上 下
105 / 649

1-105

しおりを挟む
 数週間後――

 何かを目の当たりにし、真っ青に青ざめるラディッシュ。
 カタカタカタカタと震えながら、
「なっ……なぁなぁなぁなぁ何の冗談なぁのぉコレぇえぇえぇぇ」
 引き気味に慄くテラスの眼下には、

『『『『『『『『『『うぉーーーーーーーーーーーーッ!』』』』』』』』』』

 割れんばかりの大歓声を上げる、鎧を纏ったおびただしい数の騎士、兵士たちの姿が。
 その数、数百、数千、いや数万か。
 勝どきを上げるかのように「手にした武器」と「声」を高々張り上げ、大歓声は地響きを伴い、気圧されたラディッシュが思わず逃げ出そうとすると屈強な腕が伸び、
「ひぃ!」
 勇者の襟首掴んで逃亡を阻止。
 阻止したのは頭上に王冠をいただく、実年齢に沿わぬ「屈強な体躯」を持った初老の男。

 無言の笑顔の圧力でニコリ(逃げるな)と笑いかけていると、勇者らしからぬ不甲斐無い姿に、ラミウム、ドロプウォート、パストリスの女子三人は、
(((ヘタレ勇者ぁ)))
 思わず呆れ笑い。
 そんな彼女たちを横目に、笑顔の屈強男は眼下の騎士、兵士たちに向け、

『静まれぇ皆の者ォーーーーーーーーーッ!』

 騒ぎが一瞬にして掻き消えるほどの大声を張り上げ、固唾を呑んで見守る兵たちの心に、

『此処にぃ! 天世様と勇者様ぁ御一行は無事生還を果たされたぁ! 正義の御旗は我等にありぃ! 天世と中世に仇なす地世に「こびへつらう逆賊」どもに、今こそ正義の鉄槌を下すのだァーーーーーー!』
『『『『『『『『『『うぉーーーッ! エルブ王うぉーーーーーーーーーーーッ!!!』』』』』』』』』』

 火を点けたのは、現「エルブ国国王」その人。
 ラディッシュ達は無事に勇者召喚の地、ドロプウォートの故郷であるエルブ国城下に戻って来ていたのであった。

 しかし到着するなり疲弊した兵たちの「士気を高める神輿」として担ぎ出され、大歓声の渦の中央、生きる伝説「エルブ国騎士団総師団長ソンカスアスペル」は馬上で高々剣を振りかざし、

『我ら「中世の民」の為にィ歩く事まで失われたラミウム様の御為ぇ! 今こそ逆賊どもを駆逐しぃ! その勝利を捧げるのだァ! 行くぞォーーーーーーーーーーーーッ!』
『『『『『『『『『『ウォーーーーーーーーーーーーッ!』』』』』』』』』』

 連日の小競り合いによる「疲労」とやらは何処へやら。
 兵たちは、今から国一つ落として来そうな気勢で以て駆け出て行った。嵐の中の、苛烈な濁流の如くに。

 その様を、満足げに見送るエルブ王。
(アスパー(※総師団長ソンカスアスペルの愛称)めが、年甲斐も無く、血気盛んな新兵のように燃えておるわい)
 共に戦場を駆け抜けた「王子であった頃」を思い起こして目を細めていると、ラミウムも彼の傍らで、椅子車から身を乗り出し眼下を眺め、
「おぅおぅ流石はエルブの兵士ぇ、煽り一つで元気なぁモノさぁねぇ~♪」
 気合の入った出陣を、呑気にひとしきり見送ると、
「さぁてぇ」
 椅子車に座り直し、些か硬い表情のラディッシュ、ドロプウォート、パストリスの顔を見回し、
「キッシッシ。アタシ等も(戦場に)向かうとするかぁ~ねぇ♪」
 椅子車を反転。
 室内へ車輪を回すと、その後にラディッシュ、ドロプウォート、パストリスが続き、エルブ王は「勝利」を確信した笑顔と共に、
「皆々様、よろしく頼みましたぞ」
 四人の背中を見送った。

 しかし彼らは気付いていなかった。
 この戦闘が単なる「地世信奉者鎮圧の戦」から、思いも寄らぬ方向へ流転する事を。

しおりを挟む

処理中です...