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第六章

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 運河に掛かる橋を渡って町へ入るラディッシュ達――

 並ぶ家々は独自の木組みで造られ、窓辺や玄関には花が飾られ、公園の花壇にも色とりどりの花が咲いていて、町は童話に出て来そうな愛らしい町並みであった。

 移動はもっぱら徒歩か、水路を使った小舟らしく、馬車は見当たらず、入った飲食店のメニューも魚介類が中心で、総じてイリスが言った通り「水の都」であった。

 三方を海に囲まれた国の、エルブ国出身ドロプウォートも初めて目にする、口にする魚介類や調理法ばかり。
 しかし、

『美味しいですわぁ~♪』

 頬を押さえて感嘆を漏らし、隣に座るチィックウィードは、手元に置かれた皿の上に乗る、見た事の無い調理をされた魚に警戒心露わ、

「おさかな……なぉ……」

 珍しく、訝し気な顔。
 そもそも内陸で育てられた彼女は、魚と言う物を食べた事が無かったのである。
 しかしホクホク顔で食べ進める母(仮)、父(仮)、仲間たちの姿に触発され、

「なぉ……」

 恐る恐る、白身魚にフォークを突き立て、
「…………」
 しばし見つめた後に腹を括って意を決し、

「はぁむぅ!」

 一口パクリ。
 途端に、

『んふぅうぅ~♪』

 至福に目を細め、愛娘(仮)の笑顔に父(仮)ラディッシュは目尻を下げ、
「そっかそっかぁ~チィちゃんはお魚を食べるの初めてかぁ~♪」
「ハジメテなぉ~♪」
「これからは魚料理も作ってあげるからね♪」
「なぉ~♪」
 幼子の素直な喜びように、仲間たちもほっこりした笑みを見せると、料理のレパートリーの増加を思い立った彼はさっそく、

「ねぇねぇ、イリィ!」
「んぁ?」
「アクア国って、どこの町もこんなに魚介類が美味しいの?!」

 暗に「食べ歩き」を示唆すると彼女は、
「んあぁ~まぁ多分そぅだろうさねぇ~」
 何とも歯切れの悪い反応。

 そんなイリスに即応したのは、ニプルウォート。
 からかいのネタを見つけた彼女は、
「多分ってぇさ~アンタの国だろぅ、イリィ♪」
 ツッコミに、イリスは「キッシッシッ」と笑いながら、

「アタシぁ病弱で、外に出た事が無かったって言ったさぁねぇ~」
(((((((!)))))))
「アンタ達と出会う前のアタシが持ってた知識は、全部、本から得た物さねぇ」

 苦笑交じりに魚料理を一口食べ、
「くぅ~こんなウマイ料理があるならぁ、もっと早く出れば良かったさねぇ~♪」
 城から抜け出したのが一大決心であったのを窺わせると、彼女の満足そうな笑顔を見つめていたラディッシュが、

「…………」

 改まった様子でスプーンを静かに置き、
「ねぇイリィ……一つ聞いてイイ?」
「んぁ? 何だい?」
「その……」
 奥歯に物が挟まる物言いに、

「今更かしこまる間柄でもないさぁねぇ~」

 彼女の笑みに背中を押される形で、
「じゃぁ……」
 事の成り行きを静観する仲間たちを前に、

「どうしてイリィは城から抜け出したの?」
((((((!))))))

 それは仲間たちも、気にはなっていた事。
 すると彼女は「そんな事か」と言わんばかり「キィシッシッ」と笑い、

「前にも言ったさねぇ♪ アタシぁ自分が知らない世界の料理を食って、」
『それだけじゃありませんですわよねぇ?』

 すかさず割って入ったのはドロプウォート。
 付き合いも長くなれば気心も知れ、おふざけ無しで、

「それが理由で「王族の責」から逃げ出した人が、国や民の為に戻ろうなどとは思わない筈ですわ」

 仲間たちからも同意の眼差しを向けられた彼女は、
「コイツは参ったさねぇ……」
 ヤレヤレ笑いで小さく呟き、

(誤魔化しや言い逃れの類いは、流石に無粋な場面さねぇ……)

 思い改め、
「嘘は言ってないさねぇ。半分はホントの話ぃ」
 自嘲気味の小さな笑みを浮かべて後、

「外の世界を見てみたかった」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「なぁドロプ」
「何ですの?」
「アンタに「前に言った苦言」は、アタシ自身への裏返しでもあるのさねぇ」
「裏返し?」

「婿取り、さねぇ」
「「「「「「「!」」」」」」」

「床に伏していた時にぁ「健康を取り戻したい」と願い、取り戻したら取り戻したで、今度は王族の責として「婿取り」の文字が頭をチラつく」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「けど、それ自体は悪い話じゃないさぁねぇ、国や民の安寧に繋がる話。けどさねぇ……」

 イリスは天井を見上げ、

「床に伏していた間に本で見た「無限に広がる世界」ってヤツを、アタシはこの眼で、耳で、五感で感じたくなっちまったのさねぇえ。世継ぎ問題で「籠の鳥」にされっちまう前にぃ♪」

 まだ見ぬ世界に想いを馳せ、まるでその世界が目の前に広がっている様な笑顔を見せたが、
「それもコレまで、さねぇ♪」
 視線を仲間たちに戻すなり「キッシッシッ」と笑って、

「国に不穏が蔓延(はびこ)っている以上、そぅ好き勝手もしてられないさねぇ♪」
「…………」

 ラディッシュは笑顔の下に隠された寂しさを察し、
「なんか、その……ごめんね、イリィ……」
「んぁ?」
「興味本位で訊くような話じゃなかった、よねぇ……」
 視線を落とすと、彼女は辟易笑いで「よしとくれぇさねぇ」と再び一笑、

「これが「アタシの務め」なのさねぇ♪」

 しかしその笑顔は、やはり何処か寂し気に見え、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 仲間たちも食事を忘れて視線を落とすと、周囲の客席から、

「おいおい聞いたかぁ訊いたかぁあぁ?」
「何の話だ?」
「病床に伏していた姫様の話だよ。行方不明になられたそうだぞぉ」
「ホントかよぉ!」

 客たちの会話が漏れ聞こえて来て、
((((((((!?))))))))
 思わず小さく苦笑し合う、話題のイリスと仲間たち。

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