お嬢様がほしい。騎士は一計案じる事にした

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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 ベアトリーチェは、ゆるゆると腰を動かしながら目の前のアルバーノという男を感じていた。
 自分のナカで昂る猛々しいものが、今か今かと解放の時を待ち侘びて悦びに震えている。それを感じ取りながら、ベアトリーチェ自身もまたその快楽に身を委ねていた。

 己の胸元にアルバーノの荒い吐息が掛かってくすぐったい。けれどそれすら、今のベアトリーチェには快楽に繋がっていた。
 みっともなく己も腰を振りながら、アルバーノの欲望を悦んで舐めしゃぶっている。我ながらひどく淫らでいやらしい。はしたない。そう思うとますます興奮するのが分かった。
 目の前の男は、こんな自分が好きなのだと言った。こんなみっともない姿すら全部愛しているのだと言った。目には目を、歯には歯を、そして――愛には愛を。ベアトリーチェが公爵令嬢として生きてきた中で、ずっと意識していた事だった。


 アルバーノとの出会いは忘れもしない。小さな子供の頃だった。
 ベアトリーチェの母が早くに亡くなった。彼女の弟にあたるジェレミアを産んで間も無くの事だった。例え貴族であっても、子供を産み命を落とす母親も珍しくはない。
 父である公爵ベネデットは、ベアトリーチェの母リヴィアを愛していた。けれど、それが自分の子供に対して向かうとは限らないようだった。

 リヴィアが亡くなってからすぐ、ベアトリーチェもジェレミアも乳母へと預けられた。食事も公爵とは別々で、顔を合わせる事もあまりなくなっていった。時々呼ばれては全員で食事時を過ごす事もあったけれど、会話は事務的に思えるものが多かった。
 こんな公爵だったろうか。それ以来、ベアトリーチェは時々そんな事を思ったりもしたが。日に日に曖昧になっていく記憶が、彼女からベネデットという人間に対する興味を奪っていった。母リヴィアがいた頃、公爵と共に過ごした記憶が、ほとんど思い出せないのである。
 母の死をうまく処理出来なかったせいだろうと気付いたのは、ベアトリーチェがすっかり大きくなってからだった。母が亡くなってすぐの頃は何をするにも悲しくて、ベアトリーチェはすっかり引きこもりがちになっていた。

 そのようなベアトリーチェを見兼ねた家礼がある日、気晴らしに外へ出かけてみてはどうかと彼女を誘った。する事と言えば本を読むくらいしか思いつかず、一族全体が喪に服しているせいもあっただろう。広い屋敷の中も、心なしかどんよりとした空気が流れていた。息が詰まるようだったのだ。
 ベアトリーチェは快くその提案に乗った。自分の部屋の中だけが安らげる場所だった。広くて暗い、今の屋敷の中には居たくもなかった。外に出て少しでも気分を変えたかった。
 公爵家の人間にしては地味な服に着替え、比較的質素な馬車に乗ってベアトリーチェは出かけた。護衛の騎士が数人と、彼女がよく懐いていた侍女がお供に付いた。

『ベアトリーチェ様、市井の者は粗暴な者が多いですから、あまり近付き過ぎてはいけませんよ』

 平民との繋がりもある下級貴族の侍女は、そんな事を言って聞かせた。うんうん、と彼女の言葉に首肯しながらも、ベアトリーチェの頭の中は滅多に出られない市井の街に想いを馳せていた。

 街中の散策は楽しかった。侍女を母と呼び、騎士の一人を父と呼んだ。単なる家族ごっこでしかなかったけれど、普通の家族のお出かけとやらを体験できたような気がして、ベアトリーチェも家の事を少しばかり忘れることができた。
 それがままごとでしかなかったのは悲しかったけれど、この時ベアトリーチェには目標ができたのだ。ままごとなのは今だけ。その内自分が母になったら、これと同じような事ができるような人になろう。そうなるような家族を作ろう。そういう、夢物語を思い描く事ができたのだった。

