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番外:EAT ME.2.
しおりを挟む俯き涙を堪えている。そんなベアトリーチェの様子を見ていたマルコは。
勝ち誇るでもなく追い討ちをかけるでもなく、何とその場で焦ったように弁解をし出した。
「ああーっ! すまん、ベアトリーチェ嬢! 俺は別にそんなつもりじゃなくてだな……ただ、お嬢にべったりなアルを揶揄おうとしただけでよ……ってかこんな所見られたらアルに殺されるわ――! ええと……うーんと……」
予想外の反応に思わずギョッとする。そんな彼女の前で、マルコはしばらくの間うんうんと唸っていた。
「そうだ! ベアトリーチェ嬢!」
「ッ、なに、かしら……」
唐突な大声にびっくりとベアトリーチェの肩が跳ねた。
「お詫びにアルが喜びそうなのを俺が設定してやるからよ、頼む! 今の事はアルに言わないでくれ……! な? どんなにアンタを大切に思ってるか、俺が一番よぉーく分かってる! アンタを泣かせただなんて知られた日にゃ俺、生きていられる気がしねぇ……」
「……」
「頼む! この通ーり! 絶対すげぇの用意してやるから! アイツと二人きりのを! なっ!?」
そう言って必死な顔で迫ってくるマルコに、ベアトリーチェの涙もすっかり引っ込んでしまって。結局その提案は断り切れずに受け入れる事になった。
あまりにも彼がしつこいものだから、『二人きりで結婚式をしたい』なんて難題を彼に押し付けて、ベアトリーチェは何事もなかったかのうようにいつも通りの彼女に戻った。
(あの人、何をするつもりなのかしら……期待しないで待っていましょう)
やっぱり腹立たしい男ではあるが、その心意気に免じて許してやろうではないか。ベアトリーチェはそういう気持ちで、結婚式までの数日を過ごしたのだった。
そんなこんなでバタバタと迎えた式の当日。
彼女達の結婚式はつつがなく執り行われた。
式の成功の裏にはあのマルコの活躍があった事は紛れもない事実だったけれど。ベアトリーチェはやっぱり少し、それが気に食わないのだった。
無事に幸福な結婚式が終わり、ベアトリーチェがその余韻で物思いにふけっている時だった。あのマルコから、ベアトリーチェは声をかけられた。アルバーノは来客の見送りに会場の外へと出てており、この場にはベアトリーチェとアルバーノの家の使用人たちが数人残っているだけだった。
「お嬢、準備ができたらしいんで、こっちの部屋に来てくれません?」
「え? 準備って……何のだったかしら……?」
打ち合わせもなくあまりに突然の事で、ベアトリーチェは首を傾げながらその男を見返した。式が終わったばかりの今は、彼に対する嫉妬心を抱く余裕すら残っていない。
「あれ? もう忘れちまったんですかい? ほら、この前のやつ、泣かせた事黙ってくれる代わりにとっておきを用意するってヤツ」
マルコにそこまで言われてようやく合点がいった。そう言えばそんな約束をしたような気がする。
結婚式を頑張りすぎてすっかり記憶から抜けてしまっていた。
「準備に結構時間かかったんで、ぜひともお嬢にはやってほしいんすよ。二人だけの結婚式。ついでにスイーツパーティーってな! 絶対アイツも喜びますって」
「そうですか。……ええそれなら、分かったわ。期待してもいいのね?」
「勿論! 絶対、気に入る」
そう断言しながら、意気揚々とベアトリーチェをその部屋へ押し込んだマルコは。
「そんじゃ俺はここまで。こっからは男子禁制だからさ。……がんばってくれやお嬢、応援してるぜ!」
そう言い残したかと思うと、マルコはそそくさと部屋から離れて行ってしまった。
もうその時点で、ベアトリーチェも何やら妙な気配を感じ取ってはいたのだが。
「あら、とっても綺麗なお嬢様だこと。……飾り甲斐がありますわね……」
ニコニコと微笑みを浮かべ、何かのやる気にあふれたご婦人方に囲まれたベアトリーチェは。途中でやっぱりやめて、だなんて到底言い出す事も出来なかった。
それから数刻後の事だ。ベアトリーチェは不安げに周囲を見つめながら、ジッとその状況に耐えていた。脚全体にそのクリームを塗りたくられ、頭はひどく混乱している。
肌に冷たいクリームが触れる度、背筋にぞくりとくるものがあった。その度に、自分は一体何をしているのだ、と冷静な己が囁きかけてくる。なぜこんな馬鹿げたことを、と。あの男の提案についつい乗ってしまったばかりに。
それにここまで大々的に準備されては、今更やめることもできなかった。後悔すればいいのか、それとも割り切ってこの流れに身を任せて全力で馬鹿をすればいいのか。非常に悩ましい状況であるのは間違いなかった。
「――お嬢様、とても美しいお姿です……」
「え、ええ……ありがとう」
美しく飾られながら、ソワソワと完成の時を待っている。
とても異常な状況であるのに、その場で作業を行っている誰もが真剣に飾り付けに取り組んでいて、ベアトリーチェはとても不思議な気分を味わっていた。この状況は絶対におかしいはずなのに、彼女らは誰一人としてそれを指摘しない。それどころか、皆楽しんですらいる。
「少々冷たく感じるかもしれませんが……短時間ですので我慢ください」
「ええ……」
どこかのパティシエが担当したというそのデザインに沿って、男子禁制となったその部屋でテキパキと人魚の飾り付けが施されていく。時間との勝負である事を、その場の誰もが理解しているようだった。
「冷えた果実で生クリームの液化を抑えるのです」
「……」
解説されながら、冷凍された果実が次々と生クリームの上に乗せられた。己の腰から下はもう、ほとんど肌が見えない。
「ああ……お嬢様、まるで本物の人魚のようですわ……まさに生きた芸術」
生きた、の意味が違う気がする。そうは思えども、ベアトリーチェは何も指摘しなかった。
感嘆の声を上げながら満足げにベアトリーチェを見る彼女は、とてもうっとりとした表情を浮かべている。褒められるのは嬉しいのだが、いかんせんこのような姿では素直に喜べなかった。
ベアトリーチェの姿を変身させた彼女が言うように、今のベアトリーチェは伽話に出てくる美しい人魚のような姿をしている。
上半身はほとんど何も身に着けておらず、頭からウェディングベールを被った状態で台の上に脚を伸ばした状態で座らされていた。そして、そんな彼女の下半身は。生クリームと冷凍果実に覆われ、七色に輝く鱗を持つヒレへと変化している。
「きっと伯爵様もお喜びになりますわ!」
自信満々にそう言う彼女に、ベアトリーチェは曖昧に笑って返事を返した。
確かにベアトリーチェが見ても彼女らの飾り付けの技術は中々のものであるのだが。一体何がどうしてこんな事になったのか。ベアトリーチェにこんな提案をした男の頭の中を覗いてみたい。
「それではお嬢様、上から布をかけて隠し、移動いたします。できるだけ静かに動かずにお待ちください。二人きりになられてから布が外されます。それからは……どうぞお二人でお楽しみください」
「……分かったわ」
だがここまでくればもう、あとはなるようにしかならない。少しばかり後悔しながらもベアトリーチェは、半ばやけくその気分で腹をくくった。
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