「アイツの字……遺書……? あったのか!? バカな、警察が見つからないと……」
「何かしら迷惑かけると思ったんだろうさ。屋根裏に隠してあった。読んでみるんだね」
ヒカリに開放されたツルギは震える手で手紙を抜き取り、中身を読んだ。一行一行、一文字一文字噛み締める様に。
A四用紙の端から端まで黒で塗り潰されたかのようにビッシリ書かれていたのは、ツルギに対する恨み辛みではなく、感謝と謝罪の言葉の羅列であった。
「当時のアンタの境遇、アタシの想像も及ばない程苛酷な物だったと思うさ。でもねぇ、アンタは何で教師なろうと思ったのさ! それまで何人の生徒の心を救ったのさ! アンタは今の姿を、その子達に見せられるのかい! 胸を張れるのかい!!」
そこへハヤテが姿を現し、
「ツルギ先生、これが何だかわかりますか?」
一足の靴をツルギに見せた。
「その靴は……アイツの……」
「はい。亡くなる直前まで彼が履いていた靴です。ご遺族から借りて来ました」
「いったい何を……」
「いいから黙って見ておくんだねぇ」
黄はハヤテにアイコンタクトを送ると、ハヤテは頷き机に静かに靴を置くと、
「靴くん、彼は亡くなる直前何か言っていなかったかい?」
ハヤテは数度頷くと、静かに語り始めた。
「……ツーさん……ゴメン」
「なっ!?」
「休みも、自分の時間も、全てを使ってまで僕を助けようとしてくれたのに、僕はもう限界なんだ。でも、僕の後にも沢山の後輩たちがツーさんの助けを必要とすると思う。だからツーさん……僕みたいな生徒がもう出ない様に、みんなを助けてあげて」
「ば、ばかな……こんな……」
「最後に、「大人になったら一緒に行こう」って約束してた女の人がいっぱいいるお店、行けなくてゴメン。後輩たちの未来を守って、お願いだよツーさん」
「……し、芝居だ……こんなの……」
涙をとめどなく流すツルギに、
「信じられないだろうが、これが東の力なのさ。まあアタシも最初は度肝抜かれたがねぇ」
「ツルギ先生、彼の思いを、これ以上踏みにじらないでくれ!」
ハヤテが自分の事に様に悲痛な表情を浮かべると、ツルギはゆっくり立ち上がり、
「三人について来て欲しい所がある……」
三人は雨降る中ツルギに導かれ、学校からさほど離れていない某所へやって来た。
傘を差しつつ両手を合わせ、静かに拝む四人。
四人がやって来たのは、亡くなった少年の眠るお墓の前であった。
やがてツルギは静かに目を開けると、
「この子の両親は俺を責めなかった。それどころか感謝され……逆にそれが辛くてな、以来一度もここに来なかった。俺は俺なりに、同じ生徒が二度と出ない様にと考え……いや、単なる言い訳だ」
フッと小さく笑い、
「これから警察に自首する。迷惑かけたな」
「「え?」」
「そうかい」
驚くハヤテとヒカリ、そして当然の事として受け止め、頷く黄。
「二度と会う事も無いだろうから先に言っておく。人の道に戻してくれた事、感謝する」
頭を下げ三人に背を向け立ち去ろうとすると、急にハヤテが、
「え? わっ、分かった」
何かに話しかけられた様で、一人頷くと、
「ツルギ先生!」
立ち去ろうとしたツルギを呼び止めた。
「どうした、東?」
「その……墓石くんが、先生との写真を撮ってくれって……」
「ハーくん、どう言う事?」
「いや、俺にもよく分からないんだけど……」
少しキョトンとした顔を見せたツルギであったが、小さく笑い頷くと、
「分かった」
傘を差したまま墓石と並んで立ち、
「な、何か不思議な感じだなぁ……東、これで良いのか?」
頷くハヤテは、再び誰かと会話する様に何度か頷き、
「こうで良いのかい?」
ハヤテはヒカリが傘で雨除けをしてくれる中、カメラをローアングルからツルギと墓石に向けた。
すると急に雨が止み始め、
「お? 止んだのか?」
ツルギが傘を畳むと雲の隙間から光が差し、ちょうどツルギと墓石を背後から照らし、ハヤテはパシャリとシャッターを切った。
その瞬間、
(先生、ありがとう……)
耳元でささやく声がツルギだけに聞こえ、ハッと振り返るがそこに誰もおらず、
「東! 今の写真見せてくれ!」
ツルギは血相を変えハヤテに駆け寄ると、カメラの液晶モニタを覗き込んだ。
「こ、これは……」
映し出された写真を見て、言葉を失うツルギ。
まるで後光でも射しているかの様に逆光で写るツルギと墓石であったが、墓石の前、ちょうどツルギの隣に、まるで誰かが立っているかの様に見える光が映り込んでいた。
「ハーくん! これって!」
それは科学的に言ってしまえば、濡れた墓石の御影石に斜め後ろ上方から光が当たり、カメラレンズの中で光が乱反射した結果、光の筋や束が見える、フレアと言う現象が起きたに他ならないが、ツルギは誰に言うでもなく、
「ありがとう……」
憑き物が落ちたかの様な顔で微笑むと、三人をその場に残し、
「じゃあな」
陽が強く射し始め、雨露をキラキラと反射させる明るい世界の中へと去って行った。
一夜明け―――
生徒が休みのこの日、教員達が職員室でのんびり雑談交えて雑務をこなしていると、
「皆さん! スグに机から離れて立って下さい!」
スーツ姿の中年男性が職員室に入って来るなり、同様にスーツを纏った男女が畳んだ段ボールを手に雪崩込んで来た。
「何だね君達は!」
教頭が声を荒げると、
「警視庁 捜査二課。贈収賄等の容疑により、これより家宅捜索に入らせていただきます」
警察手帳と令状を、教頭たち職員に突きつける様に見せつけた。
「机や棚などに触らない! ハイそこッ! 早く離れてぇ!」
「そこも! 離れなさい!」
怒声飛び交い、スーツ姿の警察官達が次々書類を箱詰めしていく中、
「何事だ!」
校長が職員室に駆け込んで来た。
「こ、校長……どうしましょう……」
駆け寄る教頭に、
「落ち着きなさい!」
緊張した面持ちの赤い顔した校長が、自身にも言い聞かせる様に怒鳴ると、
ピンポンパンポ~~~ン
緊迫した場面で間の抜けた、校内アナウンス開始の音が鳴り響き、
「校長先生~教頭先生~至急、体育館までお越し下さぁ~い。お客様がお待ちでぇ~す」
ピンポンパンポ~~~ン
「クッ! この忙しい時に! 行きますよ教頭!」
校長は苦虫を噛み潰した様な顔をすると、教頭と共に職員室を出ると体育館へ向かった。
二人が体育館に着くなり、
「ようこそ先生方、お待ちしてましたよ!」
壇上から黄が笑って手を振った。
「この女狐が!」
怒り心頭、校長は教頭と共に壇上へ駆けあがると、
「昨日からツルギと連絡が取れんし、この騒ぎも貴様の差し金か!」
「さて、何の事やら」
「とぼけるな! 裏でコソコソ嗅ぎ回っていたのを、知らないとでも思っているのか!」
「いやだねぇ~。分かり易く揺さ振る為に、ワザと荒く動いていただけさぁ~」
「貴様何者だ! お前のせいで全てが台無しだ! 金も! 地位も! 名誉も!」
校長が激高すると、
「ふざけんじゃないよ!」
ガンッ!
床をヒールで激しく踏み鳴らす黄の顔から笑顔が消え、鋭い眼光を放ち、
「何が地位も名誉もだい! 子供たちの未来使って、金勘定してただけだろうが!」
その気迫に一瞬うろたえる校長であったが、
「な、何が悪い! 私は校長だ! 会った事も、見た事も無い役立たず生徒の為に、何で私が毎度保護者や世間に責められ、あちこち頭を下げねばならん! 使えん生徒など我校には要らん! それに私が貰っていたのは……そう! それに見合う当然の対価だ!」
「どこまでも腐ってやがる! そんなんだから、アンタは周りが見えなくなるのさ!」
「何だと!」
黄は演台の上を指差した。
そこには卓上スタンドに乗せられた、スイッチオン状態の黒いマイクが。
「ま、まさか……」
狼狽する校長と教頭を前に、黄はフッと笑うとマイクに向かい、
「みんな、聞いたかい!」
すると体育館の入り口と言う入り口から、怒れる生徒達が怒涛の様に雪崩込んで来た。
「グッ! 貴様ァ!」
悔し気に黄を見つめる校長であったが、壇下ではそれ以上の怒りを持って、生徒達が校長教頭を睨み付けていた。
一触即発の空気が漂う中、ステージ袖から警察官数人が姿を現すと、
「校長先生、教頭先生、任意同行お願いいたします」
その一言に、校長と教頭は観念したのかガクリとうなだれ、警察官達に身を預ける様に壇上を後にした。途端に生徒達から湧き上がる、体育館内が地響きを伴う程の大歓声。
その光景を舞台袖、二階の小窓から見つめるハヤテが、
「ヒカリ、終わったな。まぁ、これからがまた大変だろうけどな」
ホッとした表情をすると、
「……そう……だね……」
背後から弱弱しいヒカリの返事が返り、
「ヒカリ?」
振り返った途端、ヒカリが膝から崩れ落ち、
「ヒカリ!」
倒れる寸前抱きかかえ、
「大丈夫か!」
顔を見ると、ヒカリは青い顔で苦し気に、
「き、気が抜けたのかな……ボクまた……ほんと、だらしないねぇ……」
「しゃべるな! 少しだけ我慢しろよ!」
急ぎスマホを操作するハヤテの腕の中で、ヒカリは気を失った。
数時間後―――
「ここは……」
ベッドの上で意識を取り戻したヒカリは不安気に周囲を見回すも、傍らで突っ伏し、眠るハヤテを見つけて微笑んだ。
ヒカリが目を覚ましたのは東京都M市の中央線M駅にほど近い、ヒカリがかかりつけにしている、一般病床数五百を上回る大型病院の一室である。
ヒカリの動きに目が覚めたのか、ハヤテが眠い目を擦り、薄目を開けると、
「おはよう。ハーくん」
「まったく……毎度心配かけやがって」
微笑むヒカリに、ハヤテは呆れた様な笑顔を返すと、
「ハーくん……実はね」
「移植の話だろ?」
「……知ってたんだ」
「さっき聞いた」
「そう……中学に入ってから、検査の数値が少しづつ悪くなってるんだって。やっぱりバチが当たったのかな?」
「バチ?」
「妻とか言っといて、ハーくんが一番辛い時、ソバにいて」
「馬鹿な事言うなって、何度も言ったろ? それに移植すれば、元気になるんだろ?」
「へへへへ……ハーくんのお嫁さんになる前に、キズ物になっちゃうね」
「何言ってんだか。俺の車の助手席に座るんだろ? なら元気にならないと」
「…………」
「ん? どうした?」
顔を覗き込むハヤテの手を、ヒカリは横になったまま急に握り、その手は微かに震えていた。
「ヒカリ!?」
「……わいん……だよ」
「え?」
「怖いんだ! 毎日夢に見るんだ! 手術が終わると真っ暗闇にボク一人。キミの隣には知らない誰かが居て、ボクの方を見向きもしない! そしてボクはそのまま二度と……」
「ヒカリ!」
ハヤテは横たわるヒカリにのしかかる様に抱き付いた。
不安感にさいなまれ、とめどなく涙を流すヒカリ。
「イヤだ……イヤだよ、そんなの……」
「そんな事は、絶対にない!」
ハヤテはヒカリの目を見つめ、
「ヒカリ……おまじないだ。目をつぶって」
「う……うん……」
赤面して頷くヒカリは、ソッと目を閉じた。
そっと近づくハヤテの顔。
「ハーくん……」
「ヒカリ……」
ハヤテがそっとキスをして離れると、驚いたヒカリが両目を見開き額に手を当て、
「ちょっとハーくん! どう言う事!? 今のシチュなら、普通は口の方でしょ!」
憤慨して見せると、
「アハハハハハハ、続きは元気になって帰って来るまでお預けだ!」
「むう~」
不服そうにむくれて見せるヒカリであったが、ハッと何かを思いつき、
「ボクも一つ良いかい?」
「なんだ?」
「ボクが帰ってきたら、一緒に写真部に入ろうよ!」
「はぁ?」
「もし無かったら作ろうよ!」
するとハヤテは困った様に笑い、
「前に言ったろう? 俺の撮る写真は、写真としては邪道なんだよ。現実の一瞬を、いかにリアルに切り取るかが写真で、俺が撮っているのはリアルとは言えない」
「良いんだよ! それならそれで、ボク達で新しいジャンルを作れば良いのさ!」
「どんなジャンル?」
「そうだね~「奇跡のフォトグラフ」だから、「ミラクルフォトグラフ」!」
ヒカリがどや顔すると、
「ププッ、ダサッ!」
ハヤテが笑って見せ、
「むう! じゃあボクが帰って来るまでに、決めておいておくれよ!」
ヒカリが憤慨し、背を向けると、
「分かった、分かった。約束だ!」
ハヤテはヒカリの左手を取り、小指を絡めた。
「絶対だからねぇ」
「分かったよ」
ヒカリの背に、微笑むハヤテ。
数日後、移植手術に向けた準備に入る為、ヒカリはアメリカへと旅立った。
学校にはヒカリの父親が手配した新しい校長、教頭が赴任し、本格的なカウンセラーチームも送り込まれ、学校の本気の対応に、生徒、保護者、職員の意識も徐々に変わり、校内の空気は目に見え変わっていった。
影の英雄であるハヤテはと言うと、事件解決後姿を消した黄の代わりに、新たに赴任して来た養護教諭と保健室で一人学び、中学を巣立っていった。
そして現在―――
「ヒカリ? 手術は!?」
「完璧さ! リハビリも最後のバイオプシー(生体組織診断)も問題なし。ドナーになってくれた人と、その家族の方達には、いくら感謝しても感謝し尽くせないよ」
ヒカリは両手を胸に当て、祈る様に微笑んだ。
「そうか……」
二人が感動に浸っていると、
「あ~感謝、感動、雨あられは結構なんだが、お前ら、今がアタシの授業中だって分かってるのか? なぁ最強コンビさんよ~」
眉間にシワを寄せ、床に転がる二人を見下ろす担任教師の「上越とき」。
「「ハハハハハハハ……」」
二人で冷や汗たらしながら笑って誤魔化していると、
「何なら、二人仲良く廊下に立ってもらっても良いんだがなぁ~」
「「失礼しました」」
反省しきりのハヤテとヒカリ。
ホームルーム終了を知らせる鐘が鳴り、
「ようしお前ら若人諸君、今日も一日がんばれよ~」
ときが教室から立ち去ろうとするとヒカリが駆け寄り、
「先生! この学校に写真部はありますか!」
「あぁ~昔あったらしいが……今は無いね」
するとヒカリは興奮気味に、
「ボク、写真部を作りたいんだ!」
ときは一瞬驚いた顔を見せたが、
「そうか。ならとりあえず部員三名と、顧問を探すんだね」
「なら先生!」
