上 下
119 / 706
第二章

2-2

しおりを挟む
 堪え難き悲しみの咆哮に、かけうる「慰めの言葉」も見い出せず、苦悶の表情で跪いて視線を伏す、村人たちと仲間たち。
 
 今の彼の心には「何を言っても届かない」と、分かっていたから。
 
 そしてターナップも、悲しみに暮れる彼の姿から思い知る。
 想いの強さでも、負けていた事に。
 
『ワタクシとの試合中に「物思い」とは余裕ですねぇ!』
「ッ!」
 ドロプウォートの一喝に、ハッと現実に返るターナップ。
 
 眼前に彼女の鋭い一撃が、
「うわぉっと!」
 慌てて木剣を横に払い回避するも、
『それ程の余裕があるならば、更に一段、上の段階でお相手致しますわァ!』
 明王の如き形相のドロプウォートに、
「たっ、たたたたたたぁたんまっス、ドロプの姐御ぉおぉ!」
 制止を促しつつ体勢を立て直そうとしたが、
 
『問答無用ですわぁあぁぁ!』

 情け容赦ない連突きが始まり、
「あわわわわわぁぁあぁぁあ!」
 焦りながら受け止め続けたターナップの木剣は、
 
「あっ!」

 遂に弾かれ宙を舞い、
 
「うわぁ」

 主が尻餅を着き、地面に刺さると、
 
「!」

 ドロプウォートの木剣の切っ先が、首元にピタリと止められた。

 突き付けられた切っ先に、ゴクリと息を呑むターナップ。
 これが命をかけた勝負であったなら、彼は喉を一刺し即死である。
 試合中に雑念を抱いた結果ではあったが、強さの片鱗を見せただけの彼女に秒殺されたのは疑いようもなく、
 
「ま、負けました……」

 未熟な自身にため息を吐くと、
 
『稽古とは言え、真剣勝負のさ中によそ事などを考えていますと思わぬ大怪我を致しますわよ!』

 笑い事では済まされない苦言に、
「……すんませぇん……」
 返す言葉なく平身低頭のターナップ。
 
 しかし、

「ですがドロプの姉さん……」

 送った視線の先、

「イイッスか? アレ……」

 主を失った椅子車の傍らにうつむき加減で佇む、ラディッシュの姿が。

「…………」

 しばし物言いたげに見つめるドロプウォート。
 悲しみに暮れるばかりの彼を奮い立たせようと、ラミウムの遺言を笠に、襟首掴んで引きずる勢いでここまで連れては来たが、初日に泣き叫んで以降、なんの変化の兆しも見せぬラディッシュに、
 
「これ以上、赤子の手を引くつもりは毛頭ありませんわ」

 素気無くプイッと背を向け、
 
『パストぉ!』

 パストリスを呼び、
「次のお相手を、お願いしますわぁ!」
 そしてターナップに肩越しチラリと振り返り、
「しばし休むと良いですわ」
 言葉少なに立ち去って行った。
 
 一見、冷酷に思える背に、
(素直じゃないっスねぇ~)
 ヤレヤレ笑いのターナップ。
 
 過剰に冷たく振る舞う彼女の態度から、
 
≪貴方が自らのチカラで再び立ち上がるのを信じていますわ、ラディ。それ故に、私はしばし心を悪に、貴方を突き放し続けますわ≫

 心の声が漏れ聞こえて来るから。
 
(不器用は、ラミ姐さんといい勝負っスねぇ)
 小さく苦笑い。
 
 そんな彼女、彼らを、物陰から窺う一人の人物が。
 その身を闇に紛らわせ、容姿も、性別さえも分からない。

 数日後――
 木剣を手に、打ち込み、守り、攻守を交代しつつ「約束稽古」に励むドロプウォートとターナップ。
 約束稽古とは、予め「何処に何を打ち込むか」、「どのように守るか」を互いに決め、打ち込み時の「姿勢」や「足さばき」または「守りの体さばき」など、基本動作、基本姿勢を誠実に踏襲できているか、無駄な動きが生じていないかなど、確認し合う稽古である。
 しかし単調な繰り返し故に、ふとした拍子によそ事を考えてしまったりもするのだが。
 
