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しおりを挟む「面を上げよ」
その場に到着して半刻ほど。ようやく現れた王に声をかけられて顔を上げた。跪いたまま、宰相と共にこの場に現れた王陛下の顔色を窺えば、そこには予想通りの表情が待っていた。
酷く苦々しい顔をしている。思わず仮面が剥がれそうになったが、アルバーノは努めて平静を装った。
「デッラローヴ公爵家が長子、ベアトリーチェ専属騎士、アルバーノ・フィオレッティ」
「はい」
「お主、謀りおったな……」
開口一番にそのような事を言われ、アルバーノは堪え切れずに微笑みを溢した。
「全く、気付いたのは余だけか……よくもまぁ、気付かれずにこそこそとやりおって……貴様、どういうつもりだ?」
王に厳しい視線で見つめられるが、アルバーノは怯みもしなかった。
「お言葉ですが陛下、私はただ彼らの絆を試したかっただけでございます」
「試す?」
「ええ。お二人が強い信頼関係で結ばれてさえいれば、何事もなく終わったはずです。しかし、お二人はこのようになってしまった……私はただ殿下の好みである女をけしかけ、ベアトリーチェ様の悪戯に少々手を加えただけでございます。この程度で壊れるものなど、今のうちに破壊して然るべきでしょう」
「う、ううん……」
「私はベアトリーチェ様の僕でございます。全てがベアトリーチェ様の為になるように動きます」
「……では、公爵家が判断を誤ったのはどうなのだ? 貴様が何かしたのではないか?」
「まぁ、そうですね。長年仕えておりますので、あのお方にも多少は恩義があります」
「多少」
「ですが、ベアトリーチェ様に対する愛情が不足しております。家を出てしかるべきでした」
「……」
「公爵様には悪い事をしましたが、私のような若輩者に謀られるなど元々器ではなかったのでしょう。以降は気を付けていただきたいものです」
「……そうか」
「ええ。――そして陛下」
「っ、なんだ」
「ベアトリーチェ様と私の婚姻をお認めください」
「……」
「今はまだ殿下との婚約破棄も、ベアトリーチェ様の公爵家除籍も保留にされている事かと思います。ですが、ベアトリーチェ様の今後を考えると、そうするのが一番ダメージが少ないはずです」
「う、ううん……」
「陛下はベアトリーチェ様をお気に召されていたはず。彼女の事を考え、私の言う通りにされてみてはいかがでしょう」
「うむ……一考の余地はあるんだが……」
「その見返りとして、私は今後、一生この身を国に捧げると約束いたします」
アルバーノがそう言えば、王は一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐに何かを考えるように眉間に皺を寄せる。何かを疑っているような、迷っているような様子だ。
恐らくはあともうひと押しだろう。アルバーノは珍しく畳み掛けるように言った。
「一番は当然ベアトリーチェ様ですが、殿下や公爵様の目を盗んでコトを進めた私が、この力を国の為に使うとお約束致します。陛下は、ベアトリーチェ様が後宮に上がられるのと同時に私を近衛へ上げるおつもりだったと耳にしております。ですので、私の腕を買ってくださっていると見込んでのお願いなのです」
「……」
「殿下とは違い、陛下の事は信用しております。どうか、この不肖な私めにお慈悲を。どうか、どうか……」
例え内心ではそう思ってもいなくとも、王に深く深く頭を下げながらアルバーノは懇願した。ここで認められさえすれば、後は薔薇色の人生が待っている。十数年と思い描いてきた夢の未来がもう目の前にある。ここまで来ればもう、何をしてでも許しを得るつもりだった。
靴を舐めろと言われればそうするし、気に食わないかの殿下の部下になるのだって厭わない。客寄せ動物になるのだって喜んで協力するだろう。
アルバーノは、ちょっとばかり行き過ぎた思考でそんな事を考えていた。そして。
「分かった」
「!」
「貴殿の言う通りにしよう。……だが、未だ信用には足らん。しばらくの間は、我が国の騎士団に入団せよ。その後時期を見て城へ上げる」
「ありがとうございます!」
