この恋は決して叶わない

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

文字の大きさ
上 下
31 / 32

6-6

しおりを挟む

 戦況は、膠着状態にあった。バルベリトを何とか2人がかりで抑え込むも、ヤツを倒せるかと問われれば否と答えるしかない。

「遅い! 回り込むんだ!」
「トバイアス!」
「分かってるッ」

 トバイアスもアーチボルトも確かに一流だ。しかし決定打に欠けた。かつて神速と呼ばれた剣の使い手ジョエル程速くもなく、魔法すら操った騎士ギルバートのような攻撃力もない。そして、勇者ディヴィッドのように、弱点を突ける使い手でもない。

幾ら僕自身が最強の魔法使いと呼ばれ彼らの力になろうとも、連携の取れていないままでは限度がある。

 デイヴィッドの予想は奇しくも当たっていた。彼らがバルベリトに対抗できる力があるとは思えないと。彼らはまだ成長途中にある。まだ、剣を交じえるには早過ぎた。やはり、彼でなければならなかった。

 またしても、彼に全てを背負わせるのかと思うと、僕は絶望にも似た感情を覚える。彼はかつて言った。夢の中で死ねれば良いじゃないかと。そんな言葉を今になって思い出す。彼をこの旅に引っ張り出してきたのは、他でもない僕自身なのだから。

「クリストフ、アイツら下がらせろ」

 そんな事を考えて居たからか、僕は背後に来ていた死に損ないの気配に気付く事が出来なかった。バッと振り返れば、そこには奴が居た。思わず声を張り上げる。

「ッバカ! 何出てきてるんだッ、奴の狙いはーー」
「だからだ、俺しか殺れねぇだろ、アイツは」

 あんな状態で動けるはずなどなかったはずなのに。いくら回復したからといって、魔力だって尽きかけていたはず。ハッとして其方を見やれば、そこには地面に倒れ臥すジョゼフとリオン、そしてそれを介抱しているエリアルが居た。何が起こったかは一目瞭然だった。

 静かに言って聞かせるように言ったディヴィッドの様子に、僕は言い知れない焦燥を感じた。責めるように彼を見やるも、しかしそこには、怒るでも無い、憎むでも無い、恐ろしく静かな表情があったのだった。この感じには覚えがあった。

「死に損ないは引っ込んでいろと僕は言っーー」
「皆を頼む」

 瞬間、目の前から姿を消すディヴィッドに、僕は呆然とする。
 かつて同じことを言った男が居た。魔王と、最後に残ったバルベリトを追い詰める中。瀕死の仲間たちを見ながら、静かに男は、ギルバートは、そう、同じ事を言ったのだ。一人で自らの命を賭し、バルベリトの動きを封じた。

「ッ何を……、っやめろ、何をする気だ! そんな事を僕が、ッこの僕が」

 頭が真っ白になる中で、無駄だとは思いつつも未練たらしく叫び続ける。そんな中で僕が見たのは、2人の騎士の間に突然乱入する奴の姿だった。咄嗟に、僕は引き戻すつもりで呪文の詠唱を始めた。しかし、最後まで言わせては貰えなかった。

 ディヴィッドは騎士の二人を投げてよこしたのだ。目の前に降ってくる人間に、僕は魔法を中断せざるを得ない。折り重なって地面に転がりながら、どうにか足掻く。

「ッバカ、この大馬鹿野郎ッ!こんな僕を遺して、お前はーーッ!」

 呻いている二人を何とか押し退け、這いつくばったままディヴィッドの姿を追った。
 遠くの方に勇者の魔力を纏った彼の姿が見えた。退魔の剣は、左手ではなく利き手である右手に握られている。右手は動かないのだと言っていたはずなのに。僕はその答えに気付くと、頭の中が真っ白になるような気分になった。

 多分彼は人間である事を自ら捨てたのだ。バルベリトを倒すため、呪に抗う事を辞めた。きっと、最後の可能性に賭けたのだろう。

「お前もこの僕を置いて行ってしまうのかーー」

 目の前で繰り広げられる人間にあるまじき戦いを目にしながら、僕はそれこそ呆然と見つめる事しかできなかった。誰も介入する事は出来ない。そう思わせるような戦いぶりだった。


◇ ◇ ◇


 決着は直ぐにはつかなかった。けれど勝機は確かにここにあった。

しかし、悠長に構えても居られないのはディヴも同じこと。魔力の減りは尋常では無い程速い。これでも駄目かと、絶望すら滲ませる焦りに僕は苛まれる。どこか、介入する隙さえあれば一撃を見舞ってやる。そんな心待ちで、僕は魔法をストックしていった。
そんな時の事だ。彼らの背後、瓦礫と化した建物の奥から、呟くような小さな声がした。

