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その昔、俺が命を救った少女が立派な女性へと成長し、そして女王と成った。その成長を喜ぶ反面、淋しさも感じた。彼女は公爵家の夫を城に迎え、子供も2人居ると風の噂に耳にした。
――その昔、僅かな時ながら想いを確かめ合ったからこそ喜びは大きく、そして、遠い存在になってしまったのだという侘しさもひとしおだった。続けて彼女は言った。
「――それにしても、貴方が養子をとるなんて。一体、どういう風の吹き回しでしょう」
「! 四人とも、無事だよな?」
「良く見なさい、先程からここに居りますよ」
クスクスと笑って、彼女が後ろに振り向けば、その先に四人の子供達が居る姿が目に入った。
皆、目の前の出来事が信じられないのか、不安気にこちらの様子をうかがっている。ホッとした反面、今までのやりとりを見られていたとなると少々気恥ずかしく思った。
緊張を解すべく、手を招くよう皆を呼び寄せた。
「怪我はねぇか?」
「ない」
一人一人、顔を良く見ながら全身を見ていく。そうやって、誰にも怪我が無いことを確認すると、俺は気が抜けてしまった。胡座をかくようにベッドに座り直すと、髪をくしゃくしゃと左手でかきあげた。
「大事ねぇなら好い……ったく、魔女も勝手だなぁ」
「あらそうかしら? 私の元に戻って来てくれたのだもの、私に言うことはないわ、私の騎士様。感謝しなくては」
「ッだが俺は――」
自分は自我を失い他者を傷付ける可能性がある。それを三度主張しようと口を開いたがしかし、それは俺の口に伸びてきた彼女の指先に阻まれた。
「分かっていてよ、デイヴ。貴方に植え付けられた邪気は取り除けるものではないわ。でも、どこかにそれをどうにかする手段があるかもしれない……ねぇ貴方達、お父様の事は好きかしら?」
彼女は呼びかけるように子供達に問いかけた。皆、突然の事にギョッとして互いを見合わせるが、彼らは皆、無言でコクリ頷いたのだった。
こんな時にばっかり好い子ぶりやがって。少しだけ憎らしく思いながらも、俺は喜びを隠せなかった。血の繋がりは無くとも、大切な自分の子供達だ、嬉しくないはずがない。
「そう。――それなら、お父様が遠くへ行っても、長い長い旅に出かけても、貴方達は待っていられるわよね? わたくしと、共に」
子供達はその言葉にハッとした様子で、俺を見上げた。何も口に出さなくてもしかし、その目が雄弁に不安を語っている。
それを申し訳なく思いながらも、俺はもう決めてしまっていた。
今のままでは子供達と共には居れない。魔女による護りはもう消えてしまったのだから。クリストファーによる庇護のもと、平和に暮らすのが皆にとって一番いい。だから彼らとはこれでお別れだ。もう、心残りは何もない。
「言ったろ、俺は悪い奴らを倒した英雄だって。大丈夫だ、また悪い奴らを倒して戻ってくるさ」
「お父さん、行っちゃうの?」
“お父さん”だなんて滅多に言わないのに。俺は、マルコスの泣きそうな眦をそっと、拭うように撫でた。
「大丈夫、少しの間だけ、父さんと離れ離れに――」
「嘘よ」
未だ小さなマルコスに向かって優しく声をかけていた時だった。シャロンが涙混じりの声で言った。
「シャロン?」
「勇者の案内って言っていたじゃない。そんなの、何年もかかるに決まってるわ! それに、昨日みたいな魔物に沢山襲われるんでしょう? お父さん、昨日だって倒れたじゃない! 止めて、お願い、行かないで」
縋るように俺の腕を掴んだシャロンはもうほとんど泣いていた。涙をめいいっぱいためて、行かせまいと俺を真っ直ぐに見ている。
いつも気丈に振舞い家を仕切っているシャロンは、家族を何よりも大切にしているのはよく知っている。一度、家族を喪っているからこそ、その悲しみを誰よりも恐れている。
