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第七章

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 ドロプウォートの両親たちと別れて後――
 
 正午を過ぎた外門を馬車で抜け、南下するラディッシュ達。
 城下でお世話になった人々への挨拶回りをしていたのだが、さしもの馬車と言えどターナップの村に着いた頃には陽はとっぷりと暮れ、出歩いている村人と言えば巡回警備の担当くらい。
 そのような時間になってしまっては宿探しも困難であり、地元民ターナップは荷台から顔をのぞかせ、

『仕方が無ぇっスからぁ、とりあえず俺の家にでも行きやすかぁ~』

 仕方が無いと言う割には、何処か嬉しそうに。
 久々の帰郷であるから当然とも言えるが、七人は乗って来た馬車を村の入り口付近にある預り所に預け、徒歩で彼の家を目指した。

 人気(ひとけ)のない夜道を、穏やかな月明かりに照らされ歩く勇者組。

 ラディッシュの助言で産業が発展し、町と呼べる程に大きくなりつつある村ではあったが、エルブ国南端の田舎村であるのに変わりなく、夜ともなれば人通りもまばら。
 勇者一行の到着を未だ知らぬ村は、ひっそりと静まり返っていた。
 そんな中を、

『むしろ歩き易くてイイっスねぇ、ラディの兄貴ぃ♪』

 上機嫌で先頭を歩くはターナップ。
 少々浮足気味の「足取り軽い彼」に導かれ、一行が村を奥へ進むと、

(!)

 窓から溢れる温かみのある光の効果で、闇夜にポッカリ浮かぶような一軒家が。
 彼は内から湧き上がる衝動に突き動かされ、仲間たちを思わず置き去りに満面の笑顔で走り出すと、玄関扉を破壊しそうな勢いで跳ね開け、

『帰ったぜぇジジィ! 驚きやがれぇってんだぁ!!!』

 祖父から一本取ったつもりの笑顔を見せたが、その笑顔は一瞬にして激怒へと変わり、

『ナニやってんだテメェはァーーーーーーッ!』

 聞こえて来た怒声に、
『『『『『『?!!!』』』』』』
 置き去りにされたラディッシュ達も慌てて家の中に駆け込むと、

『『『『『『!?』』』』』』

 目にした異質な光景に驚きを隠せず、驚きのあまり言葉を失った。
 そこで見た物とは、

「おぁ~ビックリしたぁ~兄貴たちお帰りなんスぅ♪」

 ターナップの祖父である大司祭の肩を揉みつつ驚きの笑顔で迎えるインディカであり、一枚布で素顔を隠し様々な家事に勤しみ、

「「「「「「「「「「お帰りなさい、勇者殿方♪」」」」」」」」」」

 天世の元老院親衛隊の面々であった。
 その一方で、インディカに肩を揉まれる「祖父は」と言えば、緩んだ顔して座席にゆったり座り至れり尽くせりの、まさに御殿様状態。
 漢(おとこ)ばかりのむさ苦しいハーレムの中で、帰郷した孫たちに怠惰な笑顔を見せ、

「おぉ~帰ったかぁバカ孫がぁ~♪」
「ッ!」

 謹厳実直、道徳的で誠実な振る舞いを旨とする司祭としてあるまじき祖父の姿に、ターナップは怒りを増し増し、

『バァカァはぁテメェだクソジジィイィ!』

 ドスドスと足を踏み鳴らし家の中に入ると祖父の胸倉を掴み上げ、過剰な接待とも言える家事に従事していた男連中にも、

『ってかぁオメェ等もオメェ等でぇ何を下らねぇ事してやがるゥ!』

 すると厨房から、

『何の騒ぎですかなぁ?』

 愛らしいエプロンを引きちぎらんばかりに胸筋を見せつけるスパイダマグ親衛隊隊長が一枚布で隠した顔を覗かせ、ターナップ達を見るなり、

「おぉ~これはこれはターナップ殿に勇者様方ではありませんかぁ~いやぁ御久しゅうございますな♪」

 呑気な挨拶に、
『これはこれはじゃねぇスパイダァ! これが「どう言う状況なのか」を説明しろってんだ!』
 鼻息荒いターナップ。
 するとインディカが愉快そうに「キッキッキッ」と笑いながらスパイダマグを指差し、

