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第十章

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 リンドウは闊達であったドロプウォートの姿を想い、こぼれ落ちそうになる涙を懸命に堪えながら、

「今は英雄の彼女が持つ、自己修復能力の高さに賭けるより他、回復を祈るしか無いのし」
「「「「「「…………」」」」」」

 ヒレンたちはドロプウォートの「決意の固さ」に押し切られ、首を縦に振ってしまった事に、今更ながらの後悔を覚えた。

 その苦悶の表情から、
(僕が……僕が不甲斐無いばかりに皆にまで……)
 仲間たちに背負わせてしまった十字架の重さを知るラディッシュ。

(何をやっていたんだ僕はァ!)

 覚えた感情は激しい憤り。
 密かに握られた両の拳が、自身への怒りで固くフルフル震えると、

『パパ……ダイジョブ……なぉ……?』
(!)

 不安げな幼き声が耳に。

 瞬間的に、意識を現在に引き戻されるラディッシュ。
 今の彼は澄み切った青空の下、認識を取り戻さないドロプウォートが座る椅子車を押している。

 傍らには、今にも泣き出しそうな顔で父親(仮)ラディッシュを見上げ服の裾を掴む愛娘チィックウィードの姿が。

(僕は同じ事を繰り返す気なのか!)

 心の内で自らを厳しく叱責、

(仮であるとは言え、父親の僕が娘の不安を煽ってどうする!)

 猛省は顔には出さず、精一杯の笑顔で、
『大丈夫だよぉ♪ ごめんね♪』
 多少引きつりながらも微笑み掛けながら、

「お休みの日なのに、お仕事の事を考えちゃってた♪」

 すると幼きチィックウィードは、父親の言葉が「その場しのぎの取り繕い」と知ってか知らずかムッとして、

『ママとデートちゅうに、オシゴトのことかんがえるなんてぇ、パパはサイテーなぉ』
「あははは……」

 笑ってお茶を濁すしかないラディッシュ。
 しかし、

(んん?)

 年齢に釣り合わぬ「娘のおませな物言い」が甚だ気に掛かり、いびつな笑顔で、
「そぉ、そぉ~んなムズカシイ言葉ぁよく知ってるねぇ~チィちゃん♪ いったい誰から教わったのかなぁ~?」
 すると幼女は満面の笑顔で、

『カディおねぇちゃん、なぉ♪』
(ヤッパリかぁい!)

 心の中で即座に激しくツッコミ。
 犯人は常習犯のカドウィードであり、女の子を持つ父親の心情として、

(いつもいつも余計な知恵ばかり!)

 顔には出せない苛立ちを覚えていると、
「チィちゃん!?」
 愛娘が突然駆け出し、

『ついた、なぉ♪』

 キラキラと天使の笑顔で笑う彼女の背後には、目指していた小川が。
 温かい日差しの下、大人の膝より低い深さの川では村の子供たちが水遊びをしていて、穏やかな日常を思わせる景色を前に苛立ちも浄化され、

「そうだね♪」

 笑顔で頷く父親(仮)ラディッシュ。
 平坦な所を探して椅子車を止め、

「そっと降ろすからね、ドロプ♪」

 外界に対して認識の戻らぬ彼女を優しく抱きかかえ、チィックウィードが一本の木の根元に敷いた三畳ほどの布地に、幹を背もたれ代わりにそっと降ろして座らせた。
 仮ではあるが母親ドロプウォートを中心に親子三人、幹を背もたれ代わりに座って、

「「「………」」」

 自分たちが守って来た平穏をしばし眺めた。
 危険の無い小川で屈託無く笑い、歓声を上げ、はしゃぐ村の子供たち。
 すると父親ラディッシュがおもむろに、

「ねぇチィちゃん♪」
「なぉ?」
「みんなと遊んで来たら?」

 母親越しに愛らしい顔をのぞかせた娘に、同年代と思しき子供たちとの交友を促したが、

『イヤなぉ』

 即答で拒否の愛娘。
 不機嫌にプイッと横を向き、子供のコミュニティーに加わろうとしない彼女の姿勢に父親として「娘の将来の社会性」に一抹の不安を抱き、

「どぉ、どうしてぇ?」

 自身のコミュ障は棚に上げ。

 すると彼女はソッポを向いたまま不機嫌にボソッと、
「チィはオトナなぉ。コドモとぉカンカクがアワナイなぉ」
(またコムズカイことをぉ……)
 幼子の言い分に、内心で思わず苦笑するラディッシュ。

 カドウィードかニプルウォート辺りの「余分な入れ知恵だろう」とは思ったが。
(その割には気にしてる素振りがあるんだよねぇ~)
 事実、彼女はソッポを向きながらも、小川で遊ぶ子供たちを横目でチラチラ窺う様子を見せていた。

 しかしながらその一方で、彼女の小さな手は「遊びたい心」とは裏腹に、認識の戻らない母ドロプウォートの服の裾の端をしっかり掴んでいて、
(離れるのが嫌なのか……それとも……)
 小さな体に抱えた、大きな不安に気が付いた。

《手を放すと消えてしまいそうで怖い》

 とは言え、彼にも強要できない弱みも。

(ドロプの看病をお願いしちゃった手前、「気にしなくて良いから遊んでおいで」とは、説得力が無いしなぁ……)

 チィックウィードは七草の一人であり、地世の魔王軍幹部クラスと単身で渡り合える実力者である。
 それ故に、彼女にドロプウォートを守ってもらえるなら「安心して最前線で戦える」と伝えた気持ちに嘘や偽りはなかったが、どれほど戦闘力が高くとも彼女は「まだ幼子」である。
 自身が口にした言葉を今更ながら、

(言い方ぁ、間違えちゃったなぁ……)

 困惑顔で青空を見上げながら、言葉足らずを、チョイスミスを自省しつつ、母親(仮)から離れる気配さえ見せない愛娘をチラ見。

(チィちゃんが子供らしい時間を過ごせて、ドロプの看病も安心できる、そんな妙案を何か考えないとなぁ……)

 なんの気なしに再び青空を見上げたが、更なる心の内では、
(…………)
 ドロプウォートとの悲しき一戦の後に赴いた、ドロプウォートの実家であるオエナンサ家で行った謝罪と釈明の、ひたすらな「緊迫の時間」を思い返していた。
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