お嬢様がほしい。騎士は一計案じる事にした

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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番外:EAT ME.1.

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 ベアトリーチェの結婚式は、そのお家事情もあり、身内のみが参列する小規模の形で執り行われる事となった。
 小規模とはいえ、結婚式というのはいかんせん準備に時間がかかるものだ。騎士伯にだってそれなりの格式は求められる。そういった諸々の準備を行うにあたり、ベアトリーチェはアルバーノから一人の男を紹介された。

「――ビーチェ、この男が前々から話をしていた、友人のマルコです。厄介な性格ではありますが……まあ信用における人物であることは間違いないです」

 随分と雑な言葉で紹介されたのは、ひょろ長い長身の男だった。笑うとえくぼができる愛嬌のある顔をしていて、初対面ではベアトリーチェからしてもそこそこ好印象の男だった。

「――マルコです、ベアトリーチェ嬢。この男からは色々と伺ってます。ようやくお会いできて嬉しい。俺は商人をやってましてね。今回の式はドンと俺が手伝わせていただくんで、どうぞ大船に乗った気でいてください」

 こなれた笑みでそう宣言した通り、マルコは準備を非常によくやってくれた。式場の設定や招待客へのもてなしなど、様々な準備に奔走してくれたのだ。その煩雑さに見かねてベアトリーチェも幾度か手伝おうとしたが、アルバーノは頑としてそれを許さなかった。

「ビーチェ、アレはマルコにやらせておけばよいのです。貴女様は最後の仕上げを確認いただきたいので、あの男がサボらないようそこで見張っておいてください」
「ひでぇなお前……少しぐらいいいじゃんか、お嬢様? ってか俺の扱い雑すぎるんだわ」
「気安く話しかけるな。お前は黙って仕事しろ」
「……ほら今の聞いたか? こいついっつも俺に対してはこうなんだぜ? お嬢様からもアルに言ってくれよ」
「え、ええ……」
「お嬢様、この男の話を聞いてはいけませんよ?」

 そういうやり取りからも、二人は非常に仲の良い事が伺えた。アルバーノの言葉から敬語が抜けるのは、ベアトリーチェと二人きり、甘い夜を過ごしている時だけだと思っていたが。どうやら違っていたらしい。
 ぎゃんぎゃんと言い合う彼らの姿を見ていると、逆に心から信頼しあっている様子が伺える。そんな彼らの様子を、ベアトリーチェは複雑な心境で見守っていた。

(アル、と彼は呼んでいたわね。……長い付き合いなのかしらね……)

 てっきりアルバーノの一番は自分だとばかり思っていたが。もしかしたらそれは違うのかもしれない。そう思うと少し、もやもやとしたものが心の中にわだかまるようだった。
 アルバーノは宣言通り、ベアトリーチェに作業をほとんど手伝わせることなく着々と準備を進めていった。

 誰もが忙しなく動き回っているそんなある日の事だった。アルバーノの邸宅へ、思いもよらない人物が訪れた。

 『とあるお方からの贈り物です』

 デッラローヴ公爵家に出入りを許されていた仕立て屋が突然、ベアトリーチェにドレスをやって来た。
 彼女は事情を察して固辞しようとしたが、それでは怒られてしまうと仕立て屋に泣きつかれ、結局彼女だけのウェディングドレスを受け取る羽目になってしまった。

 完成まで数ヶ月はかかるはずのそのドレスは、来る結婚式に間に合うよう届けられた。一体いつからこの企みは計画されていたのか。仕立て屋が帰った後で、ベアトリーチェは着付を手伝われながら複雑な気持ちでドレスに袖を通した。

(ウェディングドレスはアルバーノが用意したものがあるもの……それに、今の私にはとても……これは式に着ては行けないわね)

 鏡の前で、そのから贈られたドレス姿の自分を目にしながらベアトリーチェは困ったように微笑んだ。

(後で、アルバーノと一緒にこの姿の絵を描いてもらいましょう。そうすればお母様も――お父様もきっと喜んでくださるはずだわ)

