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第九章

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 大司祭は、孫の巌(いわお)の如き鍛え上げられた肉体を、分厚い腹筋を、いとも容易く貫き、

「はぁがぁ……」

 背中から拳が突き抜けたのではないかと思うほどの衝撃を受ける、ターナップ。

(いぃ、意識がぁあぁ……)

 全部持って行かれそうになった。

 それでも半ば無意識に、反射的に、腹に刺さる祖父の細腕を掴もうとした。
 意識は薄れど、消えぬ闘争心。
 数々の死戦の中で培った精神力が可能にした足搔きであったが、祖父は孫が積み上げて来た経験を嘲笑うかのように、半歩踏み出し反動を使い、腹に刺した細腕一本で、

『ヌルイわぁい!』

 辛うじて意識を繋いでいた巨漢を十メートル近く投げ飛ばした。

「はがぁ!」

 短い悲鳴を上げ、地を転がるターナップ。
 まるで荒野の強風に為す術(すべ)なく転がる回転草(かいてんそう)、タンブルウィードのように。

 開戦間もなく、数手交えただけであったが、見せつけられた圧倒的力量差に、地面に突っ伏したまま、
(つ、強ぇ……)
 虚(うつ)ろな目。
 
 心が折れそうな孫を前にしてなお、祖父は心痛を覚える様子も無く、
「…………」
 鬼の形相で仁王立ち。

 睨むように見降ろし、
「これが今の「七草の実力」とはのぉ」
『ッ!』
 見下した物言いに、仲間たちまで見下された思いに駆られ激しい怒りを覚えたが、

(クソ……)

 敗者に、反論の余地は無し。
 地に伏し、ダメージから身動き一つ出来ない「憐れな今の姿」が全てであった。
「…………」
 敗戦の言い訳をしない孫に、

「逃げ口上(こうじょう)を口にしない事は褒めてやろう」

 祖父は褒めているとは到底思えない冷めた物言いで称賛した上で、
「しかし、それで良いのか?」
「……?」
「ワシの本当の名を知っても尚、そうして居られるのかと問うておる」
「本当の名……?」
 痛みに耐えながらの怪訝顔を辛うじて上げると、祖父は冷淡な眼差しで孫を見下ろしたまま、

「ワシの本当の名前は「レスペデザ」じゃ」
「れすぺ……」

 その言葉に「ハッ」とするターナップ。

 悪寒を伴う、記憶の引っ掛かりに、
(何処でだ?! いつ、誰から聴いたぁあ!?)
 脳内を高速検索。
 
 よぎったのはドロプウォートの横顔。
 禁書を読んだと語った時の。
 それをきっかけに呼び起された記憶は、

『地世の七草ァア!?』

 プエラリアと共に魔王城に乗り込んだ、勇者一行の一人の名前であった。

 一気に青ざめる。
 自身の体の中に、中世と天世の全てを滅ぼそうとしている者達と、同じ血が流れている現実に。

 しかし察した祖父は、
『戯(たわ)けが』
 孫が導き出した答えを一蹴し、

「今のワシは「地世の七草」などではない」
「……?」

「魔王となったプエラリアとは、とうの昔に袂を分かち……」
「…………」

「元老院の一兵卒じゃ」
『げぇっ、元老院だとぉお!』

 うつ伏せたまま激昂するターナップ。
 そもそもの話として、天世、中世、地世に蔓延(はびこ)る不和、「諍いの素」を生み出しているのは元老院である。

 聡明な僧侶である祖父が気付いていない筈もなく、
『何してぇんだテメェはァアーーーッ』
 激怒を通り過ぎ、悲しくもあった。

 両親が死んだ要因の一部である元老院に、祖父が加担していたと言う事実に。

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