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第四章

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 ゆっくりと歩きながら、白き輝きを放ち近づくラディッシュとドロプウォート。
 徐々に人の姿に戻る、自身の血にまみれたハクサンの傍らに立ち、
「「…………」」
 二人は別人格の様な「無慈悲な無表情」で彼を見下ろすと、

「「ラミィが魔王を生み出したって、どう言う事? ボクのお陰で「死罪を免れた」ってナニ?」」

 しかし虫の息のハクサンは今にも消えてしまいそうな物言いで、
「何だよ、その蔑んだ眼は……」
 血まみれの顔を悔し気に歪めながら、
「部分的に優れているからって、何だって言うんだ……トータルで優っているのは、ぼくぅで……だから元より一位……なの……は……ぼぉ…………」
 死を間近に迎えた様に、薄紫色の虹彩から徐々に光を失い、生命活動を停止していくに合わせ、

((ラミィの情報がまた……))

 二人の輝きも収まって行き、それに反比例するが如く、いつもの穏やかさを取り戻していったが、彼と共に過ごした日々が、怒りが、悲しみが、寂しさが、後悔が、
((ハク……))
 様々な感情が入り混じり、命が消え逝く彼を複雑な思いで見つめた。
 すると、

『ワレが気に病む必要はない』
((!))

 疲労の色が濃いサジタリアが歩み寄り、
「此奴(こやつ)が言っていたように、天世人が死を迎える事は無い」

「「え?!」」

 そこへ、疲弊しながらも、変わらぬ愛らしい笑みを浮かべたグラン・ディフロイスも歩み寄り、
「ホント、迷惑な話で魂が一時的に休息するだけで、また復活するんだよ。まったく厄介な話だよねぇ♪」
 愛らしい辟易顔に、ラディッシュは「遣る瀬無い(やるせない)疑問」を持った。

(天世の人が誰も「死なない」なら、ハクさんのした事の意味っていったい……)

 その憂いに、

『無意味と思うか?』

 問い掛けて来たのはサジタリア。
「中世人は死ぬと言うに天世人が死なぬを、ワレは不公平と思うか?」
「え、えと……」
 即答は出来なかった。

 その様な事など、考えもしなかったから。
 それでも感じた「何か」を伝えようと、
「その……不公平かどうかは、何て言えば良いのか分からないですけど……でも生きていればこそ出来る事って、あると思います」
 するとグラン・ディフロイスがクスッと小さく笑みを浮かべ、

「ホント、本来、死ねば一度で済む程の苦しみを、恐怖を、苦悩を、ハクサンくんに滅ぼされた後の文明の中で、幾度となく味わう事と引き換えにしても?」
「え?」

 サジタリアが補足する様に、
「かりそめの平和にあぐらをかき、己の研鑽を忘れた今の天世人にとって、それはもはや永遠とも思える「苦難の日々」であろうな」
「「!」」
 ギョッとするラディッシュとドロプウォート。

 ハクサンのやろうとしていた行いが、死を許されぬ天世の人々に対する、「殺戮」さえ易しく思える程の、永続的な「苦悩と苦痛」を与え続ける事にあると理解したから。

 彼が心に抱いていた天世に対する「心の闇の深さ」に、背筋が寒くなる二人。

 しかしその様な危険人物が、いつかは復活を遂げる。
「「…………」」
 言い知れぬ不安を抱くラディッシュとドロプウォートであったが、

『心配には及ばん』

 サジタリアは平静に、
「此奴は魂が休息を終えるより前に天世で拘束し、永久(とわ)に封印され、再び陽を目にする事はもはや無い」
 断言した上で、
「それより今は……」
 ハクサンが天世を破壊する為に作り上げた装置を怪訝な鬼瓦で見上げ、
「先ずは、この物騒な物を破壊せねばな」
 すると、

「!?」

 何者かが立ちはだかった。
 鬼瓦の眉間に深いシワを寄せるサジタリア。
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