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第1話 魔女が大地に降り立つ日

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 とある古びた木造造りの建物に、三人はいた。
 一人は椅子に座り、一人はカウンターに、そして一人は紙を手にして立っている。
 
【違反者達『森の幽鬼』の壊滅、あるいは捕縛依頼・報酬:言い値】

「……ふん、無難にして低俗で不愉快だ。
 こんな下らない依頼を受けなくてはいけないとは、私たちの格がこうも地に落ちたと思い知らされるね……。実力あっても貧乏、全くもってひどい話だ」
 
 手に持った紙を見て、女は言った。
 肩まで伸びた紫髪にすらりとしたパンツスーツ。吸い込まれるほど暗い瞳は片目だけで、黒い眼帯姿のその人は、透き通る白い肌の持ち主であった。
 そして、彼女は心の底から辟易へきえきしていた。つまらない仕事程無駄な時間を過ごしているのだと自覚するものは無く、その時間の消費方法こそ唾棄だきすべき悪にほかならない。
 問われれば高らかに告げる、一つの確たるもの。
『楽しくないこと』
 それ以上に、彼女にとって嫌いなものは無いと。

「なら、これからはだけで依頼を判断するのは止めることだ。
 選り好みのし過ぎで依頼が回ってこない、なんてのは贅沢な悩みというもの。まして、そんな悩みを抱えているのはウチくらいのものだぞ、マキナ」
「ええホント。誰のせいでいつまでも貧乏のままなんだっての……。愚痴るならまず、門前払いよろしく、私たちの意見を無視してまで依頼を突っぱねるのを止めてよね。あんた形式上一応ここのギルドマスターなんだから、逆らえない下っ端のことも考えなさいよ。
 ──って、あ。まさかここにきて、私の依頼まで突っぱねないでしょうね?!」
 
 そう口々に正論と文句を言うは、一振りの刀を携えた男と、黒髪の少女。
 呆れ顔は二人にとっていつもの事で、奇想天外なマキナの行動とその原理は、長い付き合いであってもおよそ理解しがたい状況を招く。
 
 例えばこの、貧乏がその最たるもの。
 冒険者の街セクレントンでは、基本的にギルドに加入したうえで依頼をこなす。
 その依頼というのはセクレントンの中心にある中央ギルド『塔』が、受注から報告まで一括管理をしており、依頼の難易度に応じて、適切な実力を持っていると判断されたギルドに委託する形式をとっている。
 冒険者個人の実力を示すものは無いが、彼彼女らが属するギルドを測るシステム、
“どのギルドがどのくらいの実力を持っているのか”
 それを表すものとして、『塔』は羽の色と枚数でその区別をつけている。
 銅、銀、金の三種の色と、羽5枚。
 銅の羽5枚が最低ランクで、最高は金の羽1枚。
 通常は銀どまり、金に到達するにはかなりの実力と経験を求められるが、実のところ具体的な指標は公表されていない。
 依頼達成件数、難度、達成時間。おそらくこの3つであると、数多のギルド間では噂されている。

 そして。
 セクレントンにおいて、二人が属するギルド『舞台裏』は、たった一つの最高ランク、金の羽1枚なのだ。
 それは並び立つ者のない実力を持った少数精鋭の最強集団であることを意味し、どんな依頼であれ難なくこなせるポテンシャルをもった、いわばセクレントン最終兵器とでも言ってしまえるギルド──だが……。
 
 当のギルドマスターが『塔』からの委託依頼のそのほとんどを跳ね返してしまうために、「この依頼を受けてくれなければ、ギルド権利を剝奪する」とまで言われなければ中々仕事をしない、つまりは問題児の扱いを受けているのが実際だ。
 加えて周囲のギルドからは、「磨き上げた一枚の銅羽どうばね」とまで言われる始末。実力が本当にあるかなど、もはや全くもって信じられていない。
 つまり貧乏という状況は、実力云々と遠い理由。だからこそ二人にとって理解しがたいことであった。

