お嬢様がほしい。騎士は一計案じる事にした

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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「お嬢様、アルバーノです。入室しても?」

 すっかり外も暗くなり、ベアトリーチェが寝衣に着替え終えた頃だった。部屋にアルバーノが訪ねてきたのだ。ベアトリーチェは慌ててガウンを羽織ると、アルバーノを出迎えた。

 彼は未だいつもの騎士服を身に付けている。まさか本当に扉の前でずっと控えていたのだろうか。そう考え至って申し訳ない気分になりながら、ベアトリーチェはアルバーノにソファへと座るよう促した。

「アルバーノ? どうしたの、こんな時間に……」

 一人掛け用のソファに座ったアルバーノの横、自分も側にある二人掛けに腰を下ろしながら、ベアトリーチェは問いかけた。

「少しお話をと思いまして。……お嬢様、今日は快適に過ごせましたか?」
「ええ、もちろん。皆様良くしてくださって……本当にありがとう、アルバーノ。こんな日なのに、心穏やかに過ごせたのは全部貴方のお陰だわ。感謝してもしきれないくらい」
「そうですか、それは良かったです。私も、お嬢様にそのようにおっしゃっていただけて嬉しく思います」
「ええ……でも、アルバーノ、ひとついいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「私はもう公爵家の人間ではないから、お嬢様はやめてくれるかしら? ベアトリーチェでいいのよ」
「……、では、今後はベアトリーチェ様と」
「いいえ、駄目よ。貴方は貴族ですもの。私の方が身分は低くなったの、様付けも外してちょうだい」
「……いえこれ以上、今《・》さすがに」
「そう……仕方ないわ、徐々にそうしてちょうだい」
「そうですね……
「?」
「ベアトリーチェ様」
「どうしたの?」
「実は、聞いていただきたいお話が」
「何かしら、そんなに畏まって」

 そう言うとアルバーノは立ち上がり、ベアトリーチェの目の前で跪いた。まるで、騎士叙勲のその時のように。

「私と一緒になってください」
「……え?」
「以前よりお慕い申し上げておりました。ずっと、昔から。貴女様に拾われてからずっと。……ですが貴女様は殿下の婚約者であられ、爵位を授けられたとはいえ元は平民の私には到底叶わぬ夢でした。――ですが、今なら……」
「っ」

 その真剣な眼差しに思わず息を呑む。それと同時に、右手をアルバーノに取られて愛おしそうに口付けられた。こんなのはいつもしている事なのに、今日ばかりはどうしようもなく心を揺さぶられる。

 あらゆる女性に優しく、その美貌を少しもひけらかさない騎士アルバーノ。彼が多くの女性から好意を向けられていたのをベアトリーチェは知っている。そして、彼女たちの想いには決して応えない事も。それがどうしてなのか。ベアトリーチェは今初めて気が付いた。

 アルバーノは他の誰でもない、自分に想いを寄せていたのだ。何もかもが完璧で非の打ち所がない騎士が、自分に。きっと自分にすら気付かれないようにと気を遣っていたのだろう。そう思うと、途轍もなくいじらしくも愛おしく思えた。
 しかしけれども。こんな今の自分が彼に本当に相応しいのかどうか。ベアトリーチェは苦悩した。

 そんなベアトリーチェの想いを知ってなのか、アルバーノは口付けた彼女の手を両手で包み込み、額に当てながら言葉を続けた。

「心から愛しております。どうか、このまま私の元へと来てください」
「でも……、そんな……」

 突然の事にベアトリーチェが言葉を詰まらせると、アルバーノは顔を上げて立て続けに言った。

「私の妻として、ずっとお側にいてくださいませんか? 不自由は絶対にさせません。騎士として城に上がり、貴方様の隣に胸を張って立てるように精進いたします。ですから……お願いです、ここを出て行くなどと仰らないでください」
「!」
「どうかずっと、お側に……」
「アルバーノ……」

 そのまましばらく、ベアトリーチェは言葉を紡ぐ事ができなかった。ずっと側に居ておきながら、アルバーノがこんなにも想いを寄せてくれたなんて気付きもしなかったのだ。喜び以上に罪悪感に駆られる。

「お嬢様……?」
「いえ、あの……まさか貴方が……」
「嫌ですか?」
「嫌では、ないわ。でも……こんな、私はまだ婚約を破棄されたばかりで……」
「構いません。お嫌でしたら社交会へ出る必要もないのです。ずっと私と共に居てはくれませんか」
「……こんな、ずるいこと――」
「ずるくなんてありません。私が、この絶好のチャンスを掴んだだけの話です。私の、我儘なのです。今からで構いません。ですからどうか――」

 私だけを愛してください――

 そう言うアルバーノの表情は、ベアトリーチェが見たこともない程慈しみに溢れていた。いや、以前からこのような表情はしていたのかもしれない。それに気付けなかっただけで。
 もうこれでは断りようがない。ベアトリーチェがアルバーノを誰よりも信頼していることも、そして家族以上には好意を持っていることも後押しになる。何より、この告白が嬉しいと思ってしまった。嫌だなんて思えない。
 断る理由なんてどこにもなかった。

「ええ、分かったわ……貴方の気持ちはとても嬉しいの」
「っ、では――?」
「お受けするわ。……私も、貴方が側にいないと不安なの。今日は本当にそれを実感した。……貴方の愛に追いつけるかどうかは分からないけれど……私も、頑張るわ」
「ああ、ベアトリーチェ様っ!」

 そう言って感極まったのか、アルバーノはその場でベアトリーチェを抱きしめた。強めにぎゅと抱きしめられ、ベアトリーチェの心がきゅんと鳴る。時折、髪や頬にキスを落とされると、それだけで幸福な気分になれた。
 我ながら単純だとは思いながらも、この気持ちはどうしたって隠せるものではない。この逞しい胸元に抱かれるだけで安心する。自分だけの騎士様。

「もう、二度と離しません。私は絶対に貴女を悲しませるような事もしませんから」
「ふふ、ありがとう、アルバーノ。それと――貴方にはビーチェと呼んで欲しいわ」
「!」

 ベアトリーチェがそんな事を言うと、アルバーノはガバリと体を離した。彼女の肩を両手で掴み、驚いたように見つめている。

「ビーチェ、私の愛称よ。実はね、昔から貴方にはこう呼んで欲しかったの。前は貴方に断られたけど……今なら、良いわよね?」

 ベアトリーチェがそう言うと、アルバーノは目の前でしばらく固まった。そのまましばらくして。アルバーノは何かを耐えるかのように言った。

「……ビーチェ、あの、ここで口付けても良いですか」

 その顔が余りにも真剣で可愛くて。ベアトリーチェはクスクスと笑いながら首を縦に振った。

「勿論だわ。わたくしの素敵な旦那様――」

 そっと優しく口付けられる。長く、ただ触れるだけのそれ。頭が痺れるほど、甘く幸福な口付けだった。

 一度唇を離し、至近距離から互いを見つめ合う。切なく愛おしげに自分を見つめるアルバーノの目が見える。それが益々可愛らしく見えて、ベアトリーチェは優しく微笑んだ。
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