「ざぁ~んねん。アタシは陸上部さ。まあ、難しいだろうが頑張んな。青春の特権さ」
ときは笑って教室を出て行った。
「生徒あと一人と、顧問か~」
思案しながら自席に戻ると、ハヤテとヒカリの周りは女子の人だかりと化していた。
「何々、許嫁って本当!?」
「やっぱそれって、結婚するんだよね!」
「どこまで進んでるの!」
矢継ぎ早の質問にハヤテがうろたえていると、ヒカリはバッと仁王立ちし、
「結婚するに決まってるじゃないか! どこまでって……そんなの言えないよ~」
ほほに手を当て、顔を赤らめ身をよじらせると、
「「「「「「「キャーーーーーーッ!」」」」」」」
女子達が羨ましそうに悲鳴を上げ、
「ちょ、誤解招く様な言い方すんなよ!」
ハヤテがツッコミを入れると、ヒカリはキリッとした男前の顔をし、
「「俺が一生守るよ」って、言ったじゃないかぁ~」
「「「「「「「イヤァーーーーーーーッ!!」」」」」」」
「そ、そんな格好良く言ってない!」
すると女子達が悲鳴をピタリと止め、一人がハヤテの顔を覗き込み、
「言いはしたんだ」
「あっ!」
しまったと思いつつも時遅し、女子達のテンションは否応なしに高まり、収拾不可能状態な大騒ぎになった。
そんな一団を遠巻きに、不愉快そうに見つめる男子達。
しかし女子達の質問は止まらず、
「ねぇねぇ! さっき「おときさん」が言ってた最強コンビって、どういう意味?」
するとヒカリが自慢げに、
「中学でボク達にひどい事した校長達を、ハヤテが追い出したのさ!」
「「「「「「「えええええぇーーーッ!」」」」」」」
「ひ、ヒカリを話盛り過ぎ! ヒカリの親父さんと保健の先生がブチギレしただけだろ? そもそも初めに問題起こしたの俺の方だし……」
「東、何したんだ?」
女子の一人が尋ねるも、
「…………」
ハヤテが答えないでいると、ヒカリが笑いながら、
「入学初日のホームルーム中、ちょっかい出した生徒を殴り飛ばしたの。先生の目の前で」
「ちょ、待てヒカリ! それは!」
ハヤテが必死に制止するも、
「しかも空手をやってる癖にだよ! 困っちゃうよね、ヤンチャでぇ~」
笑いながらハヤテを突っついたが、困惑気味に頭を抱えるハヤテを見て、
「……あれ?」
静まり返る教室内に初めて気が付いた。
引きまくりの女子達。不愉快そうな視線を送っていた男子達でさえ、背を向けていた。
「あぁ……と、ハーくん……もしかしてボクやっちゃった?」
「……もしかして言うより、かなりな」
次の休憩時間―――
誰も二人の周りに来ず、ポツンと座るハヤテとヒカリ。
クラスメイト達に、危険分子として線を引かれてしまったようである。
「アハハハハ……ハーくん、ゴメンよ……」
申し訳なさそうにうつむくと、
「構わねぇよ。元々ヒカリが来る前はこんなだったし、静かでいんじゃねぇか?」
小さく笑って見せるハヤテ。
「ハーくん……」
ヒカリが安堵し微笑むと、
「でも、「ハーくん」は、そろそろ止めてくれ……」
「うん、イヤッ!」
「うわっ、出たよ絶対拒否」
「フフフフ」
不敵に笑い、
「そうだハーくん、昼休みに校内を案内してよ」
「俺ヒッキーで校内あんまウロついてないから、そんなに知らないぞ」
「じゃあ一緒に探検だ!」
「探検って……」
まんざらでもなさそうに、笑って見せるハヤテ。
昼食を早々に食べ終え、二人で校内を散策していると、
「あれ?」
ヒカリが、急に向きを変え走り去る白衣の女性に目を留めた。
「アノ人が、どうかしたのか?」
「うん……なぁ~んか見覚えがあるような……気のせいかな?」
「他人のそら似じゃねぇ~か? ここは青森じゃねぇんだし」
「そっかなぁ~」
次第に遠ざかる二人の背を、柱の陰から見つめる一つの陰。
「な、なんであのガキ共、この学校に居やがるのさぁ……」
恨めしそうな顔で悪態をつく、黒髪をアップにまとめ、三角眼鏡にタートルネックに白衣と言う、オシャレとは縁遠そうなファッションをした養護教諭。
「谷川先生、どうかしたんですか?」
背後から女子生徒に声を掛けられ振り返ると、別人の様に穏やかな微笑みを浮かべ、
「あら山形ツバサさん、ごきげんよう。何でもありませんことよ。オホホホホホ」
頬に手を当て上品に笑いながら、足早にその場を去って行った。
「なんだろう?」
不思議そうに擁護教諭の覗いていた廊下を見るも、そこには誰の姿もなかった。
廊下を慌ただしく走る一人の男子生徒。
教室札に『生徒会室』と書かれた部屋の扉を勢い良く開け、
「生徒会長大変です! 写真部を作ろうとしている新入生がいるそうです!」
血相変えて駆け込むと、コの字型に組まれた机の中央に座する女子生徒がガッと立ち上がり、
「何ですってぇ! 直ちに情報をお集めなさい!」
「イエス、マム!」
男子生徒は敬礼し、跳ねる様に部屋を飛び出して行った。
「写真部。なんてハレンチな……私の目の黒いうち、絶対に許しませんわ!」
怒りに打ち震える女子生徒。
やわらかい陽射しの差し込む廊下を歩くヒカリと、後ろに続くハヤテ。
ヒカリは笑顔で振り返り、振り返り、
「ねぇ、ハーくん!」
「ハーくんは止めろって。で、なんだ?」
「これから忙しくなるよ! 部員集めに顧問探し!」
「だな」
「ところで、約束覚えてる?」
(あっ! やべぇ……)
頭の片隅にも無かったハヤテはとっさに、
「あ、当たり前だろ。奇跡のフォトグラフだから、「KF部」はどうだ?」
「なんか安直だねぇ」
「「ミラクルなんちゃら」なんて名前付けようとした奴に言われたくないなぁ~」
ヒカリは黒歴史の一部を思い出し、恥ずかしさからボッと赤面すると、
「まだ覚えていたの! 忘れろぉーーー!」
憤慨するヒカリと、そんなヒカリの様子に大笑いするハヤテ。
二人の声と姿が、明るい日差しの射しこむ廊下の奥へ、次第次第に遠ざかって行った。
それに伴い祖父が会長に就任、ヒカリの父親は現在の支店と兼任する特殊な形で、社長職を引き継ぐことになったのだが、ある重大な問題が発生した。
クーデターである。
創業者グループに対し、執行役員の一部が副社長を推し立て、反旗を翻したのである。
副社長とは「外の空気も入れるべきだ」とヒカリの祖父が進言して採用した、系列外の人間であったが、それが圧倒的カリスマを有していた会長の死をきっかけに、仇となって表れたのである。
権力闘争の爆心地にいるヒカリの父親は東京に出張し、不在にすることが多くなった。
元財閥系の大企業のお家騒動はさかんに報道され、ヒカリには難しい事は分からなかったが、父親と祖父が大変なことになっている事だけは理解し、不安を隠せないでいた。
「なんか……ヒカリちゃん家、大変みたいだね……」
「うん……」
ツバサとヒカリが顔を曇らせると、ハヤテは自身も父親に対する不安を抱えつつ、それを表には出さず笑顔を見せ、
「ヒカリのお父さんとおじいちゃんは一番偉いんだぞ! 騒ぎなんて、すぐに収まるさ!」
「うん……」
陰りのある笑顔をヒカリが見せていると、
「はぁ~~~~い。皆さぁ~ん、プリントを配りますよぉ~~~!」
テンション高く、担任教師のアサマが教室に入って来た。
「はいはぁ~い、後ろに回してねぇ~~~」
最前列の生徒達に笑顔でプリントを配り分けるアサマは、チラリとヒカリ達を見て、こんな時になんと声を掛ければ良いか分からない自分の未熟さに、顔には出さないものの心が塞いでいた。
授業が終わり、下校したハヤテとヒカリは団地の敷地内まで来ると、
「じゃあヒカリ、後で一緒に宿題なぁ~」
「うん」
手を振るハヤテに笑顔で手を振り返すヒカリであったが、その笑顔には陰りがあった。
(ヒカリ……大丈夫かな……)
帰って行くヒカリの小さな背中を見つめ、いつもと違う笑顔に不安を抱きつつ、
「ただいま~」
張りのない声で家に入ると、テレビの音は聞こえるのに返事が返らなかった。
(ん?)
不審に思いつつリビングに入り、
「か……」
テレビを見ていた母親に声を掛けようとした一瞬、母親がイヤな薄笑いを浮かべた様に見えたが、母親はハヤテの気配に気付き、いつも通りの笑顔で振り返り、
「アレ? ハヤテお帰り。声がしなかったから気が付かなかったわ」
(気のせい……だったのかなぁ……)
ふとテレビに目をやると、テレビではヒカリの実家のお家騒動が放送されていた。
「ヒカリちゃんの家、大変よねぇ~。ご飯の支度をするわねぇ」
テレビを消し立ち上がる、一見いつも通りの母親の笑顔と声色に、一抹の不安を覚えるハヤテ。
しかしハヤテ抱いたこの疑念は、時間の経過と共に、次第に現実の物となっていった。
気分転換も含め、「家計の足しに少しでもなれば」とハヤテの母親が近所のスーパーでパート務めを始めたが、ある日を境にピタリと辞め、家にこもる様になった。
ハヤテの父親が取材に出掛けている国の「戦況悪化」が報道され始めてからである。
加速度的に悪化する戦況に、あれ程明朗であったハヤテの母親は家事もほとんどしなくなり、そして笑わなくなった。
そんな彼女を気遣い、かなえ達メイド隊が様子を見に来て話し相手になったり、ハヤテも逆にヒカリに余分な気遣いをさせない為に、ヒカリの家で勉強をする様になっていた。
そんなさなか、幼いハヤテとヒカリを更なる苦悩が襲った。
ハヤテ達が四年生を目前に控えた頃―――
職員室ではとある会議が行われていた。
クラス替えである。
「何ですか、コレは!」
原案を見たアサマは、怒りの混じった驚きの声を上げた。
ハヤテとツバサが同じクラスで、ヒカリが別のクラスになっていたのである。
「待って下さい! 東海林さんの病状は知っていますでしょ!」
声を荒げると、
「でもその子は、ここ数年病状が改善しているのでしょ? いつまでも特別扱いはどうかと思いますがねぇ」
最近赴任して来た、四年生の学年主任になる予定の年配男性教員が異論を唱えた。
「それはクラスのみんなや、東君の支えがあったお陰で!」
「「私の手柄」と、正直に言ったらどうですか」
「なっ!?」
「聞けばその子は大企業のご令嬢だそうじゃないですか。手柄の一人占め……おっと失礼」
「あ……あなたこそ! 生徒を何だと思ってるんですか!」
新任教諭の言動に激高すると、事件後赴任して来た校長が「まあまあ」となだめ、
「アサマ先生、あなたの実績は認めます。しかし……」
チラリと男性教員を見て、
「やはりいつまでも一人の子を特例扱いと言うのは、他の生徒達の教育上、良くないのではないですか?」
「くっ……茶番だわ……!」
出来レースを悟ったアサマが、悔しさから奥歯をギリギリ噛み締めると、新任教師が、
「校長先生いかがでしょ? アサマ先生は新人としては珍しく、この学校ですでに四年勤務になろうとしています。見聞を広める為にも、そろそろよそへ行っていただいた方が」
「なっ!? 校長先生!」
食い下がるアサマを尻目に、校長は再びチラリと新任教師に目をやり、
「これ以上もめる様でしたら、致し方ありませんね。では、会議はここまでとします」
ニヤリ笑って立ち去る男性教諭と、口惜し気に唇を噛み締めうつむくアサマ。
そんな事が起こっているとは露知らず、後日クラス発表を見たハヤテ達は愕然とした。
「そんな……」
「うそ……だろ……」
めまいがしそうな衝撃に襲われるハヤテとツバサ。
しかし以外にもヒカリは冷静に、
「ハーくんもツバサちゃんも大袈裟! 大丈夫昔とは違うもん。今の私は強いんだよ!」
満面の笑みを二人に向けた。
報告を聞いたヒカリの父親も忙しい中すぐさま抗議の電話を入れたが、モンスターペアレント扱いされた揚句門前払いされ、クラス替えは覆らず、更にアサマは別な小学校への赴任が決定した。
後日分かった事だが、異論を唱えた男性教諭は地元の教育委員会と強いパイプを持ち、校長でさえ逆らえない人物であり、今回のクラス替えは「大企業の令嬢を、しかも重い病を患った生徒を受け持った事がある」と言う肩書欲しさの、裏工作であった事が判明する。
しかしそれらが判明するのは、ヒカリの身に災いが降りかかった後であった。
四年生になった初日―――
ハヤテが数クラス離れた教室の入り口に立っていると、
「ハーくん、早いねぇ」
いつも通りのヒカリが笑顔を覗かせ、
「四年生だぜ「ハーくん」は、もう止めろよ。……それよりヒカリ、大丈夫か?」
顔色を窺うと、
「もう! ハーくんてば心配し過ぎ!」
病人扱いするハヤテに、わざとむくれて見せ歩き出した。
「そっか……」
いつも通りのヒカリにホッと胸をなで下ろすハヤテであったが、それは間違いであった。
それから数日後、午前の授業中、急に廊下が騒がしくなった。
「ハヤテ君、なんだろうね」
隣の席のツバサが不安気な顔をした。
一瞬イヤな思いが脳裏をよぎったが、ハヤテはそれを打ち消す様に、
「また誰か悪ふざけでもしてるんじゃないか?」
笑って見せていると、
「早くしろ! 救急車はまだか! 何かあったら私の経歴にキズがつくだろ!」
例の男性教諭の叫びが廊下中に響いた。
次第に大きくなる騒ぎの中、学校に近づく救急車のサイレンの音がし、
「なんだなんだ!」
「何かあったの」
「誰か倒れたらしいぞ!」
フロアから、ただならぬ生徒達のざわめきと共に、
「静かにッ!」
「教室に戻りなさァーーーッ!」
教師達の怒声で火に油、フロアの混乱は逆に、更にエスカレートしていった。
そんな混乱した場に飛び交う怒声、罵声に混じって、
「女の子が倒れたらしいぞ!」
ハヤテとツバサは瞬間的に顔を見合わせると、ハヤテは廊下に飛び出し、
「東! 待たんかァーーー!」
教師の制止を歯牙にもかけず、ヒカリの教室へと一心不乱に駆けて行った
途中、担架を手にした救急隊員と遭遇し駆け寄ると、
「ヒカリィーーー!」
運ばれて行くのは、やはりヒカリであった。
「ヒカリ! ヒカリ! しっかりしろォーーーッ!」
何度も呼ぶも返事がなく、以前倒れた時の様に顔面蒼白で冷や汗を流していた。
「どきなさい!」
無造作に、緊急隊員に突き飛ばされるハヤテ。
やがて救急車はヒカリを乗せ、学校から消えて行った。
