上 下
391 / 706
第六章

6-43

しおりを挟む
 呆気にとられる彼女たちを尻目に、ドロプウォートは気恥ずかしそうに顔を赤らめながら、

「だっ、だってぇ、これから向かうのは同人誌の総本山、フルール国ですわのよぉ! イリィが「同志となり得(う)る」か否かぁ、いかな嗜好が「琴線に触れる」のかぁ、気になるではありませんかぁ!」

 すると、
「プッ!」
 ニプルウォートが小さく噴き出し笑いをしたのを皮切りに、仲間たちは束縛から解放された様に笑い出し、

「へ?! え??! なっ、何ですのぉこの笑いはぁ???!」

 戸惑う彼女を前に、

『いやぁ~ドロプぅ~アンタぁやるさぁねぇ~アタシぁてっきりぃ♪』
『まさかぁ「この時宜」にぃ、流石のウチもそぅ来るとは思わなかったさぁ♪』
『ドロプさぁん、スゴ過ぎなのでぇすぅ♪』
『まったくにぃありんすなぁ♪』

 女同士のプライドを賭けた緊張の場は一転。
「え? え?? えぇ???」
 理解の追い付かない様子の彼女を置き去りに、明るい笑いに包まれ、その頃、筋書きのない愛憎劇に出演中のターナップは、

(もぅ勘弁してくれぇ~)

 オールアドリブでありながら、徹底したリアリティーを追及する演者兼監督チィックウィードからの厳しい演技指導の数々の下、いつ終わるとも知れない「生き地獄(おままごと)」に晒され、

(ラディの兄貴ぃ~助けてくれぇスぅ~)

 救いを求める視線を送ったが、飯の支度に取り組むラディッシュは、
(…………)
 済まなそうにサッと眼を背け、

(ゴメンなさいタープさぁん! 頑張ってぇ! 骨は、拾ってあげるからぁ)
(兄貴ぃ~そりゃ無ぇっスよぉ~)

 嘆きの眼をした途端、

『ヨソミはゲンキンなぉ! シュウチュウするなぉ!』

 チィックウィード監督からのダメ出しが。
(…………)
 精神的疲弊が著しいターナップ。

(姉さん方ぁ~早く帰って来て欲しいっスぅ~)

 空に向かって懇願していた時、イリスは少々お疲れモードで、
「・・・・・・」
 何かに、耳を傾けていた。
 彼女は、女子組から「推しの作家の作品」のプレゼンテーションを、代わる代わる受けている真っ最中だったのである。

 ドロプウォート(GL)、ニプルウォート(BL)、カドウィード(制服物)の順で、それぞれから神回(かみかい)を使った説明を受けながら「数ページ読む」を繰り返しながら、

(何がそんなに、イイのかぁねぇ~)

 今一つ心に響かない中、パストリスの番。
 仲間内からは「ハチミツに砂糖をまぶした様だ」と揶揄され、評判は芳しくなかったが、

(エルブの国の本屋さんで発掘したぁ、この新人作家「ユリユリさん」の本ならぁ間違いないのでぇす!)

 満を持してプレゼンテーションに挑み、熱く語り、そして尽くし、一仕事終えたような満たされた表情で、

『どぅ~でぇすかぁ、イリィ! そしてぇ皆さぁんもぉ♪』

 熱を以て語り過ぎ、少々呼気の荒いパストリスであったが、仲間たちは、
「ど、どぅと言われてましてもぉ……」
 ドロプウォートが口籠る一方で、ニプルウォートが少し青い顔して、

「ウチ、ちょっと胸ヤケが……大量の砂糖をまぶしたハチミツを煮込んで「更に濃縮した」みたいさ……」
「えぇ!? 何でぇなのでぇすぅ!」

 憤慨する彼女に、カドウィードも体調悪そうに胸元を擦りながら、

「聞いてる方が気恥ずかしくなるほどぉ……「ウブ過ぎ本」にぃありんすなぁ……」

「むぅ! ボクは皆さぁんの感性を疑うなのでぇす! 皆さんの心は穢れているのでぇすぅ!」

 パストリスは立腹したが、同志を求める彼女は「一転した笑顔」をイリスに向け、

「イリィは、どうでしたぁ♪」

 顔を寄せると、
「!」
 彼女は一瞬、ビクッとしてから、
「えっ、えぇ~と、さねぇ……」
 気マズそうに視線を逸らし、

「まっ、まぁ、好みは人それぞれ、さぁねぇ……」
『のぉ!!!?』

 慄くパストリス。
≪同志獲得ならず≫
 誰からの賛同を得られず、

「そぅ……なのぉでぇすかぁ……」

 寂しげに微笑んだが、この時イリスは、
≪ゴメンよぉ、パスト!≫
 何故、彼女が心の中で謝罪したのか。

 それは、プレゼンテーションされた数々の作品の中で、唯一心を、激しく揺さ振られたのが「彼女が推した本」だったから。
 イリスは、パストリスの同志としての扉を開いていた。
 イリスの心根は、パストリスと良い勝負の「無垢なる乙女」だったのである。
 無自覚に閉ざされていた彼女の扉は、今、「気付き」と「解放の時」を迎えたのであったが、

(いっ、言える訳が無いさぁねぇ!)

 その理由とは、
≪こんな「ガラッパチ」なアタシがぁ、何も知らない「純粋ド生娘」みたいな本がぁ、実は「大好物」だったなぁんてぇねぇ!≫
 当人が「自身のキャラ」を自覚しているが故に、そのギャップ差から打ち明けられずにいたのが真相であった。

 彼女は「目覚めてしまった嗜好」をひた隠し、
「ざぁ、残念ながらアタシの琴線に触れる本は、一つも無かったさねぇ~」
 聖典と気付いた本に対する罪悪感と、同志に対する自責の念に苛まれながら、表面上は平静を務めながら、プレゼンテーションの数々で凝った体をほぐす様に背伸びをしながら、

「さぁ~てぇ、そろぉそろぉ戻るとするさぁねぇ~」
「「「…………」」」

 些か残念そうな顔を見合わせるドロプウォート、ニプルウォート、カドウィード。
 パストリスと同様に、同志獲得とはならなかったから。

 しかし、内に隠した「秘め事」を晒した結果、イリスとの心の距離は確実に縮まり、

「ですわねぇ。チィちゃんが心配ですし、戻りましょうですわぁ♪」
「だなぁ。話し込んでたら、小腹が空て来ちまったしさぁ♪」
「旦様にぃ、焼き菓子でも用意して頂きんしょぅ♪」
「賛成なのでぇすぅ♪」

 女子組は、ラディッシュ達の下へ戻って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

僕の従魔は恐ろしく強いようです。

緋沙下
ファンタジー
僕は生まれつき体が弱かった。物心ついた頃から僕の世界は病院の中の一室だった。 僕は治ることなく亡くなってしまった。 心配だったのは、いつも明るく無理をして笑うお母さん達の事だった。 そんな僕に、弟と妹を授ける代わりに別の世界に行って見ないか?という提案がもたらされた。 そこで勇者になるわけでもなく、強いステータスも持たない僕が出会った従魔の女の子 処女作なのでご迷惑かける場面が多数存在するかもしれません。気になる点はご報告いただければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- プロローグと小説の内容を一部変更いたしました。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

処理中です...