「…………そう。味方はいないか……」
 くるりと体を回し、彼女はああ、と顔を上げてため息をつく。
 ──胸躍らない仕事は、冒険者になった理由を十分に果たせないのだから気が乗らない。
 そのあまりに個人的な彼女の態度は、少なくともマキナの心の内にとっては仕方のないことであった。
 しかしそんなマキナの理屈を知らない二人。特にルルは、彼女にとって重大な依頼についてマキナが話さなかったため、慌ててそれを追及してかかる。

「ちょ、答えなさいよマキナ!! 受けるのよね、ね? 命より重いけどウチの羽みたいに軽い財布から、私のなけなしの前金払ったんだから、それでもし破ったら承知しないわよ!!」
「安心しろ、ルル。君との約束は違えないさ。今までそれだけは無かったろう……大体、今回の君の依頼は送迎だけだろうに、何をそんな心配しているんだ?」
「──約束を破ったことは無い? ……ええ、そうね。給料の支払い以外でなら」
「……とりあえず、もう出発の時間だ。ジーク、馬車を」
「はいはい」

 ジークと呼ばれた男は、そう言って静かに笑いながら、言う通りに馬車を出しに行く。
 携えた刀はいつの間にか消えていた。

「っ、嘘だったらホントに許さないからね」
 
 時刻は10:00過ぎ。
 三人を乗せた馬車は目的地に向かって、風のように走り出した。
 もうすぐ太陽は昇りきる。
 それが彼らの向き合う運命の始まりであることを、この時は誰も知ることはなかった。
 ──裏でほくそ笑む、ただ一人を除いて。

 ────────────────────。

 黒黒黒。
 その世界は黒に染まった、破滅の象徴。
 一人の魔女の狂乱。時を進め、時を戻し、それを繰り返した末路はこの封印王都アレイスの有り様。一国を滅ぼした短時間の急激な時間の変化は、万物を次元の摩擦で漆黒へと染めたのだ。
 草木、建物、地面、空、雲。人は指先から髪の毛一本に至るまで、あらゆる形と概念は摩耗し、時間の経過すら擦り切れて停止した隔絶された世界。
 だから文字通り──万物。
 そこに例外なく、あるとすれば外界からやって来る、封印物という異物と命知らずの魔法使いのみ。
 そしてたった今詠唱を終えたネクロマンサーは、その命知らずのおそらく最後。
 破滅の魔女は今ここに、1000年の時を超えて復活を果たすのだ。

「せ、成功し…た……。
 やっったぁ!! どうだどうだ、どうだっ。やってやったわ、私!!」
 
 黒髪の少女は、溢れんばかりの喜びを声に。
 名前をルル・スカルハート。
 飛び回り跳ね回り、照り付ける太陽の下で、彼女は花のような笑顔を思い切りに咲かせていた。

「時間は12:00ピッタリ。ええ、時間調整まで完璧に行ったんだから、失敗するハズ無い。
 18歳になるまでずっと鍛錬を続けてきて、それでこの土壇場どたんばで台無しにする程、お茶目な性格じゃないわよ、私」
 
 黒髪の少女はそう呟く。
 12:00という太陽が真上に到達した時刻、生と死の世界を逆転させることで対象の生死をも逆転させる、世の理を外れた第二禁忌『蘇生魔法』。
 意思無き死体、魔法による疑似魂を吹き込む死体活用すら冒涜的ぼうとくてきであるというに、ネクロマンサーはさらにこの魔法を編み出し、拍車をかけた冒涜行為を犯した。
 即ち、死霊術の枠からも外れた完全なる死体の復活を成し遂げてしまったのだ。
 
 そんなネクロマンサーたる彼女。
 その人生はかの伝説の破滅の魔女ニアを蘇らせるためにあり、この瞬間のためにここまで生きてきた。
 彼女の、幼いころ他界した両親の願いであり、魔法の原点──貴蹟きせきを得るため、ルルはこれまでの人生を魔法につぎ込んできたのだ。
 
