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第三章

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 奮戦するラディッシュ達――

 力量の劣るプルプレアはラディッシュ達の足を引っ張らない様、住人たちの避難誘導に死力を尽くしていたが、彼の言っていた通り、村と言っても規模は町に等しく、人口もそれに比例して多く、いかに六人が有能であっても全てを守り切れるものではなく、また安全な場所への誘導も容易ではなかった。
 その様な「混乱の渦」と化した村の惨状を、

『ケェーケッケッ!』

 高台から下卑た高笑いで見下ろすのは、スキンヘッドが特徴的なカリステジア。
「(本物の)アルブリソの使者を始末してなりすましてぇ、軽ぅ~く(ビフィーダを)煽っただけでぇこの惨劇だぁ!」
 愉快そうに手を叩きながら、
「アレ(スパイダマグ)の指示ってのがぁ、ちぃ~とばか気には入らねぇがぁ、これだから「人の心」を操るのは止められねぇ♪」
 心を闇に染めた、歪んだ満面の笑顔を見せていた、その同時刻、

『ここまでするなどぉワシ等は聞いておらぬぞぉおぉ!』

 頭の天辺から火の出そうな勢いで激昂するのは白いローブを羽織った、天世の元老院の御歴歴の一人。
「まったくだ! 我らとアヤツ(カリステジア)の繋がりがまかり知られれば、中世人の天世に対する信仰が揺らぎかねぬのだぞぉ!」
「この始末を、どうつけるつもりなのじゃ!」
 次々と、矢継ぎ早に、代わる代わる怒りをぶつけた先には、ただ黙って跪く元老院親衛隊隊長スパイダマグの姿が。
 彼は、元老院の御歴歴の苦言がひとしきり降り注いだ間隙を縫い、

「何を、その様に心配しておられるのか?」
『『『『『『『『『『んなっ!?』』』』』』』』』』

 反省の様子も見せない姿に驚き、慄くと、彼はさも当然と言った口振りで、
「いつぞや述べました通り、全ては七草の一人のカリステジアが勝手にした事ぉ。何の問題がありましょう? おありでしたら、早速に詰め腹を切らせ、処分すれば良いだけの話なのでは?」
 すっと立ち上がり、
「御用件がソレ(程度)でしたら、自分はこれで」
「何だとぉ!」
「話はまだぁ!」
 怒りを以て止めようとする一同を前に、スパイダマグは顔を隠した一枚布の下に何食わぬ表情を浮かべ、

「これでも隊長の身ゆえ、多忙なのですよ」

 小さく笑って軽く頭を下げ、部屋から出て行った。
 去った背に、
「おっ、おのれぇ脳筋がァ!」
「過分な知恵を付けおってぇ!」
「今に見ておれぇ!」
 まるで負け犬の遠吠えの如き「捨て台詞」であったが、彼はまだ部屋の前に居た。
 中から聞こえた御歴歴の癇癪に、
(クックックッ。何と心地良き、さえずりかな。ハクサンと七草(カリステジア)が、人の心を操り楽しむ気持ちが、分かる気がする)
 小馬鹿にした笑みを口元に浮かべて歩き始めると、

『飼い犬が飼い主に噛みつくとはぁ正にこの事だねぇ♪』

(!?)

 そこは柱に寄りかかる、白ローブ姿のハクサンが。
「これはこれは「序列一位」様。御機嫌麗しゅう」
 恭しくも、半笑いで頭を小さく下げ、
「それに、貴方様には言われたくありませんねぇ」
 スパイダマグは皮肉を交えた笑みを返し、
「おぉおぉ「イエスマン」が言う様になったねぇ」
 ヤレヤレ笑いを浮かべる彼を一枚布越しにチラリと見て、
「自分には「手ごろな手本」が、近くにいましたのでぇ」
 ハクサンを真似ただけであるのを、持って回った嫌味で言うと、笑い顔のまま黙って見つめるハクサンをフッと小さく笑い、
「それでは自分はこれにて」
 軽く会釈をし、その場から去って行った。
 次第に遠ざかる「余裕を見せつける背」を、
「…………」
 彼は異様に変わらぬ笑顔で見送りながら、
(キミ達(カリステジアとスパイダマグ)のやり方はさ……)
 浮かべていた笑みを、
 
(ぼくぅと違ってぇ美しくないんだよぉ♪)

 深い闇を感じさせる笑みへと変えて行った。
 
 
 
 天世の中枢が歪みを見せていた頃――

 阿鼻驚嘆に包まれる村を、カリステジアが見下ろしていた高台から見下ろす、黒ローブの何者か。
 フード部分で素顔を隠し、地世の導師を思い出させる姿の何者かは、人を近づけさせぬ風貌とは相反し、頭の天辺や両肩に野生の小鳥たちがとまり、穏やかなさえずりを奏でていた。

 野生動物たちに、身の危険を感じさせない存在感。

 異質を感じさせるその人物は、ラディッシュ達の奮闘が虚しく見える地獄絵図に、短いため息を吐き、
「新王が気に掛ける「こっちの世界」に久々来てみればぁ」
 発せられた声は、女性的であり、男性的でもあり、小鳥たちに負けず劣らずの美声であったが、
「相も変わらず……」
 言葉尻をすぼめると、

((((((!))))))

 何かを察し、一斉に逃げ出す小鳥たち。
「いやホントぉ……」
 美しかった声色は、

『度し難く、何の矜持も感じられない「反吐が出る世界」だァア』

 闇を抱えた物へと豹変していき、右手には剣先から鮮血の滴る長剣が、そして足元には、自らの血の海に横たわる「絶命したカリステジア」の亡骸が。

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