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謎の事件 シュガー・トスト

第三十四話 決着

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「チズ、待て、違うんだ!」

 犯人に気づかれないように蚊の鳴く声で叫んだ。
 チズは戦闘の構えをやめない。
 ポケットに入っているメモを見せれば弁解できるかもしれないが、下手な動きをした瞬間飛びかかってきそうだ。

「もう言葉は不要です。私が勝てるかどうかわかりませんが、お相手します」

 スッと暗闇に紛れるようにチズは横移動した。通路の先が開けた。そのせいで、一瞬判断が遅れる。
 チズの攻撃に対応すべきか、強引に突っ走って物置の部屋に入るべきか。

「――――っ」

 チズは片足で床を踏み切り、飛び蹴りを放ってきた。
 咄嗟に右手のひらで首筋をガードし、振り下ろされた足を弾く。
 チズは猫のように軽く着地し、すぐさま屈伸運動のように腰を落とし、足先で半円を描く――――足払い。

 慌てて飛び上がると、空中で無防備になった俺に、チズは立ち上がりざまのアッパーを繰り出した。

 とにかく攻撃的で迷いがない。しかも怒りに身を任せているときが強いタイプだ。俺に裏切られたと勘違いしているせいで、戦力が底上げされている。前回パートナーを組んだときより数段強い。
 しかも、徐々に普段のクセが出てきたのか、床を蹴る音が大きくなり始めている。このままだと犯人に見つかりかねない。壁一枚隔てた向こう側に潜んでいるかもしれないのに……。

 チズの攻撃を左手で捌きながら、右手をポケットに入れ、例のメモを探る。
 見つからない。手を入れ替えて左のポケットも探る。
 入っていない。どこかに落としたのか、無意識で変なところに仕舞ったのか。
 体中のポケットを探りながら攻撃をさばいていると、

「何の真似ですか? 私など片手で十分だとっ……⁉」
「いや、ちがっ……」

 負けず嫌いなメイドさんの怒りに油を注いでしまった。
 攻撃の激しさが増していく。
 その代わり、防御ががら空きになっているが、俺はチズを攻撃するわけにはいかない。

 小柄なチズは、大きく飛び跳ねて回転つきの踵落としを繰り出す。俺が躱すと、直後、後方に限界まで振りかぶったパンチを付け加える。迫力だけならクシィより上だ。

 早くチズの誤解を解いて、これから現れる新犯人を捕まえないといけない。
 けど、フィルシーさんが風呂に入ってからもう五分は経過してる。時間がない。

 こうなったら…………!

 できればこれだけはやりたくなかった。犯人と戦うときの為に温存しておきたかった。けど、他に選択肢がない。

 飛んできた蹴りを強く弾き返し、チズが下がった隙に集中――――。
 体内の熱に呼びかけると、まろやかで精巧な炎が、揺らぎながら手のひらに移る。

 ――操作(ミリカ)

 チズは気付いたようだが、さすが天性のファイターは揺るがない。この一撃に賭けるとでも言うように地面を蹴り、姿勢低く飛び出した。

 闇の底を這う金色の流線。
 下半身へのタックルに見える。
 しかし、どれほどの威力があっても足への攻撃で俺を倒すことなどできない。
 この一撃で決着をつけるつもりなら、この攻撃は――――――――上へ変化する。

 チズは拳を開き、パーの状態で地面に手を着いた。俺の視界は下を向いている。飛び上がった踵が死角から頭に突っ込んでくる。

「――――!」

 右手のひらをデコの前に翳し、その足を受けとめながら熱を移した。

 ――――操作(ミリカ)
 
 脳の外側に生じた新たな神経に接続し、その自由を奪う。
 小さな体は猛烈な抵抗を見せたが、やがてその動きは止まった。闇の中で薄っすら浮かび上がる黄色の瞳には悔しさが満ちている。
 叫ばれては元も子もないので、その口を手で塞ぐ。

