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第十一章
11-58
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今更のようにやって来たコマクサは屋敷の惨状を目の当たりにするなり、不愉快を前面にアブダの治療中であるチョウカイを睨むと、
『とっ、トウさまぁ! これにはジジョウが!』
不穏を察した男児が即座に、間に割って入って説明しようとした。
しかし、
『オマエなどに訊いていなァい!』
「!」
実子の話を強い口調で遮る実父。
一瞥もくれること無く。
眉間に深い不愉快シワを寄せ、彼女から視線を離さず、
「チョウカイ殿よ、当方の屋敷内で何を勝手にしておるか?」
問いておきながら「出て行け」と言わんばかりの物言い。
するとアブダの応急処置が終わった彼女は天技と天法を解いて静かに立ち上がり、不躾な言葉に反発を示すでもなく淡々と、
「配下の近衛から、不穏分子の報告を得ましたがゆえ。緊急を要した事態であったとは言え貴殿の許可も得ず敷地に足を踏み入れた無礼、平に御容赦を」
小さく頭を下げ、その姿を目の当たりにした男児は、
(どうしてぇ?!)
幼いながらも違和感が拭えなかった。
チョウカイ側に不手際があったのは事実かも知れないが、それでも良識ある大人ならば先ずは「家人(かじん)の無事」に対し謝意を伝える場面であり。
ところが父である先代コマクサは不愉快を崩さず、あまつさえ「失せろ」とでも言いたげに、
「事情はあい分かった。しかし当家の問題は、当家で処理すべき問題。敷地内から即刻、出ていただこうか」
(でていけぇ!?)
愕然とする男児。
父の無礼極まりない振る舞いを目の当たりに。
しかしチョウカイは眉の端に微かな不快さえ浮かべず平静に、
「では失礼致す」
背を向け、敷地の外に向かって粛々と歩き出す。
感謝の言葉の一つも無いコマクサに、苦言の一つ、皮肉の一つも無く、怒りの片鱗さえ見せず。
次第に遠ざかる背に、
(こんなのゼッタイヘンだよ!)
怒りを覚えた男児は父に異を唱えようとした。
恩人への過度な無礼を幼少の身と言えど黙認できなかったのであるが、そんな彼の決意を阻むように、
『行きましょう、坊ちゃま!』
手を掴んで即座に曳いたのは、辛うじて動けるまでに回復させてもらったアブダ。
極力の急ぎ足でその場から離れる彼女は、発言の機会を強制的に奪われた男児が向ける、
《何故に止めるのか》
驚きと共に怒りの混じった責めの眼に歩みは止めず、焦りの滲んだ眼をして首を小さく横に振り、
(!)
神童と呼ばれる彼は瞬時に全てを理解した。
彼女が見せる目から、表情から、
《敵は外だけではない》
しかし気付きと共に惑いも。
平素不愛想な父ではあるが「実父である」のは疑いようもなく、師であるアブダの言葉を信用しない訳ではなかったが、
(トウさまがそんなクワダテをするなんて……)
天世の民の為、元老院の実質的な長として働く姿を尊敬もしていたから。
そんな男児の淡い想いは、聴かれていないつもりで呟いたのであろう彼の小声の愚痴により、
(ッ!)
儚くも打ち砕かれた。
地世の因子の影響から、一般の天世人より優れた身体能力を有していた二人は聴覚も優れ、聴こえた囁きは、
《死ななかったとは》
父親が主犯であった可能性さえ。
この瞬間、密かな尊敬は、
(コマクサぁあぁっぁあッ!!!)
確かな憎しみへ。
反転する感情。
瓦解する信頼。
今日まで受けた情(じょう)を欠いた扱いの全てが「成長を促すための物」などではなく「単なる当て付け」であったと。
(…………)
眼に宿るは年端もいかぬ男児と思えぬ、苛烈な殺意。
しかし賢き彼は父親に、表立って牙を剝くことはしなかった。
表面上はこれまで通りの接しを貫き、
《今はその時ではない》
虎視眈々と機会を待った。
反旗を翻すにしても知識や体躯、経験や人脈など、全てが圧倒的に不足している自覚があり、易々と潰されてしまうのが目に見えていたから。
従順を装い牙と爪を隠し研ぎ、来るべき日に備える。
やがて幾年かの後、事態は大きく動き出す。
それが、チョウカイとの再会。
元老院内での評価が日々高まる彼女を疎ましく思い始めたコマクサが、青年に成長した彼を名目上は世話係として、その実「失脚のネタを探すスパイ」として送り込んだのである。
コマクサは思い違いをしていたのである。
《従順な手駒に育った実子が、実父の手を嚙む事などない》
長きに渡り権力と言う名の妄執に取り憑かれた彼の眼は曇り、高を括っていたのである。
一方で、想定以上の形で反抗の好機を得た青年の当代コマクサ。
実父である先代コマクサには偽情報を与え続け、チョウカイに「真なる失脚のネタ」を流し続けた。
地世に落とされるに至った、あの日まで。
無論、ただの無知なる復讐者ではない賢き青年は彼女の悲願である、
《堕落した今の天世を改革したい》
強い想いに共感したからであるが。
従属を決意するに至った理由の一つに、彼の記憶と深層意識に深く刻まれた、深層心理にまで影響を与えと言っても過言ではない「命の危機」から救ってくれた彼女の、強く、気高く、美しい姿があったのは、ことさら語るまでもない話である。
『とっ、トウさまぁ! これにはジジョウが!』
不穏を察した男児が即座に、間に割って入って説明しようとした。
しかし、
『オマエなどに訊いていなァい!』
「!」
実子の話を強い口調で遮る実父。
一瞥もくれること無く。
眉間に深い不愉快シワを寄せ、彼女から視線を離さず、
「チョウカイ殿よ、当方の屋敷内で何を勝手にしておるか?」
問いておきながら「出て行け」と言わんばかりの物言い。
するとアブダの応急処置が終わった彼女は天技と天法を解いて静かに立ち上がり、不躾な言葉に反発を示すでもなく淡々と、
「配下の近衛から、不穏分子の報告を得ましたがゆえ。緊急を要した事態であったとは言え貴殿の許可も得ず敷地に足を踏み入れた無礼、平に御容赦を」
小さく頭を下げ、その姿を目の当たりにした男児は、
(どうしてぇ?!)
