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第二章

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 リブロンによる「ラディッシュへの教育(しごき)」が開始されて数日――

 ドロプウォート、ターナップ、ニプル、それぞれが課題を持って「フルールの最先端の天法取得」に向けて修行に励む中、パストリスだけが何もせず、彼ら、彼女たちの頑張りを応援するが如くベンチに座って見守っていた。
 彼女の「妖人としての姿」は、ラミウムが残した「天法の楔」により封じられているが、それが天法修行で、まかり緩んで晒してしまった時、彼女が妖人であると知られた時、どの様な扱いを受けるかは想像に易いから。

 故にターナップの村の時と同様に、リブロンを含めた周囲の人々には「宗教上の理由」として天法修行には参加せず、体術や剣術と言った「天法を用いない稽古」の時だけ参加するのが常になっていた。

 しかし彼女は「ただ見ていただけ」では無かった。

 武道の稽古の中には「見稽古」と言って「他者が行っている稽古を見て学ぶ」と言うものがあり、パストリスは今まさに、その「見稽古」を実践中で、ラディッシュ達の天法修行を見ながら、自らの修行をイメージの中で行っていたのであった。
 いつも通りにベンチに座り「見守っている体」で、密かに「見稽古」していると、

(ッ!)

 背後に立つ人の気配が。
 とは言え、攻撃的な意識や悪意は感じられず、
(大丈夫そぅでぇす……)
 あえて気付いていないフリをしていると、

『ヒマそうにしておるのぉ?』

 その声は、

(フルール陛下ぁ?!)

 驚き振り返った。
 自分如き妖人が「一国の女王から声を賜る」などと思ってもおらず、

「あ、あっ、ぁあのぉ、そのぉ!」

 言葉が出て来ない。
(どぅしてぇボクはこんな時ぃ、気の利いた言葉の一つも言えないでぇすぅ!)
 自身にもどかしさを感じていると、フルールはそんな「彼女の卑屈」を包み込む様な笑みで「ふっふっふっ」と小気味よく微笑み、
「剣術の時間までヒマであろぅ? 妾に少し付き合わぬかぇ?」

「え!?」

 まさかのお誘いに驚きつつ、
(で、でも天法の見稽古が……)
 それは言えない。

 「宗教上の理由から天法が使えない」と言いつつ、他人の稽古を見て学ぶ「見稽古をしていた」など知られては、話に矛盾が生じてしまうから。

 やむを得ず、緊張気味の笑顔で、
「ぼっ、ボクなんかでぇ、お役に立てるのでぇしたらぁ♪」
 するとフルールは妖艶な中にもたおやかな笑みを交え、
「ならば、行こうかぇ?」
 彼女を連れ立ち城へ向かった。
(ボクとぉ何処へ行くんだろぅ……)
 不安を残すパストリスが連れられた場所、そこは、

(え……)

 フルールの私室の奥の「作業部屋(同人誌作成)」であった。

 おもむろに扉を閉めるフルール。

 狭い部屋に二人きり。
「…………」
 妖人としてではなく、違った意味で「身(貞操)の危機」を感じるパストリス。
 そう感じるのは「ラミウムによるトラウマ」か、はたまた「同人誌の読み過ぎ」か。

「あっ、あのぉ! ボクぅ!」

 焦り口調で部屋から出ようとすると、

「え?!」

 そこには「赤いジャージ姿」で「■眼鏡」を掛けた、女騎士たちの頂点に君臨する「カリスマ女王」の欠片も無いフルールの姿が。
 
「え、えぇと……」

 何からツッコめば良いか分からないパストリス。
 一先ず、
「あ、あの……その(ダサい)服は……」
 見た事の無い服にツッコミを入れると、フルールはせわしなく頭を掻きながら、