とうとう王から出たその言葉に思わず、歓喜の悲鳴が漏れ出る。だが、それも一瞬の事だった。
「ひとつ、条件を加える。月に一度、ベアトリーチェ嬢を連れて城へ来るのだ」
「は?」
途端、先程とは打って変わって冷たい声が漏れ出た。一国のあるじであるはずの王を前に、アルバーノは遠慮という文字すら忘れた。
「……っ余も、ベアトリーチェ嬢には息子が迷惑をかけたと思っているのだ! 彼女には直接会って話がしたい!」
王の声が上擦っている。隣に立つ宰相なぞはもう、顔が引き攣り過ぎて口元がぷるぷると震えていた。
そんな彼らの様子なんぞ知った事かと、アルバーノは仮面すらかなぐり捨てて低く唸るような声で言った。
「なぜ月に一度? お嬢様はもう関係ないはずですが」
「その方がベアトリーチェ嬢の為にもなるだろう、傷付いたその名誉を回復できる! 違うか⁉︎」
王にそのような事を言われ、アルバーノはしばし考え込んだ。
その提案は確かにベアトリーチェの為になる。あのいけすかない殿下と名前だけ公爵によって傷付けられた名誉を、少しでも回復できるならば。それはそれで悪い話ではない。
つい先ほども、アルバーノはベアトリーチェの為ならば何でもすると大見得切ったばかりなのだ。それならば少しくらい、自分の嫉妬心を抑えるくらい安いものではないか。
そういう思考を経てから。
アルバーノはようやく首を縦に振った。
渋々と。
「……まぁ、それなら」
「分かってくれたか……」
あからさまにホッとする王に、宰相が冷たい視線を浴びせ出した。アルバーノは見て見ぬふりをしながら言葉を続ける。
「ええ、それならば仕方ありませんね」
「う、うむ……貴殿は騎士団にてしっかり励む事だ」
「はっ、御心のままに。さすが、陛下は分かっていらっしゃいますね。ベアトリーチェ様を見込むだけはあります」
「…………用事が済んだなら出て行ってくれ……貴様の顔はしばらく見たくない」
「ありがたき幸せ。では、これにて失礼いたします」
とうとう許しを得たアルバーノは、意気揚々とその場を辞した。多少余計な条件を追加されてしまったが、これでもう自分とベアトリーチェの仲を邪魔する者は居なくなった。
少しばかり国王が邪魔だ。しかしそれなりに使える権力ではある。ベアトリーチェがこの国で幸せに暮らす為にも、王らには馬車馬の如く働いてもらわなければ。そんな思考を持って悠々と廊下を歩く。
そして、先ほどまでアルバーノが居た謁見の間では。
「陛下、本当にあれで宜しかったので?」
王に向かって、側に控えていた宰相が問いかけた。
「……だって彼奴怖いんだもん」
「だもんとか言わないでください」
引き続き冷たい視線と言葉を浴びせながら宰相が言った。そんな男を前に、王はどこか疲れたような顔をする。
「いやだって……お前も見ただろう? あの目。国とベアトリーチェ嬢が同等だったぞ」
「まぁ、そうですね」
「あんなの怖ろしくて下手な事言えんぞ。いつ噛み付かれるか分かったもんじゃない。なまじ使えるだけに……」
「……ベアトリーチェ嬢の為なら何でもするでしょうね。そこをエサにするしかないでしょう」
「いやだあんな狂犬。われアイツ嫌い」
二人しかこの場にいないのを良いことに、王は曝け出しながらまるで子供のように言った。宰相は呆れたような顔を隠しもしない。言葉の端々に、自分を巻き込んでくれるなという考えが透けて見える。
「そんな子供じみた事言わんでください。見たところ陛下はそこそこ気に入られているようですので、手綱はしっかりと握っていて下さい」
「嫌だ……本気で嫌すぎる……」
「本当に嫌ならば処分してしまえば良かったのに……これは先ほどあの男の提案をお許しになられた陛下の役目です。私は応援していますので、ひとりで頑張ってくださいね」
「我の周りには鬼畜しかいないのか……ああ、ベアトリーチェ嬢。早く、早く来て我に癒しを……」
「はい、ではお戯れはここまで。執務に戻りますよ。働け」
そして、そのような会話が交わされていたなど露知らず。アルバーノは足早に屋敷へと向かった。
愛おしい姫君の待つ、愛の巣へ。
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