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第六章

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 話はイリスが事切れて数時間後――
 
 窓の無いとある一室にて息を呑み、何かに手をかざすニプルウォート。
 緊迫の面持ちで、肩越しチラリと振り返り、

「本当にイイのか、ラディ? みんなもさ。これがバレたらウチら罪人どころか「大罪人」として、天世や中世から追われる身に、」
『僕は構わない』

 ラディッシュは問い掛けを遮るように答え、
「もう誰も失わない失わせない、そう決めたから」
 言葉のみならず、表情からも揺るぎない決意を窺わせはしたが、

「でも……」

 視線を次第に落とし、
「みんなを巻き込む事になるのは……ホントごめん……僕一人じゃ……」
 すると傍らのドロプウォートが、

『何を今さら、ですわ♪』

 軽やかな笑顔を見せ、他の仲間たちも笑顔で続々頷くと、ニプルウォートは緊張の中にも笑顔を交え、
「そうさなぁ。一蓮托生ってヤツさなぁ♪」
 視線を手元に戻し、

『さぁ! 始めるさぁ!』

 自身を奮い立たせる気概を見せた。
 かざしている右手と左手。
 それぞれの先にあったのは「毒殺された皇女イリス」と、体が寿命を迎えた「イリィの亡骸」であった。


 時間は更に少し遡り――

 イリスの魂が闇へと堕ち、肉体が謎の風化を始めた直後、仲間たちが悲しみに打ちひしがれるより先、

≪隔絶ッ!≫

 突如、空間を遮断する天技を叫んだのはラディッシュ。
『『『『『『!?』』』』』』
 悲しみをひと時忘れるほど驚く仲間たちを尻目に、

『タープ! 空間は遮断したから霧散し始めたイリィの魂を集めて体に戻してぇ!』
「えっ!? っスけど、体がもう死、」
『イイから早く! 聖職者のタープにしか出来ない事なんだからぁ!』

 謎の崩壊が始まった肉体に戻したところで、術を解いた途端に再び魂の霧散が始まるのは明白。
「…………」
 しかしターナップは、白き輝きに身を包む「余談許さぬ表情のラディッシュ」を見据え、

(ラディの兄貴が無策の筈がねぇ! 何か考えがある筈!)

 即座に改め、

≪天世より授かりし恩恵を以て我は願う!≫

 その身を白銀の輝きに包むと両眼をつぶり、イリスの肉体から霧散を続け隔絶空間に漂う魂のカケラをイメージ捕捉。
(戻りやがれぇイリィの魂ぃ!)
 強く願うと両眼をカッと見開き、揃えた両掌の中に集まる輝きをイリスの体の中へ押し込み、

『ラディの兄貴ぃ戻したっスッ!!!』
「!」

 白く輝くラディッシュはその声に即応、

≪保存の天技ィ!≫
「「「「「「!」」」」」」

 自身の白き輝きを崩壊の始まったイリスの身にも移し、魂の霧散と肉体の崩壊を止めた。
 しかし、
「「「「「「…………」」」」」」
 惑う仲間たち。

 彼がした事は「現状維持」であり、問題の解決に何ら至っていないから。

 すると何ごとか腹を括った様子のラディッシュが重々しく口を開き、仲間たちに何かを問い、問われた仲間たちは、
『『『『『『・・・・・・』』』』』』
 唖然と、更なる惑いを覚えた。
 彼の口から語られた言葉とは「重大な決断を迫る物」であり、その内容とは、

≪魂の消えた皇女イリスの体を使ってイリィを蘇らせる≫

 イリスは地世の手によって作り出された人造人間であり、その彼女を蘇らせるのは「天世の意に反する行為」であるのは明白。
 加えて、亡くなったイリス皇女の肉体を使って「偽の皇女イリス」を蘇らせるのは倫理的にも問題ある行為。
 アクア国国王、王妃の気持ちを想えば、仲間たちの抱いた戸惑いも当然ではあったが、ラディッシュは毅然と、

「これはイリィ本人にも、王様と王妃様にも秘密の形で、イリィにはアクア国皇女として蘇ってもらうつもりだよ!」
「「「「「「!?」」」」」」
「僕一人じゃ出来ない」
「「「「「「!」」」」」」
「みんなの協力が必要なんだ!」
「「「「「「…………」」」」」」

 彼の考えが、おぼろげながら見え始めた仲間たち。
 ラディッシュが「魂の消えた皇女イリスの肉体」に「イリスの魂」を入れ、記憶を操作しようとしている事に。

 惑いを隠せぬ仲間たちを前に、彼は深々頭を下げ、
「この秘密は僕達が墓の下まで持って行けば、良人(りょうじん)の誰もが悲しまずに済むと思うんだ……倫理を冒涜した「身勝手な行い」だとは、理解はしてる……けど、」
 秘めた思いの全てを語ろうとすると、

『皆まで言うなさ、ラディ~』

 辟易顔したニプルウォートが湿った空気を払うが如くに手を振り、
「両親を殺す為に生み出されて死んで逝くだけのイリィに、何かしてやりたいんだろぅさ?」
「!」
 顔を上げると、仲間たちの「理解を示す笑顔」が。
 
 心を同じくしてくれた笑顔を前に、嬉しく思ったラディッシュは、
「うん……」
 笑みを浮かべて静かに頷き、
「でもね、理由はそれだけじゃなくて、」
 今度はドロプウォートが、

「皇女が蘇ればアクア国の内政も、一先ずは「落ち着きを取り戻す」とも考えてですわよね?」
「…………」

 過分な講釈など不要な仲間たちであったと自嘲した。
 想いを共有し、笑みを見せ合うラディッシュ達。
 その一方で大切な何かを守る為、人知れず「泥を被る覚悟」を迫られる。
 しかし、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 今さら語り合わずとも、答えは一つであった。

 治療道具と称した大荷物を抱える司祭ターナップを伴い、アクア国国王と王妃に再び謁見するラディッシュ達。
 人払いを願い出た上で、国王と王妃に「イリス皇女の蘇生の許可」を申し出た。

 普通であれば、一蹴されてもおかしくない話。
 例え相手が、異能のチカラを有する異世界勇者であったとしても。

 信任を得られたのは既に周知の事実である、ラディッシュが「百人の天世人ラミウムの後継」であったから。

 天世人ラディッシュの申し出ならば話は別であり、国王と王妃は愛娘の「蘇りの可能性」を涙ながらに快諾。
 一室を用意されたラディッシュ達は天技で保存された「皇女イリスの亡骸」と共に部屋へ入った。
 万が一の「事故を考慮して」との言葉を口実に、国王と王妃は別室で待機してもらい。
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