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しおりを挟む「すまんのぉ、デイヴィッド。お前さんの枷にはならんようにと思っとったが……この老いぼれは、自分の技量に自惚れてたようでの」
結局俺はそのまま、村長の所へと向かった。
いくら後ろを振り向こうとも、着実に前には進まなければならないのは俺にだってわかっていた。
そして開口一番にそう言った村長に俺は苦笑する。俺の方こそ、こんなに迷惑をかけるつもりは無かったから申し訳なく思う。
魔女は契約が続く限り違わないと聞いていた。それでも、少しでも他所に影響が及ばないようにとこの村を選んだのだ。それが正解だったのかどうなのか。俺にも判断がつかない。
魔女が契約を破棄すると前もって分かっていたら、迷惑になる前に姿を消すつもりだったのだ。
出来ることなら、この村もあのままずっと平和が続けば良いと、そう思っていた。
「迷惑をかけてんのは俺の方だ。こんな俺達なんか放っぽり出してりゃこんな目に合わずに済んだんだ……アンタも人が良すぎるんだよ」
「ほほっ、自虐なさんな。ワシら以外に誰がお前さん達を救えたろうか。お前さん達はもう十分苦しんだ、世界を救った英雄に恩返しせにゃバチが当たる」
「そうかい……あとは、俺の仕事だ。無理はせんでくれ。俺がやる」
真剣に言って見せれば、村長は頬を掻きながら、しばらくの間その目を瞑った。再びその目が開いた時には、彼の口からは大きな溜息が飛び出た。
「すまんの。村の者達は避難こそしとるが、ワシが結界を強固にする限りここから出られはせん。かと言って逃がそうにも、結界をすこしでも切れば一網打尽よ。八方塞がりじゃな。策に溺れるとは、ワシもまだまだじゃの」
「何言ってんだよ、ヤツは俺が殺し損ねた化け物だ。ヤツは俺が片付けねぇとならねぇんだ。……頼むから、休んでくれ。無理はしないでくれ」
「あの奔放なわっぱが言うようになったのぉ……ワシも老いる訳じゃ。なに、無理はせん。この老いぼれ、自分の出来る事と出来ん事の区別くらい出来とるわ。ーー保って二日じゃ。準備せい」
「すまねぇな、最後まで自分の尻拭いも出来ねぇで……」
「何を言うか、昔とさほど変わらんさ。お前さんの世話は任せとくれ」
「……恩にきる」
額に汗を滲ませ語った彼に申し訳なさが募る。ずっと結界の意地に掛かりきりでは疲弊もする。稀代の天才も人の子、限界はある。
そんな話を終え、村長の家から出ると、俺を待っていたらしいレオナルドとアルフレッド駆け寄ってきた。
その後ろからはトウゴ達も付いてきているようだが、俺ももう、隠すような真似は辞める事にした。どうせすぐ、彼らにも分かるだろうから。
「村長、何だって?」
「結界が保って二日だと。迷惑かけっぱなしだなこりゃあ」
レオナルドに問われてそう応えれば、今度はアルフレッドからも質問が飛んでくる。
「なぁ、爺さん大丈夫だよなぁ? 死んだりしないよなぁ?」
そう不安そうな顔をするアルフレッドを安心させようと、いつもの笑みを浮かべながら言う。
「疲弊はしてる。が、腐っても神の遣いだ、くたばりゃしねぇよ」
あの老いた聖人の顔を思い浮かべる。あの老爺の額に汗が流れている所なんて、今まで一度も見たことはなかった。
老いた隠居人がその命を掛けて人々を守っている。こんな状況に置かれても、彼の目から光は失われてはいなかった。俺達がどうにかするはずだと信じているのだ。
「あのジジイはしぶといんだ、世の中そう言う風に出来てる。ーーそれにすぐ、クリストフもここへ来るだろ」
そうなのだ。クリストファーはああ見えて、やられっぱなしで黙っていられるような腑抜けではない。必ずここへ来ると、俺もそれを信じている。
「クリストフ?」
「ああ、お前らの面倒を――」
「現神官長、クリストファー殿……貴方が言っているのはその人の事か?」
そんなやりとりに割って入ってきたのは、魔法使いのジョゼフだった。
