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どろどろと血みどろと ②

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「──あ、ルル。そろそろ終わりましたか?」

 トンネルを抜けて外へ出た二人。待っていたその人は、石造りの仕切りの上から声をかけていた。

 逆光の向こうから一つの影がゆらりと二人に向かって歩いてくる。
 シャーロットは、知らぬ声がルルを呼んでいたことに気が付き、知り合いが増えるのかとの期待からその人を見た。
 
 胸躍る彼の瞳に映るのは赤い髪。そして輝く白のシャツに真っ黒なスカートを着た少女。
 あれはどこの国の伝統なのかと思いを巡らせるシャーロットをよそに、ルルはすぐさま返事をした。

「カレン!! ええ、ちょうど終わったところよ。その様子じゃ、そっちはもう終わったみたいね」
「もちろんです、つつがなく。記録結晶イシスにまとめてもらいましたから、明日までに一通り目を通しておいてください。役立つ情報なのは保証しますよ、はい」
「ふふ、カレンがそう言うなら間違いないわね。ありがとう」
「はいこちらこそ──おや、そちらの方は?」

 カレンはそう言ってシャーロットへ目線を向ける。
 この街で見たことのない人の顔。そしてルルが連れて歩いているというには生気に満ち溢れた顔つきをしているために、彼女は誰なのだろうかと不思議がった。
 死体には程遠いその少女は確かに生きていて、使い魔で無いなら一体この子は誰なのかと。

「あ、そうだったわ。私が紹介するわね。
 この子はシャーロット。最近『舞台裏』に加入した期待の新人よ」

 不審に思うカレンの姿を見て、ルルはそうシャーロットを紹介した。
 破滅の魔女の事を口にしなかったのは、話すと色々と面倒が予測されたため。ルルはシャーロットにも、このことを公言しないと約束させていた。
  
「……そうですか、はい。期待とはマキナさんがそう言ったとするなら、ルルさんのようにどこか特筆した能力でもお持ちなのでしょうか……?
 ──ああ! すいません。詮索をしたいつもりではありませんから、はい。ともかく初めましてシャーロットさん」
「う、うん! こちらこそ初めまして──え、と?」

 互いに味気のない自己紹介は、まだ名前すら名乗っていない人物がいたせい。
 そのことはうっかりしていたらしく、すいませんと小さく会釈してから彼女はまた話し始めた。

「すいません申し遅れました。私はカレン。カレン・ヴェリ。『快刀乱麻かいとうらんま』に所属する探偵です。
 『舞台裏』は姉妹仲ですから、今後とも顔を合わせる機会は多いでしょう。
 はい、どうかよろしくお願いします」
 
 丁寧にそう言ってお辞儀するカレン。
 シャーロットにとって真に真面目であると感じられたのはカレンが初めてで、口調だけでなくその立ち振る舞いから、すべてにおいて誠実さを感じさせる人であった。
 嘘はきっとつけないというくらいに。

「ホント相変わらず固い口調ね。後輩にくらい崩せばいいのに」
「いえ、癖ですから。それにこの話し方だと、集中して万全に物事を解決できるような気がするんですよ、はい」
「万全? 嘘ね、大事なことが抜けていない? カレン」
「嘘……?」

 嘘はつかないだろうと予想したシャーロットに、ルルは「そうかしら」と。そんな風にいたずらっぽく笑うと、カレンを横目に同意なく彼女の秘密を打ち明けていた。
 しかし、カレンがあえて言わなかったことが秘密というのは少し違う。それは聞かれなかったから答えなかったと言われてしまう程度の隠し事で、いつかは知ることになる関係性である。
 
「そ。何を隠そう、カレンはジークの妹よ」

 ルルは、さらりとその関係性を言ってのけた。

「あ、ジークさんの! なるほどそうだったんですね。言われてみれば確かに、眼のあたりとか──」
「言っておくと血は繋がってないですよ、シャーロットさん」
「……、言われてみてもピンとこなかっですよ本当に。今そう言われて納得できたくらいなんですから、適当なんかじゃないですよ
 それより快刀乱麻の探偵……ですか。面白いですね」
「! ええ、ありがとうございます。『快刀乱麻』というのは、依頼を委託されるために僕が作ったギルドなんです」
 
 シャーロットは、本人にはそのつもりはないだろうけれど、馬鹿にしているともとれる言葉を口にしていた。それは単に素直な感想を述べただけだというのに、素直すぎるために嫌味のようにも聞こえてしまっている。
 ──との、ルルの心配はどうやら無用だった。むしろ、素直にカレンも受け取っていた。

