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第九章

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 魔王の確かな気配に意を決し、腹を括って扉を押すラディッシュであったが、

「あ、あれぇ?」

 扉は開かなかった。
 緊迫した場面の中、扉を壊さない程度のチカラで何度もガコガコ押してはいるものの、

(なぁ、このぉ、あっ、開かなぁい!)

 開く気配は微塵も無く、

(これってぇ子供染みた嫌がらせぇ?!)

 不穏を察した仲間たちも、
「どうしたんスかぁラディの兄貴ぃ?!」
「パパ、あかないなぉ?」
「罠ですわのぉ?!」
「ガキクサイことをするさぁ!」
「げに手間を取らすにありんすなぁ~」
「まったくでぇす! まったくなのでぇす!」
 緊張から一転した「不快」を露にすると、扉の向こうから、

『引いてごらぁんよ♪』

 笑いを含んだプエラリアの、愛らしい声が。
(((((((!)))))))
 ハッとする、ラディッシュと仲間たち。

「「「「「「「…………」」」」」」」

 試しに、そぉ~と少しだけ引いてみると、扉は易々と小さく開き、
「…………」
 気まずそうな顔をするラディッシュ。
 
 自身の迂闊のせいで、仲間たちにも恥をかかせてしまった「早とちりな言動」を謝罪しようと、
「そ、その……」
 申し訳なさげに振り返ってみれば、

「「「「「「…………」」」」」」

 そこには、なんともバツが悪そうな顔を背け合う、仲間たちの横顔が。
 平時の精神状態であれば気付けた筈であり、知らず知らず気負っていた心の表れではあったが、一方的にプエラリアのイタズラと決めつけてしまった浅はかさを恥じているようであった。

 きっかけを作ってしまったラディッシュは重ね重ね申し訳なく思い、
「何か、その……ホントごめんね、みんな……」
 謝罪を口に、改めて扉に手を掛けたが、
「…………」
 思わず手が止まる。

(今更どんな顔をプエラリアに向ければイイんだろぉ……)

 自ら招いていしまった失態に、醜態に。
 こみ上げる羞恥に往生したが、いつまでも扉の前で立ち尽くしている訳にはいかず、

(よし!)

 恥は「搔き捨て」とばかり腹を括って、
「…………」
 扉に掛ける手にチカラを込めて手前に引いた。

 重々しく開く扉。

 足元から上座へと伸びる、金の刺繡が施された豪奢な赤絨毯。
 その終点である玉座に座(ざ)すは、

《魔王プエラリア!》

 一瞬にして緊迫を取り戻す勇者組であったが、討つべき宿敵は、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 クスクスと、愛らしく笑っていた。

 いつも通り閉じた両目に涙まで浮かべ、微動だにしない「置物のような全身鎧」を隣に座らせ。
 恥じらう乙女のように笑う魔王に、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 何とも居心地の悪い、勇者たち。

 命懸けの戦いを前に、晒してしまった恥。

 気を取り直し、謁見の間に足を踏み入れたものの、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 やはり決まりが悪い。
 階下で浴びせられた「強大なチカラ」に抱いた緊張感は何処へやら。

 魔王を前に形ばかり身構えてはみたものの、その内心は、
(((((((どぉ、どうしよぉ……)))))))
 途方に暮れていた。

 命の奪い合いともなれば「戦いに望む」に当たり、それなりの気概が必要なのである。

 すると幸運にも魔王プエラリアの方から、助け船とも取れる一言が。
「よく来たね♪ それで、どうするか決めたのかぁい♪」
(((((((!)))))))
 醜態に対する小さい笑いさえ含んでいなければ、全くもって「ありがたいきっかけ」であったが、晒してしまった恥は取り消しようもなく、あえてソコには気付かないフリをして、

『僕達は決めたよぉプエラリア!』

 気合の入った表情で双刀を抜き出し構え、

「キミを倒すよ!」

 勇者としての威厳を見せつけた。
 仲間たちも各々武器を手に身構え、ここが中世であったなら、民衆から拍手喝采が贈られそうな堂々たる姿であった。
 しかし、

(…………)

 毅然を以て言い放った本人が、一番よく分かっていた。
 勇ましく大見得を切った分、

(はぁ、ハズカシィイぃいぃ……)

 羞恥を誤魔化し、体裁を取り繕っただけの、間抜けな光景であるのを。
 その場の勢いに任せ、決めポーズまで取ってしまった事に、

(これじゃ僕はピエロじゃないか……って言うか「ぴえろ」って何だっけぇ?! なんてぇ考えてる場合じゃないよぉ!)

 今更ながら後悔したが、それは彼の勢いに便乗した仲間たちとて、同じ。
((((((…………))))))
 勇者組は頭を抱えたくなるほどの「恥の上塗り」を毅然で誤魔化し、勇ましく身構えて見せ続けたが、玉座で愛らしく「クスクス」笑う魔王の姿から、
(((((((…………)))))))
 見透かされているのは明らか。
 それでも、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 あえての毅然を貫き通した。

《気付いた素振りを見せてしまっては、更なる恥の上塗り》

 戦う前からの精神的敗北を意味し、単に「恥ずかしい」だけで済まされない、戦術的な意味合いからも、魔王プエラリアを精神的優位に立たせる訳にはいかなかったのである。

 隠れる穴があったら入りたい程の羞恥を棚に上げ、常在戦場、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 気概で身構えるラディッシュ達。

《負ける訳にはいかない!》

 自分たちの敗北の先に待っているのが「中世の人々の辛酸」であったから、

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