しばらくして鬼の形相したヒカリの父親が学校に乗り込んで来て、校長室で責任の所在について怒鳴り散らし、「娘に何かあったら法廷闘争も辞さない」との剣幕をぶちまけ部屋を出た。
すると目の前に、不安気な表情を浮かべるハヤテが立っていた。
「……お父さん……」
「私を「お父さん」と呼ぶなと…………来なさい」
ヒカリの父親は失意のハヤテを車に乗せると、ヒカリの搬送された病院へと向かった。
ヒカリの父親と病室に入るハヤテ―――
処置の終わったヒカリが、ベッドの上で静かな寝息を立てていた。
「良かった……」
安堵し、思わず涙をこぼすと、
「ハヤテ君。すまないが、しばらくヒカリを見ていてくれるかい?」
ハヤテが頷くと、ヒカリの父親は静かに扉を閉め病室を出て行った。
ハヤテはヒカリが寝息を立てるベッドの傍らに、ゆっくり歩みより、
「ボクは大馬鹿だ……ヒカリがこんなに苦しんでいたのに気付かなかった……何がナイトだ……」
立ち尽くし、後悔の念に苛まれていると、
「ハ……くん……?」
「ヒカリ! 気が付いた!?」
「エヘヘヘヘヘヘ……私……だらしないねぇ……」
弱弱しく笑うと、
「そんな事無い!」
「ありがとうハーくん……何か……いつも迷惑かけちゃうねぇ……」
「良いんだよ! 良いんだ! 俺はヒカリのナイトなんだから!」
「フフフフ……ありがとう……少し……眠るねぇ……」
「うん、うん。いっぱい寝て、早く元気になれ!」
「分かった……」
ヒカリが微笑みを浮かべ眠りにつくと、扉が開き、神妙な面持ちのヒカリの父親に、
「ハヤテ君、ちょっといいかい……」
廊下に来るように手招きされた。
ハヤテは廊下に出ると病室の扉を閉め、
「どうしたの、お父さん」
ヒカリが無事であった事で冗談混じりに声をかけるも、いつもは反論するヒカリの父親が、今回は何も言い返さなかった。
そしてハヤテの目を真っ直ぐ見つめ、おもむろに口を開き、
「君のお母さんから電話があった……」
「……お母さん、から?」
ヒカリの父親は小さく頷くと、
「君のお父さんが……亡くなったそうだ」
「えっ……」
それからも何か言われた気はするが、全てが遠ざかって行く感覚に囚われたハヤテの耳には、もはや何も入っては来ず、ハヤテが我に返ったのは、政府が用意した飛行機内のシート上であった。
隣には、うつろな目をして一言も発しない母親が。
どうやってここまで来たか、いつ飛行機に乗ったのか、どうやって乗ったのか、記憶が欠落していた。
「そうだ……初めての飛行機だ……」
何の感動も感慨もなく、乗客のいない機内でポツリ呟くハヤテ。
現地に着いた母子二人は外交職員に連れられホテルに入るものの、よく分からないが遺体引き渡しの手続きに手間取っているとの話で数日滞在する事になった。
その間ホテルで過ごす二人はほとんど口を利かなかった。
ただ起きて、食べて寝るだけの数日を重ねたある日、ホテルのドアがノックされ、二人は遺体安置所へ身元確認の為呼ばれた。
遺体の損傷が激しいらしく確認には母親だけが呼ばれ、扉の外で待つハヤテは数分後、母親の悲鳴の様な泣き声で、父親の死が事実である事を悟った。
父親の遺体は輸送の事も考え、妻の了承の下、現地で火葬され遺骨となった。
外交職員から骨箱を受け取り一旦ホテルの部屋へ戻ると、ハヤテの母親が生気ない声で、
「ハヤテ……お父さん……最期に何て言ったか聞いて……」
あれだけハヤテの力を嫌っていた母親が、最期まで付けていたと言う腕時計をハヤテの前に差し出した。かつて自身が夫に送った誕生日プレゼントである。
「……いいの……?」
尋ねる無気力なハヤテに母親は静かに頷くと、ハヤテは時計に向かい、
「……時計くん……教えて……」
するとハヤテはウンウン頷き、急にパッと母親の顔を見上げ、
「ゴメンって……」
涙が一気に溢れ出し、母と子は抱き合い泣き崩れた。
マスコミを避ける様に帰国した二人は足早に自宅へ戻り、気が付けば早や日本を出て一週間以上が経過していた。
ハヤテは寂しさを堪えきれず、帰宅するなりその足でヒカリの家のインターホンを鳴らした。
しかし返事がない。
(そんな……ヒカリ……出かけてるのか……でもいつもなら誰か……)
何度か鳴らしていると、突如隣の扉が開き年配女性が不機嫌な顔で、
「うるさいわねぇ!」
「ごめんなさい!」
ハヤテが慌てて頭を下げると、
「隣なら引っ越したわよ!」
バンッ!
勢いよく扉を閉められた。
「引越……そんな……」
うつむき家に帰ると、母親は骨箱を前に酔いつぶれ突っ伏し、寝息を立てていた。
次の日も、その次の日もハヤテの母親は寝ては飲み、飲んでは寝る毎日を過ごし、ハヤテは学校にも行かず、コンビニご飯を買いに行くだけの生活を繰り返していた。
しかし戦場カメラマンに入れる様な高額な保険など、第一線で活躍した訳でもないハヤテの父親に入れた筈もなく、保険金も入らない、稼ぎ頭を失った母子の生活は日々困窮し、ついには所持金さえ底をついた。
お金もなく、売れる物ももはやなく、二人はここ数日食事さえ取れておらず、獣の巣ごもりの様な生活を続けた。そんなある日、売れる物がないか押入れの奥を探していたハヤテは、父親が試し撮りに使っていた一眼レフカメラが転がっているのを見つけ、
(そうだ! お母さんに、元気が出る写真を見せてあげれば!)
朝から残りの酒をあおり、リビングで酔いつぶれて寝ている母親を起こさない様に、ハヤテはそっと久方ぶりに外へ出ると、町中自分の足で行ける全てに赴きカメラを向け、
「みんな! 写真を撮らせてぇ! お母さんを元気にしてあげたいんだぁ!」
久々にした自然な笑顔で、物、花、木、様々な物達をカメラに次々収めて行った。
空腹で辛くはあったが、母親に笑顔を取り戻してもらいたい一心でシャッターを切り続けた。
やがて陽も傾き始め、
「良し!」
満足気に頷くハヤテが家に帰ると、母親が起きていた。
「ハヤテ……どこ行ってたの……」
ダルそうな声を発すると、
「あのね、お母さん!」
笑顔で言いかけたハヤテの手にカメラを見つけた母親は、
「何なのコレはァ!」
怒りの形相でカメラを取り上げた。
「えっ!? あっ? お母さんに喜んで!」
「私にカメラだ、写真だ、見せるんじゃないわよ!」
振り被るとカメラを壁に向かって投げつけ、
「ダメェーーー!ッ」
投げられたカメラを守ろうと飛び出したハヤテの額にカメラが直撃。
「うっ!」
うめき声を上げ、体の制御を失い勢い余ったハヤテは、
ゴォッ!
後頭部を激しく壁にぶつけ、そのまま気を失った。
意識なく横たわるハヤテの額から、とめどなく溢れ出す真っ赤な血。
「あ、あぁ……あぁぁぁ……!」
母親は自分のしでかした事の重大さに恐怖し、頭を抱え、震え、発狂寸前。
ハヤテは微かな意識の中、遠くに救急車のサイレンの音が聞こえ、
(お母さん……ごめんなさい……)
完全に意識を失った。
数時間後―――
ハヤテが意識を取り戻したのは病室のベッドの上であった。
「ここは……」
ぼんやり天井を眺めていると、白衣を着た男性が顔を覗き込み、
「気が付いたかいハヤテ君。何処か痛い所はないかなぁ~~~」
「う、うん……おでこが……少し痛い……」
「うんうん、そうだねぇ。おでこ以外は平気かな~?」
「うん……平気……」
「そうかそうか。強いねぇ~えらいねぇ~ハヤテ君は」
優しくニッコリと笑う白衣の男性に、
「病院……白衣……先生……?」
「そうだよ。怪我をして運ばれたんだけど、ちゃんと先生が治療したからね。もう安心だ」
「ありがとう先生……あの、お母さんは……?」
すると一瞬医師の顔が硬直したが、すかさず看護師が、
「い、今はちょっとね、お母さん、お忙しいそうよ。ほら色々あったから」
「そうか……そうなんだ……うん……分かった」
横になるものの、意識を失う直前、かつて一度だけ耳にした記憶のある、ドサッと言う音を聞いた事を思い出したハヤテは飛び起き、
「イテッ!」
額を抑え、
「は、ハヤテ君、横になっていないとダメじゃないか!」
制止する医師の両腕を掴み、
「ボク、ヘンな音聞いた! あの音、昔聞いた事がある! お母さんは本当に無事なの!」
暴れ落ち着こうとしないハヤテに「やむおえない」と判断した医師は、
「……来なさい」
ハヤテを地下階に連れ、とある扉の前に立った。
「先生……ここは?」
すると医師は少し言いにくそうに、
「遺体安置所だよ」
「えっ?」
その言葉を聞くのは二度目である。
意味をすぐ理解したハヤテが扉を開けると、白い布を掛けられた何かが横たわっているのが目に飛び込んで来た。
父親が死んだあの時と同じ、閉まる瞬間微かに見えた扉の向こうのあの光景。
「う……うそ……うそだ……うそだァーーーーーー!」
へたり込み泣き叫ぶハヤテは、この日全てを失った。
数日後執り行われた葬儀の後、失意のハヤテは父方の遠縁だと言う、子供のいない中年夫婦に引き取られた。
学校は今まで通り通わせてはもらえたが、みな遠巻きにハヤテを見るだけで、ハヤテ自身も教室に居心地の悪さを感じ、残りの二年は保健室で無気力にただ学び、卒業式もクラスメイトとは別のまま小学校を去り、更新されないホームページと共に「奇跡の写真」も、次第に人々の記憶から消えて行った。
時は流れ―――
明るい朝日の射しこむ、どこかの家のダイニングキッチン。
少し大人になった私服のハヤテが、遠縁夫婦と三人で朝食をとっていた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えたハヤテが丁寧にお辞儀をし、食器をまとめて流しに運ぶと、
「ハヤテ君、今日は学校に行くの?」
女性の問に、食器をシンク内に置く手が止まり、ハヤテが返答に困っていると、
「あんな学校に行く必要はない! ハヤテ、気にするな」
「でも、お奈須さん……ハヤテ君の学歴に……」
「必要なら通信教育でも何でも構わんし、学歴が関係ない仕事に就けば良い!」
温かくも力強い、男性の言葉にハヤテは振り返り、
「すみません」
静かに頭を下げるその姿に、明朗闊達であった幼い頃の面影はなかった。
そして熱い口調で語るこの中年男性は「東 奈須之(あずま なすの)」葬儀の後、身寄りのなくなったハヤテを引き取ったあの人物である。
「お気遣いありがとうございます、小町おばさん」
妻と思われる中年女性にも頭を下げた。
妻の名前は「東 小町(あずま こまち)」。彼女はハヤテの事を聞くなり、奈須之より先に名乗りを上げ、経験の無い子育てに二の足を踏む夫の奈須之を説得した人物である。
「では、出かけてきます」
再び二人に頭を下げると、
「男があまりペコペコ頭を下げるもんじゃない。お父さんとお母さんには挨拶したのか?」
「はい。では行って来ます」
よそよそしく小さく笑うハヤテはダイニングを出て、家を後にした。
困惑顔の奈須之は、ハヤテが去ったダイニングの扉を見つめ、
「アイツが立ち直るきっかけが、何かあれば良いんだがなぁ……」
「お奈須さん、そろそろ行きませんと会社に遅れますわよ。もう少し待ってあげましょ」
「……分かった」
奈須之はため息混じりに笑い、ゆっくり立ち上がった。
ハヤテは入学初日、とある事件により学校に行かなくなっていた。
しかし叔父夫妻はそれをとがめる事も無く、事の成り行きをタダ見守っていてくれていたのであった。
通勤通学ラッシュ前の早朝、人気の少ない歩道を歩くハヤテがいるのは東京都K市。
高層ビル群とは無縁な東京とは思えない緑豊かな町に、小学校卒業後、叔父の仕事の都合で引っ越して来たのである。
この町や近隣の市には大きな公園がいくつかあり、中には市をまたぐ物や、町なかに山まである町もあり、ハヤテが学校にも行かずに向かっているのは、そんな大きな公園の一つ、N川両岸に沿って作られたN公園である。
この公園、隣接するM公園と合わせると三市にまたがる大きさがあり、中にはアスレチック遊具やバーベキュー施設の他、様々な植物を屋外で育てる無料の自然観察園、更にはそこに住む動植物たちの生態系を知る事が出来る自然観察センターまで備えていた。
更に付け加えるなら、M公園側では東京都内で植えられる街路樹なども栽培されている、とにかく広大な公園なのである。
ハヤテは二つの公園の境道を通りN公園側に入ると、川べりの土手に腰を下ろした。
この時期M公園側は桜の回廊が姿を現し、平日の昼でもそれなりの人の行き来があり、人混みが苦手なハヤテはそれを敬遠したのであった。東京都に数多くある桜の名所の人混みに比べれば、どうと言う混み合いではないのだが。
N川は総延長ニ十・五キロメートルにも及ぶ一級河川であるが、公園内を流れる部分は子供が入って遊べる、幅は二メートルあるかないか、深さも子供のひざ下位である。
そんな一級河川とは思えない小川をハヤテはぼんやり見つめ、ただ時間を消費するのが最近の日課となってしまっていた。
部活の朝練習であろうか、土手を同年代の学生達が走り抜け、通学にはまだ早い時間帯、少なくはあるが制服姿の学生達が通り過ぎる度、胸の奥に何かがチクリと刺さり、
「俺……何をしてるんだろ……」
しかし言葉が頭をよぎるだけで、今のハヤテには何もする気が起きなかった。
そんな時間を浪費する様な毎日を過ごしていたある日、いつも通り川べりに腰を掛け水面を眺めていると、遠くから何か喚き声が聞こえ、やがて声は真っ直ぐ急速にハヤテの背中に向かって近づいて来て「何事か」と振り返ると、
「どいて! どいてぇ! どいてぇーーーッ!」
制服姿の少女がハヤテに向かい一直線、血相変えて全力疾走、迫って来ていた。
「ちょ、ちょっまっ! コッチ来んなァーーーッ!」
突然の事に、座ったままのハヤテが逃げ遅れ、慌てふためいていると、
「み、な、い、でぇ~~~!」
勢いそのまま少女はハヤテの頭上を、スカートを抑え正座したまま大ジャンプ。川の中央に着水した途端、
「待ちやがれぇーーー!」
何かの喚き声がハヤテの耳に届くと、少女は手にしていた棒切れを大きく振り被り、
「ご、め、ん、な、さぁーーーい!」
フルスイング。
パカァーーーンッ!