「おやじーー?」

そこには、見知った顔が立っていた。ディヴが探し回って保護した、英雄達の忘れ形見。それを認識した途端、僕の奥底から恐怖が湧き上がる。バルベリトもディヴィッドも、戦いの最中にありながら、その声を聞き逃してはいなかった。一瞬、二人の動きが止まった。

「ッーー!」
「来てはダメだ!逃げるんだッーー!」

突如姿を消したバルベリトとディヴィッドに、僕は腹の底から叫んだ。咄嗟に、アルフレッドの前に結界を張るも間に合ったかどうか。僕は心臓が止まりそうになりながら、僕はそれを見守る事しかできなかった。


◇ ◇ ◇



 何も考えている暇はなかった。
 神速直伝たる移動法で、俺は駆けた。アルフレッドを後ろ手に庇いながら、襲い来るだろうバルベリト目掛けてその剣を突き出す。

 もう勇者のそれを使うだけの余力はなかった。魔力も身体も限界なんてとうに超えていたし、霞む目だって殆ど見えてもいなかった。

 だから、気配と魔力だけを頼りに、俺は立ち塞がったのだった。既に朦朧とする意識の中、襲い来るであろう痛みに身体を強張らせた。背後から聞こえてくる息を呑む声に微かな痛みを感じながら、俺は衝撃に備えた。

 だが、待てども待てども予想した痛みは訪れない。霞む眼で状況を捉えようとするも、影に遮られ焦点が合わない。何が起こったのかが全く分からなかった。

 それからすぐに気付いた。
 俺は口付けをされていた。他の誰でもない、あのバルベリトからだ。敵であるはずの、魔王側の生き残り。
 そんな悪魔からの口付けを通して、自分の中にバルベリトの魔力が流れ込んでくるのがわかった。何が起こっているのか、理解ができなかった。

 その唇がそっと離れていく。穏やかな


「あの時、君の、仲間の騎士達を殺す気は、僕にはなかったんだよ。君に近付きたかっただけなんだ。だけれども僕は悪魔、君らの殺すべき敵。僕はどうすれば良いかわからなくて、彼らが憎らしくて妬ましくて、だから、抑えがきかなかった……、強い強いきみと、一緒に、居られるなんて……何で、僕は人間でないんだろう、悪魔を統率すべき、悪魔なんだろうって。そう、したら君の仲間が、憎らしくて、仕方なかった。殺してしまって、益々、僕は君から、憎まれて……昔のように、仲間も……いない。僕は、孤独になった。だったらいっそ、僕は君の手にかかっ……死にた……そう、何度願った……いま、それが、叶っーー」

 俺にしがみつき、そんな事を言ってから。呆然としている俺にのし掛かったまま、崩れ落ちるように倒れた。

 ソレを支えるだけの力など今の俺には残ってはおらず、俺はベリトを乗せたままその場で尻餅をついた。震える手から零れ落ちた剣が、カシャン微かに音を立てる。俺の剣は、確実にバルベリトの心臓を貫いていたようだった。むしろ、バルベリトが自ら受け入れたとしか思えない。致命傷だった。

 そして、奴の背後には、現役の勇者トウゴが息を切らして立っているのが見えた。奴の背は、袈裟懸けに切られていた。俺の指示通りに、彼は動いてくれたのだ。隙を狙い、奴にトドメを刺せと。彼の勇者の魔力が、最期に残ったベリトの魔力を根こそぎ奪った。

 俺に抱き着くかのようにして倒れているバルベリトは、静かに、徐々に身体を塵へと変えていった。サラサラと風に流れていくのを、俺は呆然と眺めた。そうして、完全に奴の姿が塵に変わったところで、俺は漸く自覚する。
 終わったのだ。
 勇者と言われた俺達の戦いが、20年にも渡る長い長い戦いが、漸く幕を閉じたのだ。

 それを自覚し、俺は一気に力が抜けるのを感じた。終わった。解放された。そして、感じるのは一抹の遣る瀬無さと、少しばかりの哀愁だった。俺は自分の身体すら支えられなくなり、その場で背後にドサリと倒れた。

 周囲の悲鳴を聴きながら、俺はふと意識を手放す。意識を失う間際、俺は思った。こうなるのは必然だったのだ。奴は拷問と虐殺を司る悪魔で、どうしたって人間とは相容れない。だから、悪魔の本心を聞いたところで後悔するだけ。

 だからこれは、俺の負けだ。奴はまんまと勝ち逃げして見せた。俺に一生忘れられない記憶を植え付けて、消えて逝った。
それが少しだけ可笑しくて、次の生はまともであれ、と俺は最後の最後で願うのだった。次の生なんてあるかは知らないけども。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

処理中です...