上 下
488 / 706
第七章

7-23

しおりを挟む
 奇行と思える仲間たちの感情の起伏に、ラディッシュが一人戸惑う中、

 コンコンコン!

 部屋の扉が小気味よくノックされ、

「ぇあっ、は、はい! どぉ、どちら様ですかぁ?!」

 虚を突かれた彼は、しどろもどろ。
 動揺を隠せぬ物言いであったが、扉の外からは、

『勇者殿! 自分はスパイダマグ隊長からの言伝(ことづて)を携え参った、親衛隊が一人であります!』

 ハキハキとした生真面目そうな声が返り、
「!」
 その声には、確かな聞き覚えもあった。
 しかし油断は命取りとなる昨今、

(…………)

 ラディッシュは「一応の警戒」を念頭に、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 仲間たちと無言で視線を交わし合った後、扉に向かって、

「開いてますので、どうそ♪」

 表面上は気さくな声を掛けた。
 すると扉の向こうから即座に、

『ハッ! 失礼致します!』

 固い口調が返り、扉が開くと同時、

「失礼致します!」

 親衛隊の制服を纏い、一枚布で素顔を隠した人物が素早く室内に入り、几帳面な動きで素早く扉を閉め、ラディッシュ達の方を向いて踵をカツンと鳴らし揃えて背筋を過剰に伸ばし、

『隊長より! 勇者殿方に南の森の調査に同行して頂きたく「明朝、日の出の時刻に村の南門で待つ」との言伝(ことづて)を預かって参りました! 因みに拒まれても「差し支えない」との事であります! 如何でしょうか!』

 あまりに唐突で急な誘いに、 
(((((((いきなり「いかが」って……)))))))
 面食らう勇者組の面々ではあったが、

「ひ、一つ、その、質問しても良いですか?」
『何でありましょ、勇者殿ぉ!』

 頑なまでの四角ばった物言いにラディッシュは思わず苦笑しつつ、
「きゅ、急なお誘いですけど、南の森で何かあったんですか?」
 すると隊員は、姿勢は微動だにせず、口だけが「別の生き物」のようにハキハキと、

『汚染獣の活発化と凶暴化が確認されております!』
「「「「「「「!」」」」」」」

 真っ先に思い出されたのは人里から離れ、穏やかに暮らす妖人(あやかしびと)の家族の姿。
(行かない訳にはいかない。あの家族にも、御世話になってるこの村にも、害が及ぶ可能性があるから)
 言葉を交わさずともラディッシュの思いは「仲間たちも同意」であり、表情を見れば以心伝心の仲。
 彼は仲間たちから口頭で了承を得る事も無く、

「分かりました」

 笑顔で頷くと、

「参加させていただく旨を、スパイダさんにお伝え下さい♪」
『!』

 快諾に、隊員は武者震い。
 急な依頼の叱責を覚悟でもしていたのか、一枚布では隠し切れない喜びを含んだ声色で、

『ありがとうございます! その旨、確かに隊長に御伝え致しむぅぁす!』

 任務完遂の言葉尻に、極度の緊張が緩んだのをチラと窺わせ、
(((((((ちょっとかんだぁ♪)))))))
 微笑ましさからクスリと小さく笑う勇者組。
 しかし当の本人は感情の昂りから気付いていないようで、

『ありがとうございます! 失礼致します!』

 爽やかで、清々しい明るい声を残して部屋から出て行った。
 扉が閉まって遠のく気配に、

「なんか真っ直ぐで、初々しくて、好感が持てるね人だったね♪」

 顔を綻ばせるラディッシュ。
「ですわねぇ♪」
「でぇすでぇすねぇ♪」
 ドロプウォート、パストリス達も笑顔を見せたが、仲間たちの中で一人、

「…………」

 浮かない顔の人物が。
 ニプルウォートである。

 何ごとか気掛かりな様子で怪訝な顔する彼女に、
「どうかしたのニプル?」
 ラディッシュがそれとなく声を掛けると、彼女は仲間たちが寄せる不安げな眼差しに気付き、

(!)

