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第六章

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 馬車で街道を進むラディッシュ達――
 
 最終目的地をイリスの故郷であるアクア国と定めて北上を続け、今は手前のパラジット国を目指していた。
 天世から「神罰と呼ぶ」に等しい重罰を受け、中央政権が文字通り王都ごと消し飛ばされ、情勢が不安定なさ中での復興状況を確認する目的もあり。

 だからと言って、滞在していたアルブル国の復興作業が順調な訳ではなかった。

 数々の問題点、改善点を残しつつ、アクア国を目指す事が出来たのは、偏(ひとえ)にアルブル国復興作業に携わる人々の後押しがあったればこそ。
 それは勇者組に対する忖度などではなく、故国の危機と言う物が当事者にとって、どれほど辛いものであるか身を以て知っていたから。
 故国アクアの異変を憂いる彼女に寄り添うラディッシュ達に、異を唱える者など皆無であり、

≪感謝するさねぇ≫

 憑き物が落ちた表情のイリス。
 悩んでいたのが嘘のような、いつも通りの斜に構えた笑みで、

『これならぁどうさねぇ!』

 荷台で、いつもの通りチィックウィードたちとカードゲームに興じながら、
「それにしても四国同盟の人達にぁ感謝しかないさねぇ~」
 染み染み頷き笑い、
「人間にぁ「二種類しか居ない」って言葉ぁ、納得しちまうさぁねぇ~」
「二種類って?」
 御者台のラディッシュが手綱を引きながら、興味深げに肩越しチラリと視線を送ると、彼女は振り向きニカッと笑って、

『「イイ奴」と「そぅでないヤツ」さねぇ♪』

 彼女が取り戻した明るさに、
「単純ですわねぇ~♪」
「ホントさぁ~♪」
 御者台のドロプウォートとニプルウォートが呆れ笑うと、チィックウィードの目元がギラリ。

『スキありなぉ♪』

 イリスの手札から一枚を、電光石火の早業でスパッと抜き取り、
『あぁ!』
 彼女が驚愕の声を上げるが先か、幼子は満面の笑顔で、

『またまたチィのカチなぉ♪♪♪』

 手札を全て床に投げ置いた。
『のかぁーーーっ!』
 悔し気に頭を掻きむしるイリス。
 八つ当たり丸出しで、

「アンタ達が大事な所で話しかけたせいで、またチィ坊に負けたさねぇ!」

 御者台の三人に怒りをぶつけ、ドヤ顔のチィックウィードには、
「会話の最中にカードを抜き取るなんてぇ「この悪党」さねぇ!」
 負け犬の遠吠えとしか思えぬ恨み節に、仲間たちから笑いが起こると、

『あっ!』

 ラディッシュが何かに眼を留め、
「関所が見えて来たよ♪」
「「「「「!」」」」」
 荷台の仲間たちも身を乗り出した。
 元パラジット共和国の国境に、到着である。


 ラディッシュ達が到着する少し前――

 関所内に設けられた国境警備隊兵士詰め所内は、
「「「「「「…………」」」」」」
 一様にダラけていた。

 雑談に花を咲かせる者、居眠りする者、呆けている者、等々。

 国境警備とは国防における要の一つである筈が、緊張感のカケラも無い士気の低さであった。
 そんな一室に、

『タイヘンだ! 馬車近づいて来るぞぉ!』

 血相を変えて駆け込んで来る兵士A。
 驚愕の声を上げたが、
「「「「「「…………」」」」」」
 誰一人、腰を上げる事も、緊張感を以て即応する事も無く、座したままの兵士Bもおっとりがてら、
「何を今さら焦ってるんだぁ~? どうせまた違法出国者の類いだろぅ? ほっとけほっとけ、よその国が取り締まってくれんだろうぉよ」
 雑談に話を咲かせていた兵士Cたちも、

「違いねぇ。天世様に見限られた「罰当たりな国」なんぞに、中世の誰が来るってんだぁ?」
「そんなモノ好き居やしねぇわなぁ~」
「まぁ居るとしたらぁ火事場泥棒くらいかぁ?」

 呑気に笑い合っていると、兵士Aはもどかし気に、

『だから、その外から来てるんだってぇ!』

 それでも兵士たちは、
「それはそれで、この国から取る物が無ぇのが分かったら、すごすご帰って行くさぁ」
「だなぁ♪」
 再び笑い合っていると、

『とは言っても流石になぁ~』

 兵士Bが億劫そうに立ち上がり、
「犯罪者集団を素通りさせたのが管理者殿方に知れたら、後が面倒だからなぁ~」
 釣られる様に兵士Cたちも、
「四国同盟から派遣されて来てる「あの連中」は御堅いからなぁ~」
 愚痴り合いながら、のっそり立ち上がった。

 連邦共和国時代に数々行った「理不尽な強権発動」により、形ばかりの連邦の、実質的には傘下にした国々から「数多(あまた)の恨み」を未だ買っているパラジット国。

 政権が消失したこの国を守る為に派遣された、エルブ国、フルール国、カルニヴァ国の特使に対し、辟易笑いで平然と悪言をこぼすと、
「やれやれ、お仕事お仕事ぉ」
 兵士たちは気ダルそうに、続々と部屋から出て行った。

 四国同盟からしてみれば裏の意味として、天世につけ入るスキを見せぬ為、パラジット国弱体化に伴う周辺諸国の武力を用いた、安易な発想の「復讐略奪合戦を防ぐ派遣」でもあったが、この国を、延いては「この国の民を守る為の派遣」であったのまた真実。
 それを理解していてなお感謝無く、ボヤキをこぼすは、上位国として君臨していた「連邦共和国時代の悪癖」が抜けていない故か。
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