何かが棒切れに当たる音と共に、
「手荒い謝罪ありがとしたぁーーーーーーっ!」
声を引きつつ、キラリッ! 何かは星になって消えた。
棒切れを片手にゼェハァゼェハァ肩で息する少女。はた目から見れば危ない人物である。
(こ、こういう時、一応声かけた方が良いよな……)
「な、なぁ……」
社交辞令的にハヤテが声掛けしようとすると、黒ぶち眼鏡少女は棒切れをハヤテに向け、
「見たァ!?」
「へぇ? えぇ……と……何を……?」
「ぱ……」
「ぱぁ?」
「ボクのパンツを見たのかって、聞いてるんだよ!」
恥ずかしさと怒りどちらなのか両方なのか、赤面した眼鏡少女は棒切れを再び振り被り、
「すぐ忘れろッ! 今スグ忘れろッ! 忘れてないなら忘れさせてやるッ!」
「ワァ~~~ッ! 見てない見てない「白いヒラヒラ」なんてぇ! あっ……」
一瞬の沈黙の後、
「このヘンタァーーーイッ!」
「人にパンツ見せつけた挙句、初対面の人間をヘンタイ呼ばわりって、お前どう言う!」
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサァーーーイ! この!」
がなる眼鏡少女の動きが急に止まり、
「ハクチューッ!」
くしゃみをすると、
「……どうでも良いけど……お前いい加減上がらないと風邪ひくぞ」
しぶしぶ右手を差し伸べるも、
「ヘンタイの施しは受けないよ!」
眼鏡少女は自力で岸に上がると草むらに座り込み、濡れた靴とソックスを脱ぎ捨てた。
「可愛くねぇ~の」
「お互い様!」
「そう言えば、さっき追い掛けて来てたのスズメバチだろ? 何したんだ?」
「何って……花に止まってたから、写メ撮ろうとしただけだよ」
ハヤテの前でスマホを振って見せた。
「お、お前……まさか接写……」
「接写で撮らないと、小っちゃくて何だか分からないじゃないか。悪いの?」
「良い訳ないだろ! お前、自分が食事してるとこ接写で撮られて平気か?」
ハヤテのツッコミにポンと手を一つ叩くと、
「おう、なるほど!」
頷く眼鏡少女に、呆れ顔のハヤテは大きなため息を一つ吐き、
「よく刺されなかった」
「なぁになぁに~? ボクを心配してくれてるのかい?」
眼鏡少女が妙に嬉しそうにすると、ハヤテは小声で、
(人が死ぬ所を見たくないんだよ……)
「ん? 何? 何て言ったんだい?」
近づける顔をハヤテはグイッと押しのけ、
「何でもない! それより不良娘、学校はどうした?」
「入学初日に、来るなって言われたのさ!」
あっけらかんと明るく答える眼鏡少女に、
「はぁ? なんだそれ!」
「深刻な持病を持った奴が来ると、学校が迷惑するんだってさ」
「…………」
「この制服ね、嫌がらせで着てるの」
「嫌がらせ?」
「そう。平日の昼間にこの制服着てウロウロしてたら、学校の評判にキズがつくだろ?」
一瞬ヒカリの事が頭をよぎったが、それを振り払うかの様に、
「お前、俺と同じ一年か。どこの学校……って、俺の学校の制服じゃん!」
「因みにボクは一組だよ」
「俺のクラスじゃねぇ~かよ! そう言えば俺の隣の席、空き席だったな様な……」
「じゃあ今度はキミの番!」
「はぁ?」
「何で君は学校に行っていないんだい?」
「…………」
「さぁさぁ、良い子だから、お姉さんに話してごらん」
「お前、何キャラだよ」
ハヤテは小さく笑うと、
「……殴ったんだよ」
「殴ったぁ?」
「初日の自己紹介の時……ちょっかい出して来た奴がいて……」
「よく大事にならなかったねぇ」
するとハヤテは、懐から指一本分ほどの小さな機械を取り出し、
「コイツのお陰さ」
少女に見せた。
「小型のムービーレコーダーかぁ……」
「まぁな」
入学式当日―――
体育館で校長の式辞や在校生からの祝辞など、一通りのイベントを済ませた新入生達はそれぞれの教室に移り、担任となる教師から今後の説明を受けた後、一人ずつ教壇の前に立って自己紹介を行う事になった。
クラスにいるのは地元の小学校から上がって来た生徒達で互いに見知った顔も多く、かたやハヤテは他県から移住して来たばかりの、言わばよそ者。付け加えるなら、歳不相応と思える数々の苦悩を背負って来た今のハヤテは前へ出る事、他者と関わりを持つ事を嫌い、見た目からしてお世辞にも社交時とは言えず、初日から格好のからかいの的となっていた。
「東ハヤテ!」
教師に呼ばれ前に移動する間でさえ、
「名前負けしてねぇ?」
「なぁ~に? 暗ぁ~い」
そこかしこから、クスクスと笑い声が聞こえた。
しかしハヤテは気にする風もなく教壇へ向かうと、一人の男子生徒がハヤテを転ばせようと言うのか、突如足を出して来た。が、何事も無かったかの様に教壇に立つと、
「チッ!」
足を出した男子生徒が聞こえる様な舌打ちをし、暗い目をしたハヤテは、
「東ハヤテです」
だけ言い席へ戻ろうとすると、再び男子生徒が足を出し、ハヤテは、今度はわざと引っかけ転んで見せた。
教室内に沸き上がる爆笑と、教師はさして叱る風でもなく、
「何をしている!」
半ば呆れた声を上げると、男子生徒は悪びれた様子も見せず、
「わりぃわりぃ、俺足長くてさぁ~~~!」
笑って見せると、教室が更なる笑いに包まれた。
しかしハヤテは顔色を変える事無くゆっくり立ち上がり、何も言わずそのまま自席に移動しようとすると、歯牙にもかけないその姿が癇に障ったのか、
「ちょっと待て!」
男子生徒が苛立った表情を浮かべ立ち上がり、ハヤテの肩に手を掛けた次の瞬間、ハヤテの右拳がみぞおちに突き刺さった。
「ゲぇ……ッ、ガぁハッ……」
正常な呼吸が妨げられ、苦しそうに両手で床を叩く男子生徒。
静まり返る教室内で、ハヤテはゆっくり自席に戻るとカバンに教科書を詰め、
「具合が悪くなったので帰ります」
帰り支度を整え、当たり前の事の様に立ち上がった。
「待ちなさい!」
制止しようとする男性教諭を、眼光一撃で逆に制止。頭を下げると、教室を後にした。
当然ハヤテは次の日、奈須之と共に学校に呼び出され、二人が校長室へ入ると、そこには校長の他に、担任教師と例の男子生徒が、母親と共に待ち構えていた。
「うちのハヤテは、無暗に人に手を出したりはしない!」
奈須之が開口一番言い放つと、男子生徒の母親は、
「何ですそれは! うちの子を殴っておきながら謝罪もないなんてぇ!」
「おおかた手を出される様な事をしたんでしょ!」
下がる気など微塵も見せず、奈須之が男子生徒の目を見下ろすと、生徒は目を背けた。
「どうなんですか、ツルギ先生。実際の話、その辺のところ」
校長が平静を装いつつツルギに尋ねると、
「こう言っては何ですが、東君は自己紹介の前から、何か彼に含む所があった様で……」
「やっぱり、退学ですわ退学! こんな狂暴な生徒がうちの子と同じ教室になんて、あーーーもう考えただけでぇ!」
母親がヒステリックな苛立ちを露わにし、実際殴ってしまっている分、分が悪い奈須之が反論する材料を考えていると、沈黙していたハヤテがおもむろにタブレットを取り出し操作し始めテーブルに置くと、
「こら東! 貴様こんな時に何をしている!」
激高するツルギ達の眼前に滑らせた。
大音量で再生される動画を目にしたツルギと母親は、急に黙り、次第に顔色を変えた。
そこには、ハヤテに対して誹謗中傷を繰り返す生徒達と、それを止めもしないツルギ、そして足を出した上に逆ギレする男子生徒の一部始終が映っていたのである。
「ネットに上げるか、教育委員会に提出しようか?」
冷めた目をしたハヤテはグウの音も出ないツルギ達を見下ろすと、タブレットを机から取り上げ、メモリーカードを引き抜きテーブルの上に放り投げた。
「おじさん、迷惑かけてゴメン……帰ろう」
しかし奈須之はハヤテを叱るどころか頭を下げ、
「私こそすまない。どうやら私は、お前を入れてやる学校を間違えたようだ」
奈須之は固まる校長達にいちべつくれ、ハヤテと校長室を出て扉を閉めた。
途端にツルギと母親は我先にとメモリーカードを奪い合い、その場で二つにへし折り安堵した顔を見合わせると、再び扉が開き無表情のハヤテが顔をのぞかせ、
「因みにそれコピーです。では失礼します」
再び扉を閉めた。
話を聞き終えた少女は、
「アハハハハハハハハハハハハァ!」
愉快そうに大笑いしだし、
「おっ……お腹痛い……ボクに「来るな」って言ったの、その教師だよ! キミ最高だよ!」
「まぁ、お陰でこのザマだけどな」
さして困ってはいないが、困った風に笑って見せるハヤテに、
「ハハハ……こんなに笑ったの久々」
少女は笑い過ぎの涙目を拭うも、川で体が少し冷えたのか、小さい身震いをした。
「冷えたんじゃないのか?」
「ハハハ……みたいだねぇ」
小さく笑う少女の肩に、ハヤテは上着を脱ぐとかけてあげ、
「ちょっと待ってろ! 俺の家、すぐ近くなんだ!」
「ありがとう、でも!」
「大丈夫! 直ぐ戻るから!」
ハヤテは全力で自宅に戻るとリビングに駆け込み、
「小町おばさん! 女の子が川に入って濡れて、冷えてそれで、だから服を!」
生き生きしたハヤテの姿に、
「落ち着いてハヤテ君! 分かったわ! 上着と履物くらいで良いのかしら!」
手早く数点見繕いハヤテに手渡すと、
「ありがとう!」
ハヤテは慌ただしく家を飛び出して行った。
足が前へ前へと勝手に前に出る。
まるで気持ちだけ彼女の下へ先に行き、体がついて来ていない様である。
「おぉーーーい!」
土手が見える橋の欄干に辿り着き声を上げたが、見下ろす先に、誰もいなかった。
まるで初めからその場には誰もいなかったかの様に、土手は静まり返っていた。
「…………」
うつむくハヤテは叔母に用意してもらった衣類を携え、家に帰った。
「ただいま……」
「あら、早かったのね。女の子は大丈夫だったの?」
「……多分……居なかったから」
「ごめんねハヤテ君……私がノロノロしていたばっかり」
「ちがッ! 違うよ小町おばさんは……」
ハヤテは頭を下げると、借りた衣類を小町に手渡し、
「ありがとうございました……少し、部屋で休みます」
薄く笑うと、ハヤテは二階の自室へと上がって行った。
かける言葉が見つからず、ただ、その背中を悲し気に見送る小町。
それから数日ハヤテは同じ場所に、同じ時刻、座ってみたが、少女は姿を現さなかった。
そして一週間が経過した日の夜―――
ハヤテはとある行動に出る覚悟を決め、一夜明けるとクローゼットから予備用のブレザーを取り出し纏い、階下に降りた。
学校に再び行く事などないと思っていた奈須之は、少し驚いた表情でハヤテを見つめ、
「……行くのか?」
「はい。どうしても、確かめたい事が出来たんです」
そう語る表情は、昨日までの抜け殻の様な顔ではなく、明らかな意志を持っていた。
奈須之はハヤテの表情に頷くと、
「行って来い」
その短い一言に全ての意味を込め、思いを受け取ったハヤテは、
「はい!」
今までにない生きた返事を返した。
久々入った教室で、ハヤテは生徒達から驚きと嫌悪と、様々な排他的感情を向けられた。
しかし触らぬ神に祟りなし、遠巻きに陰口をたたく者はいても、余計な手出しをしてくる者はおらず、例の男子生徒も時折チラチラと様子を伺うだけであった。
どちらにせよ、内に大義を抱くハヤテにとっては些末な事で、歯牙にもかけず自席で黙って外を見ていたが、やはりと言うべきか、鐘が鳴っても隣の席は空いたままであった。
担任教師のツルギも教室へ入るなり、ハヤテの姿に一瞬驚いた顔をしたが、
「……がいないなら、まぁ良い……」
疎まし気な表情を浮かべ誰かの名前を呟くと、教壇に立った。
(今、確かに……言った……)
ハヤテの予感は半疑に変わり、ホームルーム終了に伴いツルギが退室すると同時に教壇に駆け寄ると、出席簿を開き、焦る手で上から順に辿った指は、
「あった!」
とある名前でピタリと止まり、確信に変わったハヤテは教室を飛び出した。
「先生!」
「なんだァ!」
あからさまに迷惑そうな顔をするも、ハヤテは気にもせず、
「俺の隣の席……」
「あ? あぁアイツか……アイツがどうした? なんか重い持病あるらしくてなぁ。まったく、来られても迷惑なだけ……って、まさか、お前の知り合いかぁ?」
「そう言う訳じゃ……ただ、さっき配られたプリント渡そうかと思って」
「ん? 家の場所を知ってるのか?」
「そう言う訳じゃ……」
「何言ってんだお前」
呆れた顔をしてツルギが、その場を去ろうとすると、
「先生……取引しませんか?」
「はぁ?」
「教えてくれたら、この間の「元データ」を渡します」
するとツルギの顔色が変わり、
「……本当か?」
小声になると、ハヤテも声を潜め、
「実は今撮っている映像ごと、先生に渡します」
ツルギはしばし考えると、
「分かった」
教員用のタブレットを操作し、ハヤテに住所を見せた。
「ありがとうございます」
メモを取ったハヤテは胸元からペン型のムービーレコーダーを外し教師に渡すと、
「先日のデータも中に入ってます。では、東は体調不良で早退します!」
去るハヤテの背を苦々しく見つめるツルギは、その場でレコーダーをへし折った。
一旦教室に駆け戻ったハヤテはカバンを回収して学校を飛び出すと、懐からもう一つムービーレコーダーを取り出しスイッチをオフ。
「悪いね先生! 悪党相手に持ちのカードを全部切るほど、お人好しじゃないんだよ!」
ニヤリと笑い、ハヤテは協力的に? 教えてもらった住所目指してひたすら走り、
(会える……会えるんだ……今すぐ逢いたい!)