 しばらく歩き回った後で、一行はベアトリーチェの為に休憩を取る事にした。程よく座れる場所を探し、市場や屋台で買える食事を買い集めた。護衛の者も代わる代わるベアトリーチェの側から離れ、買い出しをそれぞれ分担して進めていた時。
 護衛達も侍女も目を離した隙に、一人の少年がベアトリーチェへと話しかけた。

 『なぁあんた、それ何飲んでるの?』

 多少薄汚れてはいたが、顔立ちの整った綺麗な子供だった。声が低くなければ、ベアトリーチェも女の子と間違えていたかもしれない。それが、当時はアルという名前だったアルバーノとの出会いだった。
 ニコリともせず、寡黙で愛想の悪い少年だと彼女は思った。

『おいしいくだものが入ったジュースよ。お母様が買ってきてくださったの』
『ふぅん……それ、どこで売ってる? に買ってやりたいから案内してほしい』
『お母さまたち、今いそがしいからあとでね』
『大人は怖いから……アンタと二人がいい』
『こわいって、どうして?』
『色々……ぶったり、嫌な事する』
『そう……、わたしのお母様はそんなことしないわ、だいじょうぶよ』
『嫌だ。……なら、いいや。自分で探す』

 そう言って落胆し、離れようとした少年を、ベアトリーチェはこの時何故だか放って置けなかった。虫の知らせとでも言えばいいのか。このまま帰してしまったら酷い事になる。そんな気がして、ベアトリーチェは彼を呼び止めたのだ。

『待って! ……分かったわ、私がお店を教えてあげる。お父様達に隠れてここを離れましょう。あっちの方へ行きたいわ』
『……そこまでしなくていいよ、別に』
『ダメよ。そもそもあなたがたのんだのよ、ちゃんとせきにんをとってね』

 そう言ってベアトリーチェと、当時はアルと名乗った少年は大人達から隠れつつその場を離れた。
 アルは秘密の裏道があると言ってベアトリーチェをぐるぐると連れ回して、そして――裏路地の行き止まりに来てしまった時の事だった。

『あら、ここ行き止まりだわ、アル』
『……』

 そう言ったベアトリーチェの背後から突然、知らない男達の下卑た笑いが聞こえてきたのだ。

『――んだよアル、ちゃんとやればできるじゃねぇか。よくやった。やけに渋るからどうしたのかと思ったぜ』
『おっしゃ、これで俺らも金持ちになれるんじゃね⁉︎』
『酒も飲み放題だぜ‼︎』
『酒なんてそんなみみっちい事言ってないでよ――』

 現れたのは、汚らしい身なりの四人の男達だった。その誰もが大きくて、子供から見ればまるで魔物のようにすら見えただろう。彼らはその成功を確信しているのか、ゲラゲラと下品に笑いながら二人の子供との距離を詰めていった。
 しかし、彼らを前にしたベアトリーチェはといえば。怖がる素振りを少しも見せず、いつものように偉そうな口調で言った。

『あら……あなたたちはもしかして、ゆうかいはん、というやつかしら?』
『ああ? ……んだこのガキ、怖くねぇのかよ』
『いいえ、こわいわよ。でも、こういうのはぜったいにあるって教わっているもの。あなたたち、わるものね?』
『チッ、糞生意気な……おい、早くこの嬢ちゃん縛り上げて公爵に――』
『できないわよ』
『ああ⁉︎  んだとこの――』
『だって、わるものはみんな、私の騎士さまがつかまえるもの』
『‼︎』

 ジリジリと少年を庇うように後ろに下がりながら、ベアトリーチェは気丈に言った。

『つかまえて、わるものには罰を受けさせるのよ。――みんなおねがい‼︎』

 ベアトリーチェが叫ぶのと同時に。彼女達の頭上から、そして男達の向こう側から騎士が姿を現した。
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