「コイツ等ぁ左遷されたそうなんっスよ♪」
「「「「「「さっ、させぇん?!!!」」」」」」

 話が見えない勇者組であったが、一先ずラディッシュは未だ怒りが収まる気配の無いターナップを「まぁまぁ」と宥めながら、胸倉を掴まれたままの大司祭を解放させ、その上で、

「それではスパイダさん、ご説明を宜しくどうぞぉ」

 促され、
「そ、そうですねぇ~」
 苦笑交じりの声のスパイダマグは、持って出て来た料理たちをテーブルに置きながら、

「何から説明すれば良いのやら……」

 しばし黙考して後、
「顛末をかいつまんで言うなら、自分たち元老院親衛隊は、チョウカイ様が率いる特殊部隊「近衛」に「元老院守護の任」を奪われた挙句、拠点も無しに「中世の警備」に飛ばされまして、行く先も定まらぬまま縁(ゆかり)のあるこの村で途方に暮れていた所を、此方の大司祭殿に拾われ、その恩返しをして現在に至ると言ったところです」

「「「「「「「…………」」」」」」」

「チョウカイ様からの表立っての名目は、地世の出現率が高い「エルブ国南方の警戒警備」と……」
「「「「「「「…………」」」」」」」

 ラディッシュ達にも煮え湯を飲ませた策士チョウカイの「天世における支配圏」が徐々に拡大していると知る。
 しかし、
『話は分かった……』
 分かったと言いつつ、それでも納得いかない様子のターナップ。

「だからつってぇ、この「ジジィに対する過剰な接待」は何なんだ?!」

 仏頂面に、スパイダマグはバツが悪そうな声で「ははは」と笑い、
「端的に言うなら、インディカ殿の「嫉妬の結果」とでも言いましょうかぁ」
『嫉妬ぉだぁ?!』
 ターナップの呆れに、

『嫉妬って言うんじゃねぇ!』

 インディカがすかさず割って入り、
「大司祭様の御世話は弟子である「オレっちの仕事」なんスぅ! 親衛隊なんかに負ける訳にはいかねぇんっスぅ!」
 親衛隊が恩を返せる世話を一つ見つけるたび彼が邪魔して横取りし、それを繰り返していくうち「恩返し」が「厚接待」へと変質していった過程が眼に浮かび、

『下んねぇトコで張り合ってんじゃねぇインディカァ!』
「すぅんませぇん、タープの兄貴ぃ……」

 若司祭(ターナップ)は僧侶見習い(インディカ)に厳しく苦言を呈すと、

『ジジィもジジィでぇ恩を笠に調子こいてんじゃねぇ!』

 祖父にも強く釘を刺すと、孫の指摘に大司祭は少々名残惜しげに、

「やれぇやれぇ王様気分も今日までのようじゃわい」

 ボヤキに勇者組や親衛隊たちから笑いが起こった。
 そんな中、素朴な疑問が湧くラディッシュ。
 何の気なしに、

「ところでスパイダさん達の寝床はどうしてるの? 流石にこの人数で、この家で雑魚寝なんて事は……」

 するとスパイダマグは彼の懸念を「あはは」と軽やかに笑い、
「教会を寝泊まりの場所として使わせていただいております。教会内ならば我らも、地世の汚染の心配をせず休めます故に」
 天世で幅を利かせていた親衛隊の凋落ぶりを知り、

「…………」

 ターナップは怒りのボルテージを下げ、
「天世はすっかり「チョウカイの支配下」になっちまった訳かぁ~」
 二つの世界(天世と中世)の命運が「彼女の胸三寸」となってしまった現在に、

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 返す言葉も無いスパイダマグ達、親衛隊。
 彼らの主な任は「元老院の御歴歴の守護」ではあったが、権力を有する元老院を守ると言う事は「天世の安寧を守る」と同意であり、「民の暮らしを守る事」にも繋がり、誇りを胸に務めていた。

 その「誇り」を易々と奪われた挙句、中世に追いやられた彼らには、反論の余地など無かったのである。
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