「ヒカリーーーッ!」
ハヤテが名簿を辿る指を止めた名前、それは「東海林 ヒカリ」であった。
いくつもの路地を駆け抜け、黄色い単線電車が眼下を走る小さな歩道橋の上のを走り、やがてハヤテはとある門の前で足を止めた。
メモに書いた住所の建物は敷地が見えない位高い塀と木々に囲まれ、入り口は屋根瓦の乗った重厚な門でがっちりと閉ざされていた。
(ここにヒカリが……でも……)
「どうしよう……」
勢い任せで来ては見たものの、この先どうすれば良いのか分からない。
しかもこれだけの屋敷。もし人違いだったらゴメンで済むとは思えず、そうなれば当然散々迷惑をかけている叔父、叔母に、今まで以上の迷惑をかける事になる。
どうしたものかと門の屋根瓦を見上げ、途方に暮れていると、
「ちょっとそこのあなたッ!」
強い口調で呼ばれ振り返ると、そこには黒と白のメイド服を纏った女性が立っていた。
しかし女性は振り返ったハヤテを観察する様に目を凝らすと、
「……もしかして……ハヤテさま……?」
「……かなえ……さん?」
髪形や雰囲気は以前と少し違うものの、その女性はメイド長の「かなえ」であった。
「キャーーーッ! ハヤテ君、おひさぁーーー!」
すっかり自が出て、跳ねる様に喜ぶかなえに、
「ど、ども。御無沙汰しています……」
「ウンウン、大人になっ……コホンッ! 失礼、ご立派になられましたねハヤテ様」
本業を思い出し、今更ながら自を隠すと、
「ヘンに気を遣わなくていいですよ」
「そぅお? でも本当……色々あった事は聞いております。ヒカリ様に会いに来られたのでしょう?」
「はい……でもお恥ずかしい話、先日会った時には全然気が付かなくて……」
「フフフフッ。まぁ、とりあえず中へどぅ~ぞ」
「失礼します」
かなえの後に続き門をくぐると、
「実はヒカリ様、数日前にハヤテ様を公園で見かけて以来、ずっと声をかけるチャンスを窺っていたそうなんですよ」
「えぇ!? そうなんですか? 気付かなかった……声、かけてくれれば良かったのに……」
「それは……わたくしの口からは何とも……。因みに眼鏡は変装だそうですよ」
クスリと笑うかなえはガラス格子の玄関扉を開け、ハヤテを中へと促した。
外観同様屋敷の中も純和風で、東京の実家であるこの建物を見ると、ヒカリがA市のお高い食堂で目を輝かせた理由が何となく理解できた。
来客用の応接室ではなく、家族が生活する和室へと通されたハヤテは、
「少々お待ちいただけますか」
一人部屋に残された。
何と無しに見回す室内は手入れの行き届いた古民家、その様な形容がピタリと来る屋敷である。アンティークの柱時計が刻む心地良いリズムに、しばし耳を傾けていると、
「ウソーーーッ!」
どこかの部屋から聞き覚えのある叫び声がし、
「お風呂入ってないよ! パジャマどうしよう!?」
そんな絶叫まで聞こえて来て、
(ププッ、声デカ。丸聞こえじゃないか)
ハヤテは思わず噴き出した。
やがて何をしているのか、ドタバタドタバタと大騒ぎが聞こえたかと思うと、
「かなえさん! もういいよ!」
そんな諦め絶叫の後、小走りの足音が近づいて来て和室手前でピタリ止まると、入り口の障子の影からヒカリがそっと顔だけのぞかせた。
「ヒカリ、この間は気付かなくて悪かったな」
「……キミ……怒って……ないのかい?」
「へ? 何をだ?」
「だって……ボクが苦しい時は、いつもソバにいてもらっていたのに、キミが一番辛い時、ボクは手を差し伸べる事もしなかったんだよ……妻失格だよ」
「フフッ妻かぁ、懐かしいフレーズだな……もしかして川に落ちた時に手を取らなかったのも……」
静かに頷くヒカリ。
「正直、恨んだ時期もあったさ。誰だってへこんだ時、つい誰かのせいにしたくなるからな。でもヒカリの家だって、あの時はそれどころじゃなかったんだろ?」
「……ごめん……でもそれって言い訳だよね……」
「つまんない事気にしてないで、こっち来いよ。風邪が悪化するぞ」
「えっ? 何で分かるの?」
「そんな鼻声してれば誰だってわかるさぁ。それにヒカリ……そ、れ、」
ハヤテが障子を指差し「何だろう?」とヒカリが視線を移すと、障子でパジャマ姿を隠したつもりが、中央がガラス張りとなっていて、ハヤテに丸見えだったのである。
「アハハハハ……ガラスなの忘れてた」
笑って誤魔化すヒカリは、静々と和室へ入って来た。
「大丈夫なのか? 川に浸かったせいか?」
「まあね。でも、もう大丈夫さ。明日からまた公園に行こうと思っていたんだ。キミに……ハーくんに逢いにね!」
「ハーくんは止めろよ……って、この感じも、なんか懐かしいな」
「うん」
微笑みあうハヤテとヒカリ。
「おじさんの会社は、もう大丈夫なのか?」
「うん。パ……お父さん凄かったよ。金に目が眩んだお神輿副社長一派に、負ける訳行くかって! 人徳なのかなぁ~A市支社の人達も、お父さんの為に動いてくれたんだよ!」
「そっかぁ~」
「ハーくんは、大丈夫?」
「色々あったけど、今お世話になってる叔父さん叔母さんには、本当に良くしてもらってる。不登校してるのが申し訳ない位だ」
「まぁ、その点に関しては、ボクも人の事は言えないかなぁ……」
「そう言えばヒカリ、いつから自分の事「ボク」って言う様になったんだ?」
「え? えぇ~と……それは……」
赤面して口ごもっていると、かなえが廊下を通り過ぎざま、
「ハヤテ様に会えない寂しさから口真似してたのが、癖になっちゃったんですよねぇ~」
「かなえさん!」
耳まで真っ赤になったヒカリから逃れる様に、足早に逃げ去って行った。
二人赤面してうつむき、なんとも気まずい雰囲気の中、ヒカリが突如思い出した様に、
「は、ハーくん! 写真は撮ってないのかい? ここ数年ページが更新されていないけど」
するとハヤテは少し寂しそうな顔をし、
「カメラが頭部を直撃して運ばれて以来、物達の声が聞こえなくなってさ、前みたいに撮れなくなったんだ。でぇ、今は止めちまった。つまんない写真撮ってたら、父さんに怒られそうだしな……」
「そうなんだ……」
ヒカリも悲し気な表情を見せ、二人静かにうつむいてしまったが、
「アレ?」
ヒカリがいきなり素っ頓狂な声を発して顔を上げ、
「ど、どうしたヒカリ?」
「ハーくん、この間ボクがスズメバチに追われてるって……よく気が付いたよね……」
「ん? あぁ~あれは「ありがとうございました」って……」
「ボクは言ってないよ」
「へ? じゃあ……」
「もしかして……って言うかあの蜂、殴られて喜ぶなんてMっ気の蜂?」
思わず笑い合う二人であったが、ヒカリがおもむろに顔を上げ、
「試してみようよ! 良い相手がいるよ!」
ヒカリはそう言うと、どこかへ走って行き、小走りで戻って来て、
「じゃ~~~ん! ハーくん懐かしいだろぉ!」
クマのぬいぐるみをハヤテの前に出して見せた。
「こだま号じゃないか! 懐っかしいぃ~~~!」
「この子は、ボク達二人の仲人みたいなものだから」
ヒカリはうっとりした表情でこだま号を抱きしめると、
「変わらないな、そう言うとこ」
ハヤテは笑って見せ、
「ハーくん、ボクにもお願いするよ」
ヒカリはそう言うと、額をハヤテに差し出し、目をつぶった。
「力が戻ってるか分かんないけど……いっちょやってみますかい!」
ハヤテが自身の額をヒカリの額に近づけると、突然ヒカリが目を開け、
「チュウしても良いよ!」
「ばっ、いっ、いいから……その……今は……」
「「今は」……か……」
ヒカリが嬉しそうに再び目をつぶると、
「ま、まったく……」
照れ臭そうに赤面するハヤテはヘンに意識しない様に自身も目をつぶり、ヒカリの額に自身の額を付け、昔やっていた様に物達との会話を強くイメージ。
「ヒカリ、良い筈だよ」
ハヤテがゆっくり目を開けると、ヒカリはすでに目を開けハヤテを見つめていた。
「ハーくん……」
「ヒカリ……」
自然の流れの様に、赤面する二人の唇が次第に近づいて行くと、
「まだ早やぁーーーい!」
ペペシッ!
二人は何かに頭を引っ叩かれた。
「「え?」」
振り向く二人の前に、腕組みして仁王立ちするこだま号の姿があった。
「やった……出来たぞヒカリ……!」
久々発動した力に、ハヤテが打ち震えていると、
「やったよハーくん! 素敵! 最高!」
ヒカリはハヤテに抱き付いた。
「ウオッホン!」
わざとらしい咳払いが背後からして二人が振り返ると、そこにはヒカリの父親の姿が。
「あ……アハハハハ……お、お久しぶりです……お父さん」
「私を「お父さん」と呼ぶなと…………久しぶりだねハヤテ君」
「お変わりない様で」
「お世辞まで言えるようになったか」
ヒカリの父親は小さく笑うと、
「それはそうと…………離れなさい!」
ハヤテに抱き付いたままのヒカリを、無理矢理はがそうとすると、
「イヤッ!」
久々に聞く、男を一瞬のうちに黙らせる、ヒカリ必殺の口撃。
幼少期から持つ、この心をえぐる様な鋭い一撃は、思惑の種類に関係なく、男心を容赦なくへし折るのである。
愛娘の絶対拒否に、うなだれるヒカリの父親であったが、ハヤテの何かに目を留め、
「そうか……ハヤテ君も身に付けてくれていたんだね……」
「「あっ!」」
二人はネックレスを胸元から取り出し、見せ合い、
「俺は……色々あったけど、このネックレスのお陰で頑張れた気がします」
「ボクも、お母さんのネックレスのお陰で寂しさを乗り切ったよ。いつか出会えると……」
ハヤテとヒカリが互いの手にしたネックレスを見つめ合うと、
「そうか……」
ヒカリの父親は感慨深げに頷き、
「時にハヤテ君、授業はどの程度進んでいるのかね。ヒカリの遅れ具合が、少々気掛かりでね」
「え? あのそれはどう」
聞き返そうとしたハヤテの口を、ヒカリは慌てて両手で塞ぎ、
「これから休んでいた分を教わる所なんだ! さぁハーくん! ボクの部屋へ行こう!」
ハヤテとこだま号の手を引き、ヒカリはそそくさと和室を後にした。
ヒカリはハヤテとこだま号を自室へ放り投げ、
「「イテッ!」」
こだま号とハヤテが、うめき声を上げるとヒカリは取り急ぎ扉を閉め、
「ごめんよ! ボク、学校に行ってる事になってるんだ! 風邪をひいてからは病欠で」
「えぇ!? なんで?」
「考えてみておくれよ! あのパ、……お父さんが事実知ったらどうなると思う?」
「…………大騒ぎ必死だね」
「だろう? その後、ボクはどんな顔して登校すれば良いのさ!」
「……でも日中ウロウロしてたら、いつかバレるよ」
するとヒカリが腕組みしてしばし考え込み、
「そうだ良い手がある!」
何やら嫌な予感しかしないハヤテが、
「なに?」
一応尋ねると、
「明日からハーくんの家で勉強しよう!」
「「えぇーーーーーーっ!?」」
ムンクの叫びの様に驚く、こだま号とハヤテ。
幼少期と相も変わらず、ハヤテに拒否権は無かった。
次の日から制服に着替えたヒカリは、さも学校へ行っている風を装い、家を出ると、ハヤテの家へと登校した。
流石に、更に迷惑をかけてしまう奈須之と小町には、包み隠さず事情を説明しておくことは怠らなかったが。
男気溢れる奈須之は予想通りと言うか、「ハヤテのみならずヒカリさんにまで!」学校に対する不信感と怒りを増し、家で勉強する事を快諾してくれた。
小町は言うと、朝から「どんな子が来るのか」「部屋は汚くないか」「トイレは汚れてないか」と、何故か嬉しそうに家の中をウロウロそわそわ歩き回り、逆にハヤテが、
「小町叔母さん落ち着いて。ヒカリはそんな細かい事」
ピ~ンポ~ン
インターホンが鳴った途端、
「はぁ~~~い! ハヤテ君、どいてぇ!」
ハヤテを突き飛ばし、玄関へ走って行った。
緊張と期待に胸躍らせる小町が扉を開けると、
「おはようございます」
制服姿のヒカリが朝日を浴び、キラキラ輝く様な笑顔を見せていた。
目鼻立ちの整った、容姿端麗なヒカリの姿に小町はうっとりし、
「まぁまぁ、あなたがヒカリさん!? とっても可愛いのねえ~! 上がって上がって!」
浮かれ過ぎではないか思われる程の笑顔を持って、ヒカリを家の中に招き入れ、
「お邪魔します、叔母様」
ヒカリは丁寧に靴を脱ぎ揃え直すと小町の後に続き、小町はリビングに入るなり、ひっくり返っているハヤテを見つけ、
「ちょっとハヤテ君、良い子じゃない! 叔母さん、断然気に入っちゃったわぁ!」
えらい喜びようを見せた。
「ボクなんて普通ですよ~。叔母様こそ「スベスベお肌」も、とてもお綺麗ですよ」
「え~嫌だわぁ~「お肌も」、なんてぇ!」
しばしハヤテが引き気味で、女子トークを眺めていると、
「あらやだ、私った長々と。ごめんなさいね。何かお持ちしましょうか?」
するとヒカリは、
「お気持ちだけで」
微笑むと、
「遠慮しないで~」
尚も気遣う小町にハヤテが、
「叔母さん」
「どうしたのハヤテ君?」
「ヒカリは……その……」
言いにくそうにしていると、昨日ハヤテに言われた事をハッと思い出し、
「ごめんなさい、ヒカリさん。無神経だったわ。嬉しくてつい……ダメねぇ~」
しょげた顔で頭を下げると、
「大丈夫です叔母様。お気持は確かに頂きましたから」
微笑むヒカリに、
「ありがとう、優しいのね。こんなに良い子達に嫌がらせする学校、益々腹立たしいわ!」
「仕方ないですよ叔母様。でも、ありがとうございます」
「何かあったら相談してね」
「はい」
小町はヒカリの笑顔に頷くと、
「勉強は……ハヤテ君の部屋でするのよねぇ?」
「はい。来客あった時、俺達二人の姿を見られると変な噂が立ったりして……叔母さん達に余計迷惑掛ける事になるから……」
「それは昨日も話した通り、別に構わないんだけど……」
「「だけど?」」
二人が首を傾げると、
「ハヤテ君、若さの激情に任せてヘンな事しちゃダメよ」
「し、しませんから!」
赤面して力強く否定するハヤテに、ヒカリが悲しそうな顔を見せ、
「……しないのかい?」
「うっ……」
ハヤテが言葉に詰まると、ヒカリと叔母の小町は顔を見合わせ笑い出し、からかわれた事に気付いたハヤテはヒカリの手をむんずと掴み、
「行くぞ!」
引っ張ろうとすると、ハヤテの体は一回転宙を舞い、
「え?」
ドンッ!
