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第五章

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 不意を衝かれた形となり、
「え、えと……貴方はぁ?」
 思わず素で尋ねると、その人物は何かしらの要人であるのかクスキュートが話に割って入り、
「中尉は「評議会」を知っているかね?」
「は、ハイ。王政廃止に伴い新設された「円卓会議」と聞いております。王族に替わり国政を担うと言う……」
 話の流れから、

「もしかぁ円卓会議の評議員のお一人ぃ?!!!」

 一介の軍人でしかないミトラにとって、正に雲の上の存在。
(しっ、しまったぁ~思わず一般人相手の話し方で聞いちゃったぁあぁ~)
 心の中で後悔してみても後の祭り。

 しかしその人物は神経質そうな面立ちと相反し、小さな笑みを浮かべると、スッと立ち上がり、
「私は円卓会議の評議員の一人、ミナーだ。英雄ミトラ君」
 差し出された右手を、
「とっ、とんでもありませぇん!」
 咄嗟に、条件反射的に右手で取ったが、

「えっ?! 英雄?」

 キョトン顔を見せると、
「なんだ? 君は自身の「世間での評価」を知らないのかね?」
「へ? え?? 世間での評価???」
「君は、我が身の危険を顧みず子供たちを守ろうとした英雄として、元共和国の一員であった近隣諸国で有名人なのだよ?」
「じっ、自分が、で、ありますかぁ?!」
 半信半疑でクスキュートを見ると、彼も静かに頷き同意を示したが、

(…………)

 救えなかった子供たちの顔が脳裏をよぎり、
「自分には……「英雄」などと呼ばれる資格が……」
 ミトラの胸は小さく痛んだ。
(自分は誰一人、救えていない……双子だって結局はアルブル国のカデュフィーユ殿が……)
 視線を落とすと、

『顔を上げなさい、少佐』
「しょ、しょうさ???」

 あげた顔にミナーはニッと笑い、
「今日から君は「少佐」だ。そしてクスキュート君も、本日付けで「大佐」となった」
「?」
 頭の理解が追い付かず、反射的にクスキュートに振り向くと、彼は毅然とした表情で、
「冗談ではない。昨日行われた円卓会議で、満場一致で決まった結論だそうだ」
 大尉を飛び越えての二階級特進に、

(そんなのを受ける資格は自分に無い!)
『自分は何も!』

 成し得ていない事を理由に辞退しようとしたが、

『これは決定事項だ!』
「!」

 強めに断じるクスキュートに、ショックを隠し切れない様子で下を向くと、ミナーが静かに歩み寄り、
「君が「拝命を受けるのは恥」と思う気持ちは分からなくもない」
 いきさつを知っている口振りで、落ち込む彼の肩にポンと手を置き、

「ならば、それに足りる働きをしなさい」
「……自分は……何をすれば……」

 苦悩から解放される術を尋ねると、昇進の「めでたい席」で表情を曇らせるミトラの前にクスキュートは書類束を差し出し、
「貴君には本日より、故国の「戦争の後始末」を頼む」
「後始末……で、ありますか?」
 意味が分からない様子の彼に、ミナーは言葉足らずを補足する様に、
「具体的には、アルブル国や元共和国の一員であった近隣諸国との「賠償交渉」などにおける、橋渡し役を担ってもらいたいのだよ」
(!)
 なるほどと思うミトラ。

 損害を被った国々との交渉において、好感を以て受け入れられている彼が担当となるのは、相手国側の心証からも正に適任。
少佐への昇進も、パラジット国が「彼を評価している」とのアピールにも打って付けであり、他国との交渉における体裁を取り繕ったと瞬時に理解した。

 ある意味、交渉を円滑に進める為の「お飾り」。
 
 しかしミトラは、
(人形になるつもりなど毛頭ない!)
 顔には出さず、決意を新たにした。

 故国の思惑が何であれ、それこそが短い生涯で終える事になってしまった子供たちに対する、無慈悲に子供を奪われた遺族の方々に対する、自らが出来る「贖罪である」との考えに至ったから。

 拝命を受諾して後、「引き籠り」であった彼の生活は一変した。

 従属国扱いをしていた元共和国の国々との賠償交渉や、近隣諸国との信頼構築に奔走し、孤軍奮闘するミトラ。
 忙しくも充実した日々を送り、その働きは、パラジット国を支配下に治めたアルブル国にとっても非常に有難いものであった。
 通例ならば自国も被害を被りながらも宗主国として、加害者国と被害者国の間に立ち、恨みを多分に含んだ罵詈雑言飛び交う場を、両国の言い分をバランスよく取りまとめながら、交渉を円滑に進める責があるのだが、今のアルブル国は正直な話として「尻拭い交渉」などに長々と付き合っている余裕は無かったのである。

 その理由は、アルブル国の現王が若くして突然に崩御してしまったから。

 王位継承権を唯一に持つ、年端も行かぬ幼い王子を残し。
 王都アルブレスに建つ王城内は、上を下への大騒ぎであったが、それはあくまでアルブル国の事情。
 パラジット国の代表として周辺諸国と交渉に当たるミトラにとっては、関係のない話で、宗主国アルブルから漏れ聞こえる混乱を耳にしつつも、変わらぬ忙しい日々を送っていた。

 そんな彼の下に、耳を疑う話が。

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