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第六章

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 どれ位の時間が経過したであろうか――
 
 暗闇の中の、モヒカン頭。
 眼を閉じたまま、
(ここは何処だ……誰かの声がしやがる……)
 聞こえ始めた声は次第にハッキリと、

「タープさんにいきなり殴りかかるなんて、無謀な人も居たもんだねぇ~」
「まったくですわぁ~」
「でぇすでぇすねぇ~」
「そうかぁい? ウチはドロプに殴り掛からなかっただけ、まともな神経をしてると思うさぁ♪」
「ほんにぃ、そぅでぇありんすなぁ♪」
「どう言う意味ですのぉニプル、カディ!」

 ターナップが司祭を務める教会内の、礼拝に参加する者が集う身廊(しんろう)と呼ばれる会衆席(かいしゅうせき)でラディッシュ達が笑い合い、意識を失った状態で席に横たえるモヒカン頭の頬を、チィックウィードが突いてイタズラしていると前触れなく、

『オレっちはぁ「女ごとき」に手出しはしねぇっ!!!』

 モヒカン頭が絶叫しながら跳ね起き、
((((ごときぃ!))))
 瞬間的にムッとするドロプウォート、ニプルウォート、カドウィード、パストリスであったが、彼は不穏な空気を気にする風もなく、困り顔するターナップを視界に入れるや姿勢を正し、イカツイながらも毅然とした物言いで、

「オレっちぉ名は「インディカ」ぁっスぅ! パラジットの北のアクア国から来た「インディカ・ニンフォイデス」っスゥ! ダチは「インディカ」って呼ぶっスぅ!」

 豪快に頭を下げ、

『オレっちの負けっスゥ、タープの兄ぃ!』
((((((勝ちぃ負けぇ?))))))

 事情が見えないターナップとラディッシュ達。
 戸惑いを隠せず、困惑顔を見合わせていると、インディカが気合の入った眼差しで、

「オレっちぁ一般人でありながら素手ゴロ一本で「勇者一行の一員」にまで上り詰めたタープの兄ぃの武勇伝を国で聞きつけぇ、居ても立っても居られズぅ、漢を上げる為に来たんス! なのにオジキと来たらオレっちに「坊主の下働き」ばかりさせてぇ! どしたら稽古をつけてくれるか聞いたらぁ、タープの兄ぃから一本取ったら「稽古を付けてやる」って言われやしてぇ!」

 原因の全てが「祖父にあった」と知る孫。
 苦々し気に、眉間にシワを寄せ、

(あんのぉクゾジジィ!!!)

 怒れる一方で仲間たちが苦笑を浮かべ合っていると、ラディッシュがおもむろに、
「ねぇ、タープさん」
「な、なんスかぁラディの兄貴、あらたまって?」
「村にはまだ数日居る予定だから、その間だけでも彼に稽古を付けて上げたら?」
「えぇ?! マジっスかぁ?」

 露骨にイヤそうな顔をするターナップではあったが、慕う兄貴分にそこまで言われては断る訳にはいかず、
「まぁ、ラディの兄貴が言うならぁ」
 渋々承諾しようとすると、インディカがヤンキー張りのイキ顔で、

『あぁんだぁテメェは、タープの兄貴に向かってエラっそうにぃ!』

 不快感を露わ、
「あぁ~テメェかぁ~オレっちの国にも噂は届いてるぜぇ~」
 小馬鹿場にした笑みさえ浮かべてラディッシュを見下ろし、

『異世界勇者の立場を乱用してぇ女と見れば見境なし、戦いとなりゃぁ女に戦わせて高みの見物を決め込む「ゲス勇者」だってぇなぁ!』

 男尊女卑の発言の発言に加え、ラディッシュに対する「歪んだ私見」を披露した途端、ターナップやニプルウォート達がキレるより早くインディカは、

「なっ!?」

 胸倉を右腕一本で掴まれ、教会の窓を突き破る勢いで軽々外に投げ出され、
(男のオレっちを細腕一本で、だとぉ?!!!)
 空中で器用に体勢を立て直して着地し、

「クッ!」

 悔し気に奥歯を噛み締め顔を上げ、投げた相手を睨み付けた。
 すると、

『何処に「ゲス勇者」などが居りましてですの』

 軋みを上げ開く教会の扉の奥から、ゆらりと出て来たのはドロプウォート。
 その冷徹なまでに「凍てついた眼差し」は処刑人の様であり、射貫くように睨まれたインディカは、余談を許さぬ絶対的圧倒的存在感を前に、
(なっ、何なんだぁこの女ぁ?!)
 思わず息を呑んだ。
 そして今更のように気付く。

(きっ、金髪碧眼ってぁ、まさかぁ不幸を運ぶ英雄ぅ! せ、先祖返りかぁ!!!?)

 彼女が徐々に近づくにつれ、足はすくみ、呼吸もままならず、
(こ、殺されるゥ……)
 それは腕っぷし一本でのし上がって来た彼が初めて知る「不可避的恐怖」。
 己の手の届く距離まで近づかれたにも関わらず、

(お、オレっちの体が動きやがらなぇ!?)

 立ち上がる事さえ出来ずにいると不意に、
『『『インディカ兄ちゃんをイジメルなぁ!』』』
 村の子供と思しき幼子たちが駆け付けて来て、怒れるドロプウォートからインディカを守る為、身を挺するが如くに立ちはだかった。
「お、オメェら……」
 幼子たちが見せた気概に、驚くインディカ。

 しかし、怒りの炎が消える様子を見せないドロプウォート。
 いつもであれば「幼子たちの気骨」にスグさま目を細め、怒りを鎮めそうなものであるが、今日の彼女の怒りようは尋常ではなく、身を挺する幼子たちが震えているのもお構いなしに、幼子たちの背で守られるインディカを明王の如き「憤怒の眼差し」でしばし見下ろし、平静な口調ながらもそこに確かな怒りを滲ませながら、

『次はありませんのですわ』

 背を向け、ゆっくりと遠ざかり始めた。
「…………」
 極度の緊張状態から一気に解放されるインディカ。
 子供たちからの励ましも耳に入らない様子で地面に両手を付き、

(お、オレっちが……何も出来ずに女に負けた……だと……?!)

 戦わずしての敗北を知り、自身が「井の中の蛙」であったのに気付くまで、極度に偏った思考を持つ彼でもさほど時間を要しなかった。
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