床に転がった。
一瞬の出来事に、何が起きたか分からないハヤテ。
「どうだいハーくん、ボクの合気道のキレは!」
自慢気に寝転がるハヤテを見下ろすヒカリ。
「ねぇ叔母様! 心配ないでしょ?」
「確かに」
無様に転がるハヤテを、ヒカリと小町は可笑しそうに見下ろした。
するとハヤテはヒカリを見上げたまま、
「なあ、ヒカリ……」
「なんだい?」
「ピンクのヒラヒラ見えてるぞ」
「ヒャッ! ハーくんのヘンタイ!」
赤面してスカートを抑えるヒカリ。
その日から二人はハヤテの部屋で八時半から勉強を開始し、昼食は持参した弁当で小町も交えて十二時から一時間。再び夕方まで勉強と、始業時間と終業時間を守り、時に笑い、時に厳しく議論を交わし合いながら、空白の数年を埋めるかの様に楽しい毎日を送った。
そんな生活が一カ月ほど続いたある昼下がり、ハヤテの家に、前触れなく一人の招かれざる来訪者が訪れ、二人の穏やかな時間に新たな波風が立とうとしていた。
やって来たのは担任のツルギである。
二人に合わせる訳にもいかず、叔母の小町が一人で対応する事となった。
彼と学校の対応に強い憤りを抱いていた小町は、ツルギを家には上げず玄関で、
「何の御用ですか」
丁寧ではあるが強い口調で切り出すと、
「単刀直入に申しまして東君、転校してもらえないですかねぇ」
「何ですって!」
「いえねぇ、うちの学校近々監査があるんですが、今監査に入られると東君とあと一人、学校としては非常に困るんですよ」
「元をたどればあなた方が!」
「ハイハイじゃあ伝えましたよ。玄関先で茶も出されず、失礼しました」
小町の言葉を聞かず、嫌味を残してツルギは出て行った。
「なんて学校なの!」
閉まる扉を睨み付け、小町が怒りを露わにすると、
階段の二階付近で様子を伺っていたハヤテとヒカリが、小町を気遣い階段を降り、
「小町叔母さん……」
「叔母様……」
「あっ、あらあら取り乱してごめんなさいねぇ」
二人に気付いた小町は逆に二人を気遣い、笑って見せた。
「叔母さんゴメン……結局、迷惑かけて……」
ハヤテが暗い顔をすると、小町は首を横に振り、
「あなた達のせいじゃないわ。今夜、奈須之さんと話してみるから大丈夫よ。二人は安心して勉強を続けて」
小町は微笑みを残し、リビングへと姿を消した。
部屋に戻り、扉を閉めたハヤテは扉に寄り掛かり、
「叔父さん叔母さんに迷惑かけずに今を打破する、何か手はないのか……」
「ハーくん……ボク、一人だけ心当たりがあるんだけど……」
ヒカリが手帳から名刺を一枚取り出し、ハヤテに差し出した。
「これは?」
「保健室の先生の名刺」
「……助けてくれそうなのか?」
「学校説明会の時「何かあったら」って、くれたんだ」
「連絡はしてないのか?」
「学校に行っても門前払いだし、電話をかけても保健室に回してくれないんだ……」
「頭に来るくらい徹底してるな……この名刺って、その先生から直接もらった物か?」
「そうだよ…………あっ!」
ニヤリとするハヤテの顔から、ハッと何かに気付いたヒカリが声を上げると、
「やってみる価値はあると思うぞ。うまくいけば反撃開始だ」
「うん!」
笑顔で応えるヒカリ。
数分後―――
和かな外光が差し込む、窓から入る風にレースのカーテンが揺れるとある一室で、一人の女性がスマホのバイブに気が付き、
「誰だい? こんな時間に珍しい……」
白衣からスマートフォンを取り出し、通話をタップした。
「おや? あぁ~東海林ヒカリかい? よく私の携番分かったじゃないか」
長い黒髪が印象的な女性である養護教諭は二言三言話すと、
「分かった。早速明日から来な」
終了をタップ、ニヤリと妖艶に微笑み、
「面白くなりそうだねぇ」
次の日の登校時間―――
学校の玄関は大騒ぎになっていた。
登校した生徒達が遠巻きに見つめる中、ツルギが普通に登校してきたハヤテとヒカリを怒りの表情で指差し、
「お前ら何しに来た! 来るなと言っただろーーーッ!」
「校舎の隅々に響わたるのでないか」と言う怒声を張り上げると、
「おや、二人とも早かったねぇ~」
白衣を纏った養護教諭が何食わぬ顔でやって来た。
「「黄(こう)先生! おはようございます!」」
挨拶する二人に、
「おはようさん。さぁて、行こうかねぇ~」
微笑み、二人を連れ立ちその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待てぇ! 黄先生、これはアンタの差し金か!」
黄と呼ばれた養護教諭がピタリ立ち止まると、ハヤテが小声で、
(先生、これ使う?)
先日ヒカリへの暴言を秘かに録音した「二個目のレコーダー」をチラリと見せると、黄は小さく首を横に振り、ツルギの方へ振り返ると、
「生徒を物扱いする様なアンタみたいのに、「アンタ」呼ばわりされる心外だねぇ!」
刺さるような視線でツルギを睨み付け、その目に、ツルギは一瞬ひるむも、
「た、たかが保健室の養護教諭が学校の意に背いて、タダで済むと思っているのか!」
「たかがと来たか……」
小さく笑う黄はツルギと正対すると、ガッと床を激しく踏み鳴らし、
「アタシ等養護教諭はアンタ等と同じく教員免許も持ったうえに、保健師の資格、中にはアタシの様に看護師とカウンセラーの資格を持ってる教員もいて、学校の心と体のケア、衛生管理までしてんだ! アンタみたいな教育忘れた三下腰ぎんちゃくが、養護教諭を舐めてんじゃないよ!」
黄の啖呵に、遠巻きに見ていた生徒達から、
「黄先生、カッケェーーー!」
「いやマジホレる~」
賛辞が上がると、不利を感じたツルギは苦虫を噛み潰したような顔して三人に背を向け、
「ドケッ! 貴様等、早く教室に行かんか!」
野次馬の生徒達に八つ当たりしながら去っていった。
「さて、アタシらも行くかい?」
黄がコロリと表情を変え微笑むと、ヒカリがニッと歯を見せ笑い、
「先生、男前~!」
「お、男前ってお前……喜んで良いとこなのかねぇ~?」
黄が複雑な笑顔を見せると、
「言葉のあやですよ、黄先生。俺達二人、先生に感謝してます」
「そっ、そうかい……ま、まぁ良いさ。じゃ行こうかねぇ~」
ハヤテの真っ直ぐな褒め言葉に、黄は照れ臭そうな顔を見せ、そんな彼女の意外な反応に二人は小さく笑いつつ、三人は保健室へ入って行った。
保健室内には、これからここで学ぶハヤテとヒカリの為に、イスが二脚と机代わりのテーブルが一卓用意されてあった。
黄は二人をイスへと促し、自身は自席に座ると、
「さて」
硬い表情で二人を前に切り出し始めた。
「まずはアタシの携番、どうやって知ったか教えてもらおうかねぇ。アタシは人に携番を教えない。返答次第によっちゃ~話はチャラ。有無も言わさず放り出すからね」
二人に向けるその鋭い眼光は、冗談でない事を物語っていた。
しかしハヤテは物怖じする事もなく、開口一番、
「先生、取引しませんか?」
「はぁ? 取引?」
つい今しがた助けてくれた相手にしていると思えない交渉を始めた。
「先生の秘密を口外しない代わりに、俺がこれから話す秘密も口外しない事を」
「はぁ? アタシの秘密?」
「何を言っているんだ」と言わんばかりの呆れ顔を黄が見せると、
「黄先生って……実は日本人ですよね?」
ハヤテが声を潜め伺うと、黄は小さく笑い、
「ハハハ……何を言い出すかと思えば、そりゃ今は日本国籍を得て日本人さ」
するとヒカリがニッと笑い、
「ヒントその一!」
続けてハヤテが、
「文科省」
黄の眉の端が少し動いた。
「ヒントその二」
「せんにゅ」
「分かった、分かったよ!」
ギョッとした顔で、慌てた様に黄が言葉を遮った。
「いったいアンタ等、どこまで、どうやって知ってんだい!?」
ハヤテはヒカリと顔を見合わせ、
「さて、どこまででしょう?」
笑って見せると、
「なるほど選択肢はないって訳かい。いいさ、その条件乗ってやるよ。で、種明かしは?」
するとハヤテは、黄が以前ヒカリに渡した名刺を取り出し、
「これですよ」
「ん? 名刺がどうかしたのかい? 学校の代表番号しか書いてないが……」
「ハーくんは、名刺に教えて貰ったんだ!」
「ハーくん言うな」
ハヤテがツッコミを入れている間に、黄は大きなため息を一つ吐き、
「大人をからかうのは、およし。中二病ってヤツかい?」
呆れた顔をすると、
「ヒカリ!」
「あいよッ!」
ヒカリは返事を返すと、黄の頭を両手で抑えた。
「ちょ、何するんだい! って東海林、アンタ凄い馬鹿力!」
「チッチッチッ! 先生、これ力じゃないんだな。ちょ~っと、ジッとしててねぇ」
そうこうするうちに、ハヤテの顔が黄の顔に近づき、
「なッ、何をする東!」
動揺する黄の額に、ハヤテは自身の額を付けイメージ。
一分も経たないうちにハヤテは額を離し、ヒカリが手を離すと、
「な、何だいアンタ達……アタシに何かしたのかい!?」
うろたえる黄の前に、ハヤテは先程の名刺を差し出し、
「名刺くん、黄先生の所属部署を教えてもらえるか?」
ハヤテの小芝居の様な言動に目が点になる黄であったが、次の瞬間絶句した。
「おうハヤテ! 昨日も教えたろ、物覚えの悪いヤツだな! 「文部科学省 監査部 特殊内定二課」だよ! 覚えたか!」
「名刺くん、サンキュー」
「おうよ! そうだ丁度いい! こらガサツ女、俺達モノをもう少し大事に扱え! あの汚い散らかり放題の部屋は何だ! そんなんだから嫁の貰い手が」
バシッ!!