「――――むぅっ!」
「頼む、一瞬大人しくしていてくれ。俺は今から犯人を捕まえる」

 できるだけ誠実な声で囁いた。
 チズは判断に迷っているのか、眼光の鋭さを保ったまま、体の抵抗を少し緩めた。

 大人しくしたふりをして、手を離した瞬間に叫ぶかもしれない。こちらもチズを完全には信用できない。

「……………………」
「……………………」

 微妙な沈黙。

「悪い、犯人が現れるまでこのまま待機させてくれ」
「――――――――――!?」

 手のひらの中で唇がモゴモゴと動き、冗談じゃないとでも言いたげな反応を見せた。全身が動けない状態で口を塞がれるというのはかなり不快だろう……。けど我慢してもらうしかない。

 チズの瞳は悩むように左右したが、やがて唇の動きは止まった。

 おそらく察したのだろう。俺が犯人だとしたら、このまま時間が経過することにはデメリットしかない。かといって完全に俺を信用したわけではなさそうだが……。

 チズが落ち着いたことで、俺の意識も徐々に落ち着いてきた。戦闘モードから通常モードへゆっくり移行していく。

 小さく漏れる息が手をくすぐっている。
 手のひらには、うっすらと湿った柔らかい感触。

 これは、マズい…………。

 絵的には間違いなく犯罪だ。どことなく背徳的な空気も流れている。

 犯人、早く来てください…………。

 思わず祈る。
 すると、その願いが届いたのか、物置の部屋にカサッと小さな音が立てられた。

 来た。

 チズに声を出さないでくれと視線で告げ、ゆっくりと口から手を離す。
 叫び声はなかった。

『ありがとう』と目で合図し、壁に忍び寄る。
 再び衣擦れのような音。間違いなく中に人がいる。犯人なら今から隣に移動するだろう。

 風呂場の入り口へ移り、脱衣所に先回りする。
 まだ荒らされた形跡はない。
 木の板が組み合わされた壁も、昨日見た状態のままだ。
 どうやって侵入するのか…………

 息を殺し待っていると、ほとんど音もなく――――壁の板が三本”消えた”。
 まるで最初から板などなかったかのように綺麗に消えている。
 ぽっかり空いた穴には隣の部屋の暗闇が見える。そしてその中央に、男の手のひらがあった。

 これが犯人の侵入手段。
 フィルシーさんがピックアップしたスキルのうちの一つ――持替(ピアラ)。片方の手で触れた物体を反対の手に移すことができる。

 犯人は壁の板に右手で触れ、左手に移したのだろう。固定されている木の板を外すことも、元に戻すこともできる。

 ぽっかり空いた穴から脱衣所に顔をのぞかせたのは、俺とほぼ同じ身長、同じ髪形、同じ戦闘服を着た男だった。暗闇でチズが見間違えるのも無理はない。

「お前が犯人か」

 尋ねるまでもないが、自然と言葉が零れた。
 犯人は顔を上げ、目を見開く。
 不健康そうに見える窪んだ彫り。不気味な様相。
 ニタッと笑う口元には、隣の部屋の暗闇が濃い陰影を落としていた。

「ハメられちまったか。お前が待ち構えてるとはなぁ。ついてねぇ……ついてねぇ……。でも今夜がラストチャンスなんだよなぁ。見逃してくれないかぁ?」

 ヌメヌメとした湿り気のある話し方。話している言葉はただの本音だろうが、頭の中ではおそらく何か別の思考をしているのだろう。時間を与えるわけにはいかない。

「俺の所持スキルは調べてあるんだろ。知ったうえで逃げないってことは、よほど自信があるのか」
「ひゃひゃひゃっ……自信? あったら正面から奪いに来てるさぁ。どこに隠してるんだろうなぁ? 部屋にないってことは肌身離さず持ってると思うんだけどなぁ?」

 この男の目的はフィルシーさんの所持品か。フィルシーさんの部屋まで物色していたとは、思ったより長期的な犯行だ。知らない間にこいつがルッフィランテに繰り返し侵入していたと考えるとゾッとする。

