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第六章

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 それから数日後の謁見の間にて――
 
 マツムシソウ先生こと女王フルールと、ユリユリ先生ことリブロンの作業は無事に終わりを迎え、

『皆様の御助力により納品する事が出来ました。本当に有難うございました!』

 リブロンが深々と頭を下げ、ほっと肩の荷が下りた笑顔を見せるラディッシュ達。
 ベッドのような玉座にしな垂れ座る女王フルールも、跪く勇者たちに変わらぬ妖艶な笑みを浮かべながら、

「ほんにぃ感謝の言葉もありぃんせぇん。流石に此度は「間に合わぬ」と、半ば諦めてぇおりぃんした」

 二人からの感謝の言葉に、
「御チカラになれたのなら良かったです」
 ラディッシュは笑みを返しながらも、
「ところで一つ疑問に思ったのですが……」
「なぁんぇ、勇者殿ぉ?」

「出版社からの依頼で作って納品した今回の本は「同人誌」と呼べるんですか?」
「…………」
(い、意外とぉ細かきことを気にしんすなぁ勇者殿はぁ)

 女王フルールが妖艶な笑みの下に苦笑いを隠していると、彼女の傍らに立つリブロンがキリッとした表情を見せながら、
「同人誌とは言えません。そもそも同人誌とは、」
 定義について几帳面に語り始めようとした。
 彼女の「生真面目過ぎる性格」と「ラディッシュへの恋心」がさせた、彼女らしい反応ではあったが、

『まぁ細かい事はイイじゃないさねぇ♪』

 長話を見透かしたイリスが割って入る声を上げ、連日作業により溜まった疲れを癒すように背伸びしながら、
「これでぇやっとぉ御役御免さぁねぇ~」
「…………」
 話の腰を折られて少々不満気味なリブロンを気にする風も無く、

「まぁ少しずつ「筆入れ作業」にも慣れて来たところで「ここまで」ってのがぁ、ちぃ~と残念ではあるさぁねぇ♪」

 辛かった想いも、過ぎてしまえば「良い思い出」と言わんばかりの顔をしていると、苦笑のドロプウォートが水を差すように、

「イリィ、そう言うフラグは御立てにならない方が賢明ですわよ」
「んぁ? ドロプ、そりゃどう言う意味、」

 問うが先か、

『誰が終わりと言いました?』

 眼鏡の端をクイッと上げるリブロン。
 いつの間に取り出し掛けた眼鏡なのか、服までタイトなリクルートスーツに早変わりしていて、

((((((((まっ、マネージャーモードぉ!?))))))))

 嫌な予感しかしないラディッシュ達を前に、彼女はイリスに折られた「話の腰の報復」とでも言わんばかり、

「即売会に向けた「オミナエシ先生」と「オトコエシ先生」の作業分が残っています」

 見事に「イリスの立てたフラグ」を回収。
(((((((やっぱり……)))))))
 勇者組が肩を落とす中、物足りないと口走っていた筈のイリスは、

『冗談じゃないさぁねぇ!』

 不満を露わ立ち上がり、
「労働以上の対価を貰えた上に衣食住の面倒も見てもらっちゃいるがぁアタシにぁそこまで付き合う義理は無いさねぇ! アタシぁ下りるよぉ!」
 背を向け部屋から出て行こうとすると、リブロンが眼鏡の端をクイッと上げ、

『また逃げるのですか?』
「んなぁ?!」

 挑発的な一言に、カチンと来て足を止めるイリス。
(「また」だとぉ!)
 前科があるだけに、口惜し気に振り返ると、

(掛かった!)

 リブロンは内心で、してやったり。
 しかし顔には出さず、
(スケジュールに遅れを生じさせない為、作業を習得した貴方を逃しはしませぇん!)
 企む彼女は更に、あえて煽り立てる物言いで、

「貴方は「自らの意思」で発した言葉を、いともたやすく「反故にする」と言うのですか?」

『アタシの揚げ足を取ろうってのさねぇ』

 苛立ちを増すイリスに、
(あと一押し!)
 見極めたリブロンは、

「あぁ~でしたらぁもう結構ですよぉ」
「んぁ?」

 急に呆れたため息を吐いて見せ、
「戦力になる「自信が無い」と言う貴方を無理に引き止め、作業を無理強いさせるつもりはありません」
「んなぁ?!」
「やる気の無い方に手伝われては「作品の質が低下」しますので、どぅぞ退出なさって下さぁい」

「ッ!」

 真意が透けて見える彼女の「あからさまな挑発」にラディッシュ達が苦笑する中、頭に血が上ったイリスは気付くこと無く、

『上等さぁねぇ!』

 イキ顔でリブロンを見据え、
「今のアタシが「戦力になる」か「ならない」か、キッチリかっちり仕事で証明してみせようさぁねぇ!」
 大見得を切った。

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