黄が異様な眼光を放ち、悪態つく名刺を机に押し潰す様にぶっ叩いた。
二度と動く事のない名刺を、鬼の形相で睨み付け、
「……合点はいったよ」
ため息を吐く黄は冷静な口調に戻り、自席に深く腰掛け直すと、
「アンタ達が小学一年の事件、どうにも腑に落ちなくてねぇ~。聴取しようにも誰も何も答えない……いや答えられなかったってのが、よ~く分かったよ。下手したら病院送りだ」
「先生、ハーくんの事……」
「あぁ契約は守るさ。まぁ言った所で、アタシの頭が疑われるだけだろうしねぇ~」
笑って見せる黄は、
「良い事を教えといてやるよ。この学校の黒い噂は有名でねぇ、地元教育委員会との贈収賄、教科書選定の賄賂に接待、現金授受による裏口入学斡旋に推薦入試生徒の選定、口利き代わりの買春行為、まあ数え上げたら枚挙にいとまがないのさ。なんで捕まらないか分かるかい?」
「「…………」」
「バックに地元教育委員会の大物がいて、告発する事が出来なかったのさ。だからアタシしに白羽の矢が立った。でも、何で急にこの学校に監査が入る事になったと思うさ」
難しい大人の話に連発に、眉をひそめ顔を見合わせるハヤテとヒカリに、
「東海林、アンタのオヤジさんの働きかけだよ」
「えっ? パパの?」
「アンタの苦悩、初めから全部知ってたのさ」
「そんな一言も……」
「自分が出張ると大事になると知ってて、我慢してたのさ。でもそれも限界。今回の事でブチ切れちまった。そりゃそうさ、愛娘をここまでコケにされて黙ってる親がいると思うかい?」
「ハハハハ、ヒカリのオヤジさんらしいな」
ハヤテが笑って見せると、
「何言ってんだい」
「え?」
「お前んとこの叔父さん叔母さんも、地元の教育委員会に何度も抗議しに行ってんだよ。揃いも揃って良い親を持って羨ましいかぎりさ」
嬉しそうに顔を見合わせ笑う、ハヤテとヒカリ。
「ねぇアンタ達、この学校のパンフとかに乗ってる、有名校への進学率の高さと、いじめ問題発生件数とか、ヘンに感じなかったかい?」
「そう言えば、幾つか学校案内見たけど、中でも異常に数字が良かった気がする」
「確かにな。実際入ってみて「パンフと随分雰囲気違うな」とも思ったけど……」
「どういうカラクリか分かるかい?」
「「う~~~ん……」」
「ハイ時間切れ。学校の規格に合わない生徒、学校が不要と判断した生徒を、全員自主退学させてるのさ。だから結果として、数字上の評価だけ良い方に転がるって事なのさ」
「えぇ!?」
「それもあって、俺達を自主退学させようとしてたのか!」
「しかも学校から退学言い渡されるよりは良いだろうって、脅しまでしてねぇ」
「で、でもハーくん、いくら教育委員会の後ろ盾があるって言ってもそんな強引……」
「だよな。「ハイそうですか」って、みんながみんな従うとは」
「内申書だよ」
「「内申書?」」
「その中に「行動の記録」ってのがある。生徒の行動について教師が書く評価項目さ。下手書かれると、その後の進路全てに差し支える。アイツ等はそれを盾に、反論しようとする保護者を黙らしちまうのさ」
「なんて奴等だ!」
怒りを露わにするハヤテに、黄が顔色を曇らせ、
「だだ……ねぇ~」
「「ただ?」」
「今監査に入っても証拠がない……あのタヌキとキツネ、中々尻尾を出しやがらないのさ」
「「タヌキとキツネ」」
二人は丸顔した校長と、三角顔した教頭の顔を思い出し、ププッと噴き出した。
「言い得て妙だろ? でもねぇこの学校の膿を出しきるには、あの二人の排除は必須なのさ。でも肝心の証拠がない……実行役はツルギが全てやっていて、下手したらトカゲのしっぽ切り、あのオヤジが捕まってハイ終了って落ちになっちまう」
悔し気な顔をする黄に、ヒカリが不思議そうな顔をし、
「黄先生、ツルギ先生は、なんでそこまでして校長達の使い走りをしてるの?」
「五年前になるかねぇ。その頃のツルギは、納得行かないと事があると校長教頭に果敢に立ち向かい、生徒のプライベートにまで首ツッコんで悩みを聞く、熱血教師だったそうさ」
「それがどうして?」
「仇になっちまったのさ」
「「あだ?」」
「当時イジメで悩んでいた生徒がそれをプレッシャーに感じたらしくて、遺書も残さず自殺しちまったのさ。「深入りし過ぎたせいだ」って、散々世間から叩かれてねぇ。その時、ツルギを全面的に擁護したのが校長達で、以来アイツは言いなりさ」
「先生、詳しいんだ」
ヒカリが感心して見つめると、黄はフッと小さく笑い、
「アタシが、潜入班への異動を決意した事件だからねぇ」
「「…………」」
重苦しく静まり返る室内で、ハヤテが急に立ち上がり、
「ならやる事は決まった! 行こう!」
「ツルギのとこへかい?」
「違う!」
するとヒカリも何か気付いたらしく、
「そうか!」
笑顔で立上り、
「なんだいなんだいアンタ達だけで盛り上がって……アタシは蚊帳の外かい?」
不服そうな顔で見上げる黄に、ヒカリは手を差し伸べ、
「そんな良い先生だったなら、昔を取り戻してもらえば良いんだよ!」
「全ての鍵は、亡くなったその子にある」
ハヤテも手を差し伸べると、黄は再びフッと小さく笑い、
「なるほどねぇ」
二人の手を取り、イスから立ち上がった。
数日後―――
黄がツルギを連れて保健室へやって来た。
ツルギに、先に入る様促す黄。
警戒感を抱きながらも渋々保健室に入ると、患者用の丸イスに座り、
「でぇ? 校長先生が不利になる証拠の品とは何です!」
不愉快そうに振り返ると、黄がガチリと鍵を掛けた。
「何のマネだ女狐め、今度は何を企んでる!」
「「企む」なんて、失礼だねぇ。邪魔されず、話がしたかっただけさ。まぁ、話すのはアタシじゃないけどねぇ~」
「下らん! やはり来るんじゃなかった!」
立ち上がろうとすると、ヒカリが物陰から飛び出しツルギの右手首関節を捻って、
「イテテテッ!」
動きを封じて強制的にイスに座らせ、
「東海林! 貴様こんな事してタダで!」
「先生、チョットだけボク達の話を聞いて欲しいんだ」
黄は、顔は笑顔のままツルギの前に仁王立ちし、
「ツルギ、アンタ達の企みで辞めざるを得なくなった生徒達の事、どう思ってるんだい?」
するとツルギは苛立った表情で、
「どうもこうない! ソイツ等は元々この学校に合わなかった。少しでも苦悩しない様に、少しでも早く辞めてよそに行ける様に、引導を渡してやったまでの事。何が悪い!」
黄から作り笑いが消え、不快感が浮かび上がるもツルギは続け、
「しかも辞め易い様に、道筋までつけてやってんだ。感謝されこそすれ、何故批判を受けなければならん!」
「アンタ、教師より農家に向いてるのかもねぇ」
「はぁ?」
「農業には良い実だけ出来る様に、余分な花を摘み取る摘花って作業がある。選別して規格内のサイズの物しか出荷もしないしねぇ」
「それがどうした?」
「子供達が不揃いなのは、当たり前だろうが! 子供の人生アンタが白黒つけてんじゃないよ! 個性を伸ばしてやり、人道外さない様に教え育てるのが「教育」じゃないのかい!」
「青臭い事言ってんじゃねぇ! どの道、今のガキ共は三年たちゃあいなくなるんだ!」
「それがアンタの本音かい!」
「あ~そうだ。たった三年しか相手しないガキ共に、たった一度間違えただけで保護者、マスコミ、世間から袋叩きだ! やってられるか!」
「アンタはこの子に、同じ事が言えるのかい!」
黄はツルギの目の前に、宛名が見える様に封筒を突き出した。
「それがどうした! ……そ、その字……まさか……」
震える手が書いたのか、封筒にはよれた字でツルギの名前が書かれていた。
「アンタならこの筆跡、多少崩れていても誰の物か分かるよねぇ」
「アイツの字……遺書……? あったのか!? バカな、警察が見つからないと……」
「何かしら迷惑かけると思ったんだろうさ。屋根裏に隠してあった。読んでみるんだね」
ヒカリに開放されたツルギは震える手で手紙を抜き取り、中身を読んだ。一行一行、一文字一文字噛み締める様に。
A四用紙の端から端まで黒で塗り潰されたかのようにビッシリ書かれていたのは、ツルギに対する恨み辛みではなく、感謝と謝罪の言葉の羅列であった。
「当時のアンタの境遇、アタシの想像も及ばない程苛酷な物だったと思うさ。でもねぇ、アンタは何で教師なろうと思ったのさ! それまで何人の生徒の心を救ったのさ! アンタは今の姿を、その子達に見せられるのかい! 胸を張れるのかい!!」
そこへハヤテが姿を現し、
「ツルギ先生、これが何だかわかりますか?」
一足の靴をツルギに見せた。
「その靴は……アイツの……」
「はい。亡くなる直前まで彼が履いていた靴です。ご遺族から借りて来ました」
「いったい何を……」
「いいから黙って見ておくんだねぇ」
黄はハヤテにアイコンタクトを送ると、ハヤテは頷き机に静かに靴を置くと、
「靴くん、彼は亡くなる直前何か言っていなかったかい?」
ハヤテは数度頷くと、静かに語り始めた。
「……ツーさん……ゴメン」
「なっ!?」
「休みも、自分の時間も、全てを使ってまで僕を助けようとしてくれたのに、僕はもう限界なんだ。でも、僕の後にも沢山の後輩たちがツーさんの助けを必要とすると思う。だからツーさん……僕みたいな生徒がもう出ない様に、みんなを助けてあげて」
「ば、ばかな……こんな……」
「最後に、「大人になったら一緒に行こう」って約束してた女の人がいっぱいいるお店、行けなくてゴメン。後輩たちの未来を守って、お願いだよツーさん」
「……し、芝居だ……こんなの……」
涙をとめどなく流すツルギに、
「信じられないだろうが、これが東の力なのさ。まあアタシも最初は度肝抜かれたがねぇ」
「ツルギ先生、彼の思いを、これ以上踏みにじらないでくれ!」
ハヤテが自分の事に様に悲痛な表情を浮かべると、ツルギはゆっくり立ち上がり、
「三人について来て欲しい所がある……」
三人は雨降る中ツルギに導かれ、学校からさほど離れていない某所へやって来た。
傘を差しつつ両手を合わせ、静かに拝む四人。
四人がやって来たのは、亡くなった少年の眠るお墓の前であった。
やがてツルギは静かに目を開けると、
「この子の両親は俺を責めなかった。それどころか感謝され……逆にそれが辛くてな、以来一度もここに来なかった。俺は俺なりに、同じ生徒が二度と出ない様にと考え……いや、単なる言い訳だ」
フッと小さく笑い、
「これから警察に自首する。迷惑かけたな」
「「え?」」
「そうかい」
驚くハヤテとヒカリ、そして当然の事として受け止め、頷く黄。
「二度と会う事も無いだろうから先に言っておく。人の道に戻してくれた事、感謝する」
頭を下げ三人に背を向け立ち去ろうとすると、急にハヤテが、
「え? わっ、分かった」
何かに話しかけられた様で、一人頷くと、
「ツルギ先生!」
立ち去ろうとしたツルギを呼び止めた。
「どうした、東?」
「その……墓石くんが、先生との写真を撮ってくれって……」
「ハーくん、どう言う事?」
「いや、俺にもよく分からないんだけど……」
少しキョトンとした顔を見せたツルギであったが、小さく笑い頷くと、
「分かった」
傘を差したまま墓石と並んで立ち、
「な、何か不思議な感じだなぁ……東、これで良いのか?」
頷くハヤテは、再び誰かと会話する様に何度か頷き、
「こうで良いのかい?」
ハヤテはヒカリが傘で雨除けをしてくれる中、カメラをローアングルからツルギと墓石に向けた。
すると急に雨が止み始め、
「お? 止んだのか?」
ツルギが傘を畳むと雲の隙間から光が差し、ちょうどツルギと墓石を背後から照らし、ハヤテはパシャリとシャッターを切った。
その瞬間、
(先生、ありがとう……)
耳元でささやく声がツルギだけに聞こえ、ハッと振り返るがそこに誰もおらず、
「東! 今の写真見せてくれ!」
ツルギは血相を変えハヤテに駆け寄ると、カメラの液晶モニタを覗き込んだ。
「こ、これは……」
映し出された写真を見て、言葉を失うツルギ。
まるで後光でも射しているかの様に逆光で写るツルギと墓石であったが、墓石の前、ちょうどツルギの隣に、まるで誰かが立っているかの様に見える光が映り込んでいた。
「ハーくん! これって!」
それは科学的に言ってしまえば、濡れた墓石の御影石に斜め後ろ上方から光が当たり、カメラレンズの中で光が乱反射した結果、光の筋や束が見える、フレアと言う現象が起きたに他ならないが、ツルギは誰に言うでもなく、
「ありがとう……」
憑き物が落ちたかの様な顔で微笑むと、三人をその場に残し、
「じゃあな」
陽が強く射し始め、雨露をキラキラと反射させる明るい世界の中へと去って行った。
一夜明け―――
生徒が休みのこの日、教員達が職員室でのんびり雑談交えて雑務をこなしていると、
「皆さん! スグに机から離れて立って下さい!」
スーツ姿の中年男性が職員室に入って来るなり、同様にスーツを纏った男女が畳んだ段ボールを手に雪崩込んで来た。
「何だね君達は!」
教頭が声を荒げると、
「警視庁 捜査二課。贈収賄等の容疑により、これより家宅捜索に入らせていただきます」
警察手帳と令状を、教頭たち職員に突きつける様に見せつけた。
「机や棚などに触らない! ハイそこッ! 早く離れてぇ!」
「そこも! 離れなさい!」
怒声飛び交い、スーツ姿の警察官達が次々書類を箱詰めしていく中、
「何事だ!」
校長が職員室に駆け込んで来た。
「こ、校長……どうしましょう……」
駆け寄る教頭に、
「落ち着きなさい!」
緊張した面持ちの赤い顔した校長が、自身にも言い聞かせる様に怒鳴ると、
ピンポンパンポ~~~ン
緊迫した場面で間の抜けた、校内アナウンス開始の音が鳴り響き、
「校長先生~教頭先生~至急、体育館までお越し下さぁ~い。お客様がお待ちでぇ~す」
ピンポンパンポ~~~ン
「クッ! この忙しい時に! 行きますよ教頭!」
校長は苦虫を噛み潰した様な顔をすると、教頭と共に職員室を出ると体育館へ向かった。
二人が体育館に着くなり、
「ようこそ先生方、お待ちしてましたよ!」
壇上から黄が笑って手を振った。
「この女狐が!」
怒り心頭、校長は教頭と共に壇上へ駆けあがると、
「昨日からツルギと連絡が取れんし、この騒ぎも貴様の差し金か!」
「さて、何の事やら」
「とぼけるな! 裏でコソコソ嗅ぎ回っていたのを、知らないとでも思っているのか!」
「いやだねぇ~。分かり易く揺さ振る為に、ワザと荒く動いていただけさぁ~」
「貴様何者だ! お前のせいで全てが台無しだ! 金も! 地位も! 名誉も!」
校長が激高すると、
「ふざけんじゃないよ!」
ガンッ!