 その瞬間、壁の穴から出ていた顔が暗闇に引っ込んだ。

「くそっ、逃がすかよっ!」

 慌てて床板を踏み切り、壁の穴に向かって飛び込む。
 こいつのスキルは壁の穴を塞ぐこともできるかもしれないが、外した板を一瞬で元の位置に戻すのは難しいはずだ。

 人一人がギリギリ通れる穴を潜り抜ける。
 外されていた三本の板が床に置かれている。
 元に戻すのを想定してか、綺麗に整列されている。

 一瞬、そこに目を取られた。
 慌てて、おそらく犯人が逃げるであろう窓の方へ首を傾けた。

「判断ミスだぜぇ。葉風鳥太ぁ!」

 犯人は逆側の影に潜んでいた。これまで何度も忍び込んでいた奴だ。立地を把握し、戦闘になった場合のシュミレーションをしていたのか。完全に裏をかかれた。

 慌てて体内の炎を呼び起こし、右手のひらにセット。
 短い呼びかけにも瞬時に答えてくれるのは――――防御壁(エグラ)。

 スキルを付与する為には、この右手を体の一部に触れなければいけない。
 しかしその余裕はない。犯人は既に攻撃のモーションに入っているはずだ。

 咄嗟に手を握りしめる。
 手のひらから手のひらへの付与。初めてだが、やるしかない。
 握りしめた拳が熱を帯び、徐々に広がっていく。

 普段よりコンマ数秒時間はかかったが、成功。

 熱が全身を包み込み、皮膚が風を切る感覚がなくなる。
 物理無効の無敵状態。これで、敵が何のスキルを持っていたとしても、ほぼ万能に対処できる。

「残念、そっちはハズレだ」

 ボソッと呟く声。
 耳元を撫でられるような感覚。
 直後、体を締め付けられるような痛みが走った。

 身動きができない。
 硬い物体に拘束された。

 頭に軽い衝撃。
 床に顔が着く。
 起き上がるどころか、腕一つまともに動かせない。
 一体何が起きた…………。

「咄嗟に防御するとなりゃ、そっちを選んじまうよなぁ。ひゃひゃひゃっ。加速の方なら避けられたかもしれねえのに」

 犯人は俺のスキルを完全に把握しているようだ。
 子供がゲームで勝ったような、愉快そうな声。

「ゲームオーバーだ葉風鳥太。てめぇさえいなけりゃ他のメイドはどうにかなる。目的のモンはどこにあるかわからねえが、今回はラストチャンスだからなぁ。適当に全部持って帰って家で探すことにするぜぇ」
「てめえっ……! 待てっ!」

 男は俺を無視し、壁の穴をくぐり抜けた。
 脱衣所でガサゴソと音が鳴る。

「マズいマズいマズい……」

 歯を食いしばり、全身に力を入れる。
 血管が圧迫される感覚を無視して、全力で拘束をぶち破ろうと試みる。

 が、ビクともしない。
 それもそのはずだ。この拘束具は拘束具ではない。もっと厄介な物。
 前オーナーが残したというあの『クソ頑丈な家具』だ。
 暗闇でよく見えないが、複雑に絡んだ蔓のような構造のベッドだろう。

 あいつのスキルを侮っていた。
 片手で触れた物を反対の手に移動させるスキル。シンプルだが、効果は千差万別。
 例えば、移動させた先に障害物があった場合どうなるのか? その答えがこれだ。

 こいつの『持替(ピアラ)』は、移動させた物体が、障害物を避けるように変形する。

「くそっ……ぁああああああっ!」

 大声を出し、力のリミッターを解除しようと試みる。が、それでも壊れない。
 そりゃそうだ。俺が助走をつけて踵落としを食らわせてもヒビが入る程度だ。この状態で壊せるはずがない。

 ふと、意識が静かな暗闇の中に沈んだ。
 戦闘中、特にピンチのときに生じる感覚。
 時間が止まったように周囲が静かになる。
 脳はパズルを組み立てるかのように精密に思考を積み重ねていく。
 絶望の中でか細い光を手繰り寄せる為に、勝利を掴む為に、考える。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ…………

 加速する思考は秒針のような音を鳴らした。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…………。

 光は徐々に広がり、暗闇を切り裂き始めた。
 あと一歩。
 誰も傷つけず、ルッフィランテを守り、あいつを捕える方法……。

「ひゃひゃっ、やっぱり抜けられないらしいなぁ。もう用は済んだぜぇ。お前が雑魚だったおかげでなぁ」

 犯人は壁の穴から姿をのぞかせた。
 フィルシーさんの普段着と着替えの両方を手に持っている。
 肌身離さず身に着けている何かが目的、だから服ごと持って帰ろうという魂胆だろう。