 ──四つの国、始まりの四貴族。
 
 聖王国シールと聖女ジャンヌ。
 紅国イストラと吟遊詩人ルーフォンス。
 魔王国カーベントと破壊者ララ。
 機械帝国マルと知恵ある人ノース皇帝。
 彼彼女らは、魔法の原点たる貴蹟を用いて国を建国した。
 神の使いともされた貴族達は、人々の暮らしに秩序と平穏という恩恵を与え、やがて貴蹟は魔法という形で人々に継承されていったのだ。
 そして長い年月が過ぎ、役目を終えた貴族たちは人の世の平和を願いながらその姿をくらましたが……、しかし、願いが届くことは無かった。
 
 5年にわたる、戦争が起きた。
 貴族の血は即ち力、彼らの子孫はより強大な力を求め、力は権力を求めた。
 魔法を使えぬものは差別され、魔法使い同士の争いは熾烈を極めたと。
 皮肉にも魔法から魔術が生まれたのは、差別から抗う術を身に着けた結果であり、戦いが魔の世の発展に寄与したことが事実ではある。
 ……しかし、多くの血が流れすぎた。
 魔法使いの争いが何を招くのかを、人々は想定していなかった。だが知った時にはもう遅い、成長した魔女は誰にも止めることができなかったのだから。
 
 そう、戦争の終結とは共通の敵である貴族の打倒。だがあまりに強大なそれは、もし自壊しなければ貴蹟を生み出していたであろう終末の人。
 聖王国と魔王国の間に位置した永久王国アレイス。
 親であったその王を殺し、自らが権力者へとなった簒奪者。けれど最期には国ごと自身を滅した最悪。
 ルルが人生を費やしたのは、この力求めし貴族、破滅の魔女ニアである。
 
 だから言い換えればそれは、「時間を操ることができるらしい、一国を滅ぼした恐ろしい魔女のために尽くした時間」とも言えることが、彼女にとっては少し屈辱的なことではある。
 他人のための人生を生きていると、そう思えば思うほどに、自分の存在をこれでもかとないがしろにされている気がしてならなかったからだ。
 しかし、主従の関係がはっきりしているぶん、努力と犠牲が報われるのだから気にしない方が賢明と言える。
 “生き返らせてもらう人と、生き返らせる人”
 いかに相手が強大な力を持っていようと、その関係は通常の契約と比べられない強力な格差を生じさせる。
 無論どちらが上であるかというのは明白である。

「あ、」
 
 これまでの道のり、苦労した過去に思いを馳せていたルルの前に、魔法術式の上、ふいに人影が色濃く見えてきた。
 輝く光のヴェール、陽光が如き光のカーテン。
 魔術式がそういう仕様だったのだが、しかしおよそ破滅には縁遠い登場の仕方。
 けれど薄らいできたその障壁の向こうにたたずむ一人の少女の姿によって、ルルは息をのみ、ああ、と。今ここにあるべき格式の当然性に、そう納得せざるを得なくなった。
 その双眸はくぎ付けに、抗いようもなく……ただ、見惚れてしまう。

 燃える赤に金の差し色の髪。
 天使の輪をどこかに落としてしまっただけの、純粋にして無垢なる天使。
 装いはかの四貴族の聖女ジャンヌを思わせる、しかし1000という古臭さなど微塵も感じさせない金と純白のドレス姿。
 降り立つ地には穢れは無く、あたりの景色は一瞬にして黒の絶望から、かつての栄光を取り戻し、あらゆる色が芽生えていく。
 草木は空高くその手を伸ばし、朽ち果てた廃墟はかつての活気をありありと示す。遠くの景色は暗いままだが、それでもここら一帯は確かに、“時間が巻き戻っているように再生していた”。
 伝説に残る、破滅の魔女ニアの魔法。

 ……だから見惚れるのも無理ない。
 天使が、ルルが取りこぼしてしまったあらゆるすべてを持った一人の魔女が、そうして唐突に彼女の前に現れたのだから。
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