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第七章

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 一夜明け――

 朝日が顔を覗かせ始めた、朝靄(あさもや)が立ち込める村の南門にて、
(!)
 背で感じた人の気配に、

『御早ようございます、勇者殿方!』

 堅苦しい物言いで振り向いたのは、十数名と言う、部下を従えた親衛隊隊長スパイダマグ。彼と共に中世に飛ばされた隊員の2/3近くであり、居残り組は村の警備に。

 因みに大司祭の身の回りの御世話は若司祭のターナップから、見習いインディカ共々、キツク禁止を申し渡されていた。
 そして調査へ向かう装備を整えた彼らの視線の先に居たのは、言わずもがな勇者組の面々であり、

「お早うございますスパイダさん、親衛隊の皆さんも♪」

 ラディッシュから返された笑顔の挨拶に、一枚布の下で笑顔を見せていると思われるスパイダマグは、
「この度の調査協力、心より感謝致します」
 明るい声で部下たちと共に深々と、恭しく頭を下げ、

「よっ、よして下さいよぉ! あ、頭を上げて下さい皆さぁん!」

 上様(うえさま)扱いに狼狽するラディッシュ。

「こ、この村に影響があるかも知れない話ですし、むしろ誘っていただいた事で、お世話になってる村に「恩返しが出来る」のを、感謝している位なんですからぁ~」
「そう言って頂けると、自分達としても嬉しい限りです」

 少々慌てた謙遜の照れ笑いに、安堵のスパイダマグ達は顔を上げ、
「早速ですが、勇者殿方にはこれより「南東奥地の調査」をお願いしたく存じます」
 すると親衛隊隊員の中から小さく「え?」っと、驚きの声が上がった。
 隊長であるスパイダマグと意思疎通が取れていないのか、

(((((((?)))))))

 ラディッシュ達勇者組が何の気なしに、声を発したと思われる隊員を見つめると、

『しっ、失礼致しました! 何でもありません!』

 隊員は慌てて頭を下げ上げ謝罪をし、その行為は「昨日のニプルウォートの懸念」と重なり、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 一抹の引っ掛かりを覚えた。
 しかし、それ以上に気になる事が勇者組には。

 勇者組が「南東方面を調査する」と言う事は、親衛隊が「南西方面を調査する」に他ならず、そこに居るのは人里離れて穏やかに暮らす、妖人の家族。
 天世の役人である親衛隊と遭遇する事にでもなれば、家族の平穏が一変するは必至。

(あの人達の生活を守ってあげなきゃ!)

 ラディッシュは即座に、

「あ、あのぅ! スパイダさん! 南西方面の調査には僕達がぁ!」

 焦りの声を上げると、スパイダマグは平静にそれを手で制し、

「御心配、御無用です勇者殿」
(?!)
「自分達が行うのは、あくまで調査です」
「「「「「「「…………」」」」」」」

 彼らの素振りは、事情を把握しているのを窺わせ、
「以前の、井の中の自分達ならいざ知らず、世間と言うものを知った今の我々は、穏やかに暮らす「事情を抱えたイチ家族」の生活を脅かすような蛮行や、愚行など致しませんので、御安心を」
 真摯な物言いで恭しく下げる頭に、

「そ、そうですかぁ」

 ほっと胸を撫で下ろす、ラディッシュと仲間たち。
 安堵を得て馬車に乗り込むと、

「じゃあ僕達は先に調査に向かいます♪」

 颯爽と村を後にした。
 スパイダマグと部下たちに見送られながら。
 すると、

『隊長、先程は申し訳ありませんでした』

 思わず異論を上げてしまった隊員がスパイダマグに歩み寄り、重ねて謝罪した上で、
「ですが……説明もせずに本当に宜しかったのですか?」
 何かしらの不安を口にすると、振る舞いから察するに「同じ不安を抱いていた」と思われる他の部下たちを前に、彼は「ふっ」と小さく笑い、

「例の遺跡を気にしているのか? 勇者殿方なら大丈夫であろう」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

「それより自分は、信じているのだよ」
「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」

「あの方々なら停滞した天世、中世、地世、この三つの世界の関係に変革を起こして下さると」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」

 去って行った七つの背を、
(何より、あのパストリス殿が一緒なのだから)
口にしなかった思いを内に秘め、誇らしげに眺めていると、

「わ、私もそれは信じているのですが……」
「ん? ならば何を?」
「ですから、例の「汚染獣の群れ」とか、「門番」とか……」

 部下からの指摘に、

(あっ……)

 何かしらの失念に、今さら気付くスパイダマグ。
「・・・・・・」
「「「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」」」
 双方しばしの気マズイ静寂の後、

「じ、自分はぁ勇者殿方を信じているのだよぉ」

 去って行った「七つの背」を、再び、もっともらしく眺め、信頼している隊長のあからさまな誤魔化しに、

((((((((((ここは「ツッコムとこ」なのか?!))))))))))

 生真面目に悩む隊員たちであった。
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