「すごいわね今の会話。互いに危うい雰囲気なんて無かったみたいに普通に……」

 ルルは心底関心したとばかりに、こくこくと頷く。
 めくるめく怒涛の会話は、都合の悪いことを押し流すように一気に走り抜けていったのだ。
 けれど、ルルが感心して「すごいわね」と口にしてしまうくらいのモノというのは、本人たちにとっては自覚のない出来事だった。

「すごい、ですか? それは……?」 
「ルルどうしたの?」
「いやいいの。分かっていないのならそれに越したことはないし、お互い悪意は無いのだから。
 だから大丈夫。きっとおかしいのは私だけよ。ええ、平和なのが一番だもの」
「?」
「ルルったら変なのー」

 アハハと笑うシャーロット。しかしルルがその言葉にギュッと拳を握りしめていたことを、シャーロットは気が付いていなかった。
 幸いにも次の行動には移りはしなかったのだけれど。

──────────────
「ほらーみてってみてって!! みるだけなら無料だよーぉ!!
 アギ牛肉のタレ焼きに、マル帝国の丸魚揚げ。匂いに我慢できなくなったら買ってって頂戴な!!」
「ほらほら、うまいよーー安いよーー!! 安くてうまいよーー!! 
 ……エーなんだって? 本当に安くてうまいのかって!? そうっ、とにかくうまくてとにかく安いぞ!! 
 こんな最強の露店で腹を満たさないかーいっ!!」

 貧民区画を抜け、南東方面へ。一行は『舞台裏』へと帰る途中であった。
 そしてもう時間はお昼時。彼女らは斜めに走る大通りを、露店の誘惑を押しのけ進んでいる。
 そのために会話は、空腹を紛らわすのには丁度いい。

「──じゃあ、今回も自分のギルドで?」
「そうですね。個人で依頼を受けるのはこの街のギルドシステム上、不可能だったので。はい、仕方なく。
 それに折角設立したギルドですから……」

「個人で……。でもそうだよね、こういう露店なんかもみんな、ギルドに加入しているんだもんね。
 そっか、ここで仕事をするにはギルドが必須なんだ……」
「はい、それがこの街のルールですから」
「でもそのギルド、設立にあたってマキナと契約したんだってね?」
「……う、はい。個人だとギルドの設立はだめだと言われてしまいまして、せめて他に3人は連れてこなければ認められないと跳ね返されてしまいました。
 ただその時、マキナさんからギルドの姉妹契約を持ち掛けられたんです。ギルドの下に着くギルドであれば設立要件を満たすので、それでどうだ、と」

 マキナ。そう口にした瞬間から、カレンの顔色はみるみる青くなっていった。
 散々な目にあってきたのだろうということがシャーロットにも察せられ、同時に一つの疑問も浮かんでいた。
 だがそれは、ちょうどシャーロットと同じことを考えていたルルが、先に口に出してカレンへと尋ねていた。

「あのさ。それ何回も聞いた話だけど、誰かしら人を連れてくればよかったんじゃないの? カレン。それか拾ってくれるギルドを探していれば、悩みなんて抱えずに済んだでしょうに」
「いえ、その……。家の事情で、一人じゃないと冒険者として活動ができなかったんです、はい。
 それにその時はマキナさんの悪い側面はあまり出ていませんでしたから。今となっては見事に騙されてしまったというわけです」
「ふーんそういコト……。納得したわ、つまり詐欺被害でしかないわよねそれ。
 優秀だからって要求量は次第にエスカレートしているみたいだけど、じゃあやっぱり今回のも相当キツかったんじゃないの? 昔に比べて」
「はい。……ですが、無理難題は片づけました」
 
 言って、懐から手のひらほどの丸い結晶イシスを取り出したカレン。
 それは形で言えば水晶玉とも言えるもの。青く光り輝くそれは透き通った見た目。中には無数の光が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。まるで星空や銀河のよう。

「どうぞ。明日から始まる『違反者』の摘発に役立つ資料です。
 ギルドの所在から構成メンバー1人1人の情報をまとめたもので、ざっと23のギルドと144名の半生がこの結晶イシスに詰め込んであります」

