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 商人であるが故に「地世信奉者たちの侵攻」による経済への悪影響は、イヤと言うほど身に染みていて、村長を困らせる事にしかならない要求を、これ以上突きつける事が出来なかったのである。
 村長自身も家族を持っているが故か人情には厚いらしく、村長として果たすべき職責との狭間で思い悩む様子を見せていると、

『ソイツを気にする必要は無いさぁねぇ』

 ラミウムのヤレヤレ交じりの笑い声が。
「「「「「!?」」」」」
 振り返る村長たち。

 そこには笑顔のラディッシュ、ドロプウォート、パストリスを従えた、いつも通りの斜に構えた笑顔のラミウムの姿が。
「なぁ~に簡単な話さぁね。アタシ等は、これから城に向かうからさぁねぇ」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
「「「「!」」」」
 驚く村人たちと、商人家族。

 そんな彼らを前にラミウムは、いつもと変わらぬ皮肉を交えた笑みで以て、
「ちょうど四人分、差し引きコレなら文句は無いだろぅさぁねぇ」
 平然と言ってのけたが、今も椅子車に座り、立つ事さえままならない彼女の体が万全でないのは一目瞭然、火を見るよりも明らか。
 村長は慌てに慌て、

「いやぁしかしぃ! 今のラミウム様のお体で無理をなさるのはぁ!」

 するとラミウムは、気遣いを鼻先の笑いで制し、
「アタシぁ、百人の天世人だよぉ。そこいらの天世人どもとは、そもそも体の出来が違うのさぁね。それにねぇ」
 見せつける様な大あくびをしながら、
「いぃ加減、「中世の暮らし」ってヤツにも飽きちまってねぇ~。とっとと天世に帰りたいのさぁねぇ~」
 冗談を交えた辟易顔に「もはや何を言っても無理」と悟った村長は、
「分かりましたぁ」
 言葉短く頷くと、商人家族は喜び抱き合い、

「「「「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」」」」

 ラミウムたち、村長たちに向かって何度も何度も頭を下げ上げ。その姿にラミウムは少し照れ臭そうに、
「かっ、家長が子供の前でぇ、何度も頭を下げてんじゃないさぁねぇ! み、みっともないねぇ! まっ、まったくぅ!」
 誤魔化しの皮肉をぶつくさ、素直に感謝を受け取れない彼女をクスクス笑うラディッシュ達を背に、
「そっ、それよりさぁね!」
 喜び溢れる商人家族に釘を刺すように、

「アンタ等はアンタ等で、受け入れてもらった恩に報いる為にも、村人たちの生活が少しでも良くなる様に尽力するのさぁねぇ」

 商人の男は妻子と共に、
「はい! 身命を賭しましてぇ!」
 改めて深々と頭を下げた。

 その真摯な姿に、満足げな笑みを浮かべるラミウム。
 一呼吸置くと、
「と、言う訳だぁよアンタ達ぃ! 予定より、ちぃとばっか早まったがぁアタシ等も戻って、とっとと旅支度を始めるよぉ!」
 先陣切って帰路についた。

 円満解決に意気揚々、ラディッシュの押す椅子車の上で鼻歌交じりのラミウム。
 そんな上機嫌の彼女と教会へ帰る道すがら、ドロプウォートが唐突に不愉快そうに、

「何が「と言う訳」ですのぉ? まったく、貴方と言う人は、いつもいつも話を勝手にぃ」

 ボヤく様な文句をブツブツと言い始めたが、椅子車のラミウムは彼女に一瞥くれる事もなく、苦笑いのラディッシュに押されながら、口元には笑みさえ浮かべ、
「んならぁ、アイツ等(商人家族を)弾いて、(アタシ等が)居座り続けた方が良かったかぁ~い?」
 返る答えが分かっている口振りで問うと、
「誰もぉその様な事ぉ言っておりませんでぇすわぁ~」
 彼女の予想通りの答えを返し、薄く笑った口元で不機嫌を装いプイっと横を向き、

「美味しい所を持って行かれたのが「気に入らないダケ」でぇすわ♪」
「シッシッシッ。ソイツはぁ済まなかったさぁねぇ♪」

 笑い合うラミウムとドロプウォート、そしてパストリスとターナップ。
 和気あいあいとした和やかな雰囲気の中、ラディッシュだけが違った思いを抱いていた。
 表面上は皆と調子を合わせ、笑顔こそ見せてはいたが、

(ラミィの体って……本当に、大丈夫なの?)

 一抹の不安を覚えていた。
 そんな彼は、いつか、何処かで、見聞きした気がする「寓話」を思い出す。
 他者の為に、その身を削って行き、終幕で命まで差し出した主人公と、彼女の姿をダブらせて。
 
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