床をヒールで激しく踏み鳴らす黄の顔から笑顔が消え、鋭い眼光を放ち、
「何が地位も名誉もだい! 子供たちの未来使って、金勘定してただけだろうが!」
その気迫に一瞬うろたえる校長であったが、
「な、何が悪い! 私は校長だ! 会った事も、見た事も無い役立たず生徒の為に、何で私が毎度保護者や世間に責められ、あちこち頭を下げねばならん! 使えん生徒など我校には要らん! それに私が貰っていたのは……そう! それに見合う当然の対価だ!」
「どこまでも腐ってやがる! そんなんだから、アンタは周りが見えなくなるのさ!」
「何だと!」
黄は演台の上を指差した。
そこには卓上スタンドに乗せられた、スイッチオン状態の黒いマイクが。
「ま、まさか……」
狼狽する校長と教頭を前に、黄はフッと笑うとマイクに向かい、
「みんな、聞いたかい!」
すると体育館の入り口と言う入り口から、怒れる生徒達が怒涛の様に雪崩込んで来た。
「グッ! 貴様ァ!」
悔し気に黄を見つめる校長であったが、壇下ではそれ以上の怒りを持って、生徒達が校長教頭を睨み付けていた。
一触即発の空気が漂う中、ステージ袖から警察官数人が姿を現すと、
「校長先生、教頭先生、任意同行お願いいたします」
その一言に、校長と教頭は観念したのかガクリとうなだれ、警察官達に身を預ける様に壇上を後にした。途端に生徒達から湧き上がる、体育館内が地響きを伴う程の大歓声。
その光景を舞台袖、二階の小窓から見つめるハヤテが、
「ヒカリ、終わったな。まぁ、これからがまた大変だろうけどな」
ホッとした表情をすると、
「……そう……だね……」
背後から弱弱しいヒカリの返事が返り、
「ヒカリ?」
振り返った途端、ヒカリが膝から崩れ落ち、
「ヒカリ!」
倒れる寸前抱きかかえ、
「大丈夫か!」
顔を見ると、ヒカリは青い顔で苦し気に、
「き、気が抜けたのかな……ボクまた……ほんと、だらしないねぇ……」
「しゃべるな! 少しだけ我慢しろよ!」
急ぎスマホを操作するハヤテの腕の中で、ヒカリは気を失った。
数時間後―――
「ここは……」
ベッドの上で意識を取り戻したヒカリは不安気に周囲を見回すも、傍らで突っ伏し、眠るハヤテを見つけて微笑んだ。
ヒカリが目を覚ましたのは東京都M市の中央線M駅にほど近い、ヒカリがかかりつけにしている、一般病床数五百を上回る大型病院の一室である。
ヒカリの動きに目が覚めたのか、ハヤテが眠い目を擦り、薄目を開けると、
「おはよう。ハーくん」
「まったく……毎度心配かけやがって」
微笑むヒカリに、ハヤテは呆れた様な笑顔を返すと、
「ハーくん……実はね」
「移植の話だろ?」
「……知ってたんだ」
「さっき聞いた」
「そう……中学に入ってから、検査の数値が少しづつ悪くなってるんだって。やっぱりバチが当たったのかな?」
「バチ?」
「妻とか言っといて、ハーくんが一番辛い時、ソバにいて」
「馬鹿な事言うなって、何度も言ったろ? それに移植すれば、元気になるんだろ?」
「へへへへ……ハーくんのお嫁さんになる前に、キズ物になっちゃうね」
「何言ってんだか。俺の車の助手席に座るんだろ? なら元気にならないと」
「…………」
「ん? どうした?」
顔を覗き込むハヤテの手を、ヒカリは横になったまま急に握り、その手は微かに震えていた。
「ヒカリ!?」
「……わいん……だよ」
「え?」
「怖いんだ! 毎日夢に見るんだ! 手術が終わると真っ暗闇にボク一人。キミの隣には知らない誰かが居て、ボクの方を見向きもしない! そしてボクはそのまま二度と……」
「ヒカリ!」
ハヤテは横たわるヒカリにのしかかる様に抱き付いた。
不安感にさいなまれ、とめどなく涙を流すヒカリ。
「イヤだ……イヤだよ、そんなの……」
「そんな事は、絶対にない!」
ハヤテはヒカリの目を見つめ、
「ヒカリ……おまじないだ。目をつぶって」
「う……うん……」
赤面して頷くヒカリは、ソッと目を閉じた。
そっと近づくハヤテの顔。
「ハーくん……」
「ヒカリ……」
ハヤテがそっとキスをして離れると、驚いたヒカリが両目を見開き額に手を当て、
「ちょっとハーくん! どう言う事!? 今のシチュなら、普通は口の方でしょ!」
憤慨して見せると、
「アハハハハハハ、続きは元気になって帰って来るまでお預けだ!」
「むう~」
不服そうにむくれて見せるヒカリであったが、ハッと何かを思いつき、
「ボクも一つ良いかい?」
「なんだ?」
「ボクが帰ってきたら、一緒に写真部に入ろうよ!」
「はぁ?」
「もし無かったら作ろうよ!」
するとハヤテは困った様に笑い、
「前に言ったろう? 俺の撮る写真は、写真としては邪道なんだよ。現実の一瞬を、いかにリアルに切り取るかが写真で、俺が撮っているのはリアルとは言えない」
「良いんだよ! それならそれで、ボク達で新しいジャンルを作れば良いのさ!」
「どんなジャンル?」
「そうだね~「奇跡のフォトグラフ」だから、「ミラクルフォトグラフ」!」
ヒカリがどや顔すると、
「ププッ、ダサッ!」
ハヤテが笑って見せ、
「むう! じゃあボクが帰って来るまでに、決めておいておくれよ!」
ヒカリが憤慨し、背を向けると、
「分かった、分かった。約束だ!」
ハヤテはヒカリの左手を取り、小指を絡めた。
「絶対だからねぇ」
「分かったよ」
ヒカリの背に、微笑むハヤテ。
数日後、移植手術に向けた準備に入る為、ヒカリはアメリカへと旅立った。
学校にはヒカリの父親が手配した新しい校長、教頭が赴任し、本格的なカウンセラーチームも送り込まれ、学校の本気の対応に、生徒、保護者、職員の意識も徐々に変わり、校内の空気は目に見え変わっていった。
影の英雄であるハヤテはと言うと、事件解決後姿を消した黄の代わりに、新たに赴任して来た養護教諭と保健室で一人学び、中学を巣立っていった。
そして現在―――
「ヒカリ? 手術は!?」
「完璧さ! リハビリも最後のバイオプシー(生体組織診断)も問題なし。ドナーになってくれた人と、その家族の方達には、いくら感謝しても感謝し尽くせないよ」
ヒカリは両手を胸に当て、祈る様に微笑んだ。
「そうか……」
二人が感動に浸っていると、
「あ~感謝、感動、雨あられは結構なんだが、お前ら、今がアタシの授業中だって分かってるのか? なぁ最強コンビさんよ~」
眉間にシワを寄せ、床に転がる二人を見下ろす担任教師の「上越とき」。
「「ハハハハハハハ……」」
二人で冷や汗たらしながら笑って誤魔化していると、
「何なら、二人仲良く廊下に立ってもらっても良いんだがなぁ~」
「「失礼しました」」
反省しきりのハヤテとヒカリ。
ホームルーム終了を知らせる鐘が鳴り、
「ようしお前ら若人諸君、今日も一日がんばれよ~」
ときが教室から立ち去ろうとするとヒカリが駆け寄り、
「先生! この学校に写真部はありますか!」
「あぁ~昔あったらしいが……今は無いね」
するとヒカリは興奮気味に、
「ボク、写真部を作りたいんだ!」
ときは一瞬驚いた顔を見せたが、
「そうか。ならとりあえず部員三名と、顧問を探すんだね」
「なら先生!」
「ざぁ~んねん。アタシは陸上部さ。まあ、難しいだろうが頑張んな。青春の特権さ」
ときは笑って教室を出て行った。
「生徒あと一人と、顧問か~」
思案しながら自席に戻ると、ハヤテとヒカリの周りは女子の人だかりと化していた。
「何々、許嫁って本当!?」
「やっぱそれって、結婚するんだよね!」
「どこまで進んでるの!」
矢継ぎ早の質問にハヤテがうろたえていると、ヒカリはバッと仁王立ちし、
「結婚するに決まってるじゃないか! どこまでって……そんなの言えないよ~」
ほほに手を当て、顔を赤らめ身をよじらせると、
「「「「「「「キャーーーーーーッ!」」」」」」」
女子達が羨ましそうに悲鳴を上げ、
「ちょ、誤解招く様な言い方すんなよ!」
ハヤテがツッコミを入れると、ヒカリはキリッとした男前の顔をし、
「「俺が一生守るよ」って、言ったじゃないかぁ~」
「「「「「「「イヤァーーーーーーーッ!!」」」」」」」
「そ、そんな格好良く言ってない!」
すると女子達が悲鳴をピタリと止め、一人がハヤテの顔を覗き込み、
「言いはしたんだ」
「あっ!」
しまったと思いつつも時遅し、女子達のテンションは否応なしに高まり、収拾不可能状態な大騒ぎになった。
そんな一団を遠巻きに、不愉快そうに見つめる男子達。
しかし女子達の質問は止まらず、
「ねぇねぇ! さっき「おときさん」が言ってた最強コンビって、どういう意味?」
するとヒカリが自慢げに、
「中学でボク達にひどい事した校長達を、ハヤテが追い出したのさ!」
「「「「「「「えええええぇーーーッ!」」」」」」」
「ひ、ヒカリを話盛り過ぎ! ヒカリの親父さんと保健の先生がブチギレしただけだろ? そもそも初めに問題起こしたの俺の方だし……」
「東、何したんだ?」
女子の一人が尋ねるも、
「…………」
ハヤテが答えないでいると、ヒカリが笑いながら、
「入学初日のホームルーム中、ちょっかい出した生徒を殴り飛ばしたの。先生の目の前で」
「ちょ、待てヒカリ! それは!」
ハヤテが必死に制止するも、
「しかも空手をやってる癖にだよ! 困っちゃうよね、ヤンチャでぇ~」
笑いながらハヤテを突っついたが、困惑気味に頭を抱えるハヤテを見て、
「……あれ?」
静まり返る教室内に初めて気が付いた。
引きまくりの女子達。不愉快そうな視線を送っていた男子達でさえ、背を向けていた。
「あぁ……と、ハーくん……もしかしてボクやっちゃった?」
「……もしかして言うより、かなりな」
次の休憩時間―――
誰も二人の周りに来ず、ポツンと座るハヤテとヒカリ。
クラスメイト達に、危険分子として線を引かれてしまったようである。
「アハハハハ……ハーくん、ゴメンよ……」
申し訳なさそうにうつむくと、
「構わねぇよ。元々ヒカリが来る前はこんなだったし、静かでいんじゃねぇか?」
小さく笑って見せるハヤテ。
「ハーくん……」
ヒカリが安堵し微笑むと、
「でも、「ハーくん」は、そろそろ止めてくれ……」
「うん、イヤッ!」
「うわっ、出たよ絶対拒否」
「フフフフ」
不敵に笑い、
「そうだハーくん、昼休みに校内を案内してよ」
「俺ヒッキーで校内あんまウロついてないから、そんなに知らないぞ」
「じゃあ一緒に探検だ!」
「探検って……」
まんざらでもなさそうに、笑って見せるハヤテ。
昼食を早々に食べ終え、二人で校内を散策していると、
「あれ?」
ヒカリが、急に向きを変え走り去る白衣の女性に目を留めた。
「アノ人が、どうかしたのか?」
「うん……なぁ~んか見覚えがあるような……気のせいかな?」
「他人のそら似じゃねぇ~か? ここは青森じゃねぇんだし」
「そっかなぁ~」
次第に遠ざかる二人の背を、柱の陰から見つめる一つの陰。
「な、なんであのガキ共、この学校に居やがるのさぁ……」
恨めしそうな顔で悪態をつく、黒髪をアップにまとめ、三角眼鏡にタートルネックに白衣と言う、オシャレとは縁遠そうなファッションをした養護教諭。
「谷川先生、どうかしたんですか?」
背後から女子生徒に声を掛けられ振り返ると、別人の様に穏やかな微笑みを浮かべ、
「あら山形ツバサさん、ごきげんよう。何でもありませんことよ。オホホホホホ」
頬に手を当て上品に笑いながら、足早にその場を去って行った。
「なんだろう?」
不思議そうに擁護教諭の覗いていた廊下を見るも、そこには誰の姿もなかった。
廊下を慌ただしく走る一人の男子生徒。
教室札に『生徒会室』と書かれた部屋の扉を勢い良く開け、
「生徒会長大変です! 写真部を作ろうとしている新入生がいるそうです!」
血相変えて駆け込むと、コの字型に組まれた机の中央に座する女子生徒がガッと立ち上がり、
「何ですってぇ! 直ちに情報をお集めなさい!」
「イエス、マム!」
男子生徒は敬礼し、跳ねる様に部屋を飛び出して行った。
「写真部。なんてハレンチな……私の目の黒いうち、絶対に許しませんわ!」
怒りに打ち震える女子生徒。
やわらかい陽射しの差し込む廊下を歩くヒカリと、後ろに続くハヤテ。
ヒカリは笑顔で振り返り、振り返り、
「ねぇ、ハーくん!」
「ハーくんは止めろって。で、なんだ?」
「これから忙しくなるよ! 部員集めに顧問探し!」
「だな」
「ところで、約束覚えてる?」
(あっ! やべぇ……)
頭の片隅にも無かったハヤテはとっさに、
「あ、当たり前だろ。奇跡のフォトグラフだから、「KF部」はどうだ?」
「なんか安直だねぇ」
「「ミラクルなんちゃら」なんて名前付けようとした奴に言われたくないなぁ~」
ヒカリは黒歴史の一部を思い出し、恥ずかしさからボッと赤面すると、
「まだ覚えていたの! 忘れろぉーーー!」
憤慨するヒカリと、そんなヒカリの様子に大笑いするハヤテ。
二人の声と姿が、明るい日差しの射しこむ廊下の奥へ、次第次第に遠ざかって行った。
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