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第五章

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 後日――

 復興作業の引継ぎを、現場スタッフと早々済ませたラディッシュ達。
 久々のエルブ国帰国の喜びも束の間、いくつかの手提げカバンとリュックを各々背に、勇者召喚の折に使われた大鏡の前に立ち、ス パイダマグの導きの下、
「では、勇者様方、行きます」
 強い輝きを放つ鏡面に吸い込まれ、眩んだ目に視力が次第に戻ると同時、

「「「「「「「!」」」」」」」

 目に飛び込んで来たのは、柱頭(ちゅうとう)や柱身(ちゅうしん)に、古代ギリシアを彷彿とさせる加工が施された柱と、磨き上げたての大理石の様な壁に囲まれた、神殿風の一室。

 全てが異様な純白の輝きを放ち、現実感を抱かせない光景に、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 出て来た大鏡を背に絶句していると、

『『『『ようこそいらっしゃいました、勇者様御一行の方々』』』』

 一枚布で素顔を隠した白ローブの男女が恭しく頭を下げ、

(((((((だれ?!)))))))

 唐突な登場に呆気に取られていると、
「この者達は「衛生局」の者です。因みに衛生局とは、天世における「地世の影響」を監視するのが主な任で、天世人以外の者が天世に入る際の「浄化の儀」なども行っております」
 スパイダマグが当然の話の如くに解説したが、何をされるか分からない七人は逃げ場の無い一室で、

「「「「「「「ジョウカのギぃ?!」」」」」」」

 思わず後退り。
 すると、
「御心配なさらずとも大丈夫ですよ、勇者様方」
 スパイダマグは安心を促す声色で、
「儀式と言っても天技を用いて、服や体の表面に付いた「地世の影響」を祓い落とすだけですので」
 そうは言われても初体験の事に不安は拭えず、

「「「「「「「…………」」」」」」」

 戸惑い顔を見合わせる七人であったが、結局された事と言えば衛生局の男女に手をかざされた程度で、体に感じる「痛み」や「違和感」と言った物は皆無で、
「「「「失礼致しました」」」」
 職員たちは「浄化の儀」を早々に終えると、静々と部屋を後にし、

「では此方らです、勇者様方」

 スパイダマグは職員たちが出て行った方とは別の扉へ促した。

 導かれるまま、
「「「「「「「…………」」」」」」」
 ただ後に続くラディッシュ達。
 部屋から出ると、そこは中庭に面した回廊。

 中央には、暖かな陽の光に照らされキラキと輝く噴水が見え、何処からか小鳥のさえずりも聞こえて来る。
 その光景は、宗教画の「天国」を彷彿とさせる穏やかさ。
 戦場や窮状など、ここしばらく殺伐とした光景ばかり目にして来たラディッシュ達は久しく忘れていた安穏とした情景に目を細め、
「天世の街並みも、きっと綺麗なんですよねぇ」
 するとスパイダマグは申し訳なさげに巨体を縮め、
「その……町への外出は許可が下りず……誠に……」
(((((((…………)))))))
 頭を下げつつ、お茶を濁すように、
「元老院の方々がお待ちですので」
 しかし、

(元老院の方々?)

 素朴な疑問が湧くラディッシュ。
 他意無く、

「あの……「百人の天世」の人達には?」
「!」

 一瞬、ギョッとした動きを見せるスパイダマグ。
 ドロプウォート達も「言われてみれば」と思い、固まる彼に視線を向けると、

「みっ、皆様はぁそのぉ「百人の天世人」としての公務が忙しく、どうしてもと仰るなら日を立てて、そのぉ改めてぇ」

 もっともらしい言い分ではあったが、その物言いは「裏に何かある」と言っているようにしか聞こえず、不穏を察した七人は「これ以上の面倒ごとは結構」と言わんばかり、

『『『『『『『いえ、ダイジョウでぇすぅ』』』』』』』

 即答の丁重で、お断り申し上げた。
「…………」
 あからさまな拒否反応的「御断り」に、軽いショックを受けるスパイダマグ。
 とは言え、内心ではホッとしてもいた。
 何故なら真実の理由として、元老院の御歴歴から「ラディッシュ達」と「百人の天世人」の接触を、固く、厳しく禁じられていたから。

(い、言えない……元老院の方々に、天世の表(おもて)の象徴たる「百人の天世人」の中から、中世に毒された第二、第三のラミウム様やハクサン様を生み出さない為の、毒虫扱いで面談を禁じられたなどと……)

 コマクサの苦虫を噛み潰したような不愉快顔が脳裏をよぎったが、ラディッシュ達とのこれからの「良好な関係構築」の為、あえて素知らぬフリして平静に、

「今から訪れる場所は式典会場でこそありませんが、元老院の方々が公議を行う場として使用している「公(おおやけ)の議場」なのです」

 あくまで「貴賓扱い」であるのを強調した上で、
「ですから、その……」
 ラディッシュ達を上から下から舐め回すように、とある意図を以て見回し、

「「「「「「「ん?」」」」」」」

 何事かと首をひねる七人に、
「御召し物を、その……」
(((((((!)))))))
 暗に着替えを促した。
 しかし、

「「「「「「「…………」」」」」」」

 スパイダマグの着こなしを訝し気に見つめ返し、全身を覆うヒラヒラとした一枚布に、
((((((なんかイヤだ……))))))
 仲間たちと同意のラディッシュは、一応の気遣いと共に総意として、

「そのぉ……やっぱり(ソレに)着替えないとダメですかぁ?」
「ダメです」

 作り笑顔から発せられていると思しき即答に、
「……どうしても、」
『ダメでぇす』
「「「「「「「…………」」」」」」」
 拒否権は「無い」と悟る。

 仕方なく、用意された二部屋に男女分かれて渋々足を踏み入れると、そこには「お世話係」と思われる、一枚布で素顔を隠した従者の方々が手ぐすね引いて、準備万端待ち構えていた。
 その気迫に、

「「「「「「「…………」」」」」」」

 気圧される勇者一行。

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