 この美しいドレスを着たベアトリーチェが表舞台に立つ事はない。けれどこの先ずっと大切なものとして、ベアトリーチェの手元へ保管されるだろう。もしかすると、彼女らの娘が生まれたらこの素敵なドレスを着てくれるかもしれない。そう思えばこの贈り物も無駄ではないのだと思える気がした。
 このドレスは大切にクローゼットの中へとしまわれた。いつでも見たい時、その目に入るよう手前にかけられたドレスは、これからもずっとベアトリーチェの人生を見守っていくことになるのである。

 そういうハプニングが起こりながらも、邸宅には今日もマルコが通いで訪れる。忙しなく準備をしている二人の様子を見ていると、二人の息の合った姿が嫌でも目に飛び込んでくる。日に日にそれを見るのがどうしてだか嫌になり、二人の姿が目に入らないよう、言われるがまま屋敷の中に籠って過ごす事が多くなった。伯爵家の将来の女主人として、任される役目に打ち込んだ。

(嫌だわ……あの二人が一緒に居てほしくないだなんて。あんなのただの友達じゃない。……また、同じ失敗をしそうで怖いわ)

 口をぎゅっと引き結びながら、苛立ちをぶつけるように自分の手に爪を立てながら廊下を歩いた。ひとりでそうしていると段々、この醜い感情を向けているのが自分に対してなのかそのマルコに対してなのかも分からなくなって。ベアトリーチェはぐるぐると思考の海へと沈んで行ってしまうのだった。
 そのような思考にとらわれながら廊下を歩いていたせいだろう。ベアトリーチェは、声をかけられるまで人が近づいてくるのに全く気付くことができなかった。

「ベアトリーチェ嬢」
「!」

 その声に飛び上がりながら後ろを振り返ると、たった今考えていたその男――マルコが彼女の目の前に立っていた。

「ご、ごめんなさい、気付きませんでしたわ」
「いや、かまわねぇよ」

 サッと視線を逸らしながらそう言えば、マルコは軽口でただ一言を返しただけだった。

「何かわたくしに御用ですか?」

 随分と口の悪い男。そう苛立ちを感じながら俯き加減に聞く。するとマルコは、その場で思い立ったように声を上げた。

「お嬢、アンタもしかして……俺の事嫌いか?」
「な、何をおっしゃいますの! わたくしは別に、貴方なんてなんとも思っておりませんわよ!」

 たちまち言い当てられて動揺する。貴族でなくなりすっかり気を抜いてしまっていたベアトリーチェは、ついついついそんな事を言い返してしまったのである。するとマルコは、何やらしたり顔でベアトリーチェに視線をやった。

「ほうほう……? まぁ確かに、お嬢と出会ってからより俺の方がアイツとはずっと長く一緒に居るし? アイツが甘いもの好きだからお嬢と一緒だって裏で喜んでたの知ってるし? あの公爵サマのウェディングドレスだって裏でアイツが裏で手を回してたのも、アンタには言えないような裏話もすげぇたくさん知ってるんだよなぁ……」
「ッ」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言ったマルコに、ベアトリーチェは頭が沸騰するような苛立ちを覚えた。

 甘いものが好きだなんて全然知らなかった。ドレスの事だってそうだ。きっと、マルコには言えて彼女には言えない事も色々とあるのだろう。そう思うと負けた気がして、本当にこの男が嫌いになりそうだった。
 ここまで必死で我慢していたのに。ベアトリーチェはしかし耐え切れず、その場でマルコに向かって声を荒げた。

「アルはわたくしのものですわ! だって……ずっと共に居てくれるとそう言ってましたもの! 結婚だってするし……それから、名前をあげたのも、家名が得られるように頼んだのもみんな――ッ」

 あまりにも頭に血が上りすぎて、ベアトリーチェは自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。
 本気で嫌だったのだ。誰かにアルバーノを盗られるのかと思うと、胸が張り裂けそうに痛かった。
 途端に涙がじわじわと這い上がってくる感覚を覚えて、ベアトリーチェはその場で俯いた。こんな簡単に感情を乱されるだなんて。すっかり弱くなってしまった。そう思うと、負け続けている自分の人生が惨めにすら思われた。

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