俺はそんな彼女を抱き寄せながら、そっとその頭を撫でた。
「お前ももう大人だ、俺が居なくてもやれるさ。親離れしねぇとな」
「そういう問題じゃないわ! だって、だって――!」
「シャロン。いつか別れは来るもんだ、大丈夫、そう簡単に俺は死にやしねぇよ。前だって大丈夫だったんだ。……な?」
「っ約束して。破ったら、承知しないんだから!」
「おっかねぇな……お前ら、アルフレッド、レオナルドも。お前らも二人を頼むぞ」
「……」
「何だよ、そう睨むな」
不服そうに俺を睨みつけてくる2人の青年を見た。そこでふと、俺は少しだけ怪訝に思う。彼等は何故、こうも俺を睨み付けているのか。何故、その瞳が爛々と輝いているのか。
「半年後って、言ったよな?」
「お、おう、そうだな」
「俺も行く!」
「はっ⁉︎ レ、レオナルド?」
「ダメだ! 俺が行く!」
「アルフレッドまで……、ダメだ俺が許さん!」
「そんなのズルいよ!僕もーー」
「ダメよ許さないわ! それなら私も着いて行く!」
普通ここは涙ながらに別れを惜しむ場面ではなかろうか。なぜだか、思いがけずとんでもない事になってしまった。
結局、この話は保留という事でその場を収めるに至ったのではあるが。むず痒い気分やら不安やらで、俺は結局自分の事など考えている暇が無かった。こうしてはいられない。あと半年、何が何でも2人の同行は阻止しなければならない。
シャロンやマルコスは兎も角、レオナルドやアルフレッドならば本当にやりかねない……。二人のやんちゃぶりを知る俺だからこそ、それを本気で恐れていた。
そうして俺は、半年間の猶予期間を別れを惜しむどころか、彼らの同行を阻止することに奮闘した。
本気でアラフォー身体改造計画を実行したのだった。
「こんっちくしょおおお! 少しは老体を労われ休ませろおおお!」
「ふっざけんなぁ!」
「クッソオヤジィィィ!」
――その昔、僅かな時ながら想いを確かめ合ったからこそ喜びは大きく、そして、遠い存在になってしまったのだという侘しさもひとしおだった。続けて彼女は言った。
「――それにしても、貴方が養子をとるなんて。一体、どういう風の吹き回しでしょう」
「! 四人とも、無事だよな?」
「良く見なさい、先程からここに居りますよ」
クスクスと笑って、彼女が後ろに振り向けば、その先に四人の子供達が居る姿が目に入った。
皆、目の前の出来事が信じられないのか、不安気にこちらの様子をうかがっている。ホッとした反面、今までのやりとりを見られていたとなると少々気恥ずかしく思った。
緊張を解すべく、手を招くよう皆を呼び寄せた。
「怪我はねぇか?」
「ない」
一人一人、顔を良く見ながら全身を見ていく。そうやって、誰にも怪我が無いことを確認すると、俺は気が抜けてしまった。胡座をかくようにベッドに座り直すと、髪をくしゃくしゃと左手でかきあげた。
「大事ねぇなら好い……ったく、魔女も勝手だなぁ」
「あらそうかしら? 私の元に戻って来てくれたのだもの、私に言うことはないわ、私の騎士様。感謝しなくては」
「ッだが俺は――」
自分は自我を失い他者を傷付ける可能性がある。それを三度主張しようと口を開いたがしかし、それは俺の口に伸びてきた彼女の指先に阻まれた。
「分かっていてよ、デイヴ。貴方に植え付けられた邪気は取り除けるものではないわ。でも、どこかにそれをどうにかする手段があるかもしれない……ねぇ貴方達、お父様の事は好きかしら?」
彼女は呼びかけるように子供達に問いかけた。皆、突然の事にギョッとして互いを見合わせるが、彼らは皆、無言でコクリ頷いたのだった。