「コレは「じゃーじ」と言うて、異世界の体操服で、小生の「勝負服」でゴザルぅ」

「しょ、ショウセイ?!」
 ツッコミどころは増える一方で、
「ござるぅ?!!」
 混乱は増すばかりの中、変貌したフルールは、

『そんな事よりィイィ!』

 惑う彼女の両肩をガシリと掴み、ハッと我に返るパストリス。
(ボクぅひん剥かれちゃうでぇすぅ!)
 同人誌で見た衝撃の一場面を瞬間的に思い出し、

「あっ! あのぉ! ボクぅ! そぅ言う行為はぁ!」

 怯え顔で訴えると、

『「作画」を手伝ってぇ欲しいでゴザルよォオォ!』
「へ?」

 呆気にとられるパストリス。
 そんな彼女にオトコエシ先生バージョンのフルールは泣きながら、
 
「このままじゃ「冬の同人誌即売会」に間に合わないでゴザルぅうぅ!」

 必死に訴えた。
 まさかの「助っ人要請オチ」に、
(え……えぇ…………)
 嬉しいような、ほっとしたような、それでいて少し残念なような、複雑な笑みを浮かべる。

 それから彼女は、BL系作家「オトコエシ先生」と化したフルールと共に、机に向かって漫画原稿を描き、任されたのは「ベタ塗り」と「トーン貼り」。
 オトコエシ(フルール)は作業の手を止める事なくしみじみと、
「いやぁ~本当に助かったでゴザルよぉ~リブロンは「周囲に知れたらカリスマ性が下がる」とか言って、アシスタントを雇わせてくれぬでゴザルしぃ」
 ボヤきに、苦笑しながら作業を続けるパストリスであったが、
「あ、あのぉ……フルール陛下……」
「ん? なぁんでゴザルか♪ 因みに今は「オトコエシ先生」と呼んでくれるとモチベーションが、」
「下がらない」と言いかけると、彼女は羞恥で真っ赤におずおずと、
「こ、これ……」
 手掛けていた漫画原稿をフルールに見せながら、
「(男性の局部が)出ちゃってるでぇすけどぉ……あーる指定(18禁)じゃ、ないでぇすよね……」
 それ以前の問題である気はするが、オトコエシはチラ見もせず、作業の手を止める事も無くあっけらかんと、
「そうでゴザルよぉ。だからパストリス殿には、その部分(局部)も■で程良く隠して欲しいでゴザル♪」

「消すなら(精密に)描かなきゃいいじゃないでぇすかぁ!」

 堪え切れない羞恥から思わず叫ぶと、フルールは■眼鏡でニッと笑って見せてから、
「後々隠すにしても、描いておいた方が絵全体の臨場感が増すでゴザルよ♪」
 雇い主にそう言われてしまっては返す言葉も無く、
「うぅ……」
 恥ずかしそうに、赤い顔してうつむくパストリス。
 黙々と、悶々と、リアルに描かれた男性の局部を■で塗り潰していると、

『スマヌでゴザルなぁ、パストリス殿ぉ』

「?」
「小生、新作を心待ちにしている信者たちを「楽しませたい」のでゴザルよぉ」
「!」
(だから締め切りに間に合わせようと……)
 そしてパストリスはとある事に気付く。
 姿や形、立ち位置は変われど「民を思う気持ち」が彼女の根底には変わらずあるだと。

(やっぱりこの人は、この国の女王様なんでぇすぅ♪)

 そう思うと、聡明な彼女が「ハクサンの様な軽薄な男」の毒牙に、何故かかってしまったのか余計に不思議に思え、作業の手は止めずに、
「あ、あのぉ……聞いてもイイでぇすか?」
 オトコエシも作業の手は止めず、
「なんでゴザルぅ、改まって」
「どぅしてぇ先生みたいな女性が、そのぉ……ハクさんみたいな……」
「「薄い男」と関係を持ったのか、とぅ?」
 平然な問い返しに、

(かっ、「関係」って……なぁんか「大人な表現」なのでぇす……)

 パストリスは顔の赤みを増しつつ、
「は……ハイでぇすぅ……」
 頷くと、フルールは何ごとか思い出したようにフッと小さく笑い、
「憧れたのでゴザルよ」
「憧れた?」
「途方も無い夢物語を小生に語って聞かせる、アヤツ(ハクサン)の煌めく瞳に」

「き、煌めく瞳ぃ?」
(ハクさんの??)

 思わず作業の手が止まると、

『手が止まってゴザルよ♪』
「あっ、ゴメンナサイでぇすぅ!」

 パストリスは慌てて作業を再開。
 そんな彼女の様子から「理解されていない」のを感じ取ったフルールは、
「当時の小生は、フルール国の王族と言う立場、伝統、歴史の全てに縛られ、腐っておったのでゴザル」
 その独白の理由はパストリスには分からなかったが、作業の手は止めず、
(…………)
 黙って聞き入っていると、
「アヤツは、その様な折りに小生の前に突如として現れた。今にして思えば、それ(弱っている女性に付け入る)が、アヤツの常套手段だったのかも知れぬが」
 自嘲気味の笑みを浮かべるフルールも作業の手は止めず、
「日課のように現れるようになったアヤツの口から語られる「異世界の話」は全てが煌びやかで、全部を諦め、凪の様に停滞していた小生の心を波立たせ……」
 淡い思い出を語る口調で、
 
「まぁ、全ては昔の話でゴザルよぅ」

 苦笑した。
 
「…………」
(あんな人でぇも「誰かの支え」になる事があるでぇすね……それとも昔はマトモだったでぇすぅ?)

 パストリスが「人に歴史あり」なのだと、しみじみ思っていると、

『時に、パストリス殿ぉ』

 フルールの一声で現実に戻され、

「は、ハイでぇす」
(何だろぅ、改まって?)

 首を傾げると、オトコエシが初めて作業の手を止め、パストリスを真っ直ぐ見据え、

「パストリス殿は「妖人」でゴザルな」

『ッ!!!』

 反射的に椅子から跳ね退くパストリス。
 これから自身に降り掛かるであろう最悪の事変を想像し、後退り身構え、緊張と恐怖から表情を強張らせた。

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