 そしてやはりと言うべきか、ターナップが秋晴れの穏やかな空の下で気が緩んでか、
 
「なぁ、ドロプの姉さぁん」

 攻守を交代しながら、
 
「村に最近出没するって言う「変態ナンパ師」の話ぃ、聞いてヤスかぁい?」

 稽古中でありながらも「奇異な話」にドロプウォートもつい釣られ、
「変態ナンパ師?」
 手足は止める事なくキョトン顔をすると、
「そぅ~なんスよぉ~出るらしぃんスよぉ~」
 ターナップが訝し気な顔をするさ中、ドロプウォートの眼の端に、休憩中のパストリスにやおら近づく、ローブで顔まで隠した何者かの姿が。
 打ち込みを続けながら、
 
「因みに「どの様な変態」なのです?」

「あぁ~何でも、顔が見えない位にローブを被って声を掛けて来て、女が振り向いた途端に「顔を見せる」って言う、まぁ顔自体は「結構なイケメン」らしいそぅなんスけどぉ」

 苦笑うターナップに、ドロプウォートはやおら動きを止め、

「あんな感じですの?」

「へ?」

 彼女の視線を追う。
 
 その先で「拒否と困惑」を示すパストリスに、ファサっとフードを脱いで素顔を晒す、茶髪のアイドル風のイケメンが。
 
「あのぉヤロォ!」

 木剣を強く握り締め、血相を変えるターナップ。

 未だ稽古中であるのも忘れ、

『パストのお嬢ぉおぉぉ!』
 一目散に走り出した。
 
その背に、
(パストは私と同等の強さ。何の問題もありませんのに)

 それはつまり「パストリスはターナップより強い」と言う意味であり、パストリスが勝てない相手に「弱い貴方が何するの?」と言う問いの裏返しでもあったのだが、ここで彼女はとある事実にはたと気が付いた。
 
(まさかタープは、パストの事がぁ?!)

 様々な恋愛模様を経て、恋に関するアンテナが鋭さを増した「乙女脳ドロプウォート」。
 
『こうしては居られませんですわぁ♪』

 ホクホク顔で駆け出した。
 
『テメェ! パストのお嬢を相手に何様だァ!』

 激昂するターナップ。
 
 戸惑うパストリスを背に、身を挺して護る様にローブイケメンを睨み付けると、男はヤレヤレ笑いで、
 
「ぼくかぁい?」

 前髪をナルシスチックに一撫で、
 
「ぼくぁ町から町へ恋して渡り歩く、そぅ「恋する占い師」さぁ♪」

 ブラウンアイのイケメンスマイルで笑いかけた。
「「…………」」
 胡散臭いの一言。
 駆けつけたドロプウォートも交えた、
 
『『『絶対ウソだ』』』

 総スカンに、
 
「正直に話しておいの言葉攻めぇ。うぅ~ん若干気持ちイイ♪」

 恍惚とした表情を見せ、
 
(((ウザイ……)))
 面倒臭いのに捕まったと、しげしげ思う三人。
 
 そんな中、
「ところでさ……」
 イケメンローブは、パストリスの前に立ち塞がるターナップの両肩をガシリと掴むと、
 
『この村の女子たちはぁどぅなってるのさぁ!』
 突如の半泣きで、
 
「「「はぁ?」」」

 話は数日前にさかのぼる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

僕の従魔は恐ろしく強いようです。

緋沙下
ファンタジー
僕は生まれつき体が弱かった。物心ついた頃から僕の世界は病院の中の一室だった。 僕は治ることなく亡くなってしまった。 心配だったのは、いつも明るく無理をして笑うお母さん達の事だった。 そんな僕に、弟と妹を授ける代わりに別の世界に行って見ないか?という提案がもたらされた。 そこで勇者になるわけでもなく、強いステータスも持たない僕が出会った従魔の女の子 処女作なのでご迷惑かける場面が多数存在するかもしれません。気になる点はご報告いただければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- プロローグと小説の内容を一部変更いたしました。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

処理中です...