上 下
400 / 649
第六章

6-52

しおりを挟む
 イリスが決意の一歩を踏み出す中――

 城内の作業部屋では、漫画化作業が粛々と続けられていた。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
 誰も何も言わない。

 締め切り日から逆算すると話し込んでいる余裕など無く、全員が目の前の原稿に集中し、室内にはカリカリとペン先を走らせる音のみが不気味に響いていた。
 そんな中でもひと際、何かに取り憑かれた様に、一心不乱にペンを走らせるのは●眼鏡を掛けた赤ジャージ姿、ラブコメ人気作家マツムシソウ先生こと女王フルールと、同じ赤ジャージ姿のリブロン、そしてアシスタント筆頭の証である「誇り高き青ジャージ」のパストリス。
 すると唐突に、

『オナカぁすいたぁなぉおぉ!』

 訴える様な声を上げたのは、緑ジャージのチィックウィード。
 そんな「愛娘(仮)の悲痛」をきっかけに、虚構の世界に没入して作業をしていたドロプウォートも意識を現実世界に戻し、原稿から顔を上げ、

「そう言えば「空きまして」ですわね。ラディからは、未だお声が掛かりませんですし」

 緑ジャージのニプルウォートも手と止め顔を上げ、
「いつもの夕食時間を、随分と過ぎちまってる気がするさ」
 緑ジャージのカドウィードも顔を上げ、
「げにぃありんすなぁ~しかも描いている作(さく)がぁこれではぁ……」
 全員が手元の原稿に視線を落とすと一斉に、

≪ぐぅおぉおおぉぉぉお~~~ぉ≫

 腹から快音を響かせた。
 描かれていたのは、料理モノ。
 マツムシソウ(女王フルール)が自身の作品幅を広げる為に書き上げた挑戦的新作で、彼女にとって「初ジャンル」となる作品でもあった。

「とはぁ言っても、無意に作業の手を止める訳には納期的にもいかねっスからぁねぇ」

 緑ジャージのターナップがやおら立ち上がり、
「下っ端作業のオレが、様子を見てきやしょうか?」
 部屋から出て行こうとすると、タイミング良く扉が開き、

『みんなお待たせぇ~♪』

 笑顔のラディッシュが姿を見せ、
「この部屋で食事をすると「お約束」が起きそうだから、向こうの部屋で食事にしよう♪ 用意は出来てるよ」
 彼の言う「お約束」とは完成間近の原稿に料理をぶちまけ、台無しするとの意であり、ドジっ子コメディーにおける王道コース。
 そんな「お約束シーン」が多分に含まれる作品を描いている最中でもあるが故に、

((((((((たしかにぃ))))))))

 全員が苦笑で頷き立ち上がると、ドロプウォートが不意に、
「そう言えばイリィは? まだ戻って来ませんですのぉ?」
 他意無い問いに、
「イリィなら「僕と一緒」に食事の準備をしてくれてるよ」
「そ、そぅでぇしたのぉ」
 笑顔で頷きながらも、

(二人きりで……)

 心が少し、チクリと痛む。
 嫉妬、心配、不安など、様々な感情が入り混じり、料理作業中の彼女の様子が気にはなったが、「艶っぽい何か」が起きていた場合の現実を受け止める自信と勇気が持てず、
(訊ける筈がありませの、ですわ……)
「…………」
 黙した一方で、

『二人きりだったからってぇ、卑猥なちょっかい出したりしてないだろうねぇ♪』

 平然と、からかい交じりの笑顔で囃(はや)したのは、ニプルウォート。
 彼女らしい「動揺の裏返し」ではあったが、それと気付けぬラディッシュは「あはは」と笑いお茶を濁しながら、
「僕が、そんな事をする訳が無いよぉ~♪」
「そぅでぇありんすぉ?」
 意外そうな顔して覗き込むカドウィードに、
「だってそんな無謀をしてたらさぁ」
 笑顔が真っ青な顔に一転、

『生きてこの場に立って居ないと思う……』

 イリスに半殺しにされた自分の姿を想像して暗くうつむき、その真顔に苦笑するドロプウォート達。
 一方で、女子達は安堵も。
 恋敵として強大な存在である彼女に「出し抜かれる心配」が、今の所は無い様子に。
しおりを挟む

処理中です...