幼いながらも違和感が拭えなかった。
チョウカイ側に不手際があったのは事実かも知れないが、それでも良識ある大人ならば先ずは「家人(かじん)の無事」に対し謝意を伝える場面であり。
ところが父である先代コマクサは不愉快を崩さず、あまつさえ「失せろ」とでも言いたげに、
「事情はあい分かった。しかし当家の問題は、当家で処理すべき問題。敷地内から即刻、出ていただこうか」
(でていけぇ!?)
愕然とする男児。
父の無礼極まりない振る舞いを目の当たりに。
しかしチョウカイは眉の端に微かな不快さえ浮かべず平静に、
「では失礼致す」
背を向け、敷地の外に向かって粛々と歩き出す。
感謝の言葉の一つも無いコマクサに、苦言の一つ、皮肉の一つも無く、怒りの片鱗さえ見せず。
次第に遠ざかる背に、
(こんなのゼッタイヘンだよ!)
怒りを覚えた男児は父に異を唱えようとした。
恩人への過度な無礼を幼少の身と言えど黙認できなかったのであるが、そんな彼の決意を阻むように、
『行きましょう、坊ちゃま!』
手を掴んで即座に曳いたのは、辛うじて動けるまでに回復させてもらったアブダ。
極力の急ぎ足でその場から離れる彼女は、発言の機会を強制的に奪われた男児が向ける、
《何故に止めるのか》
驚きと共に怒りの混じった責めの眼に歩みは止めず、焦りの滲んだ眼をして首を小さく横に振り、
(!)
神童と呼ばれる彼は瞬時に全てを理解した。
彼女が見せる目から、表情から、
《敵は外だけではない》
しかし気付きと共に惑いも。
平素不愛想な父ではあるが「実父である」のは疑いようもなく、師であるアブダの言葉を信用しない訳ではなかったが、
(トウさまがそんなクワダテをするなんて……)
天世の民の為、元老院の実質的な長として働く姿を尊敬もしていたから。
そんな男児の淡い想いは、聴かれていないつもりで呟いたのであろう彼の小声の愚痴により、
(ッ!)
儚くも打ち砕かれた。
地世の因子の影響から、一般の天世人より優れた身体能力を有していた二人は聴覚も優れ、聴こえた囁きは、
《死ななかったとは》
父親が主犯であった可能性さえ。
この瞬間、密かな尊敬は、
(コマクサぁあぁっぁあッ!!!)
確かな憎しみへ。
反転する感情。
瓦解する信頼。
今日まで受けた情(じょう)を欠いた扱いの全てが「成長を促すための物」などではなく「単なる当て付け」であったと。
(…………)
眼に宿るは年端もいかぬ男児と思えぬ、苛烈な殺意。
しかし賢き彼は父親に、表立って牙を剝くことはしなかった。
表面上はこれまで通りの接しを貫き、
《今はその時ではない》
虎視眈々と機会を待った。
反旗を翻すにしても知識や体躯、経験や人脈など、全てが圧倒的に不足している自覚があり、易々と潰されてしまうのが目に見えていたから。
従順を装い牙と爪を隠し研ぎ、来るべき日に備える。
やがて幾年かの後、事態は大きく動き出す。
それが、チョウカイとの再会。
元老院内での評価が日々高まる彼女を疎ましく思い始めたコマクサが、青年に成長した彼を名目上は世話係として、その実「失脚のネタを探すスパイ」として送り込んだのである。
コマクサは思い違いをしていたのである。
《従順な手駒に育った実子が、実父の手を嚙む事などない》
長きに渡り権力と言う名の妄執に取り憑かれた彼の眼は曇り、高を括っていたのである。
一方で、想定以上の形で反抗の好機を得た青年の当代コマクサ。
実父である先代コマクサには偽情報を与え続け、チョウカイに「真なる失脚のネタ」を流し続けた。
地世に落とされるに至った、あの日まで。
無論、ただの無知なる復讐者ではない賢き青年は彼女の悲願である、
《堕落した今の天世を改革したい》
強い想いに共感したからであるが。
従属を決意するに至った理由の一つに、彼の記憶と深層意識に深く刻まれた、深層心理にまで影響を与えと言っても過言ではない「命の危機」から救ってくれた彼女の、強く、気高く、美しい姿があったのは、ことさら語るまでもない話である。
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