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第六章

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 新装備を手にするラディッシュ達――

 どの装備が自分に用意された物であるかは、マネキンの体躯と装備を見れば一目瞭然であり、七人がそれぞれに新調された軽鎧などの装備を手にする中、
(…………)
 一人、そこはかとない疎外感を覚えていた人物が。

 それは、サロワート。

 とは言え昨日の今日、村にやって来た身でありながら、いきなり「装備をよこせ」と言う方が不躾であり、それが分かる彼女は愚痴の一つもこぼさず、鎧の試着に手間取っていたチィックウィードの傍らに屈み、

「どんクサイわねぇ、ちょっと貸してみなさぁい」

 笑みを交えた呆れ顔して着せ替えを手伝い、
「ほら、出来たわよぉ」
 ヤレヤレといった素振りを見せると、チィックウィードは笑顔で振り返り、

『ありがとなぉ、サロおねぇちゃん♪』

 その天使さながらの笑顔に、
(うぅ♪)
 母性本能を否応なし、直撃されるサロワートであったが努めて平静を装い、

「れっ、礼なんか要らないわよぉ、見ていられなかっただけよぉ!」

 不機嫌にソッポを向いた。
 しかしチィックウィードは、
「うん! ありがと、なぉ♪」
 照れ隠しを見透かした様な笑顔に、

「…………」
(もぅ、調子狂うわねぇ!)

 気恥ずかしさを覚えていると、

『お嬢さんやぁ』

 親方がサロワートの傍らに立ち、
「?」
「オマエさんが勇者様がたと、どんな縁を持ったかは知らぬがのぉ」
 おもむろに右手を差し出し、差し出された手を見た彼女は、

「え?!」

 戸惑った。
 そこには小さな花弁の集まった、愛らしい花をモチーフにしたペンダントがあり、自分の為に差し出された物であるのは明らか。
 しかし彼女には、受け取れる理由が無い。
 理由が無い故に、躊躇っていると、

「村の子供たちはのぉ、ワシにとって孫みたいなモンでのぉ。その孫たちが懐いているオマエさんにも、急ごしらえじゃが「何かを渡したい」と思うてなぁ。言うなれば、ワシのワガママじゃ」

 親方からの「それを理由に受け取りなさい」との気遣いであったが、

「でも……」
(地世の七草のアタシが……身分を隠しているアタシが、これを受け取っても……)

 罪悪感が受け取りを拒ませ、惑う中、

『よかったなぉねぇ、サロおねぇちゃん♪』

 チィックウィードの笑顔に、
(え……?)
 促される様にラディッシュを見ると、彼はニコリと笑い、
「…………」
 他の仲間たちも五者五様の笑みを見せていて、背中を押されたサロワートは意を決し、

『いっ、イイわぁ♪ そこまで言うなら貰ってあげるわよぉ♪』

 受け取りながら、照れ隠しの上から目線。
 何処までも「ツンデレ」を貫く彼女にラディッシュ達が苦笑する中、サロワートはペンダントをその場で首に掛け、よほど気に入ったのかポーズまでキメて見せ、

「どっ、どぅよっ!」
「サロおねぇちゃん、にあうなぉ♪」

 チィックウィードの笑顔の拍手に、

『当然よぉ♪』

 鼻高々笑って見せた。
 ツンデレサロワートの問題が解決を見た一方で、まったく別の問題を抱えた人物が、もう一人。
 新調された刀を前に、

(わっ、私はどぅしたらぁ?!)

 頭を抱え思い悩んでいたのは、ドロプウォート。
 新たに用意された刀が、使っている刀以上に素晴らしい逸品であるのは十分理解していたが、理解した上でなお、持ち替える事が出来ずにいたのである。
 理由は簡単。

 使っていた刀が、ラディッシュから貰った品だったから。

 しかし、これから先の戦いを鑑みるまでも無く、激戦を経て劣化が著しい刀と、新調された「性能も勝る刀」と、どちらを選ぶべきかなど子供でも容易く導き出せる答えに、彼女は悩みに悩み、やがて悩みの沼に深々はまり、冷静さを欠いた彼女が下した決断は、

(ワタクシも「双刀使い」に!)

 不毛なモノであった。
 百歩譲って、不器用な彼女が戦闘スタイルを二刀流に変えられたとして、武器が片方壊れかけでは何の意味も無く、病んだ笑みを浮かべるドロプウォートが、困惑笑いの仲間たちの前で二刀流の構えをしようとすると、

(ヤレヤレじゃのぉ~)

 苦笑の親方が、

「勇者様の刀はぁ「脇差に作り替える」のはどぅじゃ?」
「脇差に……?」
「まぁ一本使いの四大様にとっちゃぁ「御守り代わり」じゃろぅがのぉ」
「ッ!?」
(ラディの剣が「私の御守り」にぃ!?)

 眼がキラリ。
 正気を取り戻した彼女は「闇落ち」と言うより、「病み落ち」していた自身を恥じらいながら、

「よっ、よろしくお願い致しましてですわ……」

 古い刀を親方に静々と差し出した。
 それから数日、ラディッシュ達勇者組はインディカや村の駐屯兵たちに、剣術や体術、天技などを教え、時にはサロワートのワガママに、時には村の子供たちに振り回されつつも穏やかな時間を過ごしていた。

 しかし「巻き込まれ体質」のラディッシュ達が安穏とした日々を長く送れる筈も無く、穏やかな日常は何の前触れも無く、唐突に、容赦なく、終わりを告げる事となる。
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