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第九章

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 一夜明け――

 教会内の、いつもの一室でテーブルを囲むラディッシュ達。
 昨日の悪ふざけの「後味の悪さ」を若干引きずるリンドウとヒレンを交え、他愛無い話に花を咲かせていると、外から勝手口の扉を躊躇なく開け放ち、

『おっ早うぅございますっスゥウ!!!』

 腕白小僧のように元気よく姿を現したのは、インディカ。
 それも飛び切りの、満面の笑顔で。
 昨日の半泣き、飛び出しが、嘘のようなキラキラの笑顔に、事も無げに笑う彼に、

『『?!』』

 リンドウとヒレンの方が当惑し、

「あ、アータってば昨日のぉアーシらの……」

 傷口に塩を塗る可能性に思わず口籠ったが、彼は平然と、憂いのカケラも感じさせない笑顔で、

「昨日ぉ?! 何かぁあったっスけぇ♪」
『『!?』』

 あまりにあっけらかんとした態度に安堵より、むしろ苛立ちを覚えるヒレン。
(アタシ達の悶々とした一夜は何だったワケぇ?!)
 ムッとし態度を前面に、

『アタシ達がアンタだけに「冷やかし」で身分を偽った事よ!』

 オブラートに包まず、ド直球。
 文字列だけ見れば「謝罪の言葉」を遣い、怒り口調で責め立てた。

 しかし当のインディカは、
「あぁ~その事ぉっスかぁ♪」
 ケラケラ笑い、

「オレっちぁムズカシイ話は分かんねっスぅ♪」
「「!」」
「けどぉ、面倒臭ぇ話もぉ、くそダリィ話もぉ、飯喰って糞して寝りゃぁ、キレイさっぱりっスぅ♪」
「「く、して……?!」」

 品を著しく欠いた例えに、言葉を失う天世の二人。
 そして思う、自分たちの後悔は「何であったのか」と。
「「…………」」
 戸惑いの中、ラディッシュ達の無言の笑顔は語り掛ける。

《ターナップの話は本当だったでしょ?》

 その笑顔に天世の二人が、
((存分に……))
 納得の困惑を返していると、平然と笑っていたインディカが、

『それよりっスぅ!』

 唐突な真顔で妖精ラミウムに向き直り、
『ラミィ姐さん!』
「おん?」
 ラディッシュの肩に座って腕組みする彼女を前に、彼は両手を床につき、

『マジでぇ、すいやせぇんでしたぁあ!!!』

 頭突きでもしそうな勢いで頭を下げ、
「村のみんなから話ぁ聞きやしたぁ! 姐さんみてぇな御方ぉオレっちぁ「豆」だ、「小さぇ」だ、「ちんちくりん」だぁ、何だぁかんだぁとぉ!」
 誠を以ての、真摯な謝罪であったが、

「…………」

 少々納得いかない面持ちの妖精ラミウム。
 彼が並べ立てた言葉から、

「オメェ……本当に反省してんのさぁねぇ? 昨日ぁそこまで(酷く)言ってなかったさねぇ」

 懐疑的な顔するとラディッシュ達は思わず苦笑したが、一本気に「謝罪のつもり」の彼は微妙な空気に気付く事なく、

『マジっスぅ! 本っ当ぅうぅにぃ、申し訳ねぇっスぅ!!!』

 真意を疑いたくなる「謝罪の文言(もんごん)」は一先ず脇に置くとして、不器用ながらの「反省の心」は伝わった笑みを浮かべる妖精ラミウム。

 彼女の気質から、形はどうであれ誠を尽くされ悪い気はせず、また仲間たちからの「許してあげたら」と言わんばかりの笑顔の後押しもあり、彼女は「仕方が無い」とでも言いたげの笑みの後、踏ん反りのドヤ顔で、

『分かりゃぁイイのさぁねぇ♪』

 少し含んだ照れに気付いた気配も無いインディカではあったが、真に嬉しそうにニカッと笑い、

『あざあっスゥ! ラミィの姐さぁん!』

 彼らしい言葉遣いで感謝を口に、見守るラディッシュ達も微笑ましく思う中、
「…………」
 彼は笑顔ながらも、奥歯に物が挟まる物言いで、

「そぉ、それでぇ、そのぉ何スけどぉ、ラミィ姐さん……実ぁそのぉ……」
「何だい何だい、らしくないさねぇ~ハッキリ言ったらどうさねぇ?! 顔色窺いなんざぁアンタにぁ似合わないさぁねぇ~」

 辟易すると彼は満を持し、腹を括った勢いに任せ、

『オレっちぉ漢(おとこ)にして下せぇラミィ姐さぁん!!!』

 叫ぶような懇願に、

『『『『『『『『『『!!!?』』』』』』』』』』

 居合わせた全員が驚愕、硬直した。
 その言葉が持つ、大人な意味に。
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