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第五章

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 では何故パラジクスが消滅するまでに至ったのか――

 話は、ラディッシュ達に執拗に付きまとっていたスパイダマグ達が姿を消して後に遡る。
 窓を閉ざす板の隙間から薄く差し込む陽の光により、辛うじて視界の利く程度の明るさを保っている、とある一室。
 ひと気の無い、白漆喰を基調にしたその部屋に、扉を開け、何者かが入室して来て静かに扉を閉めるなり、

『遅いですね』

 神経質そうな、加えて少し憤慨している苦言が、誰も居ない風に思えた室内から上がった。
 いつからそこに居たのか、薄暗い室内の更なる闇の中から、両眼をつぶり黒ローブを纏った短髪男が姿を現し、服装から推測するに「地世の関係者」であるのは明らかであったが、入って来た何者かは慄く素振りも、驚く素振りさえ見せず、
「…………」
 黙して語らず、その者の様子に、短髪男はまるで姿が見えているかのように、
「今さら何を躊躇っているのです。賽は既に投げられたのです。いい加減に腹を決めるのです」
 何かしらの決意を迫った。
 しかし、
「…………」
 それでも応えない何者かに彼は、

『後戻りが出来る等と……』

 仄暗い物言いでゆっくりと眼を開けながら、

『思っているのですか?』

 鋭く睨んだ。
 血のように赤黒い、汚染獣の様な両眼で以て。

 復興作業中のラディッシュ達が忙しくも和気あいあいした日常を送っていた頃、彼ら彼女たちの知らぬ所で、不気味な胎動を始める、とある企て。
 その一方で、

『お待ち下さァい、コマクサ様ぁ!』

 何者かの背を懸命に追い呼び止めるのは、ラディッシュ達の下を一時的に離れたスパイダマグ。
 すると「コマクサ」と呼ばれた「白ローブ姿の男性」が苛立ち露わに立ち止まり、振り返るなり、

『クドォイ!』

 迫力十分に激昂。
 見た目年齢的には「高齢の域」ではあったが、年齢にそぐわぬゴツイ体躯と坊主頭が威圧を増すのに一役買い、

「そもそもが何故に「天世人でもない連中」を天世に招き入れ、わざわざ謝意など伝えねばならぬのだッ!」

 怒りの火勢は更に増し、

「ウヌの執拗な申し出に折れて召喚要請までしてやったにも関わらず「来ぬ」は彼奴(きゃつ)らの責であろうがァ!」
「畏れながら申し上げます!」

 スパイダマグはすかさず駆け寄り跪き、
「ですが何度も申しております通り! 勇者殿方が来られぬは、天世の庇護下にある「アルブル国」を近隣諸国の脅威から守る為に奔走されて居られるからであり、加えて「百人の天世人の席」を、いつまでも空座にしておく訳にはいかず! ラディッシュ殿にはこのほど「天世を守った功績」を以て正式に、」
 しかし、

『勇者どもが天世を守るは「当然」であろうがァ!』

 コマクサは一蹴。
「しっ、しかしながら!」
 食い下がるスパイダマグは、
「ハクサン様の御乱心は、既に中世の人々の知る所であり! この上さらに天世を守った勇者一行に「謝意まで伝えなかった」などと知られる事になると、」

『下賤の輩に下げる頭など天世にはないワァ!』

 素気無く一喝され、
(ならば!)
 尚も食い下がり、

『礼を尽くさねば失笑を買うどころか、天世人を屠れるチカラを持つ彼(か)の者たちが、地世側についてしまうやも知れませぬぞ!』
(!)

 脅しを用いると、これには頑なであったコマクサも流石に動揺を見せ、
「クッ!」
 意地と実利を天秤にかけ、出した答えは、
 バァン!
 過剰な勢いで扉を閉め去り、意固地の勝利。

「…………」

 跪いたまま、閉ざされた扉を見つめるスパイダマグ。
(このままでは中世の人々の天世に対する信仰が揺らぎかねない……しかしそれ以上にラディッシュ殿を……)
 一枚布で隠した素顔の口元を焦りで歪めていると、

『コマクサ殿の頑固にも困ったモノですわねぇ』
(!?)

 背後から穏やかな、品を感じさせる女性の声が。
 振り返ったスパイダマグは平静に、
「お見苦しい所を御見せ致しました、チョウカイ様」
 恭しく頭を下げ、そこに立っていたのは、白いローブを纏い、穏やかな笑みを浮かべる、品格を形にしたかの様な年配女性であった。
 彼女は変わらぬ笑みと穏やかな口調で、

「彼の言動は手厳しくもありますが、全ては「天世の安寧」を思えばこその裏返し。それは理解して下さいね、スパイダマグ」
「ハッ。それは重々理解して居るつもりです。しかしながら……」

 視線を落とすと、
「貴方は、中世の人々の「信仰心の揺らぎ」を懸念しているのでしょう、スパイダマグ?」
「はい……」
 静かな頷きに、チョウカイは同調する様な小さなため息を吐き、

「確かに天世の安寧は、中世の人々の信仰心によるところが大きい……故に貴方の懸念は最もで、我が元老院でも「強制力を以て勇者殿方を招く」か、意見が割れている所でもあります」

 するとスパイダマグは彼女を見上げ、
「失礼を承知で伺います、チョウカイ様。元老院の実質二番手であられる貴方様の御考えは如何に?」
 その問いに、彼女は微笑みながら、

「元老院に、序列は存在しませんよ、スパイダマグ」

 優しくたしなめ、

「しっ、失礼致しました!」

 慌てた様子で頭を下げると、クスッと笑い、
「そうですね、コマクサ殿には怒られてしまいそうですが……」
 たおやかな前置きをしてから、

「私も「謝意を伝える」のは、良い事だと思います。招くに、乗り越えなければならない問題が幾つかあるのもまた事実ですが」
(!)

 同じ考えを持つ重鎮の存在に、スパイダマグが感激した様子で顔上げると、
「助けられておきながら感謝を伝えないのは「薄情」と言うモノ。そうは思いませんか?」
「チョウカイ様……」
「ならば、攻め手を変えてみては如何かしら?」
「攻め手、で、ありますか?」
 チョウカイは彼の耳元に何事か囁き、

「なんと!」

 スパイダマグは目から鱗の驚きを見せた。
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