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第五章

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 アルブル国での戦いではラディッシュとの直接共闘の機会が無く、戦う様を見るのは今回が初めてで、しかも天世で目にしていた姿は「気弱な家事好き」。
 ともすれば勇者としての実力さえ疑ってしまいそうな姿ばかりであったから。
 そんな彼が見せた実力の一端に、

((((((((す、すごい……))))))))

 素直に感嘆した。
 絡まり合った人狼たちが、のたのたと起き上がるさまを見据えるだけの背中すら勇ましく見え、

((((((((…………))))))))

 敬服を以て見つめていると、その「勇猛な背中(※彼らの心の眼で美化)」は、
「ねぇ、スパイダマグさぁん♪」
 呑気な笑顔で振り返り、想像と現実の落差から、

「なっ、何でぇしょ?!」

 思わず調子の外れた声で問うと、

「合成獣も、ごみ箱に入れれば「地世に届く」のかなぁ?」
「「「「「「「「へ?」」」」」」」」

 キョトン顔のスパイダマグと隊員たち。
(あれ? 僕、ヘンな事を言っちゃった?!)
 呆れられたと思ったラディッシュは取り繕うように、

「だ、だって地世に繋がってるんでしょう?!」
「あ、はい、確かに繋がって……いえいえ、そうではなく!」
「?」
「何故に、斬り捨ててしまわないのですかぁ?!」
「どうして?」
「え?! いえ、どうしてとは???」

 当然の事として問い返すスパイダマグに対し、ラディッシュの答えとは、

「変化(へんげ)しちゃって正気は失ってるけど、元は普通の「人間と動物」でしょ?」
((((((((!))))))))

 「目から鱗」的な衝撃を受けるスパイダマグと隊員たちを前に
 、
「それに、天世の誰かに怪我をさせた訳でもないし?」
((((((((…………))))))))

 価値観の違い。
 そう言ってしまえば「身も蓋も無い話」ではあるが、彼らは悟る。
 ラディッシュにとっての善悪とは「生まれ」や「考え方」ではなく、

≪そのモノ(者・物)が何をしたか≫

 その一点に尽きる事を。
 とは言え、スパイダマグたち親衛隊が元老院から日常的に厳命されて来たのは、

≪地世にまつわる物「一切が悪」であり全て灰燼に帰せ≫

 使命と人情の狭間で揺れ惑っていると、

『もしかラディの考えを「改めさせよう」などとお考えでしたら無駄な事ですわ♪』
((((((((?!))))))))

 ドロプウォートが苦笑を浮かべ、

『まぁ、そう言う事さぁ。コイツはこう言うヤツなのさぁ♪』
((((((((!))))))))

 ニプルウォートもヤレヤレ笑いを浮かべると、パストリス達も困惑を交えた笑みを浮かべながら大きく頷き、
「ちょ、ちょっとみんなぁソレどう言う意味なのぉ?」
 ラディッシュが腑に落ちない顔を見せると仲間たちは一斉に笑い合い、スパイダマグたち親衛隊は一枚布で隠した素顔で、

((((((((確かに合成獣であろうと元は人間……))))))))

 互いに物言いたげな視線を交わし合い、
(その手が血に染まっていないのなら、地世の世界に送るのが人としての道理……)
 頷き合うと、部下たちにも異論が無いのを理解した隊長スパイダマグは、

「勇者殿方! 我ら親衛隊がごみ箱に天技を加え、投入口の拡張を行いましょう!」

 ごみ箱に両手をかざすと、隊員たちも同様に続き、
≪天世より授かりし恩恵を以て我は願う!≫
 揃って前小節を唱え、
≪拡張!≫
 するとごみ箱の投入口に、小さな竜巻の様な渦が逆巻き始め、

『今です勇者殿ぉ!』
「ありがとう、スパイダマグさん!」

 ラディッシュは「身構える人狼」の一人に反撃の隙を与える事なく瞬時に距離を詰めると首根っこをムンズと掴み、

「バイバイ♪」

 渦に目掛けて軽々放り込み、続けてドロプウォートやニプルウォート達も、

「悪さは許しませんのですわ!」
「達者で暮らすのさぁ!」
「サヨナラなのでぇすぅ!」
「御達者で、なのですわよ!」

 ターナップだけは、未だ眠るチィックウィードが背に居るので作業に参加しなかった。
 出現した人狼の全てを放り込み、投入口を拡張させていたスパイダマグ達も術を解除し、ごみ箱は何事も無かったかのように元に戻り、事態は大ごとにならず一応の解決を見た。
 しかし、
「…………」
 その様子を、物陰からじっと窺う何者か。
 口元を不機嫌に歪め、
「チッ」
 小さい舌打ちを一つすると、足音を忍ばせながらも足早に立ち去った。
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