 何かを口にしようとしたが、
「…………」
 自嘲気味の笑みを小さく浮かべ、

「いや……何でもないさぁ♪」

 お茶を濁した。
 するとすかさず、

『秘密はイイけど隠し事は無しだよニプル♪』
(!?)

 穏やかな笑顔を浮かべたラディッシュは、少し驚いた顔の彼女を真っ直ぐ見据え、
「気になる事があるなら言ってよ、ニプル♪ 間違ってたって構わないんだ。それを責めるような仲じゃないでしょ、僕達はさぁ♪」
 その優しくも真摯な眼差しに、同じ目をして見つめる仲間たちに、

「どうにも参ったねぇ、ラディ達にはさぁ……」

 ニプルウォートは懸念を飲み込んだ自身の判断を小さく嘲笑い、
「ウチもウマくは言えないけどねぇ」
 訥々(とつとつ)と、

「起きた小さな事の積み重ねが、どぅにも気になっちまってさぁ……」
「小さな事ぉ?」
「いやぁ、だからぁさぁ、その、何て言うかぁ、何でこの時宜、タイミングって言うだっけ? に、支援要請なのかとかさ、何でスパイダが顔を見せに来ないんだとか、まぁ……箱の隅を突いた、さもしい話さぁ」

 気にし過ぎたと言わんばかりに笑って見せたが、

「何か「裏の意図がある」と、ニプルは言いますわの?」

 ドロプウォートに尋ねられ、
「まぁ「悪意を感じる」とまでは言わないけどさぁ……」
 自身の思いが感覚的であり、ハッキリとした形が見えていない事にモヤモヤしているのを窺わせながら、

「そもそもウチは、ロクな人生を歩んで来なかったからねぇ~他人を疑うのが「当たり前」として、この身に沁み付いちまってるのさぁ~」

 ため息交じり卑下してボヤキ笑った。
 すると、

『僕は、そうは思わないよぉ』
「?!」

 ラディッシュは少し驚いた顔をする彼女に笑みせ、

「他人を疑う事の全部が悪い訳じゃないと、僕は思うよ。疑いを向けられた相手だって人間なんだし、本人が間違いに気付いていない場合だってあると思うしね」
「…………」
「ニプルが過去にどれだけの苦悩を抱えて来たのか、それについて僕は「知った風な口」を軽々しく利くのは出来ない。けど、間違いを見つけて、指摘してあげる、ニプルのような「慎重な眼を培った人」は、とても貴重だと僕は思うよ」
(!?)

 過去において疫病神の如く扱われて来た彼女は、人から優しくされる事への耐性が未だに弱く、見つめる彼の優しい眼差しに、

(とても貴重……ウチなんかを……)

 思わず顔を赤らめた。
 しかしドロプウォートやカドウィード達女子組からのニヤニヤと眺める、からかいを多分に含んだ眼差しに、

(!)

 ハッと気付き、即座に、

『あっ、相変わらずラディは甘ちゃんさぁ!』

 照れを隠し切れていない顔した苦言で斜に構えたが、彼女の揺れる機微を何処まで理解しているのか、いないのか、ラディッシュは自嘲から程遠い緩んだ笑顔で、

「僕ってやっぱり「甘い」のかなぁ~♪」

 ケラケラと自身を笑って見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

僕の従魔は恐ろしく強いようです。

緋沙下
ファンタジー
僕は生まれつき体が弱かった。物心ついた頃から僕の世界は病院の中の一室だった。 僕は治ることなく亡くなってしまった。 心配だったのは、いつも明るく無理をして笑うお母さん達の事だった。 そんな僕に、弟と妹を授ける代わりに別の世界に行って見ないか?という提案がもたらされた。 そこで勇者になるわけでもなく、強いステータスも持たない僕が出会った従魔の女の子 処女作なのでご迷惑かける場面が多数存在するかもしれません。気になる点はご報告いただければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- プロローグと小説の内容を一部変更いたしました。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

処理中です...