この恋は決して叶わない

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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「この僕が! ヤツにしてやられた!」

 そんな言葉と共に、クリストファーが俺達の目の前にパッと現れたのは、その日の夜分遅くの事であった。

 その後、俺とリオンは二人で村の様子を見て回った。結界の外で蠢いている悪魔達や、彼らの操る魔獣達を時折間引きながら、この村の状況を知る為だった。

 あまり芳しくないのは見てすぐに、分かった。結界が衝撃に耐え切れず、段々とほつれてきていた。それを時折補強して回っていると、日が暮れるのはあっという間だった。
 ひとまずは安心だ、と待機場所である村長の家の前まで戻った所で。

 焚火の中から、あの男は姿を現したのだ。明らかに疲れ切った様子でしかし、そのお綺麗な顔には悔しさが滲んでいた。

 1日にそう何度も人間を転送すれば、一体どれ程の魔力が失われるか分かったものではないというのに。クリストファーは自ら、自分の魔力でここへとやって来たようにしか見えなかった。
 俺は呆れながら声をかける。

「お前、馬鹿だろ……他の奴に転送させれば良かったじゃねぇか」
「黙れデイヴ! 他の者に頼める訳がないだろう! そもそもこんな失態、他の者達に示しがつかない。……自分の力によって取り戻さなければ僕は僕でなくなる」

 皆の前、俺の呼び方すら繕えないほど動揺する彼を見るのは久々だった。
 ローブに飛んだ火を払い、俺に向かって声を荒げる。瞠目する他の面子には目もくれず、クリストファーは真っ先に俺に向かって睨みを利かせた。その様子に面食らいつつ、俺は声をかける。

「お前、少し取り乱しすぎだ。起きちまったもんは仕方ねぇんだよ、それがお前の義務だったんなら尚更。……それよりテメェの魔力が当てに出来ねぇってどんな枷だよ」
「……他の者達にここの位置を伝えるのに骨がいるんだ、結界の隙間を縫って此処へ到達するのには術者の癖を知らないとならない。他の者に教授する暇があったと思うのかい?」

 こんな、昔のように食ってかかる彼を見ると、益々昔を思い出してしまう。以前、彼が取り乱した姿を見たのは、彼の長年の幼馴染を失った時だった。
 それは本当に、とても正視できるものではなかった。俺の記憶にも、その時のクリストファーの姿が深く深く、刻み込まれている。

「成る程ね。俺はてっきりお前のウッカリかと思った」
「ああそうだよ、ウッカリ着地点がズレて焚火でローブを焼いてしまった!」
「落ち着け」
「大丈夫だ! 僕は十分落ち着いている!」
「声がでけぇよ」
「……」
「まずは座れ。親の俺よりお前が取り乱してどうすんだよ」

 宥めすかしながら、自分の隣へとクリストファーを座らせる。ほんの少しの間、沈黙が走った。
 先程クリストファーの現れた焚火からは、パチパチとした静かな音がした。

「シャロンはマリアの子だろう」

 クリストファーは静かに言った。
 マリアというのは、クリストファーの幼馴染だった。クリストファーとマリアは、二人共その才を見出され、俺の旅へと同行する事になったのだ。

 無事に俺達は生き残り、マリアは旅の仲間の一人と結婚した。その頃には俺は既に姿を消していたから、詳しい事はよく知らないのだけれど。魔女は俺に語って聞かせてくれた。

 その悲劇は、幸せに暮らしていた彼らに襲いかかった。
 魔王の残党、上位悪魔の仕業だったらしい。悪魔はマリアとその仲間を襲い、そしてクリストファーの目の前から赤子を連れ去ったのだという。

 悪魔はその場で始末されたが、その時に赤子に使用された『悪魔の悪戯』とも呼ばれる転移術は、その行先を追う事ができない厄介なものだった。
 結局、クリストファーはその時身内も全部を失った。俺がそういう状況を知っているのは、魔女による知らせがあったからなのだが。

 俺がどこで何をしていて、そしてどうやって子供達を見つけ出してきたのか。クリストファーは詳しく俺に何も聞かなかったのだ。だからてっきり知らないものだとばかり思っていた。
 色んな事が片付いてから、シャロン達の事についてはゆっくりと話をしようと思っていたのであるが。それはどうやら必要ないらしい。

「お前、気付いてたのかよ……」
「当たり前だ。何年マリアと一緒だったと思っている。ーーお前が、あの子を探し出したんだろう? 僕が気付いた時には、その子がどこにいるのかも分からなくなっていた。ようやく見つけたその子がまた攫われたとあっては、僕はもうマリアに会わせる顔もない」

 クリストファーは、ほとんど無表情になって言った。以前の事も今回の事も、ひどく後悔しているらしい。
 真面目過ぎる堅物は、その力故にか何でもできると思い込んでいる節がある。それが良い方に働く事もあれば、今回のように悪く働くことも多いのだ。

「シャロンには魔法使いの素質がある。すぐに気付いたさ。魔力の波長がマリアに酷似していた。年齢といい、彼女の容姿といい、疑う余地もなかった。……デイヴ、君はなぜ僕にこの事を言わなかった」
「それはお前が……いや、こんなとこで話す内容じゃねぇだろ。全部片付いてからにしろよ」

 狼狽えた姿をこれ以上見たくはなかった。バッサリと話を中断し、今の話へと誘導する。

「まぁ、それもそうか。僕も力を回復しないといけない」

 今日は流石のクリストファーもあまり元気がないようで。神殿繋がりでよく知るジョゼフに手伝われながら、彼は休息のため建物の中へと入っていったのだった。

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