こんな時にばっかり好い子ぶりやがって。少しだけ憎らしく思いながらも、俺は喜びを隠せなかった。血の繋がりは無くとも、大切な自分の子供達だ、嬉しくないはずがない。
「そう。――それなら、お父様が遠くへ行っても、長い長い旅に出かけても、貴方達は待っていられるわよね? わたくしと、共に」
子供達はその言葉にハッとした様子で、俺を見上げた。何も口に出さなくてもしかし、その目が雄弁に不安を語っている。
それを申し訳なく思いながらも、俺はもう決めてしまっていた。
今のままでは子供達と共には居れない。魔女による護りはもう消えてしまったのだから。クリストファーによる庇護のもと、平和に暮らすのが皆にとって一番いい。だから彼らとはこれでお別れだ。もう、心残りは何もない。
「言ったろ、俺は悪い奴らを倒した英雄だって。大丈夫だ、また悪い奴らを倒して戻ってくるさ」
「お父さん、行っちゃうの?」
“お父さん”だなんて滅多に言わないのに。俺は、マルコスの泣きそうな眦をそっと、拭うように撫でた。
「大丈夫、少しの間だけ、父さんと離れ離れに――」
「嘘よ」
未だ小さなマルコスに向かって優しく声をかけていた時だった。シャロンが涙混じりの声で言った。
「シャロン?」
「勇者の案内って言っていたじゃない。そんなの、何年もかかるに決まってるわ! それに、昨日みたいな魔物に沢山襲われるんでしょう? お父さん、昨日だって倒れたじゃない! 止めて、お願い、行かないで」
縋るように俺の腕を掴んだシャロンはもうほとんど泣いていた。涙をめいいっぱいためて、行かせまいと俺を真っ直ぐに見ている。
いつも気丈に振舞い家を仕切っているシャロンは、家族を何よりも大切にしているのはよく知っている。一度、家族を喪っているからこそ、その悲しみを誰よりも恐れている。
俺はそんな彼女を抱き寄せながら、そっとその頭を撫でた。
「お前ももう大人だ、俺が居なくてもやれるさ。親離れしねぇとな」
「そういう問題じゃないわ! だって、だって――!」
「シャロン。いつか別れは来るもんだ、大丈夫、そう簡単に俺は死にやしねぇよ。前だって大丈夫だったんだ。……な?」
「っ約束して。破ったら、承知しないんだから!」
「おっかねぇな……お前ら、アルフレッド、レオナルドも。お前らも二人を頼むぞ」
「……」
「何だよ、そう睨むな」
不服そうに俺を睨みつけてくる2人の青年を見た。そこでふと、俺は少しだけ怪訝に思う。彼等は何故、こうも俺を睨み付けているのか。何故、その瞳が爛々と輝いているのか。
「半年後って、言ったよな?」
「お、おう、そうだな」
「俺も行く!」
「はっ⁉︎ レ、レオナルド?」
「ダメだ! 俺が行く!」
「アルフレッドまで……、ダメだ俺が許さん!」
「そんなのズルいよ!僕もーー」
「ダメよ許さないわ! それなら私も着いて行く!」
普通ここは涙ながらに別れを惜しむ場面ではなかろうか。なぜだか、思いがけずとんでもない事になってしまった。
結局、この話は保留という事でその場を収めるに至ったのではあるが。むず痒い気分やら不安やらで、俺は結局自分の事など考えている暇が無かった。こうしてはいられない。あと半年、何が何でも2人の同行は阻止しなければならない。
シャロンやマルコスは兎も角、レオナルドやアルフレッドならば本当にやりかねない……。二人のやんちゃぶりを知る俺だからこそ、それを本気で恐れていた。
そうして俺は、半年間の猶予期間を別れを惜しむどころか、彼らの同行を阻止することに奮闘した。
本気でアラフォー身体改造計画を実行したのだった。
「こんっちくしょおおお! 少しは老体を労われ休ませろおおお!」
「ふっざけんなぁ!」
「クッソオヤジィィィ!」
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