上 下
371 / 649
第六章

6-23

しおりを挟む
 出現した魔法陣は禍々しい黒き輝きを放ちながら汚染獣たちを包み込むと、包まれた汚染獣たちは幾つものグループで融合を開始、
『触媒になる人間も無しに合成獣化ぁだってぇ!?』
『その様な事が可能でしたのぉ!?』

 ラディッシュとドロプウォートが驚きを上げる中、パストリスは悲痛な表情で、

『見ちゃダメなのでぇすぅ!』

 チィックウィードの顔を自身の胸に埋める様に抱き締め、体を使って彼女の視界を遮り、幼き少女の心を守ろうとした。
 瞬く間に合成獣化は完了し、四人の前に出現したのは、犬の様な頭を複数持つ「ケルベロス」の群れと、上半身が鷲で下半身が獅子である「グリフォン」の群れ。

 複数の獣が融合して形を成すモンスターの大群に、
(もぅ斬るしかない……)
 悔し気に、表情を歪めるラディッシュ。
 融合されてしまっては地世のチカラを浄化しても、一つの体に複数の命が存在する事になり、人間であれば理性的に共存の可能性を模索もできようが、合成されたのは人ではなく「異種の獣たち」である。

 一つの体でありながら互いを排除しようと攻撃し合い、一つの体を際限なく傷つけ合い、その先にある結果は火を見るよりも明らか。
 ドロプウォートは堪え切れぬ怒りから、

『何て酷(むご)い事をしてしまいましてですのぉ!』
『でぇすでぇす! これじゃラディさんにも治せないのでぇす!』

 パストリスもチィックウィードを抱き締めたまま怒りを露わにしたが、サロワートは合成獣の群れの最後陣の、倒壊した家屋の屋根で腕組みし、

『アンタ達ぃ馬鹿じゃないのぉ♪』

 余裕の笑みで仁王立ちしながら、
「アタシは「地世の七草」よぉ?! 敵を倒すのに手段を選ばないのは当然じゃない♪」
 後ろ髪を一撫ですると、

『さぁ、ケルちゃん、グリちゃん達ぃ! ヤツ等をやっつけちゃいなさぁい♪』

 右手をかざして殲滅を指示し、ドロプウォート、パストリス、チィックウィードが武器を手に身構えたが、その一方で、
(本当にそうなのかな?)
 微かな違和感を覚えたのはラディッシュ。
 違和感の正体を突き止めようと思い立ち、

『僕が行くから二人はチィちゃんをお願い!』
(((?!)))

 惑う三人を置き去りに一人、迫り来る合成獣の群れに向かって駆けながら、

≪我がチカラァ! 内なる天世のチカラを以て眼前の脅威を打ち払わぁん!≫

 その身を白き輝きに包み、右手に天世の天流虚空丸、左手に地世の地流閻魔丸を持ち、
「「「!」」」
 三人の心配を顧みる素振りも見せずに突進して行った。
 その姿を、合成獣たちの最後陣で、余裕で見ていたサロワート。

(へぇ~単なる「顔だけイケメンか」と思ったら、意外に「男の子」を見せるじゃない♪)

 しかし次の瞬間、
(ッ!?)
 彼女の余裕は引きつった。
 首元にピタリと当てられた、天流虚空丸の怪しく光る刃に。
 ラディッシュに握られた自身の命に、小さく息を呑みながらも努めて平静に、

「アンタの気弱に惑わされて忘れてたわぁ。アンタが、あの「グラン・ディフロイス」に一目置かれて、その二対の剣を渡されてたのをねぇ」

 自嘲気味に小さく笑い、
「さぁ斬りなさい。アタシの油断に二度目は無いわよ」
 するとラディッシュは、彼女の表情を見ない意図があってか顔を伏せつつ、刃先は首元に当てたまま、

「一つだけ訊きたい事があるんだ」
「何かしらぁ?」

 問いつつも、
(どぅせ「地世の情報」とかぁ「七草の情報」とかぁ「プエラリアの情報」とか、そんな事を聞かせろとか言うんでしょ……まぁ、話すつもりなんて毛頭、)
 無いと思った矢先、ラディッシュの質問に彼女はギクリとした。

「どうして合成獣化の触媒に、人間を使わなかったの?」
(!?)
「人間が持つ変則的思考が欠落した合成獣なんて、幾ら揃えても汚染獣と変わらないのが分からない筈がないよね?」
(こいつ……)
「それにサロワートさんさぁ……村の子供たちが襲われそうになったあの時、「アタシが来る前に」って、言ってたよね?」
(!)
「あれって僕達が間に合わなかったら、自分で子供たちを守るつもりだったって意味じゃないの?」

 するとサロワートは自身の命を握られた立場にありながら、

『ばっ、馬鹿じゃないのぉ!』

 ラディッシュの考えを一笑に付し、
「おっ、思い違いも甚だしいわぁ! て、敵であるアタシに何の得があってぇそんな事をぉ!」
 赤い顔して強く否定して見せたが、それは「怒り」と言うよりも「羞恥」の誤魔化しにしか見えず、
(やっぱりこの人は、優しい人なんだ)
 ラディッシュは抱いていた感覚に、確信を持った。

 しかし彼女が次に発した迂闊な発言が、好感を持ち始めてくれていた彼の怒りを買ってしまう事になる。
しおりを挟む

処理中です...