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 戦場の最後尾の櫓の上――

 一人だけ取り残されたラディッシュは「空になった椅子車」と共に、戦場をタダ見つめていた。
(ラミィにドロプさん、気後れしてたパストさんだって戦ってるに……)
 無力さから思い出されるのはターナップに言われた一言。

≪無茶する姐さんの事を、よろしく頼むッス≫
「…………」
(僕はここで……何をしてるんだ……)

 意味合いを見出せなくなり視線を落とすと、

(流石はラミウム様だよな)
(本当だよ。ついさっきまで立つ事が出来なかったのが、嘘のみたいだ)
(あの眩い輝きは、まるで「魂の煌めきの如き」だよな)

 衛兵たちが賛辞を言い合っているのが聞こえたが、
≪魂の煌めき≫
 その一言が、ラディッシュの不安に火を点けた。

 何に代えても守りたい「大切な何か」が、まるで両手の指の隙間からこぼれ落ちて行くような感覚。
(ラミィ!!!)
 矢も盾もたまらず櫓から一気に駆け下り、

「「「「「勇者様ぁ!」」」」」

 衛兵たちの驚きの制止も聞かず、
(ラミィ! ラミィ!! ラミィ!!!)
 言葉にならぬ想いと共に、戦場へ駆け出して行った。
 卑下や打算、纏わる余分な感情の全てをかなぐり捨てて。


 何のチカラも持たないラディッシュが死地へ足を踏み入れた頃――

 総師団長アスパーは自身の戦場を移し、人狼、サイクロプスの掃討に苦戦を強いられていた一団に加勢していた。
 黒狼パトリニアが相手では、自身が「一兵卒程度にしか役立たない」と理解しての英断であった。

 彼が持つ、戦士としての経歴に端を発する「些末なこだわり」より、戦場を俯瞰で眺め、勝つための合理性に重きを置いた切り替えの早さこそ、エルブ国を数々の戦勝へ導いた原動力でもあった。

 裏を返せば、生きる伝説「総師団長アスパー」が転戦を繰り返さなければならないほどの苦境であるとも言えるが。
人狼相手に剣を振るいつつ、
「ラミウム様が戦いに集中なされるよう! 我らは雑魚の一掃に励むのダァアァ!」
 自軍を鼓舞するアスパーであったが、強敵ばかりの戦地を転戦し、戦いながら指揮して来た彼自身も、その実、精神的にも、肉体的にも疲労の蓄積が隠せなく、

(クッ……歳は取りたくないモノだ)

 描いた動きに体がついていかない自分に、苛立ちを覚えていた。
 しかしこの余分な苛立ちこそ、集中力の欠落の現れであり、そこに油断を生んだ。
 戦場では「強き者」の所へ、「強き敵」が引き寄せられるように集まる。

『アスパー団長殿ォオォォッォォォォオォォッ!』

 誰かの悲痛な叫びが戦場に響き渡り、ハッと我に返るアスパー。
 気付けば山の如き大きな人影に覆われ、
「ッ!」
 ソコには、アスパーに向けて巨大な棍棒を大上段に高々振り被る、一つ目サイクロプスの巨大な立ち姿が。
 死を悟る総師団長アスパー。
 自身の油断が招いた結果であり、母国の勝利を目にすることなく命を落とすのを恥じ、

(わっ、我はここまでなのかァ!)

 見下ろすサイクロプスを悔し気に見上げた。
 目一杯のチカラを込め、容赦なく振り下ろされる棍棒の一撃。
「クッ!」
 歯ぎしりしながら死を受け入れた次の瞬間、

(!?)

 彼を横切る、黒き疾風。
 その刹那、

 ズドォオォォォォォォオオォ!

 ド派手な打撃音と共に、頑強な巨石を六つ合わせた様なサイクロプスの腹筋に深々めり込む黒き何か。その衝撃波は背中を突き抜け、たまらず白目をむいた巨体がくの字に折れ曲がり、前のめりに倒れ始めると、

『ドロプゥウゥ!』

 パストリスの叫び声が上がり、青空を背に大ジャンプしていた白銀の輝きを纏うドロプウォートは、

≪火、木、鉄の恩恵よ、我が手に宿れぇ!≫

 空中で日本刀を用いて弓術の様な構えをし、
『行きますわよパストォ!』
 重力落下を始めながらサイクロプスの巨大な背中に向け、

≪穿てぇえぇぇぇ!≫

 眩いばかりの白銀の光の矢を放った。

 大空を舞う神々しき彼女の姿は、まるで神話の世界の戦女神ブリュンヒルデ。
 腹に強烈な一撃を加えたのはパストリス。

 彼女は前のめりに倒れつつあるサイクロプスの懐から風の如き速さでアスパーにタックルすると、勢いそのまま巨漢の彼を、まるで一枚布でも運ぶかのように軽々と持ち運び、安全圏へ離脱。
地面に倒れる寸前であった「意識を失ったサイクロプス」は、巨大化した白銀の光の矢を背中に直撃され、激しい地響きを伴う土煙を上げて大地に縫い付けられ、巨大なクレーターを作り絶命した。

 正規の騎士と兵士が束になって掛かって、足止めをするのが精一杯であった相手を、たった二人の少女が討ち取った、信じ難き現実を前に、
「な、なぁんとぉ……」
 呆然と立ち尽くすアスパー。

 そんな彼を前にパストリスはニコリと笑いながら、

「戦場で油断してちゃダメでぇすよぉ、おじさぁん♪」
「お、おじぃ?」

 ギョッとするエルブ国総師団長。
 戦場で「近所のおじさん扱い」されるなど初めての経験であり、驚きのあまり目が点になっていると、地上に降り立ったドロプウォートが苦笑しながら、

「パストぉ、その物言いは如何なモノかと思いますわよぉ」
「え? あ、年上の人に失礼な、」
「ではなく、彼は「エルブ国の総師団長」さん、ですわよぉ~♪」
「ひぃへぇ?! っそっ、総師団長さんだったでぇすぅーーーっ!!!?」

 知らなかったが故に慌てに慌て、

「ごっ、ゴメンナサイでぇす! ゴメンナサイでぇす! ゴメンナサイでぇす!」

 強大なモンスターの意識を、根こそぎ刈り取った少女とは思えない平身低頭で何度も頭を下げ、その姿に、
(からかいが過ぎましたかしらぁ)
 クスクス笑うドロプウォートは、

「次に行きますわよぉ、パストぉ♪」
「えっ、あっ、はっ、ハイでぇす、ドロプぅ!」

 パストリスはアスパーに、申し訳なさげに重ね重ね頭を下げながら、彼女と共に次なる戦地に向かって行った。
「…………」
 ポツンと残される、総師団長アスパー。
 嵐のようにやって来て、台風の様に去って行った二人の少女に圧倒され、しばし棒立ちしていたが、
(あの時……)
 パストリスがサイクロプスと接触した瞬間を思い返し、彼女の頭に、尻に、耳が、尾が、生えた影を見た気がし、
(妖人ッ!)
 戦場で敵に向ける、鋭い眼光を放ったが、

「…………」
(頑ななまでに「全てにおいて潔癖」であったドロプウォート嬢が、平然と背中を預ける少女……)

 それは確かな「信頼の証」であり、芽生えた敵意をスグさま払う様に首を振り、一瞬とは言え「人」を見ず、「肩書き」で差別した自身に当て付ける様に、
「成長されましたなぁ、ドロプウォート嬢は」
 孫の成長を喜ぶ祖父母の様な表情で目を細めた。

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