 カチリ。

 最後のピースがハマった。
 勝利への道筋が、見えた。

「それは渡さねえ。お前はもう終わりだ」
「はぁ? 何言ってんだお前ぇ?」

 壁の向こうで犯人がおどけるような表情をした。
 その瞬間、脱衣所の扉がけたたましい音と共に開かれた。

 犯人はそちらへ首を向ける。一瞬の沈黙。
 そこにいるのはもちろん。

「なるほど、この方が真犯人ですか…………」

 扉を蹴り開けたチズは、威嚇する小動物のような声を漏らした。
 これが勝利への第一段階。
 操作(ミリカ)を解除することで、解放されたチズが脱衣所に突入してくる。

「葉風ぇ、これがお前の切り札かぁ? 意味ねえなぁ」

 犯人は先ほども、『メイドはどうにかなる』と零していた。
 それにこいつのスキルの応用力、戦闘センス、一瞬で陰に潜んだ身体能力、それらを総合的に見てチズの勝ち目は薄い。
 けど、

「意味はあるさ。もうお前の負けは確定してる」
「はぁあ? 何強がってんだぁ?」
「俺がチズを呼んだのは、戦わせるためじゃない」

 そう。
 俺がチズを呼んだのは、チズから取り下げられた”忠誠心”を取り戻すためだ。

「鳥太様、疑って申し訳ありませんでした……」

 チズが呟いた瞬間、最大火力のスキル――加速(シスト)が、体の中心で再び燃え上がった。
 俺はこのスキルを纏えば、異次元の速度で体を動かすことができる。たとえ身動きできない状態にあったとしても、その速度は通常時の十倍以上。ノーモーションで強い攻撃を放つことなど造作もない。

 唯一、加速(シスト)には『体への負担が大きい』という欠点があったが、その欠点も”防御壁(エグラ)と加速(シスト)の同時使用”により克服した。

 熱源を右手のひらに移し、自分自身に付与。体中が熱に包まれる。

 無敵状態。

 体に纏わりつく木々を木っ端みじんに砕いた。
 防御壁(エグラ)のおかげで体への反動もない。

「なっ……」

 壁の向こう側で、犯人は驚愕を浮かべた。
 そこへ意識を向ける。
 力を入れるというという感覚は捨て、リラックスした体の自然な動きに身を委ねる。
 脳内で描く軌道はあいまいで構わない。
 金色の流線が、どこか見覚えのある俺の最高速度のイメージが、目的を遂行する景色を思い浮かべた。

 視界が急に明るくなり、犯人の顔がはっきりと目に映る。
 おそらくこいつは、俺に近い戦闘系の職業の端くれ、あるいはすでに本職を引退している人間だ。こそこの能力を兼ね備えているが、日々戦っている人間が持つ独特の熱のようなものは感じられない。

 堕落し、人の道を外れた。
 そして、ルッフィランテを危険に晒した。

 俺はこいつを逃すわけにはいかない。

 まるで何かにすがるように、助けを求めるように、脱衣所の壁に手をつき、不健康そうな体を支えている。
 その表情はすでに負けを察し、怯えている。
 やはり、戦闘のプロじゃない。勝ち筋を探すことを諦めるのは、守るべきものがないからだ。

 こんな奴に苦しめられていたのかと途端に脱力感が襲ってくる。幾分か安心感も混じっている。
 決着をつけよう。

 瞬時に男の背後に回り込み、その首筋に軽く手刀を落とした。
 これまで戦った誰よりも軽く、味気ない感触。
 知らずに手加減をしていたが、この男にはそれで十分だった。