 無理難題とはまさしく。カレンが依頼されていたのは、セクレントンに潜む『違反者』の調査という、膨大な量にして甚大な苦労のかかる仕事であった。

「ひゃ──、うわぁ。本業ってやっぱりすごいわね。私なんか、この街にまだそんな奴らがいるなんて思いもしなかったわ。
 ほら、最近めっきりその話題は聞くことが無かったでしょ? 居るとしてセクレントン外の話でだったし、中にはもう居なくなったのかと」
「確かにそうですね。でも、隠れ潜んでいるのを見つけるのが僕の仕事ですから。居る所にはまだ居るものなんです。
 ただ……、一人いたら百は居るものですからね。見つけられたので全部とはさすがの僕でも……はい。無い事の証明というのはできないですから。
 それでも知り得た限りでのすべては余すことなくまとめ上げましたよ」
「え、ひとりでっ!? セクレントンって相当広いし、人も多いのに……」
「ホント、カレンだからできる芸当よね。間違いなく世界一の探偵よ」

 驚嘆と感心。カレンは「そんなことありません」と謙遜していて、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「あんまり褒められるとその、困りますね……はい。
 どうか無理難題はできる限り……。困ってしまいますから」
「そういう無理難題を押し付けるのはマキナだけだから心配しなくても大丈夫よ。
 いや後、フールギルド長だけかしら? 今年は妙に張り切っていたみたいだし、あの人の事だからきっと……。多分だけど、明日は一波乱起きるわね」

────────────────
『再起動準備中……。システム異常皆無、外部損傷ナシ。
 主人格ニヨル強制シャットダウンガ確認サレマシタ』
『人格機能ノ切リ替エヲ開始……。格納保護プログラムハ15時間前ニ解凍済ミ』

「……うるさい知ってる。もうとっくに起きてるよワタシ。
 それとあと、普通に話して。機械音声は理解しずらいから」

『──警告。
 仮称結晶イシスの耐用期間超過を確認しました。
 過去5時間前、※※※との戦闘敗北原因の恐れがあります。早急な対──』

「あーー!! うるさいって!!」

 ガシャリと、横たわる少女は頭を地面に打ち付けた。
 そこは冷たい部屋。彼女は独房に入れられ、僅かに差し込む月の光だけが部屋の明かりとなっている。
 音さえもただ一人きりが奏でるものだけで、外部と遮断されたあらゆる要素の孤独が、そこには充満していた。

 ……しかし。
 その孤独は間もなく終わった。
 かちりと鍵の開く音が聞こえたかと思えば、唐突に扉は開かれ、いともたやすく閉じ込められた少女は外へと出ることができたのだ。
 扉を開けた人。銀色の髪のその人は、自由の少女に笑顔で語りかける。

「久しぶり、フラン。調子はどうだい」
「名前に似て性格もひどいんですね……。調子は最悪に決まっています、主人。
 本当さすがですよ。フールという名前に恥じない作戦でした」
 
 冷たくそう言いのけ、フランは置いて行かんばかりにさっさと歩きだし、遅れてフールもその後に続いた。
 『塔』の下に広がる広大な地下空間。その一角に過ぎないこの監獄は最下層にあたる場所で、上部に戻るリフトは安全上牢屋から離れた所にあった。
 奥から独房、牢屋、看守室、リフト。区画はこの順に並んでおり、独房スタートの二人は長い道のりが続いている。
 ──歩き……歩き。歩き。
 やがて独房を出て数十分、二人は鉄格子の並ぶ通路へとたどり着いた。
 そこでもやはり歩き、歩いた二人。格子の中からの目線に構わずスタスタと歩きぬけ、そして──。
 あと少しで辿り着くというところで、聞き覚えのある声がフランに向けられた。

「お、おいフランどういうことだ!? なんでその男と?」
「なあ俺たちのマスターについたのは、まさか……」

 声の主は『森の幽鬼』のメンバー。しかしフランは名前も知らないその人間にかける言葉は無かった。
 その代わり喧しいとばかりに冷たい目で睨みつけ、悪態を一つ。 

「……うるさいですね、音を切ってもらいますか。看守!!」

 フランの呼びかけに、一人の屈強な看守が牢屋横にあるスイッチを押した。
 するとたちまち声は消失。鉄格子の中には口をパクパクとだけ動かす、まるで餌を求める池の魚のような滑稽な姿だけが映っていた。

「───────────? ─────!!」
「───────────────!!」
「さて帰りましょう主人。報告がたまっていますから」
「そうだな。でも、疲れているのなら明日でも構わないよ。
 計画にもそれくらいの余裕はあるからね」

 二人の人影はそうして、振り返ることなくその場を後にした。
 


 




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