彼は真剣な眼差しで俺をまっすぐに見つめている。その視線から目を逸らしながら、俺は静かに言った。
「ああ、そうだな。早計に失したあの野郎だ」
「この村の村長はかつての、20年前までの神官長だ。貴方はその事を知っているように見受けられる。この事を知るのはごく僅かな身内のみのはず。貴方は、まさか――」
その先を聞こうとするジョゼフに、俺はわざと言葉を重ねた。
「正誤についてはクリストフにでも聞け」
「なぜ、あの方も来ると……?」
「アイツはああ見えてひどい負けず嫌いなんだよ。喧嘩なんかできもしない癖に……」
余計な事まで喋りそうになったのに気付いて慌てて言葉を切る。ここまで言ってしまえば答えを言ってしまったも同然なのだが。
二、三、適当な言葉を言い残すと、俺は逃げるようにその場から立ち去った。
トコトコとついて来る息子やリオン達の気配を感じながら、戦いについて考えてみる。
できる限り、トウゴ達はこの戦いに加わらせるべきではない。この村に来て益々、俺はそう思うようになった。
これは20年前にやり残した事の尻拭い。彼らに負わせるべき責任ではないのだと。
その責を負うべきなのは俺と、そしてクリストファーの二人。それだけは譲れないとすら思えた。
だから俺も本気で、死ぬ気でこの戦いをどうにかするつもりだった。向こうが俺と戦う事を望んでいるのなら、例え身体を引きずってでもその要求には応えようではないか。
それしか、今の俺に残された選択肢はないようだから。
ふと、やってきた村の広場で立ち止まると、俺は枷を外すように自分の魔力を全身へと行き渡らせた。本気でヤり合う時にだけ使う、とっておきというやつだ。
剣士というのは、一般的に魔力をそれほど持たない。それ故、彼らの魔力は主に身体の身体機能強化に使われる事が多い。
けれど、その範囲内に収まらない例外の存在というのは必ずあって。それが俺や、俺の師匠となった騎士の強みでもあった。
この魔力の使い方は元々、魔法使い達が好んで使うやり方だ。身体の隅々に行き渡らせる事で、魔法の発動を短縮させる。そして同時に、相手の攻撃から身を守る為の手段としても使える。攻守一体型、広く使われているものの一つだった。
それを俺達も、剣術と併せて使っているという訳だ。他の剣士達には真似できなかったからこそ、俺と師匠は登り詰めたという訳である。
その上で俺にはもちろん、勇者として認められた者にしか扱えない特別もあった。それは当然、勇者トウゴにも同じく扱えるものであるのだが。強力な力というのは同じくらい、リスクをも併せ持っている。
身体の隅々に行き渡った魔力を手遊び程度に動かしてみる。こういう使い方をするのは久々の事だったが、案外感覚で何とかなるらしい。それに安心しながら更に続けていると。
背後から突然、力強い気配がした。慌てて後ろを振り向くと、そこには獣の姿へ戻ったリオンが立っていた。
白銀で艶のある毛並みが、その四足獣の全身を覆っていた。背と二本の尾には横縞の黒い模様が走っており、まるで白い巨大な虎を思わせた。その立ち姿はゆうに俺の背を越え、知性を宿した眼差しはちょうど、俺の正面にあった。
美しい。成獣へと立派に成長したリオンの姿に、そう形容する以外の言葉は見つからなかった。
「リオン」
俺が与えた名を呼べば、リオンは頭を垂れ、俺の目の前にその額を差し出してきた。撫でろ、と言う事なのだろう。
それに反射的に手を伸ばしかけるが、その姿に撫でるのを躊躇してしまう。禍々しいものを抱えた自分が、その姿に触れる事に抵抗感があったのだ。
だが、伸ばしかけた俺の手に、リオンが頭をおしつけてきた。ふわりとして、そして少しだけ硬い彼の皮毛は思った以上に触り心地が良かった。幼獣の頃よりかは硬いその毛並みにすら成長を感じる。
時が止まってしまったのは、俺達だけなんだろうか。そんな事を考えながら、俺はリオンの頭をくしゃくしゃと撫で回したのだった。
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