 俺達を長時間苦しめていた男は、木製の床に倒れ込み、ルッフィランテの平穏が戻る音を鳴らした。

「ふぅ……」

 丸二日にかけて行われた戦いがやっと終わった。
 
 加速(シスト)の持続時間はコンマ五秒ほど残っている。普段はなかなかない状況だ。
 けれど、緊張の糸が切れたせいで特に有効な使い道も思いつかず、時間切れとなった。

 チズに向き直る。
 普段通りの表情。
 相変わらず目つきは鋭いけど、ここ二日間纏っていた冷たい空気はなくなっていた。

「鳥太様……さすがですね。全部計算していたということですか」
「まあそんなところだ。チズが褒めてくれるなんて珍しいな」
「…………っ! あのですね!」

 チズは顔を赤くして気まずそうに視線を逸らした。

「私は敬意を表していない人に、忠誠を誓ったりはしません」
「それはつまり………………。いや、わかったよ」

 俺を認めてるってことか? と言いそうになったが、チズの眼光が鋭くなりそうだったのでやめておく。
 この反応を見れば十分だ。心の中でこっそり喜ぶことにしよう。

「ところで、こいつどうする?」

 ぐったりと寝そべっている犯人は、微かに体を上下させている。気絶しているのか。

「どこかに引き渡すか?」

 この世界に警察はない。
 そもそも税金すらなく、金のある一部の人間がパルミーレに金を集め、勝手に独自の政策を行っているだけだ。
 こういうときどうするのか。まさか拷問したりはしないと思うが……。

「身分を調べてパルミーレに申告しておきましょう。チズ、クシィと替わって来てください」

 背後から聞こえたのはフィルシーさんの声だった。いつの間にか風呂から出ていたらしい。
 
 ふと、床に目を向けると、フィルシーさんの着替えの服が散らばっている。
 そういえば、さっき犯人が奪おうとしてたな。
 ということは…………。

「……………………」

 肌色の光景を思い浮かべた俺は、

「それじゃ、部屋に戻ります!」

 と、内心冷や汗をかきながら、振り向かずに立ち去ろうとした。
 すると、

「鳥太君、お疲れ様でした。今回は辛い役を与えてしまい、作戦とはいえすみませんでした。どこから犯人に監視されているかわからないと考え、少し強引な手段を選んでしまいました。けれど、鳥太君のことは信じていましたので…………って、聞いていますか?」
「もちろん聞いてます。ナイス作戦でしたね、ではお休みなさい」

 扉に手をかける。もはや眠気は覚めているけど、ここは早く部屋に戻るべきだ。

「鳥太君……一応聞いておきますが、まさか私が裸で鳥太君に声をかけているとは思っていませんよね?」
「………………」

 着てるのか。
 よく考えたら、普段から首元まできっちりボタンを閉めているフィルシーさんだ。その辺りのガードは固い。
 今日は犯人が来ると踏んで、風呂に入ったフリをして服を着たまま待機していたのか。

「思ってませんよ、まさか……ふわぁ。眠い」

 わざとらしいあくびをしながら振り返り、『オヤスミナサイ』と棒読みで言う。
 我ながら演技力の欠片もない。

「そうですか、では信じてあげましょう。ずっと疑ってしまいましたからね。お休みなさい」

 明らかに俺の嘘を見抜いていたが、フィルシーさんは大目に見てくれた。
 白のバスローブ。やはりその防御は鉄壁で、普段着と変わらない露出の低さだ。
 胸元が膨らんでいて、ボタンを弾き飛ばしそうになっているのも普段通り。
 
「………………あれ」
「どうしたのですか、鳥太君?」

 フィルシーさんは俺の目をじっと見つめる。
 何かを隠そうとしているような、探っているような態度。
 湧き上がった疑問は正しいと直感した。

「今回犯人が探っていた物は、それですか?」

 胸元につけているボタンを指さした。
 バスローブにはやや不釣り合いな、高級感のあるボタン。普段フィルシーさんがブラウスに付けている物と同じだ。
 骨董品やらなんやらの価値などわからないが、それが精巧につくられた物だというのは素人目にもわかる。

 そして先ほど、俺はフィルシーさんの胸元――正確にはボタンを凝視していたが、そのときフィルシーさんは俺を咎めるどころか、何かを隠すかのように堂々とした表情を浮かべていた。
 普通に考えたら別の反応をされてもおかしくなかったはずだ。

「鳥太君、鋭いですね。ですが、それは知らない方がいいかもしれません。どうしてもというのなら教えてあげますが」
「いや、大丈夫です!」

 と断ったが、俺は翌日、その答えをアッサリ知らされた。

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